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▽珪酸塩鉱物

2021年7月10日 (土)

灰礬柘榴石(埼玉県秩父市秩父鉱山)

Grossular Ca3Al2(SiO4)3 珪酸塩鉱物

 

Grossular_chichibum_02

Grossular_chichibum_01

Grossular_chichibum_03

 

たまには見栄えのいいものを。

秩父鉱山橋掛沢の灰礬柘榴石です。

ここでは、基本飴色をしたものが多いようですが、3枚目のように透明なものもちらほらと見られます。同所ではベスブ石も産するのですが、柘榴石と色も形も似ていて、正直どっちがどっちか自信ないんですよねぇ。。。ベスブ石のほうがもうちょっと緑が混じった感じの色になるのかな。。。でも灰礬柘榴石といっても、産地によっていろいろな色のものがあるのがややこしいところ(まあ鉱物って他のものもそういうの多いですが)。

他の成分が混じっておらず、理想的な組成、つまりほぼCaAlSiOの3種だけでできたものほど無色透明です。クロムが混じれば緑がかり、マンガンが混じればピンク、1、2枚目のような飴色は、酸化した鉄分による色でしょうかね?

でも、Grossularという名前は、セイヨウスグリ(グーズベリー、ラテン語でgrossularium)という植物の名前に由来します。多分その透明感のある黄緑色の実からきているのだろうと思います(1808年ドイツのヴェルナーによる命名)。ちなみにヴェルナーは1803年にまずこの石にKanelsteinという名前をつけています。意味はシナモンストーン。こちらはシナモンの茶色からきているのでしょう。いろんな色があり得る鉱物を、色から名前を付けるのはどうやらやめたほうがいいみたいですねw

 

橋掛沢は両神山から流れ出る沢ですが、それにしては産地まで特に危険なところがなく行きやすいので、秩父鉱山の中でも人にすすめやすいところです。訪れる人も多いのかな? 結晶も大きくて肉眼、ルーペだけで十分観察できる立派さ。隣の石灰沢と並んで、秩父鉱山の代表的な産地のひとつといえると思います。

両神山は標高1723mとそんなに高いわけでなく、高さだけでいえば秩父の山の中では前衛のひとつでしかないんですが、その山容が麓からよく見えるために、古くからよく知られていたのでしょう(「名山」となるには、麓から格好よく見えることが第一の条件ではないかと思います)。岩場が多い山の例にもれず、やっぱり修験道の道場として栄えていたようです。開山は奈良時代、役小角による・・・ってどこでも名前が出すぎですね>役行者。修験道の地は、大抵役小角が開山した、来山したという話がついてまわります。まったく困った人だw(安倍晴明、日蓮とともに、日本三大呪術ヒーローといえるw)

イザナギ、イザナミ両神を祀るから両神山になったという説や、日本武尊がこの地を通りすぎるのに八日かかったので「八日見(ようかみ)山」と呼ばれるようになったという説、山上に竜頭神社奥社があり竜神山とも呼ばれていたそうで(『世界大百科事典』平凡社)、そこから漢字があてられた説などいろいろあって、面白いですね。いずれにせよ、古代からよく知られた山だったのでしょう。

実は行ってみたいとずっと思いながら、なぜかまだ登ったことがない山のひとつなんですよねぇ。両神山は百名山のひとつになってしまっているので、人の多いところにはあんまり行く気がしない天邪鬼体質のせいもありますw 北の二子山(方解石で有名ですね)や中津川流域側から見える両神山はとても立派で憧れもあるんですが。。。

 

2021年6月 1日 (火)

くさび石(チタン石)(山梨県道志村道志川流域)

Sphene(Titanite) CaTi(SiO4)O 珪酸塩鉱物

 

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Titanite_doshi_03

 

以前取り上げた道志の長石(長石類(山梨県道志村道志川流域))にくっついていた、小さいけれども美しい結晶。最初に見つけた時は、かなりインパクトがあるその姿に、思わず声が出ました。

よく探すと、あちこちに点在しています。きれいな形の結晶だけど一体なんだろうとちょっと悩みました。1枚目のきれいな形の結晶は、デジタル鉱物図鑑の神奈川山北産の写真とほぼ同じ形。この写真のおかげで、はっきりとくさび石であると確定することができました。色は緑よりの褐色。くさび型が短く寸づまったようなかわいらしい形で、普通のくさび石がとんがってツンツンしてるのと比べるとまろやかな感じで、ちょっと天然ドジっ娘風味を感じます(何を言っているのかわからない)。

輝きが強いし、一瞬、もしかして道志にトパズが? とか夢を見かけましたw 色もなんかそれっぽいですよねぇ。表面についている黒緑は、緑泥石だろうと思います。

2枚目の写真は、角がシャープな結晶が3つ並んでいて、水晶よりも輝きが強く、なかなか目を引く様子です。3枚目の右のものは、確かにくさびのような形ですね。左の結晶は水晶かな? 色合いから、こちらもくさび石のような気もしますが、よくわからない。

以前やはり道志(今回とは違うポイントの産)の長石の上に、石英や緑簾石ではない黄色っぽい透明な結晶がついているのを見て、これはなんだろうと思った記憶がありますが、それもどうやらくさび石だったようです。どうやら道志では割と見られるもよう。

くさび石(スフェーン:Sphene )は、ギリシャ語のσφήνα(sphina)が語源で、シンプルに楔(くさび)のような形からきた名称です。チタン石も、単純にチタンを含んでいるという程度の意味でしょう。モース硬度は5~5.5でそんなに硬いわけではないですが、屈折率が高く、透明度が高いものはダイヤモンドのような輝きがあるために、宝石としても扱われます。一瞬トパズかと思ったのも、この光沢のせいかな? 宝石としては、スフェーンと呼ばれることが多いようです。ただ、立派なものは別として、存在自体はそれほど珍しいものではなく、スカルンやペグマタイトでは割とありふれた鉱物です。

チタンは、地殻中の金属元素としてはアルミニウム、鉄、マグネシウムに次いで多いと考えられていますが、利用できる形で取り出すのが難しいため、人間がチタンを金属として使いだした歴史はそんなに長くありません。チタン鉱石として使われるのはチタン鉄鉱やルチルで、最初にチタン元素が報告されチタンと命名されたのも、この二つの鉱物からでした(1795年、プロイセンのマルティン・ハインリヒ・クラプロートによる)。ギリシャ神話のティーターン(神々により地底に封じ込められた)から命名されました。なかなかいい名前ですが、くさび石のほうがわかりやすいかな?

 

2021年5月 9日 (日)

マンガンパイロスマライト(栃木県日光市足尾町久良沢鉱山)

Pyrosmalite-(Mn) Mn2+8Si6O15(OH,Cl)10 珪酸塩鉱物

 

Pyrosmalitemn_kyurasawam_01

Pyrosmalitemn_kyurasawam_02

Pyrosmalitemn_kyurasawam_03

 

足尾銅山東部の久良沢鉱山で見つけた、マンガンパイロスマライトの結晶。

世界でもかなり稀な鉱物ですが、足尾山地には産出地が何か所か知られていて、特にここ久良沢鉱山では鉱石として採掘するほどだったそうです。マンガンパイロスマライト目的の鉱山は世界でここだけだったみたい。

有名な足尾銅山(備前楯山周辺)は銅の鉱山でしたが、銅山からすぐ南、足尾山地から赤城山東麓にかけてマンガン鉱床が広がっていて、ここや以前紹介した茂倉沢鉱山(バラ輝石鈴木石テフロ石?ロスコー雲母)もそのうちに含まれます。

最初に見つける前は、よく似たバラ輝石とあまり区別がつかないのですが(久良沢鉱山は結晶質のきれいなバラ輝石が多い)、一度見つけてどういうものか分かると見わけがついてきます。現地でルーペだけで判別するのはきついですが、顕微鏡で探せば結構見出せます。さすがに鉱石として採掘していただけはありますね。

それでもきれいな六角板状の結晶を見つけるのはなかなか大変です。というか、採掘していたくせに、ズリから見つかっていいんでしょうかw 普通掘っていた鉱石はズリからほとんど出ないものだと思いますが。。。

一方向への劈開がはっきりしていて、光を反射してまるで雲母のような光沢があります。色はバラ輝石のようなピンクから、鉄分が多くなってくると緑や灰色がかったような色に変化してきます。マンガンより鉄のほうが多くなれば、鉄パイロスマライトとなる。

2枚目の写真はほぼ全画面が結晶の集まった部分なのですが(1枚目は一部を拡大して横から写して結晶の形を見やすくしたもの)、上部はピンク色をしているのが、下になるにつれ、だんだんと白く不透明に変化していっているのがわかると思います。結晶の形は六角板状のままなので、全部マンガンパイロスマライトだと思うんですが、成分の違いでしょうかね。白くなるのはマンガン成分の多寡によるものかなぁ?

 

久良沢鉱山は、足尾駅あたりで渡良瀬川に合流する内ノ篭川の上流・久良沢にあります。沢から山の急斜面を数十メートル登ったところに3つの坑道があり、そこからズリが沢になだれ落ちています。坑道によって、パイロスマライトの鉄分に若干の違いがある、つまり色にも違いが出てくるようですが、自分は坑道の中で採集したわけではないので、確認したわけではありません。

一番上の坑道が一番大きいのですが、ほぼ竪坑なので、これは怖くてとても入る気になりませんねw

坑口まで斜めに登る踏み跡がありますが、下に人がいる際は落石には注意が必要です。沢まで一気に石が転げ落ちる可能性が高い急斜面なので。

 

Kyurasawam_01

一番上の大きな坑道口。ほぼ下を向いて撮影している。

 

2021年5月 5日 (水)

長石類(山梨県道志村道志川流域)(丹沢の地名について1)

Feldspar  珪酸塩鉱物

微斜長石? Microcline K(AlSi3O8) 珪酸塩鉱物

 

Plagioclase_doshi_01

Plagioclase_doshi_03

Plagioclase_doshi_02

 

燐灰石(山梨県道志村道志川流域)と同じ場所で見つけたもの。

結局のところ、ここの長石はなんなんでしょうか。

微斜長石という話を聞いたことがあるのですが、はっきりとしないので、とりあえずタイトルは長石類ということにしておきました。

真ん中に穴があいたような面白い形が目立つ結晶群です。多分双晶を繰り返した結果だと思うのですが、なにやらえらく複雑なパズルのようになっていて、よくわかりません。この辺ではきれいな長石はよく見かけるのですが(林道上に普通に転がったりしている)、こういうのは初めて見ました。

長石の他に、緑泥石、緑簾石、石英(水晶)、あとなんだかよくわからない褐色透明の結晶がついています。

 

以下、マニアックすぎる丹沢の地名のお話。

丹沢には「水晶」のつく地名がいくつかあります。リストにしてみました。すべてが古くからの名称であるとは限らないと思います。小川谷(仲の沢)のような、登山者による愛称、通称みたいなものもあるかも。

〇山
1 水晶沢ノ頭(1278m、白石峠南)

〇沢
2 水晶沢(玄倉川・檜洞沢支流)
3 水晶沢(中川・モロクボ沢支流)
4 水晶沢(世附川・大又沢支流)
5 水晶崩レノ沢(早戸川支流)

〇尾根
6 水晶ノ尾根(蛭ヶ岳北東)
7 水晶カ尾根(室久保川流域)

〇その他
8 水晶平(臼ヶ岳南尾根)
9 水晶橋(三ヶ瀬川東沢)

 

2の水晶沢は、水晶や燐灰石で有名だった沢ですね。今では露頭は崩れてなくなってしまったそうですが、またあらわれる可能性もあります。沢は生き物ですから。でも玄倉林道は長く通行止めになっていて、現在(2021.5)、松田町の寄(やどろぎ)から雨山峠越えがユーシンへの正規の最短ルートです。ふざけた遠さです。通行止めになる前、急にユーシン付近がハイキングの人で賑わうようになってびっくりしたことがありましたが、今では静けさを取り戻していることでしょう。

8の水晶平は、2の水晶沢のすぐそば、ユーシン沢ー檜洞沢の左岸尾根にあたります。名前の由来に関してはわかりませんが、もしかしたら昔水晶が出たのかな? 場所からいって、可能性はありそうですが。。。それとも愛称かな?

5の水晶崩レノ沢の右岸尾根が、6の水晶ノ尾根に該当します。蛭ヶ岳の北東、早戸川の最上流域です。由来はわからず。これも愛称かな?

1の水晶沢ノ頭から神奈川側のモロクボ沢に流下するのが、3の水晶沢。普通に考えれば、沢名から山名がついたということになりますが(「~沢ノ頭」とはその沢の源流のピークという意味)、ここで水晶が出たという話は聞いたことはありません。神奈川側からはとても行きにくい沢です。大きなモロクボ大滝を越えて沢登りしないと、たどり着けません。神奈川側の沢名が山名の由来なのは、ちょっと違和感もありますね。でも水晶沢ノ頭の山梨側(室久保川)には、水晶が出るポイント、水晶を掘ったような跡が残っているところがあります(ペグマタイトだけでなく、場所によっては若干のスカルン鉱物も見られる)。

室久保川流域にあるという7の水晶カ尾根がどこなのか分からないのですが(明治初年のころには水晶を採掘していたそうです〈『道志手帖』Autumn 2018 no.21〉)、自分が思うに水晶沢ノ頭から出ているいくつかの尾根のどれかではなかろうか。むしろ、その尾根から山の名前として山梨側で「水晶ヶ尾山」というような名前がついて、逆にそこから神奈川側で水晶沢という名前がつけられ、現在の水晶沢ノ頭という山名になったのかもしれません。この周辺は、甲斐と相州側で、いろいろこんがらがってしまう地域ですし。。。昔はこのあたりは全部まとめておおざっぱに諸窪山といわれていたと思われます。ちなみに水晶沢ノ頭は、ピークともいえないような、単なる稜線のちょっとした高みにすぎません。

4の大又沢の水晶沢も、場所、名称がちょっとあやふやです。基本的には現在では下の地図のようになっています。

Omatasawamap

(クリックで拡大)
出典:関東森林管理局Webサイト、施業実施計画図(2万分の1) 神奈川4-2地図(林班図)に筆者追記(文字・赤線)
(https://www.rinya.maff.go.jp/kanto/attach/pdf/R20700_keikaku_zumen-144.pdf)

 

このあたりには奥野歩道という道が通っていたのですが(現在は廃道)、以前は東海自然歩道に選定されていたことがあります(1992年まで)。そのころの道標や痕跡がところどころまだ残っていて、水晶沢の隣の戸沢(バケモノ沢)と呼ばれている沢に「水昌沢」という表示がされています。登山者の間ではこの道標は名前も場所も間違っているという認識がほとんどですが、本当にそうなのかな?

この認識は、おそらく松田警察のサイトで以前見ることができた「西丹沢頂稜河川土地名称図」(およびそれをもとにした「西丹沢登山詳細図」)をその根拠としているのだと思います(ちなみに林班図では水晶沢も戸沢も表示はなくバケモノ沢とだけ書いてある。地理院の地形図では下流に大又沢としか書いていない。)。城ヶ尾峠にある環境庁・神奈川県の地図も基本これに沿ったもので、違うのは「水昌沢」の道標だけです。まあこれでは間違っていると思われても仕方ない状況ですが。。。(ちなみに東海自然歩道は開始当初は厚生省、1971年から環境庁・環境省の管轄)。

Ohtakitogekami_map

今も残っている大滝峠上にある東海自然歩道ルート変更のお知らせ。同じものは城ヶ尾峠にもある。

 

神奈川県は、東海自然歩道には相当手間とお金をかけているように思います。他の資料と違うからと、簡単に「水昌沢」という標識を間違いだと決めつけていいものかどうか。なぜわざわざ「水昌」? 単なるミスってありえなくないですか? 場所の間違いはともかく、どうやったら何の意味ももたない「水昌」と間違えて道標を作成するのか、その経緯がまったく思いつかない。。。名前も場所もなにかしらの根拠があったからあえてこの表示にした、と考えることもできます。

ちなみに、水晶沢はちょっとだけ見に行ったことがありますが、ペグマタイトの痕跡は見つけることはできませんでした(下から上まで歩いたわけではない)。昔はペグマタイトの露頭があったのかもしれません。位置的にも戸沢(水昌沢)、バケモノ沢、あるいは赤沢のほうが、甲相国境尾根、道志のペグマタイト点在地域により近く、水晶がありそうな気がします。実際、上流に行くほど、粗粒のトーナル岩が目立って増えてきます。。(ちなみに、シキリ沢や白水沢では小さな水晶を見たことがあります)。

あと、バケモノ沢は、何かを隠そうとして人が近寄らないようにこんな名前がつけられたという噂は聞いたことがw

まだ地蔵平に集落があったころ、そこの子どもたちは水晶沢で水晶を拾って遊んだ、というような記述を以前見た気もするんですが、ネット上に以前あった江戸時代の菰釣山国境紛争や地蔵平についての詳しい記録のページはすでに消滅してしまいました。それを読んだ当時は、まだ鉱物に特に興味なかったからなぁ。。。保存しておけばよかったよ。。。誰か保存してませんか?

ちなみに、このすぐ近く、奥野歩道の先には、武田信玄が小田原を攻めた際に軍営を張ったとされる「信玄平」があります(この場所も文献を見るとちょっとあやしい)。信玄平は甲斐から相模への丹沢山中を抜ける間道・サカセ古道の途中にあります。古くは鎌倉で敗れ甲斐に逃げた新田義興も砦を建てたといわれる歴史ある道です(城ヶ尾の「城」はこのことを指すらしい)。

信玄の通るところ、金銀水晶ありですよw ここを通ったのも、金や水晶の下見を兼ねてたのかも?

 

Suishozawa_01Suishozawa_02

左:大又沢上流の水晶沢。3段20m棚。この上にはまだ行ったことないのだ。巻けるの? 右:戸沢にある「水昌沢」の道標。

 

2021年5月 2日 (日)

氷長石(静岡県河津町河津川流域S鉱山)

Adularia KAlSi3O8 珪酸塩鉱物

 

Adularia_izusm_01

Adularia_izusm_02

 

黄鉄鉱(静岡県河津町河津川流域S鉱山)で書いたのと同じ場所(下のズリ)で見つけたもの。最初同所で多く見られた方解石かとも思いましたが、希塩酸で反応がなかったので、長石だろうと思い形から。。。さらに、ここと同様の伊豆の金銀鉱山である、湯ヶ島、清越、土肥、縄地、河津等でいずれも氷長石が産出するということで、氷長石としました。ここも、金銀(および銅)鉱床ですし。

このブログでも氷長石は以前一度取り上げていますね(氷長石(長野県川上村甲武信鉱山))。

特に1枚目は、晶洞の真ん中に主役という感じで鎮座していて、なかなか趣きがあります。まわりに小さな水晶を従え、ひときわ高く聳える雪をいただいたアルプスの峰のようで、氷長石の名にふさわしい姿だと思います。何となくひんやりしてますしね。

2枚目はもうちょっと透明度が高く、こちらも氷の固まりっぽい感じです。

 

ところで自分はずっと氷長石を「ひょうちょうせき」と読んでいましたが、どうやら「こおりちょうせき」と読むと日本鉱物学会で取り決められたことがあるらしいです。。。でも本によっては索引の「ひ」の項目にあったりするんですよねぇ。まあ確かに「こおりちょうせき」の方が音的にはずっと分かりやすいことは確かですが。

氷長石は正長石の一種で、独立した鉱物種ではありません。分類的には、正長石と微斜長石の中間あたりにあやふやに位置するもののようです。正確には、ヨーロッパアルプスのアデュラ地域に産するものだけを「Adularia」というべきかもしれません。

1830年にドイツの鉱物学者・ブライトハウプト(Johann Friedlich August Breithaupt: 1791-1873)によって、メキシコのヴァレンシアナ鉱山で発見された長石(Valencianite)が、のちに氷長石の一種であるとされました。アデュラの氷長石とは若干違って不透明で、日本の金銀鉱山から産する氷長石の多くは、このValencianiteにあたるといいます(ただ、今ではValencianiteという名前はほとんど使われない)。

細かいことは置いといて、なかなかお気に入りの鉱物です。

 

2021年4月20日 (火)

沸石(静岡県焼津市浜当目)

トムソン沸石 Thomsonite NaCa2Al5Si5O20・6H2O 珪酸塩鉱物

中沸石 Mesolite Na2Ca2(Si9Al6)O30・8H2O 珪酸塩鉱物

輝沸石 Heulandite (Na,Ca)2-3Al3(al,Si)2Si13O36・12H2O 珪酸塩鉱物

 

焼津の北・浜当目(はまとうめ)から、海に落ち込む切り立った岸壁が、虚空蔵山、大崩海岸と3km以上にわたって続いています。ここの岸壁は1500万年前頃に噴出したアルカリ玄武岩の枕状溶岩(Pillow Rava)で出来ていて、その表面や隙間に沸石の層が見られます。

粘度の低い玄武岩質の溶岩が海などの水の中で噴出すると、チューブから出てきた接着剤のように丸くなって固まり、枕状溶岩を作ります。つまり、枕状溶岩のあるところは、昔は海の中だったということですね。この玄武岩層は、内陸の高草山まで続いています。

アルカリ玄武岩(ナトリウムやカリウムが多い)は、本来大陸内部で多く見られるもので、日本の太平洋沿岸ではかなり珍しいようですが、その玄武岩の隙間などに、白い沸石が脈を作っています。噴出時に圧力が減少して、マグマ中の水分などの発揮成分が抜けたあとが孔となり、その孔が沸石で満たされていたりします。

1枚目の写真はトムソン沸石かな?

 

Zeothomsonite_hamatoume_01

 

ネット等でよく見るような、まん丸い半透明のものもあったのですが、ちょっと汚れが目立ったので、一番表面がきれいだったものを。

ソーダ沸石に似た柱状結晶(断面は長方形)らしいのですが、微細なそれが放射状に集まって丸い姿を見せることが多いようです。丸い鉱物ってこのパターンが多いですね。

 

Zeomesolite_hamatoume_01

 

こちらは多分中沸石ではないかと思います。ソーダ沸石かも? まあ何となくですw こちらも柱状結晶の集まりで、繊維状になっていますね。成分的にはソーダ沸石とスコレス沸石の中間なので、中間という意味の古代ギリシャ語μέσος(mésos)が語源です。

 

Zeoheulandite_hamatoume_01

 

こちらは輝沸石ですかね。上の2つの石のあった露頭ではなく、そのそばの浜辺の石についていました。なので、ここの岩が出所元かどうかは分かりません。

 

Hamatome
浜当目の露頭。

 

焼津というとマグロが有名ですが、個人的には遠洋漁業の冷凍マグロはそれほど好きではないです(近海ものの冷凍してないマグロを食べてしまうと、冷凍ものは食べられなくなっちゃう。まったく別ものです)。それより駿河湾は深海魚ですかねw 深海魚専門の漁師すらいるというのがびっくり。見かけはかなりグロいですけど、考えてみると桜エビやタカアシガニ、キンメダイなどの駿河湾の名産は深海ものばかりですよね。。。

 

2021年4月11日 (日)

含クロム白雲母(長野県茅野市金鶏金山)

Fuchsite(Muscovite) K(Al,Cr)2AlSi3O10(OH,F)2 珪酸塩鉱物

 

Fuchsite_kinkeim_01

Fuchsite_kinkeim_02

Fuchsite_kinkeim_03

 

長野県金鶏金山の白雲母の変種です。クロムを含んでいるために緑を帯びていて、とてもきれいですね。金鶏金山はセリウムフローレンス石や水晶の日本式双晶、苦土電気石、滑石などさまざまな鉱物を産出しますが、この白雲母がここの代表といっていいのではないかと。現場に行きさえすれば、わざわざ探すまでもなくいっぱいあるので、あまり珍重されないかもしれませんが、結晶形もはっきりとしていて薄いものは透明度も高く、拡大するとほんとにきれい。

錆がついて茶や黄色く染まった部分と緑のグラデーションが、またポイントですね。薬品で錆をとってしまうと、この美しさがそこなわれてしまう、でも錆をとらないと稀産鉱物が探せない、というジレンマに直面することになります(珍しいセリウムフローレンス石はピンク色なので、錆がついてると紛れて探しにくい)。

写真は3種の形態を選びました。緑の鮮やかな1枚目、薄い錆で金色の花びらのように重なった集合と水晶の2枚目、透明度の高いうす緑の薄片の3枚目、どれも違っていいですねぇ(写真の出来には目をつむってください><)。地の無色部分は石英です。

緑の雲母のことを、Maripositeということもあります。MaripositeもFuchsiteも正式な鉱物名ではなく、白雲母(Muscovite)の一種。クロムではなくバナジウムが含まれると、ロスコー雲母となります。

フクサイトの名称は、ドイツ・バイエルン王国の化学者・鉱物学者であるヨハン・ネポムク・フォン・フックス(Johann Nepomuk von Fuchs、1774-1856年)に由来します。

1842年、やはりドイツの地質・鉱業・冶金・音楽学者のシャフホイトル(Karl F. Emil von Schafhäutl、1803-1890年)によって命名されました。この人、ちょっと面白い人物みたい。もともと印刷関連の職人であり、詩や演劇・物語などの文学作品も残していて、かなり多彩な方面で活躍しています。地質学関連では、アルプス地方の地質などの研究。音楽では、グレゴリオ聖歌などの研究のほか、楽器の音響についての研究もあり、ベーム式フルート(要するに現代のフルートのことです。それまでは主に木製で簡単なキーのついたようなトラヴェルソが使われていました)の開発にも関わっていたようです。文学ではキリスト教の色彩が濃い作品が多い。

 

グレゴリオ聖歌はヨーロッパではかなり異質なモノフォニックな音楽です。西アジアの影響を強く受けているものと思われます。なので、コードではなくモード(旋法)を基本としています。ヨーロッパでは唯一といっていいモノフォニーな伝統音楽ですね。

誤解している人も多いと思いますが、モノフォニーが進歩してポリフォニーになったりするような関係にあるものではありません。まったく別の、独立したものです。社会のあり方と音楽を簡単に関連づけることはできないと思いますが、狩猟を基本とする社会にはポリフォニーが、農耕を基本とする社会にはモノフォニーが多いような気がします(日本も基本モノフォニーな国でしたが、何分文化の掃きだめ的な位置にあるのでw)。

現在ポリフォニー(と平均律)が世界的に全盛なのは、ヨーロッパの帝国主義の賜物だと言ってしまっていいかも? 世界にはいろんな音楽があって、聞きなれていないものは理解できません。聞き方は、演奏の仕方と同じく、技能です。現在の日本人の大部分は、日本の伝統音楽は理解できません。聞きなれていないから。学校で1回だけちょこっと雅楽や長唄を無理やり聞かされても、退屈こそすれ、理解できるわけもないです。音楽の先生もほとんどの人は分からないけど聞かせているだけでしょう(学校の先生の多くはヨーロッパの数百年の範囲内の古典音楽という非常に狭い範囲しかまじめに勉強していないでしょうから)。

アラビアのウード奏者の人の話で、音楽の幅を広げたいとヨーロッパに音楽留学に行ったそうです(それまでヨーロッパの音楽はほとんど聞いたことがなかった)。初めてオーケストラの演奏会に行ったのですが、いつまでたってもずっと音合わせをしていて、全然始まらないなあと思っていたら、拍手が起こって終わっちゃったとかいう。。。「音楽」として認識できなかったわけですね。西アジアの多くの国の人からしたら、オーケストラは音が合っていないのが気になって仕方ないんじゃなかろうか。調律に非常に厳密ですし、オーケストラは管楽器と弦楽器、さらに鍵盤もあって(それぞれ音程のとり方の仕組みが違う)音合わせが難儀な音楽形態ですからね。。。

音楽は世界の共通語だなんてよく言われますが、それはまったく無知からきた誤解です。音楽は言語と同じ、母国音楽以外のものをきちんと聞ける(演奏できる)ようになるには、勉強や慣れ、多くの時間が必要だと思います。それでも、はたして本当にそれが母国音楽の人と同じように聞けているのかどうか。。。結局のところ、頭の中で翻訳をするという余分な作業をしているのではないか。。。大元のところで理解の方法は異なっているのではないか。そういう疑問はけっしてなくなることはないと思いますね。

音楽は言語と同じと書きましたが、音楽そのもののあり方としては、言葉というよりむしろ数学に近いものです。現代では音楽は基本的に感情的なものと思われ、求められていて、「作者の思いを伝える」とかそういった面が強調されることが多いですが、世界には、感情はむしろ邪魔であるという音楽も多くあります。たとえば南インドの伝統音楽では、音楽は宇宙とか世界とか、そういうものを表現するものであって、人間的な側面はできるだけ排除すべき要素であるとされます。日本の雅楽も儀典や占いのための音楽ですし、現代でも感情的な要素を排除した純粋な音の気持ちよさを追及する分野もありますね(特にエレクトロな分野の一部)。そのような数学的な側面が重視される音楽なら、共通語になりえるのかな、と考えたりもします。

そういう数学的な世界の表象として、自分は鉱物の世界が好きなのかもしれない。

 

って、途中から鉱物全然関係なくなってしまい、最後に無理やり鉱物を持ち出してまとめようとしてみましたw

 

2021年3月18日 (木)

マンガン斧石(埼玉県秩父市秩父鉱山)

マンガン斧石 Axinite-(Mn) Ca4Mn2+2Al4[B2Si8O30](OH)2  珪酸塩鉱物

チンゼン斧石 Tinzenite Ca2Mn2+4Al4[B2Si8O30](OH)2  珪酸塩鉱物

 

Axinitemn_chichibum_01

 

前回の鉄斧石から続き、今回はマンガン斧石。秩父鉱山、大黒下の川原産です。

鉄斧石の鉄FeのかわりにマンガンMnが入ったもので、若干肌色がかった感じ。マンガン鉱物に多い赤・ピンク系が若干混じっているってことか。結晶が少しずつズレながら重なって集合しているさまがわかります。結晶面が滑らかなので、きらめきがきれいです。

大黒の川原わきの斜面はどうやらズリでできているようで、さらにその一部の狭い範囲だけでマンガン系の石が多く見られます(ピンクの菱マンガン鉱が目立つ)。このマンガンがらみの石に、いろいろな珍しい鉱物が共存していることが多いようです。マンガン斧石も、その狭い範囲内で見つかります。

同じ石の別の箇所には、色の濃いものもついていました。

 

Axinitemn_chichibum_02

 

表面に赤さびがついているわけではなさそうです。これは、マンガン斧石よりマンガン成分を多く含む、チンゼン斧石ではないかと思うのですが、どうでしょうね。写真を見る限り、こんな色をしていることが多いみたいですが。

マンガン斧石に比べるとかなり珍しいようで、ぐっと産地は減ります。CaのかわりにMnがちょっと増えただけなんですが、こんなに色が変わっちゃうものなんですかね。まあ分析したわけではないので、記事のタイトルは「マンガン斧石」としておくことにします。鉱物の組成というのは連続的なグラデーションで、わずかな差の鉱物の場合、分析なしでは判断できません。色なんてちょっとした差で変わってしまいます。。。

名前は、スイスのチンゼン(Tinzen, Tinizong)という地名に由来します。チンゼンそばのAlpe Parsettensというところで産するらしいですが、この場所がどういうところなのかよく分かりません。Alpeというのは、アルプスの山の名前ではなく、アルプスの中腹の草原地帯のことなのだそうですが、そこに鉱山等があったのか、露頭なのか。。。google mapで検索しても出てきませんね。

 

荒川の上流、奥秩父もみじ湖で、奥秩父の三国山を源流とする支流の中津川が合流します。さらに少し上流、中津川の支流・神流川が合流しますが、その神流川沿いに大黒の鉱山跡があります。地形図にも(廃坑)として表記されている、まさに秩父鉱山の中心地といっていいところですね。中津川はずっと深い渓谷が続きますが、このあたりは川原が若干広がっていて、気持ちのいいところです。

川沿いの崖にいくつか掘ったあとが見られますが、特に大きな坑口が真っ黒い口をあけていて、なかなか不気味な感じです。多分中は深い坑道が延々と続いているんでしょう。自分は洞窟とか苦手なので、鉱山あとにいっても坑道に入ることはほとんどないんですが、そういうのが好きな人たちの記録や写真を見ているとちょっと面白そうだなとも感じますが、感じるだけで入りたくはないですねw ベルヌの『地底探検』みたいなもんですかねぇ。

 

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左:神流川沿いの崖に大きな坑道が。右:大黒付近の沢の様子。

 

2021年3月11日 (木)

鉄斧石(埼玉県秩父市秩父鉱山)

Axinite-(Fe) Ca4Fe2+2Al4[B2Si8O30](OH)2 珪酸塩鉱物

 

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秩父鉱山・六助沢で採集した、鉄斧石です。斧の形が明確にわかる結晶ではありませんが、うす紫がとてもきれいな結晶。周囲の緑の小さな結晶は、緑簾石です。

名前は見てわかる通り、まさに結晶の形が斧のようだということで、1797年、フランスの鉱物(結晶)学者・ルネ=ジュスト・アユイ(René Just Haüy:1743~1822年)によって、ギリシャ語のαξίνα(axina:斧)を語源として命名されました。時代的にちょうどフランス革命の真っただ中で生きた人ですね。聖職者でもあった彼は実際、聖職者民事基本法に反発して投獄されたりしています。

それまでは鉄電気石の一種と考えられており、さまざまな人によって、いろいろな名前をつけられていたようです。その名前を連ねてみると。。。Espéce de Schorl、Schorl violet、Schorl transparent lenticulaire、Thumerstein、Thumite、Yanolite、Glasschörl、axinit、ferroaxinite。。。一番シンプルで短いaxinitになってよかったな、と(ちなみに「Schorl」は鉄電気石のことです)。

現在ではその成分の違いによって、鉄斧石(Fe)、苦土斧石(Mg)、マンガン斧石(Mn)、チンゼン斧石(Mnが多い)の4種類に分けられ、斧石グループを作っています(2007年より)。鉄斧石がもっとも産出が多いらしいですが、自分にとってはこれが初めて見つけた鉄斧石です。スカルンなどでは割と出やすいようです。

 

狭い範囲にいくつものスポットがある秩父鉱山ですが、各ポイントで微妙に出るものが違っていて、大変楽しいです。しかもそれぞれの結晶が立派で種類も多く、何度行ってもあきないで時間を忘れてしまいます。六助沢は、普通の鉱石のほか、マンガン、輝安鉱などのアンチモン鉱物なども産出するところで、もうちょっといろいろ探してみたいですね。まだそれほど上まで行ったことがないので。

もともと六助鉱山では金・銀・鉛などを採っていたようですが、日窒鉱業開発(現・ニッチツ)に買収されてからは、肥料の重要な原料の硫酸を目的に、閃亜鉛鉱が採掘されていたようです。その経緯については「樵路巡遊」というサイトの「六助道【廃径】が詳しいですので、興味ある方はぜひ。

石目当ての人もよく見かけるところですが、釣り人も割と見かけます。こんな鉱山の川で魚とれるのか分かりませんが、どうなんでしょう、釣れたとしても、あんまり食べたくはないような気もしますけど。。。以前も釣りの人と会ったら、「割れた石がたくさんあるけどこれはなんだろう?」という反応でした。ですよねー、お互い自分の興味あることはよく知ってるけれど、そうでなければ全然知らないものですよね。

自分も川や海によく行っていたにも関わらず、これまで釣りだけはなぜか全然やらないできてしまいました(唯一冬の赤城山でワカサギ釣りだけはしたことがあるが、一匹も釣れずw)。今となっては石釣りに忙しくて、とても手が回りません。

 

2021年3月 5日 (金)

珪孔雀石(石英)(栃木県日光市小来川鉱山)

Chrysocolla (Cu2-xAlx)H2-xSi2O5(OH)4・nH2O 珪酸塩鉱物

 

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珪孔雀石だと思うのですが、それにしては透明感があるし、普通塊状や膜状でしか見られないのになんとなく結晶形があるように見えて、なんだろうと思っていました。色が濃いところから、淡く水色がついた透明なところまで、場所によってかなり幅があって、拡大するとなかなかきれいです。

多分、これは宝石の世界でジェムシリカとか、クリソコラ・カルセドニーとか言われるものではないかと。。。ネットで説明を見ると、珪孔雀石に石英がしみ込んで硬くなったものと書いてあります。石英が珪孔雀石にしみ込む? SiO2を含んだ熱水が浸透し、中に取り込んだ状態で石英に成長したということかな? つまり珪孔雀石を含有した石英ってことですかね? それならなんとなくイメージがわきますが。見かけ上は、珪孔雀石を含んで水色がついた石英といわれると、なるほどと納得できる感じではあります。一応宝石の部類なのだそうです。確かに、珪孔雀石そのものよりもずいぶん硬度は増しているし、透明度が上がって美しさも増していますね。

普通は珪孔雀石というと、ガラス質というよりは樹脂と陶器状のあいだという感じで、透明感は全然ないイメージ(そういうのしか見たことない)。鉱物の種類としては、石英とするべきかもしれませんが、石英は水晶として何度か取り上げているので、珪孔雀石として載せることにしました。多分普通の珪孔雀石はこの先取り上げないと思うし(どこにでもあるし、そんな面白いものじゃないですしねw)。

 

クリソコラという名前の歴史はとても古く、古代ギリシャの哲学者・博物学者のテオプラストス(Θεόφραστος, Theophrastos: BC371~287年。特に植物学で有名。「石について」〈Περὶ λίθων 〉という著作がある)によって最初に使用されたそうです。さらにその名前を、フランスの鉱物学者アンドレ・ジャン・フランソワ・マリー・ブロシャン・ド・ヴィリエ(André-Jean-François-Marie Brochant de Villiers:1772~1840年)が、1808年に復活させました。ブロシャン銅鉱のブロシャンさんですね。

金を意味するχρυσός(クリューソス)と、にかわ、のりを意味するκόλλα(コラ)が語源です。古代の処方として、銅の二次鉱物を粉末にして金と混ぜることによって、溶けやすくするという方法がどうやらあったらしい。珪孔雀石はどこでも手に入りやすいですし。あるいは、この鉱物そのものの名前というより、金を扱いやすくするための銅系の薬剤の名前だったのかもしれませんね。

 

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