▽珪酸塩鉱物

2020年10月21日 (水)

ぶどう石(山梨県身延町杉山)

Prehnite Ca2Al(Si3Al)O10(OH)2 珪酸塩鉱物

 

Prehnite_iwakake_01

Prehnite_iwakake_02

Prehnite_iwakake_03

 

下部温泉のそば、栃代川の、有名な産地のぶどう石です。

普通は岩欠のぶどう石といわれますが、住所的には岩欠ではなく杉山となります。産地の直前に杉山橋を渡りますが、その橋の直前までが岩欠で、そのあとは毛無山までずっと杉山です。

ほんのりと緑(~青)に染まった板状結晶が放射状に集合して、まるでぶどうの実のような姿をとることが多いということで、日本ではぶどう石と呼ばれています。色のついていないものも多いですが、無色だちょっとつまらないので、やっぱりシャインマスカットみたいな色のものがいいですね。海外産の写真などを見ると、確かにぶどうのように見えるものがありますが、日本で産出するものはそれほどぶどうっぽい感じはしません。

ここのぶどう石も結晶粒が大きいので、それほど「ぶどうみ」はないのですが、ルーペや顕微鏡で見ると、四角の板状結晶が少しずつズレながら積み重なっているのがはっきりわかります。

ちなみに1枚目の写真は色味がちょっと他と違いますが、これは光源が太陽の光だからです。朝の日光にきらきらしてとてもきれいだったので、思わず写真にとってみたのですが(カメラ本体でのマクロ撮影)、ほんのりと赤味がさして、あたたかみのある感じですね。

 

洋名は、喜望峰のオランダ植民地に駐在していたプレン大佐(Hendrik Von Prehn、1733-1785)に由来するらしいですが、和名のほうが全然いい名前ですね。プレナイトの由来を聞かされても、正直それがどうしたという感じです。イメージを喚起する「ぶどう石」には言霊が宿りそうだけど、「Prehnite」では単なる記号で名が体を表しておらず、化学式を覚えた方がよほどましかもしれないw

 

採集した現地では、台風による大雨の翌日だったため、川が増水して石を探す範囲が狭まっていたようで、結構苦労しました。当然、気になる対岸にもとても渡渉できず、川沿いの崖のあちこちから滝のように水が流れ落ちていました。それでも、いくつかのぶどう石を含む石を見つけることができました。ネット上では絶産に近いという言葉もちらほら見られたのですが、やはり絶産などということは滅多にあることじゃありませんね。

Tojirogawa

 

あとここに行くときには、すぐそばの下部温泉にある金山博物館がおすすめです。この一帯の金山のことを知ることができます。栃代川の上流部にも、栃代金山というのがあったようです。あまり詳しく調べられてはいないようなのですが、ちょっと気になりますね。まあ金山周辺というのは、鉱物的にはそれほど面白くないことが多いのだけれど。。。

地形図には栃代から毛無山に行く道、雨ヶ岳と仏峠の間を越えて本栖湖に出る道が描かれていて、まあ十中八九廃道でしょうけど、一度探索してみたいところです。

 

2020年10月17日 (土)

緑泥石(山梨県道志村道志川流域)

Chlorite (Mg,Al,Fe,Li,Mn,Ni)4-6(Si,Al,B,Fe)4O10(OH,O)8 珪酸塩鉱物

 

Chlorite_doshi_01

Chlorite_doshi_02

 

緑泥石はグループ名です。様々な成因の鉱床中、ほとんどどこでもあるものだと思いますが、だからこそ岩・土壌の構成物としては、最も重要なもののひとつと言えます。

シャモス石(Chamosite)、クリノクロア(Clinochlore)、クーク石(Cookeite)、ペナント石(Pennantite)、須藤石(Sudoite)などの種類を含むグループです。

写真は、道志のペグマタイト中の緑泥石。ここではこの暗緑色の粒子の固まりのような緑泥石が多く、長石や石英、緑簾石の結晶がその中に埋もれているのを見ることができます(一番上の写真の白いのは微斜長石)。柔らかいので、爪楊枝でも掘ることができます。

わざわざこれを目的に採集するようなものではないといえばそうなのですが、鏡下では、ごく小さなきらめく雲母のようで、とてもきれいです。これはクリノクロアだと思うのですが、ちゃんと判別できないので、緑泥石として記事にしました。

下の写真は、同じ場所で見つけた、水晶に内包された緑泥石です。

 

Chlorite_doshi_02_doshi_03

 

緑のきらめく粒が散りばめられていて、きれいです。

ここの石では、今まで他の鉱物を緑泥石が覆っているものしか見たことがなかったので、長石や石英などが結晶したあと、緑泥石が最後にできたんだろうと思っていましたが、一概にそうだとはいえないみたいですね。

緑泥石は約600度以上の高温では他の鉱物に分解してしまうので、それ以下の低温で生成されるもののようです。写真の水晶の条線が妙にはっきりとしているので、低温でじっくり段階的に成長していって、その過程で内部に取り込んだものなんでしょうか。

 

道志では、あちこちの林道を歩いていると、たまにペグマタイトの欠片を見かけることがあります。尾根を切り、普通だと入りにくい沢を経由する林道は、普通に歩いているとつまらないものですが、岩や石を見ていくと結構あっという間に数キロ進んでしまいます。石を追って沢を遡り出所の露頭を探したりしますが、基本大したものはないので無駄足ばかり(あたしって、ほんとバカ)w 行きやすい場所なんてはるか過去から現在にいたるまで、ほぼ調べ尽くされているのでしょう(こんなの絶対おかしいよ)。

でも沢は、人間が掘るよりもすごい勢いで深く山を削り掘ってくれる。1年後に行ったらまるで様子が変わってたなんて、よくあること。世附あたりの林道なんて、2、3年ごとに必ず崩れてますしw 山から海まで岩や土を細かくしながら運ぶのが、川というものですからね(今ではその前に堰堤やダムで一時止められますが、こんなのはせいぜい数十~数百年単位の出来事で、千年、万年単位で見れば何も変わりません。そして万年単位だって山から見たら一瞬という。。。わけがわからないよ)。

以前は誰も知らなかった鉱脈が露出することもあるでしょう。この数百年の間に限っても、誰にも知られず現われ、誰にも気づかれないまますべて流されていった鉱脈もあったはず。気づかれれば鉱山になります。特に道志のペグマタイトは、今現れているものだけ見ても、ごく小さなスポットがあちこちに点在するという感じなので、新しいポイントを見つけることも奇跡や夢ではないかも。。(奇跡も、魔法も、あるんだよ)。

そういう偶然に出会えたら、それはとっても嬉しいなって。

 

2020年10月 7日 (水)

鈴木石(群馬県桐生市菱町茂倉沢鉱山)

Suzukiite BaV4+Si2O7 珪酸塩鉱物

 

Suzukiite_mogurazawam_01

Suzukiite_mogurazawam_02

Suzukiite_mogurazawam_03

 

群馬県・茂倉沢鉱山の鈴木石。。。ではないかと思うのですが、どうでしょうね。

かなり珍しい鉱物だと思いますし、1回しか行っていないところでこんなに簡単に見つかるもんかと疑心暗鬼にもなりますが、分析できるわけもなく、見かけ上はそっくりですので、ここは鈴木石ということにさせてもらおうかと思います。

鈴木石はバリウムとバナジウムが主成分で、まさにここ茂倉沢で発見された鉱物です。発見年も書こうと思ったのですが、なぜか様々なサイトで発見年がばらばらなのはなぜ?(最初の発見地についても、何だかあやふやなところがあります) まあめんどうなので、そのあたりのことは追求するのはやめておきます。いろんな事情があるのでしょう。その事情に興味はあまりないので。

そんなことより、この石の美しさを愛でるほうが、より意味があるのではないかと思います。淡いピンクのバラ輝石の中で、鮮やかなエメラルドグリーンが目にしみます。

ところで、これが鈴木石なのかどうか疑問を感じる理由がもうひとつあって、それは、この石の片割れの方に孔雀石がついていたからです。質感は違いますが、どちらも緑色で、孔雀石はさまざまな姿をとることのある鉱物ですから、これも孔雀石なんじゃないかという疑問があったのです。下の写真は、その孔雀石。

 

Malachite_mogurazawam_01

 

これは明らかに孔雀石ですよね。茂倉沢の孔雀石はどうやらかなり稀産らしく、まあこれはこれでうれしいのですが、やはりどこでも見つかるものよりは初めての鉱物のほうがうれしいのは仕方ない。

こうやって写真に撮ってじっくり眺めていると、その違いもはっきり見えてくるような気がします。孔雀石の方は母岩の表面にへばりついているように見えるけれど、鈴木石のほうはむしろ母岩の中に埋もれているように見えますね。3枚目の写真の鈴木石は、ちょっと孔雀石の部分も混じっているようにも見える。。。

こうやって悩むのも、鉱物の楽しみのひとつかもしれません。

 

2020年10月 1日 (木)

スコレス沸石(山梨県道志村道志川流域)

Scolecite Ca(Si3Al2)O10・3H2O 珪酸塩鉱物

 

Scolecite_doshi_01

Scolecite_doshi_02

 

道志の丹沢側地域の産出。

菊花状の薄い結晶群で、多分沸石ではないかと思うのですが、ネット等で検索してもこういう形態はなかなか見つかりません。結晶の先がとんがっていれば、水苦土石がこんな感じですけど、見たことないからなんともいえないし、母岩は閃緑岩ですし、まあ違いますね。

この辺では時にスコレス沸石が見られるようなので、これもそうではないかと考えました。菊花状というより扇形と考えればスコレス沸石によくある形態ですし、スカルンなどによく見られるそうで、採集した沢の近くにはスカルンの露頭があるかもしれないことを考えると、間違いないかな? 結晶が薄いので、ソーダ沸石ではないと思います。中沸石かもしれませんが、見て判別はできないようなのでしょうがない(松原聰「シリーズ造岩鉱物各論 沸石の種類」岩石鉱物化学31、2002)。

スコレスというのはギリシャ語で虫の意味で、熱すると芋虫のように曲がるそうです。もちろん試していません。

1枚目の写真にもありますが、オレンジ色のきらきらした部分が、ちらほらついていました。こっちも気になる。ザクロ石の類かなぁ?

 

道志はずいぶんいろんな鉱物が見られますが、鉱山の類は少なくとも明治以降はほとんどありません(明治以前には水晶を掘っていたらしい)。これは、道志川が相模川の上流域であるためです。神奈川、特に横浜の重要な水源地として認識されていたため、鉱山の話が持ち上がっても、すべて横浜市から横やりが入って、立ち消えてしまったようです(加入道山の石灰岩は試掘くらいはしたんでしょうか)。明治20年に相模川からの取水をはじめていますが、30年には道志川から直接取水するようになり、その後水源涵養林として広範囲の森を買収しています。

だから、このあたりでは横浜市という文字の入った看板がやたら多いです。加入道山への登山道に入ると、森の中に横浜市の区が全部そろってたりします(区ごとに植林をした区画らしい)。室久保川にある道志の湯では、横浜市民はちょっと安くなりますw

横浜市青少年野外活動センターというのもありました。今はもう何もなくなっていますが、当時の子どもが作ったらしい小さな道標だけが、ここからバン木の頭や忘路峠(犬峠)に登る廃道に残されているだけです。ちなみにバン木(盤木)というのは、昔山から木を伐り出して運んだ木馬道〈きんまみち〉というレールの横木のことです。電車のレールを天地ひっくりかえした構造で、電車のレールの枕木の部分が上になっていて、そのレールの上を丸太を載せたソリを滑らせるわけです。昔はこの辺にも、木馬道があちこちにあったんでしょうね。

 

2020年8月20日 (木)

テフロ石?(群馬県桐生市菱町茂倉沢鉱山)―C2

テフロ石(マンガンかんらん石) Mn2+2(SiO4) 珪酸塩鉱物

 

前回・ロスコー雲母(群馬県桐生市菱町茂倉沢鉱山)からの続きです。

バラ輝石が中心の石に、緑の結晶群がついていました。

ロスコー雲母と、オレンジに蛍光する、緑の薄い部分は閃亜鉛鉱ではないか、と予想しましたが、蛍光しない緑の濃い結晶は一体何なのか。その拡大写真です。水晶の頭のような、結構きれいな形をしています。

 

Tephroite_mogurazawam_01

 

ぱっと見た感じ、かんらん石の結晶に似た感じ。

ここの石で一番よく見られる緑系の鉱物といえば、テフロ石です。テフロ石は、かんらん石にマンガンが入った石。もしかしたら、テフロ石の結晶でしょうか。

日本ではテフロ石の結晶は非常にまれなようですが、岩手県の田野畑鉱山では、緑の結晶粒として産出するそうです。田野畑鉱山は、茂倉沢と同様、珍しい長島石、鈴木石、ロスコー雲母の産地。特に長島石は、世界でこの2か所でしか見つかっていません。とすれば、茂倉沢でもテフロ石の結晶があってもいいのでは?w

ネットで見てみると、テフロ石の結晶は大体褐色ですが、たまに透明度の高い緑のものもあるようです。

ちなみに、結晶でないテフロ石はごく普通にあります。

 

Tephroite_mogurazawam_02

 

この写真のようなのが、テフロ石の普通の産状です。淡い灰青緑をした塊です。ピンク色はバラ輝石。

まあ正直本当にテフロ石なのかどうかは分かりませんが、期待も込めて、「テフロ石?」ということにさせていただきました。他に思い当たる鉱物がないのは、自分の知識や経験のなさですね。

 

テフロというのは、ギリシャ語で灰を意味し、見かけの色からきています。

軽石やスコリア、火山灰など、溶岩以外の火山噴出物をテフラといいますが、これも同じ語源です。

ちなみにマンガンの語源はいろいろ複雑だったようで。。。面白いので、ちょっと引用します。

「軟マンガン鉱は当時、磁鉄鉱magnesの変種とも考えられていてmagnesiaとよばれていた。そのころ酸化マグネシウムもmagnesiaとよばれており、それを区別するため軟マンガン鉱を黒いmagnesiaおよびmanganeseとよんだ。そのためガーンは、ここで得た金属をmanganesiumとした。1808年ドイツのクラプロートはそれまでに発見されたmagnesiumとの混同を防ぐためMangan(ドイツ語)を提案した。また、古代ローマ時代、すでにガラスに加えて青緑色を消すため軟マンガン鉱を利用しており、これにちなんだギリシア語のmanganizo(浄化)、manganon(魔法)に、その名前の語源があるともいわれる。」(『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館)

なんか錯綜してますね。

自分にとってもマンガン鉱石は結晶になることも少なく分かりづらいのですが、昔からそうだったのか。。。

 

2020年8月19日 (水)

ロスコー雲母(群馬県桐生市菱町茂倉沢鉱山)―C1

Roscoelite KV3+2(Si3Al)O10(OH)2 珪酸塩鉱物

 

Roscoelite_mogurazawam_01

 

群馬県の有名な茂倉沢鉱山の石です。

母岩の透明な淡いピンクと白は、それぞれバラ輝石と石英です。

その中に、緑の透明な結晶群が見られました。

茂倉沢鉱山といえば、長島石、鈴木石、ロスコー雲母ですね。どれも緑系の稀少なバナジウム系の鉱物で、マンガン鉱床である茂倉沢鉱山で産出するにもかかわらず、マンガンをほとんど含みません。長島石と鈴木石は、名前のとおり、日本で最初に発見・報告された鉱物で、特に長島石は、ここ、茂倉沢鉱山が発見地です。いずれも産地はごくわずか。ロスコー雲母も、日本での産地は片手で数えられるくらいしかありません。稀産鉱物の宝庫ですね。その分、見つけるのは大変ですが。

ネット上では、茂倉沢ではもうマンガン鉱石すら数少ないなんて言葉が目につきますが、実際行ってみると、ひとかかえもある大きいのから小さなかけらまで、沢沿いに普通にごろごろしていて、美しいバラ輝石などは探すまでもなく苦労せず拾えます(マンガン鉱石は非常に重く、硬いので、大きいのはとても持ち上がりませんし、割るのも一苦労ですけど)。

これはやっぱり「高度な情報戦」ってやつでしょうかw やはり鉱物探しでは、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するのが大事ですね!(ようするに行き当たりばったりということかねw) まあ、台風などでかき回されたのかもしれませんし、昔はもっとすごかったのかもしれませんが。

 

どうやら右上のちょっと虹色に光る部分が、ロスコー雲母のようです。裁縫用針でつついたら、雲母の特徴のとおり、薄片がはがれました。自分が見つけたロスコー雲母(と思われるもの)は、今のところ、このとても小さなものだけです。

最初はこの緑の部分はすべて同じものだと思っていたのですが、どうやらいろいろな種類の鉱物が集まっているようです。

試しにUVライト(長波)をあててみたところ、

 

Roscoelite_mogurazawam_02

 

一様でないことが分かりました。右上のロスコー雲母と思われる部分と、左の一番大きな結晶部分をのぞき、オレンジ色で光っています。

ここで産出する可能性のあるもので、緑の結晶となることもある、蛍光することもあるもの、といったら、重晶石と閃亜鉛鉱ですが、オレンジの蛍光ということで、光っている部分は閃亜鉛鉱ではないかと考えました。他の鉱物系のサイトで、似たような緑、透明な結晶を、閃亜鉛鉱ではないかとしているところもありました(TMTM Mineral Collection)。というか、他に思い当たりません。

 

そうすると、蛍光しない、左の一番大きな結晶は一体なんだろう。

次回に続きます。

 

2020年8月10日 (月)

苦土電気石(長野県茅野市金鶏金山)

Dravite NaMg3Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH) 珪酸塩鉱物

 

Dravite_kinkeim_01

Dravite_kinkeim_00

Dravite_kinkeim_02

Dravite_kinkeim_03

 

南アルプスの北端・入笠山の、さらに北の山域にある、金鶏金山の苦土電気石です。

ここの苦土電気石は、少量のクロムを含んでいて、透明感のある鮮やかな緑色をしています。珍しいものではなく、特にここでは、白雲母や水晶とともに繊維状、針状でごく普通に見られるものですが、拡大すると透き通った結晶が実に美しいものです。

鉄さびで茶色の皮膜に覆われていることも多いのですが、シュウ酸につければきれいになります。こういう処理はできればやりたくはないのですが、ここで稀に見られるフローレンス石やデュモルチ石などを探すために、いくつかきれいにしてみました。上の1、2枚目の写真などは、そうやってきれいにしたものです。

 

金鶏金山は例によって武田信玄時代の金山のひとつで、この周辺にはいくつも当時の、あるいはその後の鉱山時代の遺構が残っています。下のJR青柳駅から要所に道標までありますし、現地にも説明板が設置されていますが、はたしてどれだけの人が見るのか。。。バイクの人は少々いるようですが、興味ある人いるかなぁ。まあいないよねw

林道沿いなので、軽トラやジムニー等なら楽に現地まで登れると思いますが、うちの車だと無理なので、林道の往復16kmを歩かなければなりません。ショートカットの山道(あるいは尾根等)を通っても、かなり長いです。。。さらに、このあたりの山道は、どうやらオフロード・バイクがよく走っているようで、道が深く掘られてつるつるになっているところもあって、かなり歩きにくい。。。登山者には、見向きもされていない地域で、ヤマレコの記録もほとんどありません(ここの記録は結構参考にしているのですが)。

すぐそばにはろう石山があり、ろう石、苦土(フォイト)電気石、デュモルチ石などが組になっていることが多いことを考えると、金鶏金山でも苦土フォイト電気石がありそうに思うのですが、どうなんでしょうか(デュモルチ石はあるらしい)。

また、ここから直線距離で1kmたらずのところには、向谷鉱山跡もあります。こちらにも行くつもりだったのですが、さらに遠くなるし、金鶏金山が想像以上に面白かったので、行くのをあきらめました。この地域の山の様子も何となく分かったので、下からまっすぐ歩いて登れそうなあてがついたので、またの機会に行ってみたいですね。

 

ところで、最近行ったまったく別の山域なのですが、休業中の山小屋でトタンを抑えている石が白っぽくて気になって見てみたら、ちょっとした水晶がついているのを見つけました。あってもおかしくない地域だし、確かにところどころで石英のかたまりを見つけたのですが、鉱物採集のポイントとしてはまったく話はなく、古い山行の記録を見てもヒントは全然ない(昔の山行記録だと、鉱山の調査をしていたとか、たまに書かれていたりするんですよね)。これは! と思ったのですが、後でそこから1kmも離れていないあたりに武田の金山があったというあやふやな噂があることを知りました。

山梨周辺だと、なんだか武田信玄がすみからすみまで探しつくし、その後追いをしているだけなのか、という気分になりましたw 地質図を見るより、信玄の行動、信玄関連の地域の伝説などを調べたほうがいいような気がしてきます。戦の進軍の際にも、そういうポイントを絡めているように感じることもあります。

信玄なんなんだよw

 

2020年7月25日 (土)

セリウム褐簾石?(山梨県北都留郡丹波山村泉水谷)

Allanite-(Ce) CaCe(Al2Fe2+)[Si2O7][SiO4]O(OH) 珪酸塩鉱物

 

Schorl_sensuidani_01

Schorl_sensuidani_02

 

褐簾石か、鉄電気石か、どちらかだと思うのですが。。。緑は緑簾石、透明なのは石英、不透明な白いのは長石だと思います。

2枚目の写真は、1枚目の左端の、結晶面が出ていると思われる部分の拡大。

採集した場所は、黒川鶏冠山の南を流れる泉水谷の林道の奥、丸川峠北の牛首谷にある、水晶橋のそばの川原。松原聰『鉱物ウォーキングガイド』(丸善出版、平成17年)にも出ているポイントです。ちなみに現在泉水谷林道は、入口のゲートは閉まっていて、車で入れません。入っても、途中大きく崩れているので、バイク、自転車等も通行不可です(歩きなら大丈夫)。林道は、下流部では沢よりかなり高いところを走っていて、途中の小室川出合に下りる経路以外では沢に下りられそうにありません。でも上流部では沢のすぐそばを通っています。

水晶橋の付近は、ちょうど徳和花崗岩体の東の端にかかっていて、ペグマタイトが見られます。大きなものは見つかりませんでしたが、小さな水晶なら見つけることができるのは、橋名のとおり。林道沿いの崖の花崗岩にも、白く石英の脈が走っています。

以前、チタン鉄鉱(山梨県甲州市柳沢峠)で、この付近の褐簾石について記述された古い論文を引用しました。

「…柳沢峠付近のペグマタイト中(古い水晶坑)でソウ長石の 内部に点在する緑レン石に黒色のカツレン石がはめこまれて産する…」(木村幹「東洋産含希元素鉱物の化学的研究(第56報)山梨県大菩薩峠産カツレン(褐簾)石」『日本化学雑誌』第81巻第8号、1960年)、

1枚目の写真の右側のかたまりは、この記述と同じく、緑簾石に包まれているように見えます。

水晶橋と、水晶抗があったと思われる沢は、直線距離で約3km離れています。どうでしょうね、とりあえず、この記述を基に、褐簾石としました。ただ、小さいのでうまく試せていないのですが、かなり硬いです(モース硬度は、褐簾石5.5~6、鉄電気石7~7.5)。

やはりこれは、大菩薩峠に行って褐簾石を見つけて、較べるしかないですかね(大菩薩の褐簾石産地は稜線の南側。水晶橋は北側)。

 

ちなみに、『鉱物ウォーキングガイド』の水晶橋の章に出ている鉄電気石のポイントは、鶏冠山のほど近くで、水晶橋のひとつ下流の、小さな名無し橋のある沢の上流部にあたります。つまり、そこのポイントの石は、水晶橋にはありません。(その小さな橋でもしばらく探してみたんですが、特になにも見つからず。)

水晶橋付近の沢は、縞模様の岩がとても印象的で面白いです。きれいな渓谷なので、風景を見にちょっと歩くのもいいかもしれません(林道入口から結構遠いですけど)。

ただ、どこに行ってもいつも思うんですけど、多摩川水系の沢って、なんか水が濁ってるところが多くありませんか? 地質のせいなのか、単に雨が降って濁った時ばかりに行きあってしまったとかなのか。どこも、白っぽく濁ってるように見えるんですよね(前回の奥多摩鋸山の沢もそうだった)。相模川水系の沢はどこも透き通っていて、印象が全然違います。川床の岩の色なんかも影響してるのかもしれません。

 

Sensuidani_02Sensuidani_01

左:水晶橋、右:水晶橋付近の縞模様の岩

 

2020年7月16日 (木)

ヘスティングス閃石(長野県川上村甲武信鉱山)

Hastingsite NaCa2(Fe2+4Fe3+)(Si6Al2)O22(OH)2 珪酸塩鉱物

 

Hastingsite_kobushim_01

Hastingsite_kobushim_02

Hastingsite_kobushim_03

 

甲武信鉱山の代表的な鉱物ともいえる、へスティング閃石。

肉眼やルーペで見ると、割と地味な風合いの、濃緑がかった繊維質の不思議な石という感じですが、顕微鏡をのぞき込むと金属的に思える輝きが素敵な鉱物です。角閃石の仲間。甲武信鉱山で検索すると、鉄へスティング閃石と書かれたものが多くヒットするので、これもそうなるのでしょうか。

初めて甲武信鉱山に行って、第2テラスで深緑のきれいにカットされたようなきらきら輝く石を拾って、感動しました。それがこの石。水晶は内包物の多い透明度のあまり高くないものが多く、形もちょっといびつな感じで、自分にとっては甲武信鉱山といえば、このヘスティング閃石とベスブ石のイメージです。

水晶のポイントは見るも無残な感じで掘り荒らされていて、木々の根っこがむき出しになっていたりして、正直あまりそこにいたくないのです。

甲武信鉱山のポイントは結構急な山を登らないといけませんが、梓川沿いの選鉱場あとでも、へスティング閃石がちょっとくっついた石は割と見かけました。

 

自分が鉱物に凝りだしたきっかけは、甲武信鉱山でした。でも、なぜ最初にそこに行こうと思ったのか、思い出せないw ベスブ石目当てだったような気がしますが。。。

あと、湯沼鉱泉はねこでいっぱいだと聞いて、そこにひかれたのかもしれない。

実際、ねこだらけでした。人よりもねこのほうが我が物顔であちこちで丸くなっていて、ここは天国かとw ねこしか入れない部屋もあるとか。どのねこも自由気ままに生活している感じです。ねこが嫌いな人だったら、一瞬たりとも耐えられないと思います(ねこアレルギーのお客さんは、自分の車の中で寝たとかw)。

川上村は遠いですね、清里まで行って、そこから山の中に入っていかなきゃならない。秩父・中津川から三国峠を越えれば着くと考えると、ずいぶん大回りしているわけですが、うちの林道に非力な車だと三国峠を越えるのは多分無理(一度行ってみたいんですが)。

またねこに会いに行きたいなぁ。

 

2020年7月 5日 (日)

菫青石(いぼ石)(山梨県道志村道志川流域)

Cordierite Mg2Al4Si5O18 珪酸塩鉱物

 

Cordierite_doshi_01

Cordierite_doshi_02

 

北丹沢スカルン帯のいぼ石のいぼ部分(菫青石仮晶)です。

草下英明の『鉱物採集フィールド・ガイド』(草思社、1982)によると、「ほとんどは分解変質して黒雲母化しており、結晶の輪郭だけが残って、これが水に洗われた母岩の表面に突出して、いわゆるいぼ石状になっている」とのことなので、正確には菫青石の仮晶ということになるのでしょうか(めんどくさいので、ここでは菫青石として扱います)。

1枚目の写真のいぼ石も、なんとなく六角柱状のかたちが残っているように見えます。気のせいかな?

神奈川県民としては、本当は神奈川の石として紹介したいところですが、神奈川県では県の天然記念物で、国定公園内ですので、採集できません。でも丹沢県境尾根の向こう側は山梨県で、国定公園からもはずれているので、単なる石ころということになってしまいます。まあ山梨県では、たくさんある希少鉱物産出地のひとつですが、神奈川県では、スカルンなんてここしかありませんから、仕方ないですねw

室久保川沿いにある道志の湯近くに加入道山への登山道がありますが、その途上にもごく普通に転がっています(採集したのはそこではない)。でもベスブ石みたいな見た感じ透明できれいな鉱物などとは違い、いぼ石は単なるいぼいぼのある地味な石ころですので、わざわざ目にとめる人はいないでしょう。鉱物が好きな人でも、興味を持つ人は少ないかもしれません。

ただ、丹沢にも透明で青い結晶の、正真正銘の菫青石があるんじゃないかと思っています。アメリカのコロンビア大学には、江戸時代末に収蔵された道志産の青い結晶が保存されているそうです(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cordierite-527337.jpg)。こんなのがあるのならば、いつか見つけてみたいですね。

 

道志では、いぼ石をちょっとしたお祭りの行事で使っていたそうです。神奈川側でもやはりこの石をいぼ石といいますが、神奈川の箒沢・中川周辺と道志で佐藤姓が多いのを考えれば、いろいろ行き来があったことが分かります。また、県境尾根を挟んで道志側の室久保川、神奈川側のモロクボ沢などと、現在でも何やらややこしいことになっています(おそらく、どちらの側でも源流域の畔ヶ丸周辺の山々をまとめて諸窪山といっていたのではないか)。

「新編相模国風土記稿」の中川村の項には、天正7(1579)年 、道志の大窪村[現・道志大久保地区] の百姓が中川村を夜討したことから大きくなった騒動について記載があります。武田と北条の争いの舞台であり、江戸時代には三国山-菰釣山-二本杉峠の国境争いの舞台でもあり、どうもこの周辺はいろいろと確執、因縁、関係があったようです。今はなき箒沢の長老、佐藤浅次郎氏も、若い頃道志村との間で大太鼓の寄進の話を苦労してまとめたとか〈佐藤芝明『丹沢・桂秋山域の山の神々』〉。

 

ちなみに、「新編相模国風土記稿」には、白石峠や犬越路の地名はまったく出てきません。どちらも道を作るには険しすぎるので、馬が通れる城ヶ尾峠がメインの通路となります(そのすぐそばに信玄平という地名もある)。犬越路を信玄の軍勢が通ったなどという話は、とうてい信用できません(中川温泉の箔付のためだったという話もありますが、まあ深くは追求しないことにしましょうw)。