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○神奈川県

2021年7月21日 (水)

三浦半島三崎層(神奈川県三浦市盗人狩)

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三浦半島南端は、荒々しい海岸線が続く、神奈川随一の風光明媚な土地です。特に三崎層の露頭が多い城ヶ島や観音崎付近は、地質学の巡検なども多いようで、観察ポイントもあちこちにありますし、観光地としても有名ですね。

でも純粋に自然の景観として見た場合、宮川湾近くの盗人狩(ぬすっとがり)付近が、圧倒的にすばらしいと思います。行きにくさ(道がちょっと分かりにくい)、海岸沿いの遊歩道があまり整備されていない、食べたりする場所が定食屋1軒しかない、などなどあって、観光客もとても少ないので気持ちいいし(人は釣りが9割)、ねこもいるし。。。大好きな場所なんですよねぇ。もちろん、地学的な見どころもたくさんあるので、ここで簡単に紹介することにします。

宮川湾あるいは毘沙門湾から歩いて行くことになります。宮川湾には有料駐車場あり。1000円ちょっとかかります。まあ城ヶ島の広い駐車場も全部有料になってしまったし、これは仕方ないですかねぇ。。。そういえば、城ヶ島の橋はいつの間にか無料になっていました。最近かな?

 

三崎の海岸では、白い層と黒い層が相互になっているさまをどこでも見かけます。大抵、白い層は柔らかいので波に削られてへこみ、黒い層がとんがっていますね。白いのは、陸上起源のシルト岩・砂岩。黒いのは、火山由来の凝灰岩・スコリアです。延々と繰り返しが続いているように見えるので、はるか長い時間、堆積し続けたもののようにも見えますが、実は同じ地層が何度も繰り返されて露出しています(デュプレックス構造)。

ざっと1200万~400万年前、当時のトラフの海側斜面に堆積し、プレート沈み込みの際に陸地に付加したものとされています。フィリピン海プレートでは最も新しい付加体のひとつです。

 

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この辺でちょくちょく目にする、シルト岩中の茶色い団塊状のノジュール。鉄分が集まったものだそうです。断面には、成長の年輪のようなものも見えます。やはり核となる何か(化石とか鉱物とか、あるいは火山豆石のようなもの?)があって、そこから成長していくのでしょうかね?

 

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シルト岩上に残された、生痕化石。多分ウニの這った痕ではないかと思いますが、化石は全然わからないので。。。

三浦の海も潜ると面白いのですが、東京湾側はおすすめしません。水がはっきり汚いです。盗人狩あたりも、東京湾からの水が若干混じっているのか、ちょっと透明度が落ちます。三浦半島の相模湾側(城ヶ島から西側、荒崎あたり)が一番水がきれいですね。うにはもちろん、色鮮やかなウミウシ、何だかよくわからないものもいっぱいいますw

 

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だだっぴろい海蝕台上のポットホール。なぜかこのあたりだけたくさんありました。しかも3列くらいに直線状に並んで連なっています。他の場所と違いがあるように見えませんが、どうやってできたんでしょうか。

三浦では、プレート由来の大地震が起きるたびに、1~2m程度隆起しています(最近では関東大地震、元禄地震など)。ただ、氷期・間氷期の海面上昇・下降などの影響もあるので(最近では縄文海進などが有名ですね)、海蝕台がどのように形成されていったかは、単純ではないと思いますが、昔はここも海の水で洗われていたことは確かです。

 

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海岸沿いの海蝕洞群。

ところで盗人狩という地名ですが、昔泥棒がここの崖の上に追い詰められ、その断崖と打ちつける波の凄まじさに足がすくんであっけなく捕まってしまったことからつけられたそうです。まあ気持ちはわかる。

写真のコンクリートは歩道(関東ふれあいの道)ですが、海岸沿い、特に道になっていないところも多いです。一部、満潮で波が高いと崖の中腹をへつるしか進めなくなるようなところもあって、なかなかワイルドな歩道ですよ。

 

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この黒いところは、火山の噴出物です。どうやら昔はかなり近くで噴火があったようなのですが、その場所はわかっていません。

この写真の右側が、この地層が積もった時の地面の下側です。噴出物が海の中で積もる際(または土砂崩れなどで海中に巻き上げられたあと)に、より重い粗粒子が先に海底に沈み、時間が経つにしたがって、軽い細粒のものが積もっていったため、このようにきれいに分布分けされました(級化層理)。

 

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ぐちゃぐちゃに波打った層。スランプ構造といいます。堆積してまだしっかりと固まっていない海底が、地すべりなどで崩れてそのまま固まった痕で、いうなれば海底地すべりの化石ですね。三浦の海岸ではあちこちでスランプ構造が見られます。それだけ堆積物が多く、傾斜が激しかった、地滑りの原因となる地震が多かったということが分かります。

考えてみれば、いまでもトラフの斜面ではこういう現象が現在進行形で起こっているということになりますね。

 

2021年4月28日 (水)

軟マンガン鉱(静岡県下田市高根山鉱山)

Pyrolusite MnO2 酸化鉱物

 

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伊豆下田の高根山鉱山で見つけた、グラデーションがうつくしい微細な水晶(玉髄)。

表面に、なんか膜状のコケのようなものがついていました。こちらも色の変化がおもしろいです。

左上の黒っぽい部分を拡大してみると。。。

 

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金属的な光沢の、黒っぽい鉱物。多分軟マンガン鉱ではないかと思います。

表面がいろんな色に変化しているのはあんまり見たことがないけれど、酸化して被膜がついているんでしょうか。

 

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こんなのもありました。表面が金属光沢できらきらしている腎臓状集合の裏側が見えていて、炭のように黒くくすんだ光沢のない様子がわかります。

高根山鉱山では、やはりマンガン系の鉱物で、ありふれた軟マンガン鉱より珍しいバーネス鉱というのもでるらしいですが、この裏側のような、地味な感じみたいです。

 

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こんな結晶っぽいところもありました。細かい柱状結晶が集合しているように見えます。そういえばすぐ近くの寝姿山では、ラムスデル鉱の針状あるいは柱状結晶がありました(ラムスデル鉱(静岡県下田市寝姿山))。直線距離で1kmほどしか離れていません。

 

どうもマンガン鉱物というのは、人間がもっとも古くから使用してきた鉱物である可能性があるようです。

現生人類種との関係はまだ明確ではないけれど、ヨーロッパにいたネアンデルタール人は、マンガンを顔料とし、また粉末にして火をつけるための材料として使用していたようです。現生人種が欧州に到達するはるか昔、ネアンデルタール人が暮らしていたというフランスのペシュ・ド・ラゼ洞窟から、クレヨンのような二酸化マンガンの固まりが見つかっています(ナショナルジオグラフィックマガジン2008年10月号 ネアンデルタール人 その絶滅の謎)。

なるほど、軟マンガン鉱は触るだけで指が黒くなるから筆記用具になりますね。マンガン鉱床には大抵どこにでもあるありふれた鉱物で、手に入れるのも比較的容易ですし(といっても、何も情報がないところからいざ探すとなったらえらく大変ですけど)。あるいは、描ける便利な黒い石が採れるから、そこに住むようになったということもあるのか(ペシュ・ド・ラゼ洞窟で見つかったマンガンがどこで採取されたものかは知りませんが)。

ネアンデルタール人の系統が現生人類と分岐し分かれた時期はよくわかっていないようで、説によって何十万年もの差がありますが、先に故郷のアフリカから広い新世界に向けて出発した先輩であることは間違いないようです。約4万5000~3万年前にはヨーロッパあたりで両者の分布域が重なっていたので、もしかしたら何らかの接触があって、現生人類もマンガンを使っていたかもしれません。混血があったという説もあるみたいです。

その後、ネアンデルタール人は絶滅したとされます。その理由は分かっていません。

ネアンデルタール人というと現生人類より文化的に劣っていたと考えがちですが、どうしても身びいきになってしまうもので(自分が一番優れていて特別なんだと思いたいですよねw)、もしかしたら逆にこちらがいろいろ学んだ(あるいは奪った)のかもしれません。マンガンの探し方とか、使い方とか。。。その後、人間はマンガンのさまざまな使い道を発見します。大プリニウスの『博物誌』には、黒い(軟マンガン鉱の)粉末を使ってガラスを無色透明にすると記してありますし、さらに19世紀にはマンガンを使った電池が発明されました。

人間は、はるか過去から現代まで、マンガンのお世話になりっぱなしですね。

 

2021年1月17日 (日)

黒鉱?(神奈川県足柄下郡湯河原町新崎川流域)

kuroko(black ore) 硫化鉱物

 

湯河原の山の林道で見つけました。何度か訪れているところなのですが、今までなかった林道が新しく作られていて、その起点の広場で、このあたりで見たことのない石がたくさん転がっているのを見つけました。林道の工事に伴って、別の場所から持ってきたものかもしれません。その林道が続いていると思われる先に、林道を切り開いた際にできたと思われる見覚えのない露頭が見えたので、そこの石かも?(確認はしてません)

真っ黒で、手にとってみると非常に重く、金属のかたまりのように見えましたので、数個拾ってきました。

林道で拾ったものなので、出所もあやしいですし、普段だったら拾わないのですが(最初見た時は実際スルーした)、ちょっと面白い石だったので、ここで取り上げることにしました。

新崎川流域のいくつかの沢で石を探したことがありますが、どこでも硫化鉱物はまったく見たことがありません。面白そうな鉱物といえば、せいぜいかんらん石くらいで。。。(伊豆の海岸で見られるのとそっくりな、穴のあいた軽い火山の噴出物が多い。箱根や幕山の噴火に由来するものだと思いますが)。

 

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ネオジム磁石に弱くくっつきます。場所によっては、磁鉄鉱のように強くつきます。

1枚目の写真の石を見た時、閃亜鉛鉱かなとも思いましたが、自信なし。ともかく、なんらかの硫化鉱物であることは間違いないとは思いますが。。。ところどころ丸い穴が空いていて、3枚目の写真のように、穴の中には尖がった牙のような結晶(?)があります。葉片状になっている部分もあります。3枚目の写真の、薄青白く球状だったり薄い板状の部分はなんだろう、重晶石だろうか。

 

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この球状のかたまり(とその下)は、黄銅鉱に見えますね。こういうさまざまな硫化鉱物(黄銅鉱、黄鉄鉱、赤鉄鉱、閃亜鉛鉱など?)が混ざり合って集合しているような感じ。緻密な黒っぽい金属のかたまりです。

 

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こんな針状・板状の結晶もありました。こちらは金属でなく、透明感があります。

1枚目の針状結晶の先端には、金属の小さな球がくっついていて、かわいい(写真ではちょっと分かりづらいですが)。1枚目にも2枚目にも、先端を斜めに切り落としたような板状の結晶が見えます。これは、石膏じゃないだろうか。

以前書いた、石膏?(山梨県都留市宝鉱山)の石を思い出しました。この真っ黒で重たい鉱石は、もしかしたら黒鉱といわれるものではないだろうか。粒状の黄鉄鉱とか、何となく雰囲気も似てる。

黒鉱とは、海底の熱水噴出孔周辺に沈殿した硫化物からできた鉱石のことで、主に日本海側に多いようです。熱水噴出孔付近にはその熱や噴出物中の化学物質に依存した生物が多く生息しており、特に不思議な生態・形態をしたチューブワームで有名ですね。閃亜鉛鉱、方鉛鉱、黄銅鉱、黄鉄鉱、四面銅鉱、重晶石や石膏、それに金や銀なども含み、20世紀に入って混ざり合った成分を抽出する技術が確立されてからは、日本では重要な銅・鉛・亜鉛の資源として多く採掘されていた鉱石です(現在ではもう採掘している鉱山はない)。英語でも、「kuroko」といいます。

太平洋側では、伊豆・小笠原の火山フロントの熱水噴出孔により沈殿したものが、海底の黒鉱鉱床として知られていますし、伊豆にもあります。箱根も、伊豆や丹沢と同様、フィリピン海プレートの北進で本州に付加したのだから、黒鉱があってもおかしくはないですよね。

もし林道のために他の場所から持ってきたものであっても、そんな遠くから運んでくるとは思えないし、鉱山近くの林道で、ズリ石を使用している例もあります(錫高野の林道とかそうですよね)。だから、この近くに黒鉱鉱床があるんじゃないかと想像しているのですが、どうなんでしょうか。気になって、夜も7時間くらいしか眠れません。。。今度ここに来たら、見えていた露頭まで行ってみたいと思ってるんですが、いつになるか。。。

正直、こんなところで見つかるとは思いもしなかったもので、情報もなく、経験も知識も足りない自分には同定などできないのですが、とりあえず面白いものであるのは間違いないと思いますので、取り上げてみました。

 

ところで、新崎川は箱根外輪山の白銀山から流れ出ています。特に見栄えもよくない山で、もちろん雪で白く輝くこともめったにない低い山ですが。。。もしかしたらこの名前、そこで採れた石からきてる可能性もあったり?

 

2020年8月29日 (土)

タマネギ状構造(神奈川県東丹沢~山梨県秋山)

神奈川県の東丹沢周辺では、よくタマネギ状構造、あるいはタマネギ状風化が見られます。

昔は牡丹石ともいわれていました(日本で牡丹石と呼ばれている石には、まったく違う種類のものがいくつかあるようです)。『新編相模国風土記稿』に、「牡丹石。(青野原村ニ産ス。本草綱目ニ井泉石ト見ヘタルハ。卽是石ノ類カ。)」(巻之百十六 津久井県巻之一)と書かれています。

個人的には青野原の山というと焼山くらいしか行ったことがありません。タマネギ状構造を見た記憶はないのですが、別の石のことではないと思います。その詳細は「地誌のはざまに 青野原の牡丹石」に詳しいので、興味ある方はそちらをどうぞ。

風土記稿」の同じ個所には道志川の貝石というのも載っていて、これはカネハラニシキの化石のことでしょう。大室山の貝沢あたりから流れてきたものと思われます。

 

タマネギ状構造は東丹沢、特に大山や広沢寺の鐘ヶ岳周辺には多く見られ、どちらも信仰の山であり、参拝者、あるいは行者たちにとっては、よく目にする馴染みのあるものだったでしょう。山岳信仰と鉱山、本草学は、深い結びつきがあります。行者たちは、多分この周辺でとれる役に立つ石や草のエキスパートだったはず。

東丹沢の山岳信仰の中心は愛川町の八菅山ですが、飯山あたりには銅鉱もあり、鋳物師の拠点だったといいます。七沢には多々良沢なんていう名前の沢もあり、ちょっと気になりますね。今ではこのあたりで鉱石を採集したなどという話はまるで聞かないのですが。

ちなみに宮ケ瀬から流れる川は中津川といいます。中津川といえば、鉱物好きには気になる地名で、特に秩父や恵那の中津川は、日本でも指折りの稀少鉱物の産地として有名です。神奈川の中津川は、地学的には牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線にあたり興味深いところですが、鉱物的にはいまいちパッとしませんねw

 

タマネギ状構造は、岩が節理に沿って次第に丸みをもって風化していったものですが、出来方については、ここがわかりやすいかも。平塚市博物館「東丹沢のタマネギ石(4)−そのでき方−

 

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大山の東、日向薬師の奥、屏風沢上流の枯れ棚。雨が降れば流れるであろう水流で、なめらかに浸食されているのでしょうか。皮がめくれたようにはなっていませんね。でも、節理に沿ってタマネギ状構造が発達している様子がよくわかります。割れ目の白い脈は、沸石でしょうか。

さらに沢の奥まで行くと、まるで屏風のようにたった岩壁が広がっていて、沢名の由来になったと思われます。

 

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鐘ヶ岳、広沢寺からの登山道の途中。古い参詣道で、番地を記した江戸時代の道しるべが登山口から頂上まで続いています。

鐘ヶ岳は昔は大山と並ぶ信仰の山で、多くの参詣者でにぎわったらしいですが、今は登山者も少なく静か。頂上には浅間神社がありますが、頂上の少し下には寺もあったようで、礎や瓦などが発掘されています。

 

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大山三峰の南。不動尻から稜線に登山道を登って、ちょっとのところだったと思います。

不動尻は、心霊スポットで有名な七沢の山神隧道を越えた先にある、大山や三峰の登山口。この周辺は暗くてじめっているし、キャンプ場だったころの名残りの廃墟もあったりして、おせじにも気分のいいところとはいえないので、まあ心霊スポットになる気持ちはわかるw

 

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宮ヶ瀬湖の南畔、林道土山高畑線沿いにあります。土山峠からちょっと行ったところの、橋のきわ。

これだけ立派なのは、見たことないですね。

 

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山梨県秋山の高柄山稜線上。

 

藤野木・愛川構造線、牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線に沿って、タマネギ状構造が続いているように感じます。

タマネギ状構造は、火山性タービダイト(海底の乱泥流堆積物のこと。普通、粗粒ほど先に下に沈み、細粒ほど後から沈み、層ができる)でしか見られないそうです。最初は海であったプレートの境界は、陸地にはさまれた深い海になり、隆起して山になった両側から多量の土砂が流れ込み段々浅くなっていき、やがては山間の川となります。その過程で堆積岩ができ、常に強い力を受けているために、割れ目(節理)もできやすいということなのでしょう。

 

東丹沢は鉱物的にはそれほど面白いところではないのですが(それでも鉱山跡はちらほらとある)、地学的にはとても興味深い地域です。

夏は行きたくないところですけど(暑いし山ヒルがががが)

 

2020年7月12日 (日)

柱状節理〈1〉(神奈川県足柄下郡湯河原町新崎川流域)

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岩の分類を追加します。

柱状節理は大好きで、いろいろ見てきましたが、この滝は一番のお気に入りです。湯河原の新崎川上流、中尾沢F2になります。10年くらい前から、毎年年末~新年に一度お参りみたいな感じで訪れていましたが、2年位前、沢がひどく荒れて経路がわかりにくく、ちょっと危ない感じになりました。それ以来、ちょっと足が遠のいているのですが、最近はどうなっているのか。。。

滝としてはそんなに大きいものではないのですが、美しさという点では、これに勝る滝を見たことはありません。ちょうど南向きの沢なので、日の光がよく当たり、細かいしぶきがきらめくさまは見ていて飽きません。

中尾沢を遡行し、F1(時間によってはよく虹が出ている)の左を巻いてよじ登ると、いきなり目の前に現れます。さらに右岸の小尾根を伝って、落ち口に登ることもできます。ちゃんとした登山道などはありません。この辺は、地形図に道として描かれていても実際にはもう跡形もないものも多いです。箱根周辺のハコネダケ(ササ)のヤブは、通行不可能といっていいので、あまりうろちょろできないのですが。。。(このあたりで、わずか数十メートル程度のヤブが越えられず、撤退したことがありますw)

 

柱状節理は、溶岩が岩になり、さらに冷えていく過程で収縮するために4~7角形に規則正しく割れ目ができて、柱状になったものです。

すべて火山といってよい伊豆にはあちこちに柱状節理が見られ、特に火山から流れた溶岩が沢沿いに流れ、冷やされてできた例が多いようです。冷却面に垂直に柱ができるので、ここの場合、沢に沿って沢を埋めるように溶岩が流れて固まり、そのあとに上にまた水が流れて崩れていって滝ができたのでしょう。滝の上に登ると、川床に六角形の岩が続いているのが分かります。

ここに行くには湯河原の梅園で有名な幕山から入りますが、幕山で多くのクライマーが練習している岩も柱状節理です。ただその柱状節理は幕山の噴火で流れた溶岩でできていて、写真の柱状節理は、箱根外輪山の白銀山からの溶岩ということになります。

箱根は超有名観光地ですが、あまり知られていないスポットもいくつかあり、人でいっぱいになって欲しくないなあと思ったりしていたり。。。

 

2020年6月22日 (月)

マンガンパンペリー石?(神奈川県秦野市水無川流域)

Pumpellyite-(Mn2+) Ca2Mn2+Al2(Si2O7)(SiO4)(OH)2・H2O 珪酸塩鉱物

 

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湘南の海沿いの国道134号線で、渋滞で有名な花水川。水無川はその上流部にあたり、源流は丹沢の塔ノ岳になります。

『神奈川県産鉱物目録』によると、マンガンパンペリー石は、丹沢の高松鉱山においては「微細な柱状結晶の放射状集合からなる塊状物質をなしてカリオピライト・石英などと産する」、大日鉱山においては「微細な柱状結晶の集合からなる淡肉灰色塊状集合をなす。共存する紅簾石より色が淡い」(加藤昭・木島勇著『神奈川県産鉱物目録』神奈川自然誌資料(17)、1996)。

大日鉱山は、水無川の源流近くにあります。薄い肉色で、放射状になっているので、マンガンパンペリー石ではないかと思いますが、どうでしょうね。ちょっと自信なし。色の濃いところは紅簾石のようです。黒いのはブラウン鉱か。

マンガンパンペリー石は、上記の著者加藤昭他によって1981年に発表された日本産の新鉱物で、山梨県の南アルプスの玄関口・芦安近くの落合鉱山で発見されました。なにげに日本では産地がかなり限られている鉱物です。

日本はマンガン鉱物がとても豊富で、欧米の鉱物好きには、輝安鉱などよりも珍しがられるそうです(欧米ではマンガンの産地があまりない)。でも、きれいな結晶になるものも少ないし、見た目地味なものが多いので、見わけもよくつかず、手をつけづらい鉱物種です。自分も、マンガン産地というのは、ほとんど訪れたことはありません。もうちょっと勉強しないとね。

水無川をさかのぼり、本谷沢まで行くと、濃い紫がかったマンガン系と思われる石がたくさん落ちていますが、あんまり意識して見たことはないです。本谷沢・セドノ沢沿いに大日鉱山の鉱山道を下地にした書策(かいさく)新道がありますが、新道といいつつもはや廃道で、道標もなければ、途中で何か所か崩壊してたりもするので、もの好きか沢登りの人しか行かないところです。セドノ沢の道をはずれてすぐのところに、今でも大日鉱山の試掘跡が口を開けているのを見ることができます。

大日鉱山については、詳しくは〇福氏の「丹沢の鉱山跡を探る 3」を参照してください。

 

自分にとっては、本谷沢は、子どものころよく遊びに行った故郷みたいなところです。出合のすぐそばの山小屋にいつも行っていて、小屋のねこやいぬと遊ぶのに飽きると、近くの本谷沢に行って石を拾ったりして遊んでいましたが。。。もしきれいな沸石でも見つけてたら、そのまま石が趣味になってたかもしれないw

その山小屋(仲小屋)はもともと大日鉱山の宿舎で、北村政次郎氏が譲り受けて、山小屋にしました(当時は名前など知らず、おじいと呼んでいた)。小屋そのものは、まだ結構しっかりと残っていますが、もう当時の記憶がある人も、ずいぶん少なくなってきたんじゃないでしょうか。

今では、政次郎氏が道をつけた、小屋の裏手からの尾根を政次郎尾根、表尾根に登りつめた小ピークを政次郎の頭と言うようになりました。地名になっちゃったねぇw 今思うに、もともと大日鉱山で働いていたのかもしれませんが、自分が子どものころに亡くなったので、確かめるすべはありません。

 

2020年6月12日 (金)

緑簾石(透輝石?)(神奈川県山北町酒匂川流域)※

Epidote Ca2(Al2Fe3+)[Si2O7][SiO4]O(OH) 珪酸塩鉱物

(Diopside CaMgSi2O6 珪酸塩鉱物)

 

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Epidote_sakawa_02

Epidote_sakawa_03

 

小さいけれども、宝石みたいに美しい緑簾石の結晶。

写真だと、どうしても実体顕微鏡で見る美しさが出せません。

鉱物的には、丹沢といえば玄倉の塩素燐灰石だったようですが、今では丹沢を代表するのは緑簾石ではないかと思います。

丹沢の色って、個人的には白と緑なんですよね。中心の深成岩地域の、白ザレと緑のコケのコントラストの美しさは、他にない魅力だと思います。だからというわけではないですが、白いトーナル岩と緑の緑簾石をイメージしたのかもしれない。

 

丹沢(神奈川側)の地質話など、いくつか。(ハタチガ沢以外は、お手軽なところばかりです)

寄(やどろぎ)から雨山峠に登るとき、コシバ沢を越えて雨山沢に入りちょっと歩くと、急に沢の中が明るくなります。地味な色の丹沢層と、真っ白なトーナル岩域の境界が、はっきりわかります。また寄大橋から雨山峠登山口に行く道の脇に、海の中で溶岩が噴き出した、枕状溶岩があります(看板がついてた)。

白石峠に登る道や、白石峠から加入道山に登る稜線上の、真っ白だったり桃色がかったきれいな晶質石灰岩(大理石)は、誰でも気づくでしょうね。あんな贅沢な道はそうそうないかもしれない。

表尾根の行者岳の鎖場は、すべすべの緑で薄くコーティングされたきれいな岩ですが、あれは透輝石かな?(緑簾石? 大日鉱山あたりではどちらもあるようですが) 休日になるとものすごい人で行列ができるらしいですが(そういう時は行かないw)、おそらくほとんどの人は気づかず踏みつけてると思います。順番を待つ間に、ちょっと汚れをごしごし拭き取ってみると、きっとそのきれいさにびっくりすると思います。同じものは、不老山から湯船山あたりの稜線や駿河小山側の沢でも見かけます。

煤ヶ谷から物見峠に行く道や、大山三峰の稜線を歩くとき、青っぽい緑のきれいな石がたくさん落ちてるのを見ることができます。これはセラドン石といって、まだ丹沢のあたりが海の中にあったころ(ちょうど今の伊豆諸島と同じ状態)、噴火した火山の噴出物が海中に積もってできた石です。古代の人は、これで飾り物を作ったりしたそうです(東海の翡翠、みたいな立ち位置?)。

同じ地域、宮ヶ瀬の鍋嵐のそば、ハタチガ沢の源流近くに、俗に「柱状節理の滝」といわれている涸れ滝があります。でもこれは柱状節理ではなく、本来は地面に水平であるべき緑色凝灰岩(グリーンタフ)の地層が、丹沢の隆起を起こした地殻変動によって垂直に立ってしまったものだと思います。いずれにせよ壮観ですが、行くのは結構大変なので自己責任で(地形が険しいだけでなく、水の木と並んで丹沢でもっともクマが多い地域です)。

やはり同じ地域、土山峠から宮ヶ瀬尾根側に入る林道をしばらく行くと、橋の脇の崖に、非常に立派なたまねぎ状構造が見られます(たまねぎ状構造は、そのうちこのブログで取り上げるつもり)。

世附川周辺は、以前も取り上げましたが、鉱山跡がいくつもあります。そのうち一番手軽に見られるのは、浅瀬から世附林道をしばらく歩いていくと芦沢橋で世附川を渡りますが、橋のすぐ下流右岸側の「焼け」た崖にぽっかり開いた坑です。名前は分かりません。試掘跡ではないかと思います。世附川のもっと上流、土沢出合あたりでは、黄銅鉱、黄鉄鉱を多く含んだ鉱石も、割とごろごろ落ちています。

 

こう見ても、やっぱり白と緑が多いですね。

でも、丹沢でも場所によっては孔雀石とか珪孔雀石があったりするので、もしかしたら大好きな青い銅の二次鉱物があるんじゃないかと期待してるんですが。。。いつか見つけてみたいですね。

 

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丹沢、同角沢・遺言棚の落ち口。

 


2021/4/1追記

透輝石のような気がしてきました。タイトルを変更して、保留しますね。

緑簾石(透輝石?)(山梨県道志村道志川流域)※ こちらも参照のこと。

 

2020年5月 4日 (月)

白雲母(神奈川県山北町世附川流域)

Muscovite KAl2(Si3Al)O10(OH)2 珪酸塩鉱物

 

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世附川大又沢流域で拾った石。

白雲母か真珠雲母だと思うのですが、わかりません。肉眼だと銀色に見えるけれど、顕微鏡で見ると銀色なわけではなく透明で、輝きがとても強いので銀色に見えるのだとわかりました。

同じ場所(沢)で方解石が割と見られ、この雲母がついている石も真っ白でUVライトで見るとほの赤く光るので、カルシウム成分が多いのだろうということで、真珠雲母かも?

でもここには赤褐色の柘榴石もあって、どうやら上流域に、有名な世附権現山細川谷の柘榴石を含む流紋岩脈の続きがあるみたい。とすると、これは鉄礬柘榴石か? 本を見ると白雲母の共生鉱物として鉄礬柘榴石と書いてあるので、白雲母かも? それとも関係ない? この白雲母?と柘榴石が一緒についている石もあるのですが、その柘榴石は色がちょっとオレンジで、鉄礬柘榴石っぽくないんですよね。実際、細川谷の柘榴石は、鉄礬ザクロ石と満礬ザクロ石の2種類あるらしいし。。。

まあ素人考えなので、まったくわかりませんし、こういう時は大抵ありふれた鉱物のほうなので、白雲母としました。

いずれにしても、輝きの強いきれいなものです。

 

丹沢の大又沢は、神奈川側からだと、浅瀬から大又沢林道をずーっと歩いて行くか、中川の上の原から二本杉峠を越えて行くかの二択になりますが、長い林道歩き、あるいは山越え(しかも途中廃道か道のない尾根歩き含む)と、どっちも結構大変です。それでも行く最大の魅力のひとつは、人が少ないことでしょう。ひとりでも他の登山者、釣りの人に会うと、今日はちょっと混んでた、と感じますw

地質的にも丹沢層~トーナル岩層、地蔵平から富士見峠周辺のどこかには火山があったらしいですし(これが丹沢ザクロ石流紋岩のもと)、北の最奥部には多分ペグマタイトがあるはず。はでな鉱物はそうそうありませんが、おもしろい地域です。

ちょっと前、法行沢に行ったとき、初めて見る工法の新しい木製谷止工がありました。令和元年作なので、もしかしたら昨年の台風の後に作られたものかもしれません。下手なアートなんかより、よほど芸術。特に木製のものは、他にもすばらしい「作品」がいくつか見られます。こういうのを見るのも楽しみのひとつですね。

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2020年4月23日 (木)

方解石?(神奈川県山北町世附川流域)

Calcite Ca(CO3) 炭酸塩鉱物等

 

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神奈川県の西丹沢の沢で拾った石です。

一般的に西丹沢というと、中川の流域、畔が丸、檜洞丸あたりまで含めた地域のことを指すことが多いようです。でもこれだと、畔が丸以西の大又沢、水の木周辺が仲間外れになってる感が強いので、個人的にはちょっと違和感を覚えます。

自分としては、中川を境界にして、その西側、畔が丸から三国山(世附川流域)を越え籠坂峠までが西丹沢というイメージがあります。檜洞丸、蛭が岳あたりは、中央丹沢という感じ(玄倉川流域)。

この石を拾ったのは、世附川の支流の沢です(塔ノ岳亜層群になるのかな?)。水が流れたあとが真っ白になっている沢で、もう見るからに何かありそうな雰囲気。

実際、中流あたりに古い試掘の跡と思われる孔があります(丹沢の鉱山跡について詳しい〇福さんの「丹沢を探る」にも出ていない)。この周辺は、いくつか鉱山跡もあり、それらの時代に掘られたものかもしれません。さらにこのあたりは、大正から昭和初期に、後醍醐天皇のお宝がどこかに埋まっているという噂が流れ、あちこち掘り返されたこともあったようですが、そういう宝さがしのあとではないでしょう。

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沢には黄鉄鉱、黄銅鉱を含む石が多く(目に見えるような自形結晶はない)、その周辺では今ではかけらも見つからない鎌田鉱山はこんな感じだったんじゃないか、と思わされます。

鎌田鉱山も、すごい金の含有率だったという話もあり、黄鉄鉱黄銅鉱しか出なかったという証言もあったり、何だか謎です。今も、土砂に埋もれつつある塞がれた坑道口が見られますが、ズリらしきものはまったくありません。森林軌道沿いにあったので、すべて軌道で運び出してしまったのかも?

 

写真の石ですが、多分、鍾乳石状になった方解石ではないかと思うのですが、どうでしょうね。。。

玉髄もこんな形になることもあるらしいし、沸石も丹沢に多いですが、ちょっと違うっぽいし、沢の流れたあとが真っ白になっているのは、石灰岩が多いためかもしれないと考えると、方解石のような気がします。

顕微鏡でしか見えないような小さなものは、硬さも調べられないし、薬品を使ったりしたらすべて溶けて消えそうなので、なかなか調べようがありませんね。