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▽元素鉱物

2021年8月19日 (木)

自然金(山梨県大月市大月町本沢鉱山)

Gold Au 元素鉱物

 

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本沢鉱山で見つけた自然金です。母岩は石英。1枚目の写真、ちょっとへこんでますが、金がどうか調べるために針でつついたのですw 金は非常に展性(圧力をかけても破壊されず薄く広がる性質のこと)が大きく、箔状に広がります。色が似ている黄鉄鉱などは、つつくと粉々になってしまうので、この性質ですぐに判断ができます。

金と一緒になっているちょっと黒っぽい金属光沢部分は、金と共生することの多いホセ鉱(Joseite)ではないかと思います。ホセ鉱はビスマス、テルルと硫黄からなる鉱物で、組成のわずかな違いで、ホセ鉱A(Bi4TeS2)、ホセ鉱B(Bi4Te2S)などがありますが、肉眼では違いは分からないそうです(比較観察したことはない)。本沢鉱山ではホセ鉱Aの産出が報告されていますが、自分では判断できません。

本沢鉱山も、石英質の石は少なくなっていますが、それでもまだこんな自然金が見つかるもんなんですねぇ。小さなかけらですが、鏡下ではあちこちに金色の輝きを見ることができます。まああまり人も来ないんでしょうね。秩父鉱山やら甲武信鉱山では、あちこちで石を割ったあとや、ルーペやハンマーの忘れ物があったりしますが、ここではそういう痕跡を見たことがありません。結構行きやすいところだし、蒼鉛やテルルといった、結構珍しい成分の鉱物もあります。石英質の石を割ると、強い硫黄臭がします。

もともと金を採掘していた鉱山なので、あってもおかしくないのですが、やっぱり金は他の鉱物と比べても特別感があり、うれしいですね。非常にちっちゃいですけど。

昭和17(1942)~18(1943)年という短期間、沢沿いの露天掘りで採掘していたらしいですが、戦争中の物資かき集めといった感じだったんでしょうか? 現地では鉱山であったという痕跡も全然見当たらないし、詳しいことがわからないので、何ともいえませんが。

 

化学記号のAuの語源は、ラテン語の金を意味するaurumから。「光り輝くもの」の意味だそうで、オーラとかオーロラも同起源の言葉です。現代では、フランス語のOr、イタリア語のOroがこの系統ですね。

英語のGoldの語源は、ネットで検索するとサンスクリット語のjvalita(輝くの意)からきているらしいとありますが、どこがどうなって語源なのか、全然わかりませんw

漢字の「金」は、鋳型の形で表現されていて、もともと金属・鉱石全般(特に銅)を表す漢字だったようです。中国の殷、周・春秋戦国時代のころの、青銅器に鋳込まれたり刻まれたりした文字のことを金文といいますが、この「金」とはつまり青銅器のこと。Goldを金としたのは、もっと後の時代のことのようです。金文では「金」の下部が「土」である表記と「火」の表記の二種類があります。「土」というのは地面から掘り出した鉱石という意味でしょう。「火」というのは、火によって錬成され鋳込まれたものであるという意味ですね。金文より古い甲骨文字では「火」の表記となっていて、はるか昔から、鉱石の溶錬が行われていたことがわかります。

 

基本こういうのはネットで検索することがほとんどです。本は重いし、持ち出すのが面倒だし、引っ越しなどでさんざん苦労したので、できるだけ増やさないようにしていて、もうネットか電子ブックで十分かな? 最近買った本は鉱物関係しかないなw

でも、現在大流行りの新コロ騒動(新型コロナウイルス感染症をめぐる出来事をかわいく、わざと矮小化してそう記していますw)で、あらゆるメディアの信頼性が地に落ちたなあと感じているんですよね。いや違うな、最初から信じてなかったけど、もはや情報そのものが害毒でしかないレベルになってしまった、というか。新聞テレビはもちろんネットも、特に新コロに関してはひとかけらも信用してはいけないんじゃないか。新聞テレビというのは政治、宗教、営利活動の入り混じったもので、もともと公平公正なジャーナリズムなんてのは矛盾でしかないのですが、ネットもたいがいだな、と。。。

お盆に帰省したら家族に感染して次の日に発症してしまいました、なんていう思わず笑ってしまうようなお話が、まじめにテレビやらネットで語られているのを見ると、時間の経過にできるだけ耐えられるように苦心して作られている分、書籍のほうがまだましかなあと思えてきます。。。。まあでも出版社によっては校正をほぼ著者だけにまかせっきりなんてところもあるんですけどね。校正って一番その重要性が見えにくく、削られやすい部分で、しかも一番書籍の価値に直結している作業なのです。

とにかくこの新コロ騒動のおかげで、いろんなことが見えてきたような気がします。

2021年6月10日 (木)

石墨(茨城県北茨城市華川町花園)

Graphite C 元素鉱物

 

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前回の北茨城花園の含ストロンチウム方解石の中に、黒いほこり粒のようなものがぽつぽつとついているのを見つけました。下の写真のように、白い方解石中にうす青い脈が走っていて、特にそこに集中して見られました。ルーペでのぞいてみると、金属光沢の黒い六角形の薄板状結晶。非常に小さいですが、石墨の自形結晶です。

TrekGEOの花園鍾乳洞のページに、産出鉱物として石墨が載っていました。ネット上では、TrekGEO以外ではここの石墨のことは全然見つけられなかったので、どんなふうに出るのかわかりませんでしたが、こういう産状なんですね。石灰岩の接触変成域の晶質石灰岩ということは、有機物由来でしょうか。

 

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元素記号は炭素C。ダイヤモンドと同じですが、原子の結合の仕方が全然違います。雲母のように層状の構造をもち、層と層の間の結合が弱いため、薄くはがれるような劈開があります。ダイヤモンドは3次元的に原子が結合しているので硬いのですが(モース硬度10)、石墨はモース硬度1~2と、もっとも柔らかい鉱物のひとつです。極端すぎw

鉛筆の芯は基本石墨が原料(のひとつ)ですが、人工的に合成されたもの、精製して純度を高めたもの(つまり工業用に使用される場合などということか)は「黒鉛」と呼ばれ、天然のものは「石墨」と呼ばれています。ただし名前を使い分けているのは日本だけで、英語ではどちらもGraphite。

「黒鉛」という名前ですが、もちろん鉛はまったく含まれていません。昔、元素を分析できなかったころは鉛を含むと考えられ、ラテン語で「鉛」を意味する「plumbum」と呼ばれていました。そこからつけられた和名が「黒鉛」で、それが今でもそのまま使われ続けているため、こんなややこしいことになってしまいました。

ちなみにGraphiteはギリシャ語で「書く」を意味するgrapheinからきています。文法のグラマーや、グラフ(表)と同系統の言葉ですね。

鉛筆の芯は、粉末にした石墨(黒鉛)と粘土を混ぜて作りますが、その比率で硬さを調節します。粘土が多いほど硬くなります。層状の原子構造=滑りやすさ、が、鉛筆の書き心地の秘密のようですね。ちなみに色鉛筆は粘土ではなく、染料と滑石、蝋(これでさらになめらかさを出す)などをまぜるそうです。

 

石墨を筆記用具とする方法が広まったのは、16世紀、良質な石墨鉱床が発見されたイギリスから(カンバーランドのボローデール鉱山)。当時は石墨を細長く切って、糸を巻いたり板ではさんだりして持ち手を作り、そのまま使っていました。ところが、これまでになかったこのお手軽な筆記用具が広まると、良質な石墨が貴重品となり、値段もどんどんあがっていくことに。。。

さらにそんな中、イギリスとの戦争(ナポレオン戦争)が起こり石墨が手に入らなくなったフランスで、画家で化学者でもあったジャック・ニコラス・コンテが、石墨の粉末と粘土をまぜて焼き固める、現在でも使われている工法による鉛筆を開発しました(1795年)。石墨の小さな欠片を無駄なく有効利用できるだけでなく、硬さも自由に調整できる画期的な発明です。まさに必要は発明の母(ちなみにこの言葉、出典は『ガリバー旅行記』なんだって!)。もちろん絵を描くときに使うコンテは、このコンテの作った鉛筆からきています。

ごく小さな六角形の粒から、どんどんと歴史が広がって大事になっていくのが楽しいですねぇ。

 

2020年9月26日 (土)

自然蒼鉛(長野県茅野市向谷鉱山)

Bismuth Bi 元素鉱物

 

Bismuth_mukaidanim_01

 

前回のヘドレイ鉱のすぐそばにあった、やはりヘドレイ鉱と思われる集合です(きらきら光沢のある黒い部分)。

その中央部に、周囲とちょっと違う質感の銀色のかたまりがあるのに気づきました。この部分が、自然蒼鉛(ビスマス)だと思います。

ところどころついている黄色いのは、蒼鉛土でしょうか。

『鉱物ウォーキングガイド』の向谷鉱山の項に、以下のような記述があります。

「自然蒼鉛は銀白色(錆びるとピンク色を帯びる)でやや粗粒の石英中におもにヘドレイ鉱を伴って産する。集合体の中心部が自然蒼鉛で、周囲がヘドレイ鉱という場合が多い」(松原聰著『鉱物ウォーキングガイド 関東甲信越版』丸善出版、平成24年)

この説明のとおりの産状ですね。割ってそれほど経っていない時の写真で新鮮なので、まだピンク色を帯びてはいません。

自然蒼鉛の左下のはじが階段状になって虹色に光っているのが、人工的なビスマスの結晶を思い起こさせます(ビスマスは融点が271.3℃と低低く扱いやすいので、一度溶かしてから再結晶させて、アクセサリーにしたりする。ビスマス、結晶で検索するとたくさん出てきます)。

「蒼」という字で青っぽい感じがしますが、蒼鉛は別に青いわけではありません。「蒼」は、青というより緑ですが、「古色蒼然」「鬱蒼」といった熟語からわかるように、深い色、薄暗い色、という意味合いが含まれているようです。

 

宮沢賢治に「永訣の朝」という有名な詩があります。死を目前にして喉がかわいた妹に頼まれ、お椀に雪を取りに外に出る、という内容ですが、そこに「蒼鉛いろの 暗い雲から/みぞれは びちょびちょ 沈んでくる」という一節があります。宮沢賢治は鉱物マニアで、多くの作品にたくさん鉱物やら地学用語が出てきますから、当然蒼鉛も知っていて、実物の自然蒼鉛の色と、字面のイメージから、こう表現したのです。

何節か前では、「うすあかく いっさう 陰惨な 雲から/みぞれは びちょびちょ ふってくる 」と書かれています。上の引用にもあったように、自然蒼鉛は錆びるとちょっとピンク味を帯びます。だから、ここでは「蒼鉛いろ」がまったく正しいわけです。それに、たとえば「鉛いろの暗い雲」では重苦しすぎるけれども、「蒼」の字が入るとちょっとイメージが変わってきますよね。

「雲外蒼天」という四文字熟語があります。雲の上には蒼い空が広がっているということからたとえて、困難(雲)を乗り越えれば必ず道は開ける(蒼天)という意味の熟語です。

蒼鉛の「蒼」という字に触発されたかのように、この後、「蒼天」、つまり「銀河や 太陽、気圏などと よばれたせかいの/そらから おちた 雪の さいごの ひとわんを…… 」という一節が現われ、雲の上まで意識が飛びます。賢治らしく急に意識が宇宙にまで広がり、妹の死というまったく一個人的な世界と、人間の世界をはるかに超越した広い世界が対比され、細々とした人間関係の生々しさがかき消されて、純粋な「生命の終焉」という現象への思いに蒸留されるかのようです。そこから賢治独特の硬質な情感が生まれてくる。

なんだかいささか理屈っぽい説明で、自分でも嫌になってきましたがw 「銀河鉄道の夜」の雰囲気も、まさにこれと同じですね。賢治にとって、鉱物の無機質さ、透明な存在感は、有機交流電燈である人間の魂の理想形だったのかもしれません。この硬質な肌触りが、賢治の一番の魅力ですね。この詩が、単なる一個人の感情の吐露に終わらず、誰しもが共感できる美しい表現となっている所以かと思います。

ところで、春の修羅の「屈折率」という詩では、雲を「亜鉛の雲」と表現してます。こういう細かい表現の違いは、鉱物好きでなければ分からないでしょう。

まさに賢治も、自分にとってはゲーテと同じく、偉大な先輩のひとりですね。

 

ところで全然関係ないのですが、『蒼き鋼のアルペジオ』で金剛が使ってた剣みたいの、デジタル鉱物図鑑の自然蒼鉛、2枚目の写真の、樹木のような形の結晶に似てますねw いや、ふと思い出しただけw

 

2020年6月11日 (木)

自然硫黄(群馬県吾妻郡嬬恋村万座温泉)

Sulphur S 元素鉱物

 

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この自然硫黄は、火山の噴気孔から放出された火山ガスに含まれる硫化水素と二酸化硫黄が冷やされ、硫黄と水に化学変化し結晶化したものです。他にも温泉の沈殿物として生成されたりします。

黄鉄鉱は硫黄と鉄からできた鉱物で、昔は火打石として使われていたそうです。英名のpyriteは、ギリシャ語の火を意味する「pyr」からきています。実は黄鉄鉱は鉄の鉱物というより、硫黄の原料としてより重要であったようです。

火山の多い日本は自然硫黄の大産地なので、過去には多く採掘されていました。

火薬は唐の末期9世紀ごろに中国で発明されました。宋の時代には火器が大きく発展し、火薬も大量に生産されましたが、実は中国では硫黄がほとんどとれず、輸入に頼っていました。それが、日本や、やはり火山の多い東南アジアだったというわけです(当時の黒色火薬の原料は、硝石、硫黄、木炭粉など)。さらには遠く西アジアからも輸入していたようで、絹の道ならぬ、硫黄の道ですね(海上貿易が中心だったようですが)。日本の輸出業者とかいたんでしょうか。

唐の時代から、日本人も、思った以上にずいぶんあちこち世界を行き来していたようです。唐代に書かれた様々な出来事を集めた『酉陽雑俎』という本には、中国から天竺まで行って中国に帰ってきた倭人の話がでてきます。一体どんなものを見たのか、日本には戻ってこれたのか、どこのどういう人だったのか。和名は書いてありません(金剛三昧という名前で記されている)。

 

今では、日本では一切硫黄の採掘は行われていません。たとえば原油の精製時など、大量に生成されるからです。鉱物を採掘するのは、大変な重労働ですからね。。。(今でも採掘されているのは、石灰くらいだと思います)

 

万座温泉は、硫黄成分が非常に強い温泉で、癒されるというより、どう見ても体に悪そうな感じですw

万座、草津白根山周辺は、とても魅力的なところで、何度も行っているのですが、白根山の噴火以来、ちょっと行きにくくなってしまいました。日本の山はほとんど森林におおわれているので、荒涼とした火山地帯は、もうそれだけでちょっと異質で魅力的です。火山は、まさに地球の鼓動をじかに感じられる特異点といえます。

噴火したあたりも、登山道が通っていたんですが、はたして生きているうちに行ける日がくるのかどうか。噴火の跡をぜひ見に行ってみたいんですが、まだ火山性地震もちょくちょくありますし、早く落ち着いてほしいと思います。

 

2020年5月 6日 (水)

自然銅(千葉県南房総市平久里川流域)

Copper Cu 元素鉱物

 

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千葉県の有名な産地、伊予が岳(千葉県で唯一「岳」のつく山らしい)のふもと、平久里(へぐり)川の支流・荒川で拾ったものです。

周囲に採石場がある小さな川の、小さな滝のそばで見つけました。

斑銅鉱らしき紫や青が散りばめられた中に、箔状で赤銅色にきらめいていて、こういうのを見つけるとどきどきしますね。金や銀もいいけど、個人的には銅の方が好きです。二次鉱物の青や緑も大好物。

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ここで採集できる鉱物は、他に沸石類、方解石、ゾノトラ石、ペクトライト、トベルモリ-石などがあります。結晶した沸石は別として、どれも白い鉱物で似ていて、なかなか判別できないですね。。。

都心から近く、行きやすい産地なので、もう大したものはないかなと思っていたのですが、思ったよりもいろいろなものが見つかりました。少しずつ川岸の露頭が崩れ、その都度川原に新しい石が充填されるのでしょう。

すぐそばの伊予が岳は岩山ですが(低いけど登ると結構面白い)、こことはまったく岩質が違います。

このあたりは、嶺岡オフィオライトと呼ばれる地質地域で、上部マントルから地殻を構成するいろいろな種類の岩の層が切れ切れに重なっていて、地質的にとても興味深いところです(確か伊予が岳か富山に、説明の看板があったような)。フィリピン海プレートによって南の海から北上してきた海洋性地殻が、日本にぶつかって折れ重なりながらのし上がり、陸地になったのが、このあたりの地質です。だから、いろいろ異なった岩質の層が、狭い地域のあちこちに散らばった感じになっているのです。

千葉石(chibaite)という石英に似た新鉱物も、この荒川辺の採石場で発見されたそうです(「新鉱物『千葉石』」)。

新鉱物発見と新小惑星発見は、現代に残った数少ない可能性のある夢ですね。ちなみに日本の新鉱物に、「櫻井鉱」という鉱物があるのだ。「あお」という小惑星も見つかればいいのに(謎)。