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○神奈川県

2022年6月11日 (土)

閃石類?(神奈川県南足柄市足柄山地)

珪酸塩鉱物

 

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閃石の類だと思いますが、まあよくわかりませんねw

神奈川県の足柄の山で見つけたものです。こういうきらきらしたいかにも結晶っぽいものを見ることはほとんどないところなので、ちょっと目立っていました。茶色く四角い部分もありますが、普通輝石とかかなぁ? 足柄山地の北側(御殿場線谷峨駅)は、普通輝石のいい標本が採集できた場所があったそうです(今はすっかり固められていたりして、ほとんど見つけられないそうですが)。

場所は、足柄山地中、日本の滝百選にも選ばれている洒水(しゃすい)の滝の上流部、滝沢川の周辺です。足柄山地は南の箱根と、北の酒匂川・鮎沢川にはさまれた、そんなに広くない地域。

現在では滝沢川上流域は、源流の矢倉岳以外、あまり人が入るようなところではありません。矢倉岳は地元のお手軽なハイキング先として(神奈川県西部では)有名な場所です。湘南のあたりから富士山を見ると、その下にきれいな三角形の山が見えますが、それが矢倉岳。南麓の矢倉沢の上流域・地蔵堂は、金太郎・坂田金時の故郷として知られていて、ほんとかどうか知りませんが、生家跡とかいうのもあります。今ではクマと遊んだ金太郎が育ったすごい田舎、というイメージですが、当時の東海道の本道(官道)は箱根ではなく足柄峠を通っており、峠のふもとの矢倉沢は街道沿いでした。富士山の宝永の噴火で荒廃しましたが、早急に整備しなおされ、前回書いた大山詣りの影響もあって、人の行き来も今よりずっと多かったことでしょう(矢倉沢往還という)。

万葉集にも足柄越えの歌が多いし、『更級日記』などでも結構詳細に足柄峠越えの描写がされていますね(『更級日記』には富士山が頂上から煙を出しているさまが描かれていたりして、当時の様子を想像できて面白い)。

現在では滝沢川上流部には登山道すらないですが、廃道跡を作業道にした? らしい沢沿いを登る道が残っていて、どうやら洒水の滝を越えて足柄峠方面に登る経路などもあったようです。江戸時代の馬頭観音が道沿いに残っていました(ちなみに石を拾ったのはこの道沿いです)。関所を通らずに山を越えて駿河と相模をつなぐ間道だったのかな? 文化二(乙丑)(1805) 年ですので、宝永噴火(宝永4〈1707〉年)から約100年後。今でも枝沢には富士山の噴火の名残であるスコリアがいっぱいに残っていて、噴火直後の当時どんな様相だったのか。。。

 

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このあたりはプレート移動で丹沢地塊が日本にくっついた後、伊豆・箱根地塊が押し寄せてきて、激しく隆起した地域です(今でも隆起中?)。この付近の山を歩いていると、断層のような地形を時々見かけます。下の写真は畑沢から鷹落場(山名です)に登る尾根上にあった、尾根を切る断層の表現と思われる場所。ズレてちょっとした二重山稜のようになっていますね。

 

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駿河小山周辺の山(極西丹沢南、足柄山地)に行くと楽しみなのは、道標です。手作りの道標で、そのアクの強さ、やたらとカラフル、自己主張の強さから、目を奪われますw

これは小山在住の、故岩田澗泉という人が作って設置したものです。このあたりの山によく行く人にはよく知られていて、最近、それをまとめた本が出版されました。どんどん朽ちてなくなっていて、ちょっとさみしかったので、これはうれしかった(浅井紀子著、三宅岳(写真)『道しるべに会いに行く 丹沢・不老山周辺の岩田澗泉さんの道標』風人社、2020)。

岩田というのは昔からの小山周辺の名士の一族で、明治時代に小山町に富士紡を招聘したのも、岩田蜂三郎という人物でした(道標の岩田さんとの関係は知りません)。今でも駅と一体化したかのような富士紡の大きな工場がありますね。当時は富士紡ありきの町だったようで、人も多く、賑わっていたようです。山北周辺に水力発電所が多いのも、この富士紡の影響という側面があります。

何度要望してもきちんと登山道の整備をしない役所に腹を立てて、小山町町議会議員でもあった地元の山が大好きな岩田さんが、とうとう自分で道標を設置しだしたらしいですが、詳しい経緯については書きません。実際を知らないので。いろいろトラブルもあったみたいです。その正否についても書きません。

でも、この道標が大好きな自分としては、山に行って見かけるのが楽しいのです。今ではいかにも無味乾燥なとってつけたような「サンショウバラの丘」という名称になった場所(浅瀬峠西すぐの、丹沢でも最高に気持ちいい場所のひとつ)も、岩田さんのつけた「樹下の二人」という名前のほうが好き。もうそこにあった道標は残骸のかけらしか残っていないけど。

木製の道標ですから、どんどんと朽ちてなくなりつつあります。朽ちていくままにしておくのがよいのでしょう。そういうもんだし。でも、「樹下の二人」っていう名前だけは、残っててほしいなぁ。

上記の本には掲載されていなかった、足柄峠近くにあった道標の写真をのせておきます。今でもあるかどうかは知りません。

 

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参考文献

筒井正夫『巨大企業と地域社会 富士紡績会社と静岡県小山町』日本経済評論社、2016
浅井紀子、三宅岳(写真)『道しるべに会いに行く 丹沢・不老山周辺の岩田澗泉さんの道標』風人社、2020

 

2022年2月11日 (金)

沸石(神奈川県足柄上郡林道秦野峠・高松鉱山周辺)(菱沸石、濁沸石、輝沸石)

菱沸石 chabazite Ca(Si4Al2)O12・6H2O 珪酸塩鉱物
濁沸石 Laumontite CaAl2Si4O12・4H2O 珪酸塩鉱物
輝沸石 Heulandite (Na,Ca)2-3Al3(al,Si)2Si13O36・12H2O 珪酸塩鉱物

 

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Chabazite_hadanotoge_02

 

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丹沢山地の南部域で採集した沸石です。

1~3枚目は、林道秦野峠付近の産。松田町の寄(やどろぎ)・稲郷と、玄倉をつなぐ林道の峠です。

1、2枚目の、四角くちょっと表面がマットがかったような半透明な菱沸石。見る機会の多いありふれた沸石ですが、これはちょっと他のと違った雰囲気で、表面の質感もてかてかした感じじゃないし、辺はシャープだけれど、面はちょっと膨らんだ感じで、面白い。くずきりみたいですごくおいしそう。

2枚目も同様ですが、先端を斜めにすぱっと切った刀状の小さな結晶は、濁沸石。

3枚目は、輝沸石。球状のかたまりから四方八方に結晶が成長しています。

 


(2022/2/24追記)

この菱沸石としたものですが、方解石ではないかという指摘をいただきました。今度調べてみるつもりですが、とりあえず念のためにここに追記をしておきます。確かに方解石っぽい感じもするのですよね。。。


 

Laumontite_takamatsum_01

 

林道秦野峠から南に延びる稜線を3kmほど辿っていくと、高松山です。高松鉱山近くの沢(以前の忍石海緑石?の項と同じ採集場所)では、4枚目の写真のような濁沸石の結晶がたくさん見られます。

成分式を見るとわかるように、沸石は水分子を多く含んでいますが、濁沸石は他の沸石と違い、空気に触れた状態でこの水分子が抜けてしまうので、放置しておくと白く濁っていき、粉状に分解してぼろぼろに崩れてしまいます。保存するためには水の中に入れておいたりしないといけません。

つまり、濁沸石の多い岩盤というのは、崩れやすいということですね。実際、林道秦野峠あたりの岩はもろくてすぐに崩壊するので、すぐ通行止めになったりします(今もダメかも)。露頭のそばにいても、自然にぽろぽろと小さな岩の欠片が落ちてくるので、結構怖かったり。あれは濁沸石のせいかもしれない。

現在高松山の南麓では新東名のトンネル工事が進められていますが、昨年末(2021年12月)、新東名の工事が難航しており、完成予定が再延長されるというニュースが流れました。もっとも難航しているのが、全長2.9kmの高松トンネル。高松山というか、その南の山上にある高松集落の下あたりを通るトンネルですが、尺里川をさかのぼって高松鉱山に行く途中で工事現場を通ります。

 

Hisarigawa_01

 

トンネルを掘ったあとの大量のズリはどこにあるんだろう、見てみたいなあ、マンガン鉱石とかあるかも! などとのんびり考えながら通り過ぎましたが(笑)、かなり苦労していたのだなあ、すいません。濁沸石の脈とか多そうだし、関係あるのかな?

 

松田町の寄は、沸石の産地として有名なようですね。寄のすぐ北・稲郷にも、マンガンが出た稲郷鉱山があったようです。枕状溶岩が見られる地域でもあります。

寄から山北の八丁地域まで、明治頃まではいくつかの生活道が山を越えて通っていました。花嫁が歩いて通った道ということで、はなじょろ道と言われていましたが、最近廃道になっていた古道が整備され、歩きやすくなったようです。山の上まですべて植林に覆われて暗く、正直登山としては魅力に欠ける山域といわざるを得ないのですが(ただこの周辺の植林は整備が非常にきちんとしていて気持ちはいいのです)、山の中に仏像などの遺構も多く、まあ興味の方向を変えてみれば面白い地域であるといえるのかな。。。でも、高松山の頂上だけは伐採された眺めのいい草原で気持ちいいですよ。

寄も、行政的には「やどりき」という読みのようですが、自分はずっと以前から「やどろぎ」とよんでいました。変な名前ですね。植物のやどりぎからきているのでしょうか。ロウバイ園で有名ですが、見に行ったことはありません。むしろその時期は混むので避けます。ちなみに、町の中を流れる川は、中津川。また中津川か。。。

林道秦野峠は林道上の峠ですが、旧秦野峠はまた別の場所です。峠を越える道は、痕跡はあるけれど辿ったことはないのでどうなっているかわかりません。この周辺は緑のきれいな緑色凝灰岩が多く、激しい崩壊地ばかりです。

個人的には、旧秦野峠から鍋割山までの稜線は、丹沢でも一番のマイフェイバリットですね。伊勢沢の頭の明るい草原、檜岳(ひのきだっか。ドッケなどと同じ岩山を意味する言葉に「岳」をあてたらしい)のブナ林、雨山峠付近から石英閃緑岩域に入り、崩れやすく険しい地形となっていきます。真っ白な岩と、馬酔木やコケの緑が美しい地域。人でごったがえす鍋割山の頂上直前まで、人もそんなに多くなく、変化に富んだ地質と植生が続きます。何度行っても飽きない地域です。

 

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檜岳のブナ林

 

2022年2月 6日 (日)

海緑石?(神奈川県足柄上郡山北町尺里川)

海緑石 Glauconite? K(Fe, Mg, Al)2(Si, Al)4O10(OH)2 珪酸塩鉱物
緑泥石 Chlorite? [ A ][(OH)8|AlSi3O10] 珪酸塩鉱物
セラドン石 Celadonite? KMgFe3+Si4O10(OH)2 珪酸塩鉱物

 

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高松鉱山の近くの沢で拾ってきた石を顕微鏡で見ていて、妙な構造物を見つけました(場所としては、以前の忍石と同じですが、今回の石は多分マンガン鉱山としての高松鉱山とは無関係だと思います)。

結構大きくて、最初ぱっと目に入った時はなんか虫関係のように見えて、ビクゥとしました(石を顕微鏡で見ていると、たまに虫がすごいでかく見えてぎゃーとなることってありますよね?)。

これはまた不思議な形。こんなのは見たことないですねぇ。

緑のきれいな透明感のある鉱物の欠片が、白い地にきれいに整列しています。その整列の仕方もいろいろあって、面白い。まるで何らかの生物由来のようにも見える配列です。

この緑の石はなんだろう。緑の石といえば。。。高松鉱山ではクロムをわずかに含んだ透輝石が出るようです。あと、一番最初に思い出したのは、ここは丹沢層大山亜層群ですので、セラドン石。大山の周辺(特に大山の北側)では必ず目にする緑の石です。川音川下流の松田惣領あたりでも多いみたいです(そのあたりはいつも通り過ぎるだけなので、よく知らないのだけれど)。見かけ的にも場所的にも、まあセラドン石でおかしくはない? あとは緑泥石という可能性もあるか。

でもそういえば、高松鉱山は酒匂川支流・尺里川(これで「ひさりがわ」と読みます。多分「久里」がどこかで「尺」になっちゃった?)ですが、そのすぐ西側の皆瀬川では、海緑石が見つかっています。セラドン石と海緑石は、ほとんど見分けがつかないとか。

この構造の白い地はなんだろう。セラドン石は、あちこちでよく見かけますが、こんなのは見たことがないです。ぱっと見、石灰岩とか方解石のように見えるんですが。。。

海緑石は、浅めの海で堆積した泥岩、砂岩、石灰岩などの中で見つかるそうです。化石、石炭、石油などのそばで見つかることが多いなど、どうも有機物との関連があるようなないような。。。海緑石の見つかった皆瀬川も、石灰岩、サンゴや有孔虫の化石が多いところです。それに対してセラドン石は、火山灰が海中で堆積した凝灰岩中でできますので、見かけは似ているけれど、でき方はまるで違いますね。

この整然とした配列がどうしてできたか考えてみました。

その1(有孔虫化石の海緑石化?)

貝殻の化石が、緑泥石、海緑石に交代された例があるようです。上の写真も、何かの生物の殻の模様のようにも見えなくもない?(鈴木清一、疋田吉識、上木原明美「緑泥石および"海緑石"に交代された化石貝殻微細構造」日本地質学会学術大会講演要旨194 第99年学術大会〈92熊本〉、1992、https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosocabst/1992/0/1992_301/_pdf/-char/ja)。詳細がわからないのですが、この論文の本文には写真など出ているのでしょうか。見てみたいなあ。殻の部分の多くは方解石になっているということですが。。。例えばここに出ている、有孔虫、Elphidiumエルフィディウムの写真を見ると、非常に似てるような気がするのですが、どうなんでしょう(島根半島・宍道湖中海ジオパーク (https://kunibiki-geopark.jp/)> 有孔虫について)。1枚目の写真の構造物の大きさは直径約1mmで、有孔虫の大きさですね。

その2(破壊の瞬間が保存された?)

フィリピン海プレートにのった伊豆地塊が日本本土に近づくにつれ、どんどん間の海は浅くなっていきます。それと同時に現在の丹沢にあたる地域が隆起し、そこから流出する土砂が海に流れ込み、さらに浅海化が進みます(足柄層)。やがて海は完全になくなり、伊豆が半島となります。浅い海であったところは土砂に埋まり、さらに伊豆の移動で強い圧力を受けて、石灰岩か砂岩、泥岩中に海緑石が生成されます。

プレートの移動はさらに続き、丹沢の隆起は続きますが、やがて圧力に耐えきれず、その昔は浅海であった境界付近はぐちゃぐちゃに破砕されることになります(神縄断層)。海緑石も強く圧力を受けますが、まずその周囲の柔らかい石灰岩か砂岩、泥岩が岩の中で細かく砂のように破壊され、粘度の高い液状化したような状態になり、海緑石もその中で強い圧力を受けて破裂。けれども砂の中で破片はばらばらにならず、破壊の瞬間の状態が保存され、やがてそのかたちのまま、再び固まった。。。とか?

 

という感じで、白い地の部分を考慮して、海緑石か緑泥石ではないかと考え、記事のタイトルも「海緑石?」としました。緑泥石はもう取り上げているので、別の鉱物名にしたいですからね(笑)。

個人的には、その1(有孔虫化石の海緑石化?)が正解ではないかと思っていますが、どうなんでしょうか。。。

 

2022年1月16日 (日)

枕状溶岩(神奈川県足柄上郡山北町玄倉)

Pillow lava

 

丹沢湖の東端・玄倉で湖に流れ込む小菅沢の川原では、枕状溶岩の露頭やそのかけらがごろごろしているのを見ることができます。

 

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粘性の小さな玄武岩質の溶岩(含まれているSiO2が少なく、高温であるほど、粘性は小さくなる)が、ちょうどねり歯磨き粉がチューブから押し出されたような感じで円筒状に海中で噴出し、そのまま急冷されて固まり、さらにそこから新たな溶岩が突き出て、という過程を繰り返して、断面が丸まった溶岩が積み重なったような形状になったものが、枕状溶岩です。つまり枕状溶岩があるということは、水中で溶岩が噴出したことを示すわけで、広い範囲で枕状溶岩が見られる丹沢地域が昔は海だったことの証拠になるわけです。

溶岩の表面は水で急冷されるためにガラス質になり、内部はガスが抜けて孔だらけになったところに火山灰などが充填されます。

写真の様子から、その構造がはっきりと見て取れると思います。溶岩の間の白い部分は緑簾石類や曹長石だそうです。1枚目の写真で分かりやすいですが、各溶岩の輪郭部分がちょっと色濃くなっているのは、急冷されガラス質になった部分で、チルドマージンといいます。

 

小菅沢は玄倉山神峠や秦野峠を源流としており、どちらも源流地域は大きく青々とした崩壊地がむき出しになっています。丹沢層の塔ヶ岳亜層群の地域です。とても崩れやすい悪い渓相で、玄倉から山神峠への道はもう長いこと通行し難い状況のままです(沢の対岸にも鉄塔の管理道跡がありましたが、今現在通れる状態かどうかはわからない)。小菅沢周辺を通っている秦野峠林道の西側も、何か所か崩れているようです(東側も大きく崩れて2022年1月現在工事中で通れない)。

丹沢には他にも、寄沢(やどろぎさわ)、水棚沢(檜岳〈ひのきだっか〉東の沢)、早戸川最上流部などで枕状溶岩が確認されていますが、ここ小菅沢が一番気軽に見に行きやすい場所だと思います。以前、寄から雨山峠に向かう林道の途中に、枕状溶岩とその説明板があったのですが、最近行った時には見当たりませんでした。崩れちゃったのかな?

水棚沢はもろい岩の極悪の沢らしいし、早戸川もちょっと敷居高すぎて、自分には行きづらい場所。

小菅沢の現場は、玄倉から歩いてそんなに遠くありません。20分もかからないかな? 秦野峠林道(登山者用駐車場が入口にあります)を少し歩いていくと、小菅沢橋という大きな橋があります。その橋を渡らず、橋の右脇から沢に下ります(残置ロープがある)。広い川原を少し上流に遡ると、5分もかからず、大きな堰が見えてきますが、このあたりからが現場です。

左岸側に作業林道が通っているので、堰の上流に行けます。川原をうろうろしていれば、すぐに見つかると思いますが、大きな台風ひとつくれば川原の様相はあっという間に変ってしまいます。以前、有志の方々が、枕状溶岩が分かりやすいようにここの岩を時々きれいにしてくれていたようなのですが、今も継続しているかどうかは知りません。自然のままだとコケまみれだったり汚れていたり、ぱっと見分からないことが多いので、すばらしい活動だと思っていたのですが。多分そのころと比べてちょっとわかりにくくなっているようです。博物館などで展示されているのを見るのもいいのですが、やはり実際のその現場で見たり触ったりするのとは比較にならないと思いますね(触れるのって、思っているよりずっと大事なことだと思います)。

 

以前、秦野峠林道の出発地点には、丹沢湖ビジターセンターがありました。中川上流にあった西丹沢自然教室は登山用のベース施設、丹沢湖ビジターセンターは、丹沢の自然を紹介する施設と、その機能を分割していたのではないかと思いますが、2015年に後者を廃止して、その機能を統一したのでしょう、自然教室は西丹沢ビジターセンターと改称されました。今でも丹沢湖BCの立派な建物だけは残っているのですが、まったく使用されておらず、玄倉林道が長いこと通行止めになっているせいもあり、玄倉は結構閑散とした状態です。玄倉が出発点の「一般登山道」で現在通行できるのは、西丹沢県民の森から石棚山に登るルート1本だけですから、まあ仕方ないんですが。。。

いつも玄倉に来ると、丹沢湖BCの建物がもったいないなぁと思います。すぐそばにこんな枕状溶岩を気軽に見られる場所もあるし(こんな来やすい場所は他にない)、一時期はユーシン・ブルーを目当てのハイキング客も、結構たくさん見かけたんですがねぇ(現在熊木沢ダムは水をためていないので、上流の湖はありません)。

玄倉林道が通行できるようになったら、丹沢湖BCやユーシン・ロッジ、山神峠の経路など全部まとめて復活しないかなぁと願っています(あと倒れかけた山神峠の総檜造りの山の神さまのお社も)。神奈川県民の自分としては、そのために県税を投入するというなら、もう大喜びで賛成なんですがね。神奈川県で一番の(というより唯一の)秘境ですから。

 

神奈川の秘境といえば、数年前箱根の硫黄地獄を訪れたら、完全に人工的に固められて跡形もなくなっていて、愕然としました。それまでも時たま来ていて、地元の人からそこで作っていたゆで玉子をもらったりして思い出もある、箱根の自然と直に触れ合えた数少ない場所だったのですが、それ以来、神奈川の数少ない好きなジオ・スポットのひとつがなくなってしまって、悲しすぎて箱根はもう行きたくないって気分がずっと何年も続いています。どうしてそうなってしまったのか詳細は知りませんが。。。

 

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上下:小菅沢の様子

 

2021年12月12日 (日)

忍石(神奈川県足柄上郡山北町高松鉱山)

Dendrite(樹枝状晶)(二酸化マンガン MnO2

 

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東丹沢南にある高松鉱山の忍石です。

樹枝状晶とは、岩石の割れ目などにしみ込んだマンガン等が、枝分かれしつつ樹状に成長した結晶のことで、その結晶がまるで自然に描かれた植物の絵のような姿を見せる石のことを忍石といいます。マンガン鉱山などでは、割とよく見られます。

1枚目の写真では、上部に黒く輝くマンガン鉱(軟マンガン鉱 Pyrolusite?)から、下に向かって石の隙間を結晶がしみ込みつつ成長していったのでしょう。浮彫のように立体的になっていて、なかなか立派な姿ですね。

2枚目は、樹状になる前に成長が止まってしまった姿に見えます。各島にしみ出した穴が黒く見えていて、そこからじわーっと(多分)二酸化マンガンが広がって、まるでマンデルブロ集合のようなフラクタルな姿を見せています。これも忍石の一種といってもいいのかな?

 

マンデルブロ集合を計算して描画するソフトは、以前はよくパソコンのデモとして使われていたように覚えています。不思議としかいいようのないタツノオトシゴの尾のような形状の一部を拡大していくと、少し違うけれど同じようなパターンの繰り返しが、パソコンで計算できる限り延々とあらわれ続けていくのは、とてもインパクトがありました。自分にとっては、パソコン(というかマイコンか)に対する元イメージのひとつが、このマンデルブロ集合です。謎に満ちた、けれどもわくわくするような非現実的な世界。でも、自然界にはフラクタル(に近似した)形状が満ち溢れています。

マンデルブロ集合は計算式としては、それほど複雑なわけではないのですね。だからこそ、今と比べれば非力な昔の8ビットパソコンでも、容易に計算・描画ができたんでしょう。でも、普通のグラフとちょっと違うのは、その式が複素数(虚数 を含んだ式の形で表せる数)の式ということ。複素数は座標を示すのに便利なのです。

実際には存在しないように思える数字を使って計算された結果が、自然界にはありふれているのは一体なぜなのか。面白いですね。

昔読んだイギリスのロジャー・ペンローズ(2020年にノーベル物理学賞を受賞しました)の本によって、このあたりへの興味を持ったのですが、鉱物関連でペンローズといえば、ペンローズ・タイル。

ペンローズ・タイルとは、2次元的に、2種類(それぞれ鋭角が36°と72°)の菱形のみを組み合わせて、周期的ではないけれども、「ほとんど」五角形を基本にして平面を充填しているパターンのことです(画像検索すればいっぱい出てきます)。正五角形を並べて敷き詰めても、空間を隙間なく充填することはできないので、結晶では正五角形の要素はあり得ないのですが、ペンローズ・タイルはその正五角形の要素がありつつも、空間を充填できる。こういうパターンの結晶を、準結晶といいます。実際に、こういう「周期的ではないが規則的である」結晶構造をもつ鉱物は発見されています(ダニエル・シュヒトマン他、1984。2011年に「準結晶の発見」でノーベル化学賞を受賞)。

もし鉱物の結晶が徐々に成長していくのならば、周期的ではない構造を持つ準結晶がどうやってできるのか、わけがわからないですよね。同じパターンを繰り返すだけでは、準結晶はできないのです。最初から全体の設計図みたいなものが内包されていなければ、そんな複雑な構造のものができるわけがありません。ペンローズはそこから、量子力学的な要素が必要なのではないか、とするわけです。結晶が決まったパターンで局所的に徐々に成長していくのではなく、結晶全体が、量子力学的な重ね合わせの状態から、準結晶の状態を選択するという。。。

そういえば以前、水晶に内包物がある場合、成長途中に異物があって邪魔をしているのに、どうやって最終的にきれいに水晶の形になるのか、なんてことを書いた記憶があります(水晶(黄銅鉱含有)(静岡県南伊豆町青野川流域)。量子力学であれば、きちんと説明してくれるということか(いびつな水晶の成長はどう説明するのかw)。

 

参考:ロジャー・ペンローズ『皇帝の新しい心』みすず書房、1994年

古い本だし続編もあるらしいので、内容的には今では知識の書き換えが必要になってくる部分も多いとは思いますが、チューリング・マシンの説明など、当時はもうびっくりするくらい面白い本でした。

 

高松鉱山は地味なマンガン鉱山っぽいとそんなに期待せず訪れたのですが、面白いものがいくつもあって、思ったよりもずっと楽しいところでした。また取り上げると思うので、その時にもうちょっと詳しく書きます。

 

2021年7月21日 (水)

三浦半島三崎層(神奈川県三浦市盗人狩)

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三浦半島南端は、荒々しい海岸線が続く、神奈川随一の風光明媚な土地です。特に三崎層の露頭が多い城ヶ島や観音崎付近は、地質学の巡検なども多いようで、観察ポイントもあちこちにありますし、観光地としても有名ですね。

でも純粋に自然の景観として見た場合、宮川湾近くの盗人狩(ぬすっとがり)付近が、圧倒的にすばらしいと思います。行きにくさ(道がちょっと分かりにくい)、海岸沿いの遊歩道があまり整備されていない、食べたりする場所が定食屋1軒しかない、などなどあって、観光客もとても少ないので気持ちいいし(人は釣りが9割)、ねこもいるし。。。大好きな場所なんですよねぇ。もちろん、地学的な見どころもたくさんあるので、ここで簡単に紹介することにします。

宮川湾あるいは毘沙門湾から歩いて行くことになります。宮川湾には有料駐車場あり。1000円ちょっとかかります。まあ城ヶ島の広い駐車場も全部有料になってしまったし、これは仕方ないですかねぇ。。。そういえば、城ヶ島の橋はいつの間にか無料になっていました。最近かな?

 

三崎の海岸では、白い層と黒い層が相互になっているさまをどこでも見かけます。大抵、白い層は柔らかいので波に削られてへこみ、黒い層がとんがっていますね。白いのは、陸上起源のシルト岩・砂岩。黒いのは、火山由来の凝灰岩・スコリアです。延々と繰り返しが続いているように見えるので、はるか長い時間、堆積し続けたもののようにも見えますが、実は同じ地層が何度も繰り返されて露出しています(デュプレックス構造)。

ざっと1200万~400万年前、当時のトラフの海側斜面に堆積し、プレート沈み込みの際に陸地に付加したものとされています。フィリピン海プレートでは最も新しい付加体のひとつです。

 

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この辺でちょくちょく目にする、シルト岩中の茶色い団塊状のノジュール。鉄分が集まったものだそうです。断面には、成長の年輪のようなものも見えます。やはり核となる何か(化石とか鉱物とか、あるいは火山豆石のようなもの?)があって、そこから成長していくのでしょうかね?

 

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シルト岩上に残された、生痕化石。多分ウニの這った痕ではないかと思いますが、化石は全然わからないので。。。

三浦の海も潜ると面白いのですが、東京湾側はおすすめしません。水がはっきり汚いです。盗人狩あたりも、東京湾からの水が若干混じっているのか、ちょっと透明度が落ちます。三浦半島の相模湾側(城ヶ島から西側、荒崎あたり)が一番水がきれいですね。うにはもちろん、色鮮やかなウミウシ、何だかよくわからないものもいっぱいいますw

 

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だだっぴろい海蝕台上のポットホール。なぜかこのあたりだけたくさんありました。しかも3列くらいに直線状に並んで連なっています。他の場所と違いがあるように見えませんが、どうやってできたんでしょうか。

三浦では、プレート由来の大地震が起きるたびに、1~2m程度隆起しています(最近では関東大地震、元禄地震など)。ただ、氷期・間氷期の海面上昇・下降などの影響もあるので(最近では縄文海進などが有名ですね)、海蝕台がどのように形成されていったかは、単純ではないと思いますが、昔はここも海の水で洗われていたことは確かです。

 

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海岸沿いの海蝕洞群。

ところで盗人狩という地名ですが、昔泥棒がここの崖の上に追い詰められ、その断崖と打ちつける波の凄まじさに足がすくんであっけなく捕まってしまったことからつけられたそうです。まあ気持ちはわかる。

写真のコンクリートは歩道(関東ふれあいの道)ですが、海岸沿い、特に道になっていないところも多いです。一部、満潮で波が高いと崖の中腹をへつるしか進めなくなるようなところもあって、なかなかワイルドな歩道ですよ。

 

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この黒いところは、火山の噴出物です。どうやら昔はかなり近くで噴火があったようなのですが、その場所はわかっていません。

この写真の右側が、この地層が積もった時の地面の下側です。噴出物が海の中で積もる際(または土砂崩れなどで海中に巻き上げられたあと)に、より重い粗粒子が先に海底に沈み、時間が経つにしたがって、軽い細粒のものが積もっていったため、このようにきれいに分布分けされました(級化層理)。

 

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ぐちゃぐちゃに波打った層。スランプ構造といいます。堆積してまだしっかりと固まっていない海底が、地すべりなどで崩れてそのまま固まった痕で、いうなれば海底地すべりの化石ですね。三浦の海岸ではあちこちでスランプ構造が見られます。それだけ堆積物が多く、傾斜が激しかった、地滑りの原因となる地震が多かったということが分かります。

考えてみれば、いまでもトラフの斜面ではこういう現象が現在進行形で起こっているということになりますね。

 

2021年4月28日 (水)

軟マンガン鉱(静岡県下田市高根山鉱山)

Pyrolusite MnO2 酸化鉱物

 

Pyrolusite_takaneyamam_01

 

伊豆下田の高根山鉱山で見つけた、グラデーションがうつくしい微細な水晶(玉髄)。

表面に、なんか膜状のコケのようなものがついていました。こちらも色の変化がおもしろいです。

左上の黒っぽい部分を拡大してみると。。。

 

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金属的な光沢の、黒っぽい鉱物。多分軟マンガン鉱ではないかと思います。

表面がいろんな色に変化しているのはあんまり見たことがないけれど、酸化して被膜がついているんでしょうか。

 

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こんなのもありました。表面が金属光沢できらきらしている腎臓状集合の裏側が見えていて、炭のように黒くくすんだ光沢のない様子がわかります。

高根山鉱山では、やはりマンガン系の鉱物で、ありふれた軟マンガン鉱より珍しいバーネス鉱というのもでるらしいですが、この裏側のような、地味な感じみたいです。

 

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こんな結晶っぽいところもありました。細かい柱状結晶が集合しているように見えます。そういえばすぐ近くの寝姿山では、ラムスデル鉱の針状あるいは柱状結晶がありました(ラムスデル鉱(静岡県下田市寝姿山))。直線距離で1kmほどしか離れていません。

 

どうもマンガン鉱物というのは、人間がもっとも古くから使用してきた鉱物である可能性があるようです。

現生人類種との関係はまだ明確ではないけれど、ヨーロッパにいたネアンデルタール人は、マンガンを顔料とし、また粉末にして火をつけるための材料として使用していたようです。現生人種が欧州に到達するはるか昔、ネアンデルタール人が暮らしていたというフランスのペシュ・ド・ラゼ洞窟から、クレヨンのような二酸化マンガンの固まりが見つかっています(ナショナルジオグラフィックマガジン2008年10月号 ネアンデルタール人 その絶滅の謎)。

なるほど、軟マンガン鉱は触るだけで指が黒くなるから筆記用具になりますね。マンガン鉱床には大抵どこにでもあるありふれた鉱物で、手に入れるのも比較的容易ですし(といっても、何も情報がないところからいざ探すとなったらえらく大変ですけど)。あるいは、描ける便利な黒い石が採れるから、そこに住むようになったということもあるのか(ペシュ・ド・ラゼ洞窟で見つかったマンガンがどこで採取されたものかは知りませんが)。

ネアンデルタール人の系統が現生人類と分岐し分かれた時期はよくわかっていないようで、説によって何十万年もの差がありますが、先に故郷のアフリカから広い新世界に向けて出発した先輩であることは間違いないようです。約4万5000~3万年前にはヨーロッパあたりで両者の分布域が重なっていたので、もしかしたら何らかの接触があって、現生人類もマンガンを使っていたかもしれません。混血があったという説もあるみたいです。

その後、ネアンデルタール人は絶滅したとされます。その理由は分かっていません。

ネアンデルタール人というと現生人類より文化的に劣っていたと考えがちですが、どうしても身びいきになってしまうもので(自分が一番優れていて特別なんだと思いたいですよねw)、もしかしたら逆にこちらがいろいろ学んだ(あるいは奪った)のかもしれません。マンガンの探し方とか、使い方とか。。。その後、人間はマンガンのさまざまな使い道を発見します。大プリニウスの『博物誌』には、黒い(軟マンガン鉱の)粉末を使ってガラスを無色透明にすると記してありますし、さらに19世紀にはマンガンを使った電池が発明されました。

人間は、はるか過去から現代まで、マンガンのお世話になりっぱなしですね。

 

2021年1月17日 (日)

黒鉱?(神奈川県足柄下郡湯河原町新崎川流域)

kuroko(black ore) 硫化鉱物

 

湯河原の山の林道で見つけました。何度か訪れているところなのですが、今までなかった林道が新しく作られていて、その起点の広場で、このあたりで見たことのない石がたくさん転がっているのを見つけました。林道の工事に伴って、別の場所から持ってきたものかもしれません。その林道が続いていると思われる先に、林道を切り開いた際にできたと思われる見覚えのない露頭が見えたので、そこの石かも?(確認はしてません)

真っ黒で、手にとってみると非常に重く、金属のかたまりのように見えましたので、数個拾ってきました。

林道で拾ったものなので、出所もあやしいですし、普段だったら拾わないのですが(最初見た時は実際スルーした)、ちょっと面白い石だったので、ここで取り上げることにしました。

新崎川流域のいくつかの沢で石を探したことがありますが、どこでも硫化鉱物はまったく見たことがありません。面白そうな鉱物といえば、せいぜいかんらん石くらいで。。。(伊豆の海岸で見られるのとそっくりな、穴のあいた軽い火山の噴出物が多い。箱根や幕山の噴火に由来するものだと思いますが)。

 

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ネオジム磁石に弱くくっつきます。場所によっては、磁鉄鉱のように強くつきます。

1枚目の写真の石を見た時、閃亜鉛鉱かなとも思いましたが、自信なし。ともかく、なんらかの硫化鉱物であることは間違いないとは思いますが。。。ところどころ丸い穴が空いていて、3枚目の写真のように、穴の中には尖がった牙のような結晶(?)があります。葉片状になっている部分もあります。3枚目の写真の、薄青白く球状だったり薄い板状の部分はなんだろう、重晶石だろうか。

 

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この球状のかたまり(とその下)は、黄銅鉱に見えますね。こういうさまざまな硫化鉱物(黄銅鉱、黄鉄鉱、赤鉄鉱、閃亜鉛鉱など?)が混ざり合って集合しているような感じ。緻密な黒っぽい金属のかたまりです。

 

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こんな針状・板状の結晶もありました。こちらは金属でなく、透明感があります。

1枚目の針状結晶の先端には、金属の小さな球がくっついていて、かわいい(写真ではちょっと分かりづらいですが)。1枚目にも2枚目にも、先端を斜めに切り落としたような板状の結晶が見えます。これは、石膏じゃないだろうか。

以前書いた、石膏?(山梨県都留市宝鉱山)の石を思い出しました。この真っ黒で重たい鉱石は、もしかしたら黒鉱といわれるものではないだろうか。粒状の黄鉄鉱とか、何となく雰囲気も似てる。

黒鉱とは、海底の熱水噴出孔周辺に沈殿した硫化物からできた鉱石のことで、主に日本海側に多いようです。熱水噴出孔付近にはその熱や噴出物中の化学物質に依存した生物が多く生息しており、特に不思議な生態・形態をしたチューブワームで有名ですね。閃亜鉛鉱、方鉛鉱、黄銅鉱、黄鉄鉱、四面銅鉱、重晶石や石膏、それに金や銀なども含み、20世紀に入って混ざり合った成分を抽出する技術が確立されてからは、日本では重要な銅・鉛・亜鉛の資源として多く採掘されていた鉱石です(現在ではもう採掘している鉱山はない)。英語でも、「kuroko」といいます。

太平洋側では、伊豆・小笠原の火山フロントの熱水噴出孔により沈殿したものが、海底の黒鉱鉱床として知られていますし、伊豆にもあります。箱根も、伊豆や丹沢と同様、フィリピン海プレートの北進で本州に付加したのだから、黒鉱があってもおかしくはないですよね。

もし林道のために他の場所から持ってきたものであっても、そんな遠くから運んでくるとは思えないし、鉱山近くの林道で、ズリ石を使用している例もあります(錫高野の林道とかそうですよね)。だから、この近くに黒鉱鉱床があるんじゃないかと想像しているのですが、どうなんでしょうか。気になって、夜も7時間くらいしか眠れません。。。今度ここに来たら、見えていた露頭まで行ってみたいと思ってるんですが、いつになるか。。。

正直、こんなところで見つかるとは思いもしなかったもので、情報もなく、経験も知識も足りない自分には同定などできないのですが、とりあえず面白いものであるのは間違いないと思いますので、取り上げてみました。

 

ところで、新崎川は箱根外輪山の白銀山から流れ出ています。特に見栄えもよくない山で、もちろん雪で白く輝くこともめったにない低い山ですが。。。もしかしたらこの名前、そこで採れた石からきてる可能性もあったり?

 

2020年8月29日 (土)

タマネギ状構造(神奈川県東丹沢~山梨県秋山)

神奈川県の東丹沢周辺では、よくタマネギ状構造、あるいはタマネギ状風化が見られます。

昔は牡丹石ともいわれていました(日本で牡丹石と呼ばれている石には、まったく違う種類のものがいくつかあるようです)。『新編相模国風土記稿』に、「牡丹石。(青野原村ニ産ス。本草綱目ニ井泉石ト見ヘタルハ。卽是石ノ類カ。)」(巻之百十六 津久井県巻之一)と書かれています。

個人的には青野原の山というと焼山くらいしか行ったことがありません。タマネギ状構造を見た記憶はないのですが、別の石のことではないと思います。その詳細は「地誌のはざまに 青野原の牡丹石」に詳しいので、興味ある方はそちらをどうぞ。

風土記稿」の同じ個所には道志川の貝石というのも載っていて、これはカネハラニシキの化石のことでしょう。大室山の貝沢あたりから流れてきたものと思われます。

 

タマネギ状構造は東丹沢、特に大山や広沢寺の鐘ヶ岳周辺には多く見られ、どちらも信仰の山であり、参拝者、あるいは行者たちにとっては、よく目にする馴染みのあるものだったでしょう。山岳信仰と鉱山、本草学は、深い結びつきがあります。行者たちは、多分この周辺でとれる役に立つ石や草のエキスパートだったはず。

東丹沢の山岳信仰の中心は愛川町の八菅山ですが、飯山あたりには銅鉱もあり、鋳物師の拠点だったといいます。七沢には多々良沢なんていう名前の沢もあり、ちょっと気になりますね。今ではこのあたりで鉱石を採集したなどという話はまるで聞かないのですが。

ちなみに宮ケ瀬から流れる川は中津川といいます。中津川といえば、鉱物好きには気になる地名で、特に秩父や恵那の中津川は、日本でも指折りの稀少鉱物の産地として有名です。神奈川の中津川は、地学的には牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線にあたり興味深いところですが、鉱物的にはいまいちパッとしませんねw

 

タマネギ状構造は、岩が節理に沿って次第に丸みをもって風化していったものですが、出来方については、ここがわかりやすいかも。平塚市博物館「東丹沢のタマネギ石(4)−そのでき方−

 

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大山の東、日向薬師の奥、屏風沢上流の枯れ棚。雨が降れば流れるであろう水流で、なめらかに浸食されているのでしょうか。皮がめくれたようにはなっていませんね。でも、節理に沿ってタマネギ状構造が発達している様子がよくわかります。割れ目の白い脈は、沸石でしょうか。

さらに沢の奥まで行くと、まるで屏風のようにたった岩壁が広がっていて、沢名の由来になったと思われます。

 

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鐘ヶ岳、広沢寺からの登山道の途中。古い参詣道で、番地を記した江戸時代の道しるべが登山口から頂上まで続いています。

鐘ヶ岳は昔は大山と並ぶ信仰の山で、多くの参詣者でにぎわったらしいですが、今は登山者も少なく静か。頂上には浅間神社がありますが、頂上の少し下には寺もあったようで、礎や瓦などが発掘されています。

 

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大山三峰の南。不動尻から稜線に登山道を登って、ちょっとのところだったと思います。

不動尻は、心霊スポットで有名な七沢の山神隧道を越えた先にある、大山や三峰の登山口。この周辺は暗くてじめっているし、キャンプ場だったころの名残りの廃墟もあったりして、おせじにも気分のいいところとはいえないので、まあ心霊スポットになる気持ちはわかるw

 

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宮ヶ瀬湖の南畔、林道土山高畑線沿いにあります。土山峠からちょっと行ったところの、橋のきわ。

これだけ立派なのは、見たことないですね。

 

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山梨県秋山の高柄山稜線上。

 

藤野木・愛川構造線、牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線に沿って、タマネギ状構造が続いているように感じます。

タマネギ状構造は、火山性タービダイト(海底の乱泥流堆積物のこと。普通、粗粒ほど先に下に沈み、細粒ほど後から沈み、層ができる)でしか見られないそうです。最初は海であったプレートの境界は、陸地にはさまれた深い海になり、隆起して山になった両側から多量の土砂が流れ込み段々浅くなっていき、やがては山間の川となります。その過程で堆積岩ができ、常に強い力を受けているために、割れ目(節理)もできやすいということなのでしょう。

 

東丹沢は鉱物的にはそれほど面白いところではないのですが(それでも鉱山跡はちらほらとある)、地学的にはとても興味深い地域です。

夏は行きたくないところですけど(暑いし山ヒルがががが)

 

2020年7月12日 (日)

柱状節理〈1〉(神奈川県足柄下郡湯河原町新崎川流域)

Columnar jointing

 

Columnar-joint_shinzaki_01

Columnar-joint_shinzaki_02

 

岩の分類を追加します。

柱状節理は大好きで、いろいろ見てきましたが、この滝は一番のお気に入りです。湯河原の新崎川上流、中尾沢F2になります。10年くらい前から、毎年年末~新年に一度お参りみたいな感じで訪れていましたが、2年位前、沢がひどく荒れて経路がわかりにくく、ちょっと危ない感じになりました。それ以来、ちょっと足が遠のいているのですが、最近はどうなっているのか。。。

滝としてはそんなに大きいものではないのですが、美しさという点では、これに勝る滝を見たことはありません。ちょうど南向きの沢なので、日の光がよく当たり、細かいしぶきがきらめくさまは見ていて飽きません。

中尾沢を遡行し、F1(時間によってはよく虹が出ている)の左を巻いてよじ登ると、いきなり目の前に現れます。さらに右岸の小尾根を伝って、落ち口に登ることもできます。ちゃんとした登山道などはありません。この辺は、地形図に道として描かれていても実際にはもう跡形もないものも多いです。箱根周辺のハコネダケ(ササ)のヤブは、通行不可能といっていいので、あまりうろちょろできないのですが。。。(このあたりで、わずか数十メートル程度のヤブが越えられず、撤退したことがありますw)

 

柱状節理は、溶岩が岩になり、さらに冷えていく過程で収縮するために4~7角形に規則正しく割れ目ができて、柱状になったものです。

すべて火山といってよい伊豆にはあちこちに柱状節理が見られ、特に火山から流れた溶岩が沢沿いに流れ、冷やされてできた例が多いようです。冷却面に垂直に柱ができるので、ここの場合、沢に沿って沢を埋めるように溶岩が流れて固まり、そのあとに上にまた水が流れて崩れていって滝ができたのでしょう。滝の上に登ると、川床に六角形の岩が続いているのが分かります。

ここに行くには湯河原の梅園で有名な幕山から入りますが、幕山で多くのクライマーが練習している岩も柱状節理です。ただその柱状節理は幕山の噴火で流れた溶岩でできていて、写真の柱状節理は、箱根外輪山の白銀山からの溶岩ということになります。

箱根は超有名観光地ですが、あまり知られていないスポットもいくつかあり、人でいっぱいになって欲しくないなあと思ったりしていたり。。。