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▽岩・石ころ

2022年11月20日 (日)

板状節理(静岡県伊豆の国市葛城山)

Platy Joint

 

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以前紹介した鱗珪石(静岡県伊豆の国市城山)のとなりの山、葛城山でみられる板状節理。

伊豆の国市の街からロープウェイで登れる山で、駿河湾や富士山の眺めがすばらしいところです。その裏側(南側)に登山道があって、この板状節理のなかを登っていくことになります。ただし、ちょっとマイナーなルートで、小さな山だと思って軽くみていると、なかなか険しいのであせることになるかも。でも、なかなか壮観なのです。

となりの城山と同じく、この葛城山も、火山の火道で固まった溶岩が周りの土壌が侵食されたあとも残った火山岩頸(火山の根)です。この板状節理も、溶岩が冷えて固まる時の体積収縮によって形成されたものとされています。ようするに、冷えて縮む時に、規則正しくひび割れができたってことですね。「柱状節理の六角の柱は、冷却面に直角に発達する。板状節理の板の方向は、溶岩の流理面を代表している」(森本良平『日本の火山』創元社、1958)とのことですが、流理面ということは、流れた方向ということ? 火道の溶岩は上下に流れていただろうから、この写真の場合、もし固まったあとに90度ひっくり返ったのでなければ、流れに垂直に板が発達するということ? よくわかりません。

節理が板状になるか、柱状になるか、その違いはどこにあるのでしょうか。これも面白い問題ですね。溶岩の質なのか、できるときの環境の違いなのか。あるいは偶然に選択されるのか。そういう研究してる人はいるのかな?

そういえば、草津白根山にある鏡池(先の噴火の火口すぐそば)は、亀甲状構造で有名です(現在でも立ち入り禁止になっているようです。草津白根山湯釜の噴火警戒レベルは現在1なはずだけれど、気象庁って各自治体に信用ないんでしょうか? とりあえず禁止しとけば余計な手間はかからないっていうやつ?)。土壌の水分が凍結融解を繰り返してできるとされる構造ですが、こういう自然界に見られる「結晶」状構造とでもいう現象は、とても興味深いものがあります。出来方はそれぞれいろいろ違うようですが、なにかしらの共通項があったら面白いのに。構造土とかそういう類のものは、氷河地形や火山地形などの、いうなれば極端な環境でできた地形に多くみられる気がします。

 

城山と葛城山、あとは西伊豆の海が見下ろせる発端丈山の、静浦山地南部三山は、お手軽にもかかわらずなかなか面白いところなので、まとめておすすめです。伊豆がまさに火山でできた地域であることを感じることができます。伊豆の低山を代表するウバメガシの森(日本の北限)の美しさも捨てがたいですね。中部山岳地帯では見られない植生と、溶岩と白浜層の岩で構成された独特の景観・雰囲気が、この周辺の特徴です。

 

Karsuragiyama

発端丈山の山頂から、東を望む。葛城山(左)。その横に小さく頭をのぞかせているのは城山。右の遠景は、天城・遠笠山の裾野。その途中に頭を出しているのは、東伊豆の代表的な火山岩頸・矢筈山。すべて火山ですね。

 

2022年7月 9日 (土)

赤碧玉(東京都西多摩郡奥多摩町鋸山)

Red Jasper SiO2 酸化鉱物

 

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奥多摩・鋸山の赤碧玉です。マンガン鉱山のズリ中、あるいはそばの沢などでごく普通に見かけます。結構きれいなものも簡単に見つかります。碧玉とは、微細な石英の結晶の集まったもので、この辺は碧玉と見わけがつけにくいチャートも多い地域ですが、2枚目の拡大写真のように粗粒の部分もあって、すぐわかると思います。

透明感のある黄緑の部分はなんだろう。カリオピライトかな? 黒いのは軟マンガン鉱か、ブラウン鉱か、よくわかりませんが。。。

多分磨けばきれいになるのでしょう。日本でも古代から勾玉などの装身具に使われてきた、一応宝石の一種といっていいのでしょうか。色鮮やかな、という赤ではありませんが、落ち着いた、まさに古代という感じの色合いです。現代では透明感が重視されるけれど、古代では不透明で色の美しいものが好まれてきたような気がします。透明な水晶なんていくらだって見つけられただろうに、そういうものを使った古代の遺物ってあんまりないような気がするのですが。。。

基本的には目に見えないほど細かい石英の結晶の集合で、瑪瑙、玉髄などと同じですが、不純物が多いため、不透明でさまざまな色がついたものを碧玉という場合が多いようです。一般的な呼び方を以下にまとめてみます。

石英 Quartz(鉱物種名)
 ・肉眼で見える程度に結晶化したもの(顕晶質)
  ・結晶形がはっきりとしているもの:水晶 Quartz
  ・結晶形がない塊状のもの:石英 Quartz
 ・
肉眼では見えないほどの微細な結晶の集合した構造をもつもの(潜晶質)
  ・不純物が少なく(
半透明)模様のないもの:玉髄 Chalcedony
  ・縞状の模様があるもの(部分によって不純物の量は変わる):瑪瑙 Agate
  ・不純物が多く(不透明)模様のないもの:碧玉 Jasper

こんな感じで使われることが多いようです。なかなか難しいですね。。。

もちろん、自然物なので、分けようと思ってもどっちだ? というようなことも多いので、そんな厳密なものではないと思います。

 

ところで現在では 「碧」の字は「青・緑の石」という意味になります。色限定ですか。だとしたら、赤碧玉という言葉はちょっと無理やりっぽい感じがしちゃいますね。「碧」の字そのものは、甲骨文からありますが、三つの玉をつなげた装身具を意味する「王」、輝くという意味の「白」、そして「石」から構成されていて、青・緑といった色の意味は含まれていないと考えられます。字に色の要素が含まれたのは後の時代からでしょうか。あるいは「王」の字の三つの玉は、もともと青・緑の石のことを意味していたのか。

秦~漢代に成立した『山海経』西次二経 には「又西北五十里高山、其上多銀、其下多青碧・雄黄」とあり、わざわざ「青」をつけているので、「碧」の字そのものには色の意味は含まれていないように見えます。後漢代の漢字字書『説文』には「碧、石之青美者」とあり、色要素が含まれているように見えます(青は多分どちらかといえば緑のことかと思います)。うーん、どうなんだろう。

古代では、青や緑というのは、とても好まれたようですね。日本や中国、中南米でもヒスイは非常に珍重されましたし。
まだガラスのなかった古代エジプトでは、ファイアンスという陶器が盛んに作られました。エジプシャン・ブルーともいわれる、はるか古代への憧憬を湧きあがらせるような美しい青緑の陶器です。ファイアンスは、石英(珪石)と石灰(有機性のものが使われることが多かったらしい)、それに緑青(ろくしょう)を粉にして混ぜて焼いたものだそうですが、つまり、ブロシャン銅鉱の青緑色なんですね。

昔はどの国でも、青と緑の文字と実際の色の区別があやふやで、色の認識の問題かと思っていたのですが、そうではなく、単に青緑の色が一般的だったってだけなのかもしれません。今では色を認識するうえで、青緑をポイントにすることはなく、青と緑をまったく別の色として認識のポイントにしたうえで、その中間のどこかとして青緑を考えますが。。。もしかしたらその認識の原点は、信号の色? そういったささいなところから、人間の認識の割と深いところが変わってしまうのかもしれません。

 

2022年1月16日 (日)

枕状溶岩(神奈川県足柄上郡山北町玄倉)

Pillow lava

 

丹沢湖の東端・玄倉で湖に流れ込む小菅沢の川原では、枕状溶岩の露頭やそのかけらがごろごろしているのを見ることができます。

 

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粘性の小さな玄武岩質の溶岩(含まれているSiO2が少なく、高温であるほど、粘性は小さくなる)が、ちょうどねり歯磨き粉がチューブから押し出されたような感じで円筒状に海中で噴出し、そのまま急冷されて固まり、さらにそこから新たな溶岩が突き出て、という過程を繰り返して、断面が丸まった溶岩が積み重なったような形状になったものが、枕状溶岩です。つまり枕状溶岩があるということは、水中で溶岩が噴出したことを示すわけで、広い範囲で枕状溶岩が見られる丹沢地域が昔は海だったことの証拠になるわけです。

溶岩の表面は水で急冷されるためにガラス質になり、内部はガスが抜けて孔だらけになったところに火山灰などが充填されます。

写真の様子から、その構造がはっきりと見て取れると思います。溶岩の間の白い部分は緑簾石類や曹長石だそうです。1枚目の写真で分かりやすいですが、各溶岩の輪郭部分がちょっと色濃くなっているのは、急冷されガラス質になった部分で、チルドマージンといいます。

 

小菅沢は玄倉山神峠や秦野峠を源流としており、どちらも源流地域は大きく青々とした崩壊地がむき出しになっています。丹沢層の塔ヶ岳亜層群の地域です。とても崩れやすい悪い渓相で、玄倉から山神峠への道はもう長いこと通行し難い状況のままです(沢の対岸にも鉄塔の管理道跡がありましたが、今現在通れる状態かどうかはわからない)。小菅沢周辺を通っている秦野峠林道の西側も、何か所か崩れているようです(東側も大きく崩れて2022年1月現在工事中で通れない)。

丹沢には他にも、寄沢(やどろぎさわ)、水棚沢(檜岳〈ひのきだっか〉東の沢)、早戸川最上流部などで枕状溶岩が確認されていますが、ここ小菅沢が一番気軽に見に行きやすい場所だと思います。以前、寄から雨山峠に向かう林道の途中に、枕状溶岩とその説明板があったのですが、最近行った時には見当たりませんでした。崩れちゃったのかな?

水棚沢はもろい岩の極悪の沢らしいし、早戸川もちょっと敷居高すぎて、自分には行きづらい場所。

小菅沢の現場は、玄倉から歩いてそんなに遠くありません。20分もかからないかな? 秦野峠林道(登山者用駐車場が入口にあります)を少し歩いていくと、小菅沢橋という大きな橋があります。その橋を渡らず、橋の右脇から沢に下ります(残置ロープがある)。広い川原を少し上流に遡ると、5分もかからず、大きな堰が見えてきますが、このあたりからが現場です。

左岸側に作業林道が通っているので、堰の上流に行けます。川原をうろうろしていれば、すぐに見つかると思いますが、大きな台風ひとつくれば川原の様相はあっという間に変ってしまいます。以前、有志の方々が、枕状溶岩が分かりやすいようにここの岩を時々きれいにしてくれていたようなのですが、今も継続しているかどうかは知りません。自然のままだとコケまみれだったり汚れていたり、ぱっと見分からないことが多いので、すばらしい活動だと思っていたのですが。多分そのころと比べてちょっとわかりにくくなっているようです。博物館などで展示されているのを見るのもいいのですが、やはり実際のその現場で見たり触ったりするのとは比較にならないと思いますね(触れるのって、思っているよりずっと大事なことだと思います)。

 

以前、秦野峠林道の出発地点には、丹沢湖ビジターセンターがありました。中川上流にあった西丹沢自然教室は登山用のベース施設、丹沢湖ビジターセンターは、丹沢の自然を紹介する施設と、その機能を分割していたのではないかと思いますが、2015年に後者を廃止して、その機能を統一したのでしょう、自然教室は西丹沢ビジターセンターと改称されました。今でも丹沢湖BCの立派な建物だけは残っているのですが、まったく使用されておらず、玄倉林道が長いこと通行止めになっているせいもあり、玄倉は結構閑散とした状態です。玄倉が出発点の「一般登山道」で現在通行できるのは、西丹沢県民の森から石棚山に登るルート1本だけですから、まあ仕方ないんですが。。。

いつも玄倉に来ると、丹沢湖BCの建物がもったいないなぁと思います。すぐそばにこんな枕状溶岩を気軽に見られる場所もあるし(こんな来やすい場所は他にない)、一時期はユーシン・ブルーを目当てのハイキング客も、結構たくさん見かけたんですがねぇ(現在熊木沢ダムは水をためていないので、上流の湖はありません)。

玄倉林道が通行できるようになったら、丹沢湖BCやユーシン・ロッジ、山神峠の経路など全部まとめて復活しないかなぁと願っています(あと倒れかけた山神峠の総檜造りの山の神さまのお社も)。神奈川県民の自分としては、そのために県税を投入するというなら、もう大喜びで賛成なんですがね。神奈川県で一番の(というより唯一の)秘境ですから。

 

神奈川の秘境といえば、数年前箱根の硫黄地獄を訪れたら、完全に人工的に固められて跡形もなくなっていて、愕然としました。それまでも時たま来ていて、地元の人からそこで作っていたゆで玉子をもらったりして思い出もある、箱根の自然と直に触れ合えた数少ない場所だったのですが、それ以来、神奈川の数少ない好きなジオ・スポットのひとつがなくなってしまって、悲しすぎて箱根はもう行きたくないって気分がずっと何年も続いています。どうしてそうなってしまったのか詳細は知りませんが。。。

 

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上下:小菅沢の様子

 

2021年12月12日 (日)

忍石(神奈川県足柄上郡山北町高松鉱山)

Dendrite(樹枝状晶)(二酸化マンガン MnO2

 

Mangan_takamatsum_03

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東丹沢南にある高松鉱山の忍石です。

樹枝状晶とは、岩石の割れ目などにしみ込んだマンガン等が、枝分かれしつつ樹状に成長した結晶のことで、その結晶がまるで自然に描かれた植物の絵のような姿を見せる石のことを忍石といいます。マンガン鉱山などでは、割とよく見られます。

1枚目の写真では、上部に黒く輝くマンガン鉱(軟マンガン鉱 Pyrolusite?)から、下に向かって石の隙間を結晶がしみ込みつつ成長していったのでしょう。浮彫のように立体的になっていて、なかなか立派な姿ですね。

2枚目は、樹状になる前に成長が止まってしまった姿に見えます。各島にしみ出した穴が黒く見えていて、そこからじわーっと(多分)二酸化マンガンが広がって、まるでマンデルブロ集合のようなフラクタルな姿を見せています。これも忍石の一種といってもいいのかな?

 

マンデルブロ集合を計算して描画するソフトは、以前はよくパソコンのデモとして使われていたように覚えています。不思議としかいいようのないタツノオトシゴの尾のような形状の一部を拡大していくと、少し違うけれど同じようなパターンの繰り返しが、パソコンで計算できる限り延々とあらわれ続けていくのは、とてもインパクトがありました。自分にとっては、パソコン(というかマイコンか)に対する元イメージのひとつが、このマンデルブロ集合です。謎に満ちた、けれどもわくわくするような非現実的な世界。でも、自然界にはフラクタル(に近似した)形状が満ち溢れています。

マンデルブロ集合は計算式としては、それほど複雑なわけではないのですね。だからこそ、今と比べれば非力な昔の8ビットパソコンでも、容易に計算・描画ができたんでしょう。でも、普通のグラフとちょっと違うのは、その式が複素数(虚数 を含んだ式の形で表せる数)の式ということ。複素数は座標を示すのに便利なのです。

実際には存在しないように思える数字を使って計算された結果が、自然界にはありふれているのは一体なぜなのか。面白いですね。

昔読んだイギリスのロジャー・ペンローズ(2020年にノーベル物理学賞を受賞しました)の本によって、このあたりへの興味を持ったのですが、鉱物関連でペンローズといえば、ペンローズ・タイル。

ペンローズ・タイルとは、2次元的に、2種類(それぞれ鋭角が36°と72°)の菱形のみを組み合わせて、周期的ではないけれども、「ほとんど」五角形を基本にして平面を充填しているパターンのことです(画像検索すればいっぱい出てきます)。正五角形を並べて敷き詰めても、空間を隙間なく充填することはできないので、結晶では正五角形の要素はあり得ないのですが、ペンローズ・タイルはその正五角形の要素がありつつも、空間を充填できる。こういうパターンの結晶を、準結晶といいます。実際に、こういう「周期的ではないが規則的である」結晶構造をもつ鉱物は発見されています(ダニエル・シュヒトマン他、1984。2011年に「準結晶の発見」でノーベル化学賞を受賞)。

もし鉱物の結晶が徐々に成長していくのならば、周期的ではない構造を持つ準結晶がどうやってできるのか、わけがわからないですよね。同じパターンを繰り返すだけでは、準結晶はできないのです。最初から全体の設計図みたいなものが内包されていなければ、そんな複雑な構造のものができるわけがありません。ペンローズはそこから、量子力学的な要素が必要なのではないか、とするわけです。結晶が決まったパターンで局所的に徐々に成長していくのではなく、結晶全体が、量子力学的な重ね合わせの状態から、準結晶の状態を選択するという。。。

そういえば以前、水晶に内包物がある場合、成長途中に異物があって邪魔をしているのに、どうやって最終的にきれいに水晶の形になるのか、なんてことを書いた記憶があります(水晶(黄銅鉱含有)(静岡県南伊豆町青野川流域)。量子力学であれば、きちんと説明してくれるということか(いびつな水晶の成長はどう説明するのかw)。

 

参考:ロジャー・ペンローズ『皇帝の新しい心』みすず書房、1994年

古い本だし続編もあるらしいので、内容的には今では知識の書き換えが必要になってくる部分も多いとは思いますが、チューリング・マシンの説明など、当時はもうびっくりするくらい面白い本でした。

 

高松鉱山は地味なマンガン鉱山っぽいとそんなに期待せず訪れたのですが、面白いものがいくつもあって、思ったよりもずっと楽しいところでした。また取り上げると思うので、その時にもうちょっと詳しく書きます。

 

2021年7月21日 (水)

三浦半島三崎層(神奈川県三浦市盗人狩)

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三浦半島南端は、荒々しい海岸線が続く、神奈川随一の風光明媚な土地です。特に三崎層の露頭が多い城ヶ島や観音崎付近は、地質学の巡検なども多いようで、観察ポイントもあちこちにありますし、観光地としても有名ですね。

でも純粋に自然の景観として見た場合、宮川湾近くの盗人狩(ぬすっとがり)付近が、圧倒的にすばらしいと思います。行きにくさ(道がちょっと分かりにくい)、海岸沿いの遊歩道があまり整備されていない、食べたりする場所が定食屋1軒しかない、などなどあって、観光客もとても少ないので気持ちいいし(人は釣りが9割)、ねこもいるし。。。大好きな場所なんですよねぇ。もちろん、地学的な見どころもたくさんあるので、ここで簡単に紹介することにします。

宮川湾あるいは毘沙門湾から歩いて行くことになります。宮川湾には有料駐車場あり。1000円ちょっとかかります。まあ城ヶ島の広い駐車場も全部有料になってしまったし、これは仕方ないですかねぇ。。。そういえば、城ヶ島の橋はいつの間にか無料になっていました。最近かな?

 

三崎の海岸では、白い層と黒い層が相互になっているさまをどこでも見かけます。大抵、白い層は柔らかいので波に削られてへこみ、黒い層がとんがっていますね。白いのは、陸上起源のシルト岩・砂岩。黒いのは、火山由来の凝灰岩・スコリアです。延々と繰り返しが続いているように見えるので、はるか長い時間、堆積し続けたもののようにも見えますが、実は同じ地層が何度も繰り返されて露出しています(デュプレックス構造)。

ざっと1200万~400万年前、当時のトラフの海側斜面に堆積し、プレート沈み込みの際に陸地に付加したものとされています。フィリピン海プレートでは最も新しい付加体のひとつです。

 

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この辺でちょくちょく目にする、シルト岩中の茶色い団塊状のノジュール。鉄分が集まったものだそうです。断面には、成長の年輪のようなものも見えます。やはり核となる何か(化石とか鉱物とか、あるいは火山豆石のようなもの?)があって、そこから成長していくのでしょうかね?

 

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シルト岩上に残された、生痕化石。多分ウニの這った痕ではないかと思いますが、化石は全然わからないので。。。

三浦の海も潜ると面白いのですが、東京湾側はおすすめしません。水がはっきり汚いです。盗人狩あたりも、東京湾からの水が若干混じっているのか、ちょっと透明度が落ちます。三浦半島の相模湾側(城ヶ島から西側、荒崎あたり)が一番水がきれいですね。うにはもちろん、色鮮やかなウミウシ、何だかよくわからないものもいっぱいいますw

 

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だだっぴろい海蝕台上のポットホール。なぜかこのあたりだけたくさんありました。しかも3列くらいに直線状に並んで連なっています。他の場所と違いがあるように見えませんが、どうやってできたんでしょうか。

三浦では、プレート由来の大地震が起きるたびに、1~2m程度隆起しています(最近では関東大地震、元禄地震など)。ただ、氷期・間氷期の海面上昇・下降などの影響もあるので(最近では縄文海進などが有名ですね)、海蝕台がどのように形成されていったかは、単純ではないと思いますが、昔はここも海の水で洗われていたことは確かです。

 

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海岸沿いの海蝕洞群。

ところで盗人狩という地名ですが、昔泥棒がここの崖の上に追い詰められ、その断崖と打ちつける波の凄まじさに足がすくんであっけなく捕まってしまったことからつけられたそうです。まあ気持ちはわかる。

写真のコンクリートは歩道(関東ふれあいの道)ですが、海岸沿い、特に道になっていないところも多いです。一部、満潮で波が高いと崖の中腹をへつるしか進めなくなるようなところもあって、なかなかワイルドな歩道ですよ。

 

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この黒いところは、火山の噴出物です。どうやら昔はかなり近くで噴火があったようなのですが、その場所はわかっていません。

この写真の右側が、この地層が積もった時の地面の下側です。噴出物が海の中で積もる際(または土砂崩れなどで海中に巻き上げられたあと)に、より重い粗粒子が先に海底に沈み、時間が経つにしたがって、軽い細粒のものが積もっていったため、このようにきれいに分布分けされました(級化層理)。

 

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ぐちゃぐちゃに波打った層。スランプ構造といいます。堆積してまだしっかりと固まっていない海底が、地すべりなどで崩れてそのまま固まった痕で、いうなれば海底地すべりの化石ですね。三浦の海岸ではあちこちでスランプ構造が見られます。それだけ堆積物が多く、傾斜が激しかった、地滑りの原因となる地震が多かったということが分かります。

考えてみれば、いまでもトラフの斜面ではこういう現象が現在進行形で起こっているということになりますね。

 

2021年1月17日 (日)

黒鉱?(神奈川県足柄下郡湯河原町新崎川流域)

kuroko(black ore) 硫化鉱物

 

湯河原の山の林道で見つけました。何度か訪れているところなのですが、今までなかった林道が新しく作られていて、その起点の広場で、このあたりで見たことのない石がたくさん転がっているのを見つけました。林道の工事に伴って、別の場所から持ってきたものかもしれません。その林道が続いていると思われる先に、林道を切り開いた際にできたと思われる見覚えのない露頭が見えたので、そこの石かも?(確認はしてません)

真っ黒で、手にとってみると非常に重く、金属のかたまりのように見えましたので、数個拾ってきました。

林道で拾ったものなので、出所もあやしいですし、普段だったら拾わないのですが(最初見た時は実際スルーした)、ちょっと面白い石だったので、ここで取り上げることにしました。

新崎川流域のいくつかの沢で石を探したことがありますが、どこでも硫化鉱物はまったく見たことがありません。面白そうな鉱物といえば、せいぜいかんらん石くらいで。。。(伊豆の海岸で見られるのとそっくりな、穴のあいた軽い火山の噴出物が多い。箱根や幕山の噴火に由来するものだと思いますが)。

 

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ネオジム磁石に弱くくっつきます。場所によっては、磁鉄鉱のように強くつきます。

1枚目の写真の石を見た時、閃亜鉛鉱かなとも思いましたが、自信なし。ともかく、なんらかの硫化鉱物であることは間違いないとは思いますが。。。ところどころ丸い穴が空いていて、3枚目の写真のように、穴の中には尖がった牙のような結晶(?)があります。葉片状になっている部分もあります。3枚目の写真の、薄青白く球状だったり薄い板状の部分はなんだろう、重晶石だろうか。

 

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この球状のかたまり(とその下)は、黄銅鉱に見えますね。こういうさまざまな硫化鉱物(黄銅鉱、黄鉄鉱、赤鉄鉱、閃亜鉛鉱など?)が混ざり合って集合しているような感じ。緻密な黒っぽい金属のかたまりです。

 

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こんな針状・板状の結晶もありました。こちらは金属でなく、透明感があります。

1枚目の針状結晶の先端には、金属の小さな球がくっついていて、かわいい(写真ではちょっと分かりづらいですが)。1枚目にも2枚目にも、先端を斜めに切り落としたような板状の結晶が見えます。これは、石膏じゃないだろうか。

以前書いた、石膏?(山梨県都留市宝鉱山)の石を思い出しました。この真っ黒で重たい鉱石は、もしかしたら黒鉱といわれるものではないだろうか。粒状の黄鉄鉱とか、何となく雰囲気も似てる。

黒鉱とは、海底の熱水噴出孔周辺に沈殿した硫化物からできた鉱石のことで、主に日本海側に多いようです。熱水噴出孔付近にはその熱や噴出物中の化学物質に依存した生物が多く生息しており、特に不思議な生態・形態をしたチューブワームで有名ですね。閃亜鉛鉱、方鉛鉱、黄銅鉱、黄鉄鉱、四面銅鉱、重晶石や石膏、それに金や銀なども含み、20世紀に入って混ざり合った成分を抽出する技術が確立されてからは、日本では重要な銅・鉛・亜鉛の資源として多く採掘されていた鉱石です(現在ではもう採掘している鉱山はない)。英語でも、「kuroko」といいます。

太平洋側では、伊豆・小笠原の火山フロントの熱水噴出孔により沈殿したものが、海底の黒鉱鉱床として知られていますし、伊豆にもあります。箱根も、伊豆や丹沢と同様、フィリピン海プレートの北進で本州に付加したのだから、黒鉱があってもおかしくはないですよね。

もし林道のために他の場所から持ってきたものであっても、そんな遠くから運んでくるとは思えないし、鉱山近くの林道で、ズリ石を使用している例もあります(錫高野の林道とかそうですよね)。だから、この近くに黒鉱鉱床があるんじゃないかと想像しているのですが、どうなんでしょうか。気になって、夜も7時間くらいしか眠れません。。。今度ここに来たら、見えていた露頭まで行ってみたいと思ってるんですが、いつになるか。。。

正直、こんなところで見つかるとは思いもしなかったもので、情報もなく、経験も知識も足りない自分には同定などできないのですが、とりあえず面白いものであるのは間違いないと思いますので、取り上げてみました。

 

ところで、新崎川は箱根外輪山の白銀山から流れ出ています。特に見栄えもよくない山で、もちろん雪で白く輝くこともめったにない低い山ですが。。。もしかしたらこの名前、そこで採れた石からきてる可能性もあったり?

 

2020年11月14日 (土)

溶岩樹形(山梨県南都留郡鳴沢村)

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富士山北西麓、側火山地帯の溶岩樹形です。

火山が噴火して森の中に溶岩が流れ樹木を包み込むと、中の木はほぼ燃え尽きてしまいますが、溶岩が固まるまで消えずにがんばると、樹木の形が溶岩に残ります。それが溶岩樹形です。さらさらした川のように流れる溶岩でないとできないので、そのような粘度の低い溶岩のあまり多くない日本では結構珍しいのです。富士山や浅間山で見られますが、特に富士山周辺では多く残っています。

国の特別天然記念物にもなっている、観光などで見ることができる鳴沢の溶岩樹形は、貞観の噴火(864年)でできたものです。この噴火の際には、主に天神峠近くの氷穴火口列、長尾山(貞観の噴火でできた山)、大室山の北、本栖第2風穴のすぐそばにある石塚火口(地形図の1198峰)などから膨大な量の溶岩が流れました。いわゆる青木ヶ原樹海を作り出した溶岩流ですね。この時の溶岩樹形は、野尻草原周辺(下の地図の左上のまっ平らなところの一部が草原になっている)でも多く見ることができます。

上の写真の溶岩樹形は、貞観の噴火ではなくそれより以前、約1500年前頃に噴火したといわれる白大龍王・氷池溶岩流によるものです。

 

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氷池は、大室山よりさらに富士山に近いところにある、二つ並んだ噴火口です。山というより、富士山の斜面にあいた大きな穴といった感じで、巨大な岩がごろごろした底は夏でもひんやりとしています。写真の溶岩樹形はその氷池の南西斜面にあり、場所的に多分南の穴からの溶岩流でできたものかと思います。

特に1枚目の写真の穴は直径3mはある巨大なもので、自分が今まで見た溶岩樹形の中でもとびぬけて大きいです。噴火した時、かなりの大木だったんだろうなあ。見てみたかった。その時に全部燃え尽きてしまったのか、あるいは、しばらく裸の溶岩流あとにこの木だけ1本燃え残りが立っていたかもしれない。。。水気たっぷりのこれだけ大きな木だったら、そう簡単に全部燃えてなくならないんじゃないか。。。などと想像したり。

氷池の西側斜面は溶岩樹形が広い範囲で点在していて、歩くのが楽しいところです(植林されているところも多いが)。地形図には氷池の北にふらふらと道が描いてありますが、昨年(2019年)の台風のせいなのか、倒木が激しく、道がとても分かりづらくなっています。もともと氷池まではそんなに悩むようなところではなかったのに、台風のあとに行ったら、道筋をたどるのにかなり苦労しました。行く際はご注意を。まあこんなところに行く人だったら地形図とGPSをたよりにするでしょうから、「道に迷う」という状況はないでしょうけどねw

ちなみに自分は大室山の南で木に登っていたクマと会ったことがあります。食べ物を探すのに夢中だったのか、あわてて逃げていきました。西や南から大室山に登る人はあまりいないと思うけど、こっちがわは動物臭がとても強いので、気をつけたほうがいいかも。

 

上の地図にある山は、すべて側火山です。一度に噴火したものでなく、何百何千年かの休止期間をはさみ、何度も噴火を繰り返したという経過が記録された興味深い地形です。大抵割れ目に沿って数か所から噴火するので、火口が直線的に連なっていることが多いようです。その直線はほぼ、南東-北西のラインとなっています。

最近、富士山がもし噴火したら東京に火山灰が降って云々などとネットでよく見かけますが、これは前回の宝永噴火と同じ状況になったら、という仮定の上で予想された話。けれども、富士山では連続して同じ場所から同じような噴火が起こった例はほとんどないんじゃなかろうか。貞観の噴火は溶岩による被害がメインの噴火だったようだけれど、宝永の噴火では被害のほとんどは火山灰によるものだったし、場所も富士山の頂上をはさんで正反対です。一口に富士山の噴火といっても、まるっきり別物。富士山ほど火山学者を悩ませる存在はないかもしれませんね。。。

 

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氷穴の底に転がっていた溶岩のかけら。

 

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野尻草原から見た富士山。右手前の山は片蓋山(約3000年前、大室山と同時期の噴火)。頂上には立派な噴火口が残っている。

 

2020年8月29日 (土)

タマネギ状構造(神奈川県東丹沢~山梨県秋山)

神奈川県の東丹沢周辺では、よくタマネギ状構造、あるいはタマネギ状風化が見られます。

昔は牡丹石ともいわれていました(日本で牡丹石と呼ばれている石には、まったく違う種類のものがいくつかあるようです)。『新編相模国風土記稿』に、「牡丹石。(青野原村ニ産ス。本草綱目ニ井泉石ト見ヘタルハ。卽是石ノ類カ。)」(巻之百十六 津久井県巻之一)と書かれています。

個人的には青野原の山というと焼山くらいしか行ったことがありません。タマネギ状構造を見た記憶はないのですが、別の石のことではないと思います。その詳細は「地誌のはざまに 青野原の牡丹石」に詳しいので、興味ある方はそちらをどうぞ。

風土記稿」の同じ個所には道志川の貝石というのも載っていて、これはカネハラニシキの化石のことでしょう。大室山の貝沢あたりから流れてきたものと思われます。

 

タマネギ状構造は東丹沢、特に大山や広沢寺の鐘ヶ岳周辺には多く見られ、どちらも信仰の山であり、参拝者、あるいは行者たちにとっては、よく目にする馴染みのあるものだったでしょう。山岳信仰と鉱山、本草学は、深い結びつきがあります。行者たちは、多分この周辺でとれる役に立つ石や草のエキスパートだったはず。

東丹沢の山岳信仰の中心は愛川町の八菅山ですが、飯山あたりには銅鉱もあり、鋳物師の拠点だったといいます。七沢には多々良沢なんていう名前の沢もあり、ちょっと気になりますね。今ではこのあたりで鉱石を採集したなどという話はまるで聞かないのですが。

ちなみに宮ケ瀬から流れる川は中津川といいます。中津川といえば、鉱物好きには気になる地名で、特に秩父や恵那の中津川は、日本でも指折りの稀少鉱物の産地として有名です。神奈川の中津川は、地学的には牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線にあたり興味深いところですが、鉱物的にはいまいちパッとしませんねw

 

タマネギ状構造は、岩が節理に沿って次第に丸みをもって風化していったものですが、出来方については、ここがわかりやすいかも。平塚市博物館「東丹沢のタマネギ石(4)−そのでき方−

 

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大山の東、日向薬師の奥、屏風沢上流の枯れ棚。雨が降れば流れるであろう水流で、なめらかに浸食されているのでしょうか。皮がめくれたようにはなっていませんね。でも、節理に沿ってタマネギ状構造が発達している様子がよくわかります。割れ目の白い脈は、沸石でしょうか。

さらに沢の奥まで行くと、まるで屏風のようにたった岩壁が広がっていて、沢名の由来になったと思われます。

 

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鐘ヶ岳、広沢寺からの登山道の途中。古い参詣道で、番地を記した江戸時代の道しるべが登山口から頂上まで続いています。

鐘ヶ岳は昔は大山と並ぶ信仰の山で、多くの参詣者でにぎわったらしいですが、今は登山者も少なく静か。頂上には浅間神社がありますが、頂上の少し下には寺もあったようで、礎や瓦などが発掘されています。

 

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大山三峰の南。不動尻から稜線に登山道を登って、ちょっとのところだったと思います。

不動尻は、心霊スポットで有名な七沢の山神隧道を越えた先にある、大山や三峰の登山口。この周辺は暗くてじめっているし、キャンプ場だったころの名残りの廃墟もあったりして、おせじにも気分のいいところとはいえないので、まあ心霊スポットになる気持ちはわかるw

 

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宮ヶ瀬湖の南畔、林道土山高畑線沿いにあります。土山峠からちょっと行ったところの、橋のきわ。

これだけ立派なのは、見たことないですね。

 

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山梨県秋山の高柄山稜線上。

 

藤野木・愛川構造線、牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線に沿って、タマネギ状構造が続いているように感じます。

タマネギ状構造は、火山性タービダイト(海底の乱泥流堆積物のこと。普通、粗粒ほど先に下に沈み、細粒ほど後から沈み、層ができる)でしか見られないそうです。最初は海であったプレートの境界は、陸地にはさまれた深い海になり、隆起して山になった両側から多量の土砂が流れ込み段々浅くなっていき、やがては山間の川となります。その過程で堆積岩ができ、常に強い力を受けているために、割れ目(節理)もできやすいということなのでしょう。

 

東丹沢は鉱物的にはそれほど面白いところではないのですが(それでも鉱山跡はちらほらとある)、地学的にはとても興味深い地域です。

夏は行きたくないところですけど(暑いし山ヒルがががが)

 

2020年7月12日 (日)

柱状節理〈1〉(神奈川県足柄下郡湯河原町新崎川流域)

Columnar jointing

 

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Columnar-joint_shinzaki_02

 

岩の分類を追加します。

柱状節理は大好きで、いろいろ見てきましたが、この滝は一番のお気に入りです。湯河原の新崎川上流、中尾沢F2になります。10年くらい前から、毎年年末~新年に一度お参りみたいな感じで訪れていましたが、2年位前、沢がひどく荒れて経路がわかりにくく、ちょっと危ない感じになりました。それ以来、ちょっと足が遠のいているのですが、最近はどうなっているのか。。。

滝としてはそんなに大きいものではないのですが、美しさという点では、これに勝る滝を見たことはありません。ちょうど南向きの沢なので、日の光がよく当たり、細かいしぶきがきらめくさまは見ていて飽きません。

中尾沢を遡行し、F1(時間によってはよく虹が出ている)の左を巻いてよじ登ると、いきなり目の前に現れます。さらに右岸の小尾根を伝って、落ち口に登ることもできます。ちゃんとした登山道などはありません。この辺は、地形図に道として描かれていても実際にはもう跡形もないものも多いです。箱根周辺のハコネダケ(ササ)のヤブは、通行不可能といっていいので、あまりうろちょろできないのですが。。。(このあたりで、わずか数十メートル程度のヤブが越えられず、撤退したことがありますw)

 

柱状節理は、溶岩が岩になり、さらに冷えていく過程で収縮するために4~7角形に規則正しく割れ目ができて、柱状になったものです。

すべて火山といってよい伊豆にはあちこちに柱状節理が見られ、特に火山から流れた溶岩が沢沿いに流れ、冷やされてできた例が多いようです。冷却面に垂直に柱ができるので、ここの場合、沢に沿って沢を埋めるように溶岩が流れて固まり、そのあとに上にまた水が流れて崩れていって滝ができたのでしょう。滝の上に登ると、川床に六角形の岩が続いているのが分かります。

ここに行くには湯河原の梅園で有名な幕山から入りますが、幕山で多くのクライマーが練習している岩も柱状節理です。ただその柱状節理は幕山の噴火で流れた溶岩でできていて、写真の柱状節理は、箱根外輪山の白銀山からの溶岩ということになります。

箱根は超有名観光地ですが、あまり知られていないスポットもいくつかあり、人でいっぱいになって欲しくないなあと思ったりしていたり。。。

 

2020年6月16日 (火)

オンファス輝石角閃石岩(愛媛県四国中央市関川流域)

オンファス輝石 Omphacite (Ca,Na)(Mg,Fe,Al)Si2O6 珪酸塩鉱物

角閃石 amphibole 珪酸塩鉱物

 

Omphacite_sekikawa_02

Omphacite_sekikawa_01

 

石ころです。

愛媛県の関川は、赤石山系(主峰・東赤石山1706m)から瀬戸内海にそそぐ、わずか二十数キロの川で、その長さと山の高さを考えても分かる通り、とても急です。日本の川は滝だと言った(とされる)のは、お雇い外国人技師のオランダ人、デ・レーケですが、まさにその典型ともいえる川ですね(富山の川のことを言ったらしいですが)。

日本の関東山地から九州まで、中央構造線に沿って続く三波川変成帯は、日本最大の変成岩帯です。関川の上流、赤石山やすぐそばの鉱山で有名な別子のあたりも、その三波川変成帯に属しますが、とりわけ高温・高圧によって変成度の高い岩石が生成され、他では見られない石がたくさん産出する地域です。

特にエクロジャイト(Eclogite:主に鉄礬柘榴石とオンファス輝石で構成される石)が有名です。

この石は、関川大橋の少し下流、関川と浦山川合流点あたりで拾いました。

Sekikawa_01

多分、オンファス輝石を含んだ角閃石だと思います。色の濃いのが角閃石で、薄いのがオンファス輝石。。。なのかなぁ?

ぱっと見は濃い緑の地味な感じなのですが、ルーペや顕微鏡で見てみると、吸い込まれそうな透明感のある深い緑で、めちゃくちゃきれいでびっくりします。ちょっぴりクロムが混じっているのかも?(クロムが入ると、緑の鮮やかさが増す)

あたりには、柘榴石の点々が一面についた石が多く転がっていて、わざわざ探すまでもなく拾えます。ここの柘榴石は自形結晶も多いけれど、川を転がってきているからか、そんなにシャープな感じではないです。割っても大して変わらないので、もともと鋭角的な結晶ではないようですね。他にも、白雲母が混じって銀色に輝くものも多く見られました。

 

ここで拾った石をもうひとつ。エクロジャイトといいたいところですが、オンファス輝石はあまり入ってなさそうなので、柘榴石角閃石岩でしょうか。

 

Eclogite_sekikawa_01

 

赤いのが鉄礬柘榴石。濃い緑が角閃石です。

もう一度、ゆっくり1日かけて探してみたいし、赤石山にも登ってみたいけれど、また四国まで行けますかねぇ。。。

 

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