○山梨県

2020年10月25日 (日)

ヒンスダル石?(山梨県甲州市黄金沢鉱山)

Hinsdalite PbAl3(SO4)(PO4)(OH)6 燐酸塩鉱物等

 

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最初は藻の類かと思いました。次に、ここではよく見られるビューダン石が変な形で集まったのかと思っていたのですが、ビューダン石で検索していて、黄色い管状のHinsdaliteの写真を見つけました(ヒンスダル石はビューダン石の仲間)。はじめて聞く名前だったので、Hinsdaliteで検索していくと、今度は円形の黄色い中心核が白で縁どられた写真も出てきました。どちらの写真も、これと似ています。こちらの写真は解像度が低いので、詳細はよく見えませんが。。。他に類似の鉱物はまったく見つけられませんでしたので、ヒンスダル石?として掲載することにしました。

日本では、北海道の小別沢鉱山、秋田の亀山盛鉱山、それに島根の銅ヶ丸鉱山くらいでしか出ていないようなのですが、どうなんでしょう。黄金沢鉱山で出ても、まあおかしくないような気もしますが。。。(銅ヶ丸鉱山は江の川にあります。昔広島から河口の江津までカヤックでツーリングしたことがあって、懐かしく思い出しました)

珍しいのは、ポロニウム(Po)を含んでいるからでしょうか。天然のポロニウムは、非常に微量しか存在していないといいます。ウラン系の鉱物にもPoが含まれていて、放射性元素です。緑鉛鉱にも含まれていますね。

ネット上でもそれほど情報がないのですが、「鉱物たちの庭」尾去沢石の項目に、次のような記述がありました。

「…(尾去沢石は)産出は珍しくないが、一般に粉末状。秋田県亀山盛鉱山のものは、緑鉛鉱→ヒンスダル石→尾去沢石+ビーバー石の順で風化生成したとみられ、ビーバー石と累帯構造をなし、顕微鏡的に菱面体結晶を示すものがあるという。尾去沢石は…「日本の新鉱物」には、稀に管状の形態を示すとある。」(カッコ内引用者)

尾去沢石が稀に示すという管状の形態、もしかしたら、今回のヒンスダル石のような形態のことでしょうか。

また、松原聰・松山文彦「岐阜県遠ケ根鉱山産セグニット石」にも、以下のような記述がありました。

「二次鉱物の緑鉛鉱からヒンスダル石が生成され,ビーバー石―尾去沢石固溶体の形成に至るプロセス,また鉛ゴム石からヒンスダル石へのプロセスを確認している(松原ら,1997年岩鉱学会講演準備中)(以下略)」(松原・松山「岐阜県遠ケ根鉱山産セグニット石」鉱物学雑誌、第26巻第4号、1997年)

鉛ゴム石、また知らない名前が出てきた。。。検索してみると、青い緑鉛鉱といったような形態をしている鉱物です。結晶が長く伸び、六角形が丸みを帯びたような写真もあって、ちょっとヒンスダル石に似た感じのものもありました。

黄金沢鉱山で緑鉛鉱は出るという話は聞きませんが、緑鉛鉱のPo4がAsO4になるとミメット鉱になります(Asは砒素)。

。。。でもまあこういう難しい話は詳しくないのだから、あまり首を突っ込まない方がよいですねw 専門の人に任せておきましょう。

ただ、こういった二次鉱物、三次鉱物が出る可能性もあると覚えておけば、訳の分からないものを見つけたときに、それが何なのか、アタリをつける助けになると考えて、ちょっと頭の隅に置いておけばいいかと思います。

この石のおかげで、また新しい鉱物の名前と見かけを覚えることができたわけだし。このあたりの鉱物は、よくある鉱物図鑑のような本にはほぼ載っていないものばかりですからね。

 

2020年10月21日 (水)

ぶどう石(山梨県身延町杉山)

Prehnite Ca2Al(Si3Al)O10(OH)2 珪酸塩鉱物

 

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下部温泉のそば、栃代川の、有名な産地のぶどう石です。

普通は岩欠のぶどう石といわれますが、住所的には岩欠ではなく杉山となります。産地の直前に杉山橋を渡りますが、その橋の直前までが岩欠で、そのあとは毛無山までずっと杉山です。

ほんのりと緑(~青)に染まった板状結晶が放射状に集合して、まるでぶどうの実のような姿をとることが多いということで、日本ではぶどう石と呼ばれています。色のついていないものも多いですが、無色だちょっとつまらないので、やっぱりシャインマスカットみたいな色のものがいいですね。海外産の写真などを見ると、確かにぶどうのように見えるものがありますが、日本で産出するものはそれほどぶどうっぽい感じはしません。

ここのぶどう石も結晶粒が大きいので、それほど「ぶどうみ」はないのですが、ルーペや顕微鏡で見ると、四角の板状結晶が少しずつズレながら積み重なっているのがはっきりわかります。

ちなみに1枚目の写真は色味がちょっと他と違いますが、これは光源が太陽の光だからです。朝の日光にきらきらしてとてもきれいだったので、思わず写真にとってみたのですが(カメラ本体でのマクロ撮影)、ほんのりと赤味がさして、あたたかみのある感じですね。

 

洋名は、喜望峰のオランダ植民地に駐在していたプレン大佐(Hendrik Von Prehn、1733-1785)に由来するらしいですが、和名のほうが全然いい名前ですね。プレナイトの由来を聞かされても、正直それがどうしたという感じです。イメージを喚起する「ぶどう石」には言霊が宿りそうだけど、「Prehnite」では単なる記号で名が体を表しておらず、化学式を覚えた方がよほどましかもしれないw

 

採集した現地では、台風による大雨の翌日だったため、川が増水して石を探す範囲が狭まっていたようで、結構苦労しました。当然、気になる対岸にもとても渡渉できず、川沿いの崖のあちこちから滝のように水が流れ落ちていました。それでも、いくつかのぶどう石を含む石を見つけることができました。ネット上では絶産に近いという言葉もちらほら見られたのですが、やはり絶産などということは滅多にあることじゃありませんね。

Tojirogawa

 

あとここに行くときには、すぐそばの下部温泉にある金山博物館がおすすめです。この一帯の金山のことを知ることができます。栃代川の上流部にも、栃代金山というのがあったようです。あまり詳しく調べられてはいないようなのですが、ちょっと気になりますね。まあ金山周辺というのは、鉱物的にはそれほど面白くないことが多いのだけれど。。。

地形図には栃代から毛無山に行く道、雨ヶ岳と仏峠の間を越えて本栖湖に出る道が描かれていて、まあ十中八九廃道でしょうけど、一度探索してみたいところです。

 

2020年10月17日 (土)

緑泥石(山梨県道志村道志川流域)

Chlorite (Mg,Al,Fe,Li,Mn,Ni)4-6(Si,Al,B,Fe)4O10(OH,O)8 珪酸塩鉱物

 

Chlorite_doshi_01

Chlorite_doshi_02

 

緑泥石はグループ名です。様々な成因の鉱床中、ほとんどどこでもあるものだと思いますが、だからこそ岩・土壌の構成物としては、最も重要なもののひとつと言えます。

シャモス石(Chamosite)、クリノクロア(Clinochlore)、クーク石(Cookeite)、ペナント石(Pennantite)、須藤石(Sudoite)などの種類を含むグループです。

写真は、道志のペグマタイト中の緑泥石。ここではこの暗緑色の粒子の固まりのような緑泥石が多く、長石や石英、緑簾石の結晶がその中に埋もれているのを見ることができます(一番上の写真の白いのは微斜長石)。柔らかいので、爪楊枝でも掘ることができます。

わざわざこれを目的に採集するようなものではないといえばそうなのですが、鏡下では、ごく小さなきらめく雲母のようで、とてもきれいです。これはクリノクロアだと思うのですが、ちゃんと判別できないので、緑泥石として記事にしました。

下の写真は、同じ場所で見つけた、水晶に内包された緑泥石です。

 

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緑のきらめく粒が散りばめられていて、きれいです。

ここの石では、今まで他の鉱物を緑泥石が覆っているものしか見たことがなかったので、長石や石英などが結晶したあと、緑泥石が最後にできたんだろうと思っていましたが、一概にそうだとはいえないみたいですね。

緑泥石は約600度以上の高温では他の鉱物に分解してしまうので、それ以下の低温で生成されるもののようです。写真の水晶の条線が妙にはっきりとしているので、低温でじっくり段階的に成長していって、その過程で内部に取り込んだものなんでしょうか。

 

道志では、あちこちの林道を歩いていると、たまにペグマタイトの欠片を見かけることがあります。尾根を切り、普通だと入りにくい沢を経由する林道は、普通に歩いているとつまらないものですが、岩や石を見ていくと結構あっという間に数キロ進んでしまいます。石を追って沢を遡り出所の露頭を探したりしますが、基本大したものはないので無駄足ばかり(あたしって、ほんとバカ)w 行きやすい場所なんてはるか過去から現在にいたるまで、ほぼ調べ尽くされているのでしょう(こんなの絶対おかしいよ)。

でも沢は、人間が掘るよりもすごい勢いで深く山を削り掘ってくれる。1年後に行ったらまるで様子が変わってたなんて、よくあること。世附あたりの林道なんて、2、3年ごとに必ず崩れてますしw 山から海まで岩や土を細かくしながら運ぶのが、川というものですからね(今ではその前に堰堤やダムで一時止められますが、こんなのはせいぜい数十~数百年単位の出来事で、千年、万年単位で見れば何も変わりません。そして万年単位だって山から見たら一瞬という。。。わけがわからないよ)。

以前は誰も知らなかった鉱脈が露出することもあるでしょう。この数百年の間に限っても、誰にも知られず現われ、誰にも気づかれないまますべて流されていった鉱脈もあったはず。気づかれれば鉱山になります。特に道志のペグマタイトは、今現れているものだけ見ても、ごく小さなスポットがあちこちに点在するという感じなので、新しいポイントを見つけることも奇跡や夢ではないかも。。(奇跡も、魔法も、あるんだよ)。

そういう偶然に出会えたら、それはとっても嬉しいなって。

 

2020年10月 1日 (木)

スコレス沸石(山梨県道志村道志川流域)

Scolecite Ca(Si3Al2)O10・3H2O 珪酸塩鉱物

 

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道志の丹沢側地域の産出。

菊花状の薄い結晶群で、多分沸石ではないかと思うのですが、ネット等で検索してもこういう形態はなかなか見つかりません。結晶の先がとんがっていれば、水苦土石がこんな感じですけど、見たことないからなんともいえないし、母岩は閃緑岩ですし、まあ違いますね。

この辺では時にスコレス沸石が見られるようなので、これもそうではないかと考えました。菊花状というより扇形と考えればスコレス沸石によくある形態ですし、スカルンなどによく見られるそうで、採集した沢の近くにはスカルンの露頭があるかもしれないことを考えると、間違いないかな? 結晶が薄いので、ソーダ沸石ではないと思います。中沸石かもしれませんが、見て判別はできないようなのでしょうがない(松原聰「シリーズ造岩鉱物各論 沸石の種類」岩石鉱物化学31、2002)。

スコレスというのはギリシャ語で虫の意味で、熱すると芋虫のように曲がるそうです。もちろん試していません。

1枚目の写真にもありますが、オレンジ色のきらきらした部分が、ちらほらついていました。こっちも気になる。ザクロ石の類かなぁ?

 

道志はずいぶんいろんな鉱物が見られますが、鉱山の類は少なくとも明治以降はほとんどありません(明治以前には水晶を掘っていたらしい)。これは、道志川が相模川の上流域であるためです。神奈川、特に横浜の重要な水源地として認識されていたため、鉱山の話が持ち上がっても、すべて横浜市から横やりが入って、立ち消えてしまったようです(加入道山の石灰岩は試掘くらいはしたんでしょうか)。明治20年に相模川からの取水をはじめていますが、30年には道志川から直接取水するようになり、その後水源涵養林として広範囲の森を買収しています。

だから、このあたりでは横浜市という文字の入った看板がやたら多いです。加入道山への登山道に入ると、森の中に横浜市の区が全部そろってたりします(区ごとに植林をした区画らしい)。室久保川にある道志の湯では、横浜市民はちょっと安くなりますw

横浜市青少年野外活動センターというのもありました。今はもう何もなくなっていますが、当時の子どもが作ったらしい小さな道標だけが、ここからバン木の頭や忘路峠(犬峠)に登る廃道に残されているだけです。ちなみにバン木(盤木)というのは、昔山から木を伐り出して運んだ木馬道〈きんまみち〉というレールの横木のことです。電車のレールを天地ひっくりかえした構造で、電車のレールの枕木の部分が上になっていて、そのレールの上を丸太を載せたソリを滑らせるわけです。昔はこの辺にも、木馬道があちこちにあったんでしょうね。

 

2020年8月29日 (土)

タマネギ状構造(神奈川県東丹沢~山梨県秋山)

神奈川県の東丹沢周辺では、よくタマネギ状構造、あるいはタマネギ状風化が見られます。

昔は牡丹石ともいわれていました(日本で牡丹石と呼ばれている石には、まったく違う種類のものがいくつかあるようです)。『新編相模国風土記稿』に、「牡丹石。(青野原村ニ産ス。本草綱目ニ井泉石ト見ヘタルハ。卽是石ノ類カ。)」(巻之百十六 津久井県巻之一)と書かれています。

個人的には青野原の山というと焼山くらいしか行ったことがありません。タマネギ状構造を見た記憶はないのですが、別の石のことではないと思います。その詳細は「地誌のはざまに 青野原の牡丹石」に詳しいので、興味ある方はそちらをどうぞ。

風土記稿」の同じ個所には道志川の貝石というのも載っていて、これはカネハラニシキの化石のことでしょう。大室山の貝沢あたりから流れてきたものと思われます。

 

タマネギ状構造は東丹沢、特に大山や広沢寺の鐘ヶ岳周辺には多く見られ、どちらも信仰の山であり、参拝者、あるいは行者たちにとっては、よく目にする馴染みのあるものだったでしょう。山岳信仰と鉱山、本草学は、深い結びつきがあります。行者たちは、多分この周辺でとれる役に立つ石や草のエキスパートだったはず。

東丹沢の山岳信仰の中心は愛川町の八菅山ですが、飯山あたりには銅鉱もあり、鋳物師の拠点だったといいます。七沢には多々良沢なんていう名前の沢もあり、ちょっと気になりますね。今ではこのあたりで鉱石を採集したなどという話はまるで聞かないのですが。

ちなみに宮ケ瀬から流れる川は中津川といいます。中津川といえば、鉱物好きには気になる地名で、特に秩父や恵那の中津川は、日本でも指折りの稀少鉱物の産地として有名です。神奈川の中津川は、地学的には牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線にあたり興味深いところですが、鉱物的にはいまいちパッとしませんねw

 

タマネギ状構造は、岩が節理に沿って次第に丸みをもって風化していったものですが、出来方については、ここがわかりやすいかも。平塚市博物館「東丹沢のタマネギ石(4)−そのでき方−

 

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大山の東、日向薬師の奥、屏風沢上流の枯れ棚。雨が降れば流れるであろう水流で、なめらかに浸食されているのでしょうか。皮がめくれたようにはなっていませんね。でも、節理に沿ってタマネギ状構造が発達している様子がよくわかります。割れ目の白い脈は、沸石でしょうか。

さらに沢の奥まで行くと、まるで屏風のようにたった岩壁が広がっていて、沢名の由来になったと思われます。

 

Tamanegi_kanegatake_01

鐘ヶ岳、広沢寺からの登山道の途中。古い参詣道で、番地を記した江戸時代の道しるべが登山口から頂上まで続いています。

鐘ヶ岳は昔は大山と並ぶ信仰の山で、多くの参詣者でにぎわったらしいですが、今は登山者も少なく静か。頂上には浅間神社がありますが、頂上の少し下には寺もあったようで、礎や瓦などが発掘されています。

 

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大山三峰の南。不動尻から稜線に登山道を登って、ちょっとのところだったと思います。

不動尻は、心霊スポットで有名な七沢の山神隧道を越えた先にある、大山や三峰の登山口。この周辺は暗くてじめっているし、キャンプ場だったころの名残りの廃墟もあったりして、おせじにも気分のいいところとはいえないので、まあ心霊スポットになる気持ちはわかるw

 

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宮ヶ瀬湖の南畔、林道土山高畑線沿いにあります。土山峠からちょっと行ったところの、橋のきわ。

これだけ立派なのは、見たことないですね。

 

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山梨県秋山の高柄山稜線上。

 

藤野木・愛川構造線、牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線に沿って、タマネギ状構造が続いているように感じます。

タマネギ状構造は、火山性タービダイト(海底の乱泥流堆積物のこと。普通、粗粒ほど先に下に沈み、細粒ほど後から沈み、層ができる)でしか見られないそうです。最初は海であったプレートの境界は、陸地にはさまれた深い海になり、隆起して山になった両側から多量の土砂が流れ込み段々浅くなっていき、やがては山間の川となります。その過程で堆積岩ができ、常に強い力を受けているために、割れ目(節理)もできやすいということなのでしょう。

 

東丹沢は鉱物的にはそれほど面白いところではないのですが(それでも鉱山跡はちらほらとある)、地学的にはとても興味深い地域です。

夏は行きたくないところですけど(暑いし山ヒルがががが)

 

2020年8月13日 (木)

輝蒼鉛鉱(山梨県大月市大月町本沢鉱山)

Bismuthinite Bi2S3 硫化鉱物

 

Bismuthinite_honzawam_01

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大月市の本沢鉱山跡の沢で採集した、輝蒼鉛鉱を含むと思われる標本です。

ここでよく見られる不透明な石英の塊を割ったところ、内部に銀色の鉱物が集まっていました。

「含むと思われる」と書いたのは、自信がないからです。ここでは、自然蒼鉛、輝蒼鉛鉱、ホセ鉱、硫砒鉄鉱、黄鉄鉱などが産出するらしいですが、どれも似たような見かけばかりなので。。。ところどころ青っぽく見える部分は、方鉛鉱でしょうか? 蒼鉛は、名前とは異なり、青っぽくなることはないみたいです。銀白色の部分が輝蒼鉛鉱ではないかと思うのですが、硫砒鉄鉱かもしれません。

針でひっかいてみると、結構簡単に削れるので、輝蒼鉛鉱としました(モース硬度は、輝蒼鉛鉱=2-2.5、硫砒鉄鉱=5-6)。

自然蒼鉛も期待したのですが、自然蒼鉛のわずかに赤味がかった銀色ではないようです。

 

3枚目の写真の箇所については、銀色の上に付着している緑がかった部分は泡蒼鉛、蒼鉛土の類ではないかと思うので、この銀色も、輝蒼鉛鉱ではないかと考えました。

1枚目の写真の右側には、こんな部分もありました。下はその拡大。

 

Bismuthinite_honzawam_04

 

波打った層状の断面のようなものがありましたが、これも蒼鉛関係でしょうか。石を割ってすぐは、にぶく銀色に輝いていたのですが(ただし、輝蒼鉛鉱と思われる部分の銀色とはちょっと違う)、数日で変色して輝きが失われました。小さくへばりついている銀色の箔状の部分は、輝きは変わりません。ちょっと赤味が入っているようにも見えますが、うーん、これだけで自然蒼鉛としての項目を立てるほどの自信はありませんねw 元素鉱物はぜひ増えて欲しいんですけどね。

左上の白いのは蒼鉛土の類に見えますが、どうでしょうね。金色に輝いているのは、黄鉄鉱でしょうか。蒼鉛と接して産出することはあるのかどうか、分かりませんが。

 

大月から真木川を遡る林道(舗装されていて立派)をずっと上っていくと、小金沢連嶺の黒岳と、雁ヶ腹摺山をつなぐ大峠に行き着きます。そのほんの少し下流、黒岳側から流れ込む小さな沢が、本沢鉱山跡です。林道が沢を渡るところでは、大量のズリ石が林道を埋める勢いで流れてきたのか、石を沢から掘りあげて脇に積んだようなあとが。つまり、林道のすぐ脇で、ズリ石を探すことができるような状況になっています。

沢の奥にも入ってみましたが、鉱山のあった跡のようなものは見つからず。露天掘りだったのかな? 短い沢で、ちょっと奥に入っただけですぐに急峻になっていくので、落石の危険が大きく注意したほうがいいかも。

 

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左:本沢鉱山の沢。右:白谷丸から雁ヶ腹摺山

 

大峠には駐車場があり、雁ヶ腹摺山にはせいぜい1時間程度で登ることができます。頂上付近はサンショウバラの咲くちょっとした草原になっていて、ここからの富士山の遠景が500円札に使われたことで有名です。

小金沢連嶺の黒岳へも、1時間半程度で登れます。黒岳は以前、山の向こう側、日川側から登ったことがあります。延々と林道を歩き、ずいぶん遠かった印象があるのですが、こちら側からだと、あっという間でした。。。黒岳の頂上はあんまりおもしろくないので、その南の白谷丸か、ちょっと距離はありますが北にある牛奥ノ雁ヶ腹摺山まで行くといいかも。どちらも広い草原になっていて、とてもきれいで気分いいところなのです。

このあたりの山稜上は、草原と、ちょっと秩父っぽい植生の森が交互に現れてくるので、非常に楽しいですね。この印象は、大菩薩、さらに笠取山、雁峠あたりと共通しています。

ところが、笹子峠から南に入ると、急激に秩父っぽさは失われ、御坂の山々になり、雰囲気ががらっと変わります。そこからは、秋山、道志、そして丹沢と連続した印象を受けます。

ちょうど笹子峠が境界になっているような感じです。地質と植生、そこから生じる風景の印象の関係を、肌で感じることができる地域だと思います。

 

2020年8月 4日 (火)

毒鉄鉱(山梨県甲州市黄金沢鉱山)※

Pharmacosiderite KFe3+4(AsO4)3(OH)4・6-7H2O 燐酸塩鉱物等

 

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写真の真ん中、三角山のまわりの濃い黄色が毒鉄鉱だと思います。山の付け根の真ん中あたりに、立方体の結晶が1個見えます。これで、気づくことができました。

角度を変えて見ると、近くにいくつか正方形のきらめきが見られますが、何しろえらくちっちゃいので、写真にはうまく撮れませんでした。今のところ、これが精いっぱい。ルーペでも確認はほぼ無理で、顕微鏡でようやく何とか。。。という小ささです。洋紅石を探して、小分けにした石のすみずみを見まわしていたおかげで、気づきました。

色的には、ここで割とよく見られるビューダン石と似ているのですが(この同じ石にもついていました)、ビューダン石のほうがもうちょっと鮮やかな黄色かなあ。。。という感じ(あやふやw)。

毒鉄鉱の立方体の結晶は憧れていたので、まさかここ(黄金沢鉱山の上のズリ)で見つけられるとは思わず、びっくりです。でも、確かにあってもおかしくないですし、あらためてネットで検索すると、写真を掲載しているサイトもちゃんとありました(上の写真と色も同じでした)。もうちょっと大きくて、クリアに写真に撮れるくらいのであればよかったけど、まあ仕方ないね。

毒鉄鉱と名前はすごいですが、これは主成分が砒素なのでつけられた名前でしょう。でも、何だか寒天菓子みたいな見かけで、食べるとぴりぴりしそう。

 

黄金沢鉱山の上のズリは、石も割られて小さくなったものばかりで、もとの規模も狭いですし、洋紅石なども絶産に近いといわれます。でも、個人的には絶産という状態が実際にあるのか、疑問です。見つけるのがどんどん難しくなっていっているのは事実だと思いますが、地面に埋まったズリ石をすべて掘り返すことがまず不可能だと思いますし、すべての石のすべての箇所を見ることもできません。

ひょいと何気なく拾った石に、偶然珍しい鉱物がついていた、なんてことは多分誰でも経験しているのでは。山の神さまの気まぐれなのか、運なのか。

「運がいい」ということは、けっして偶然に好かれるということだけではないのではないか。人は外の世界を見るとき、一点に視線を集中させますが、意識していないだけで、それ以外のところもちゃんと見ているのだと思います。十分な知識と集中があれば、視線から外れた部分でも、無意識ではなにごとかに気づいて、それが意識を介さずに、「何気なく」石を拾うという行動に結びつくのだろうと思っています。

確かユングは『自伝』の中で、何気なく河原で拾ったなんということもない石が、その後非常に大事なものになっていき、執着するさまを描いていたと思います。ユングならば、「運がいい」ということをどう説明してくれたんでしょうか。

 


2020/10/20追記

先日また黄金沢鉱山に行って見つけた毒鉄鉱と思われる写真を追加します。

集合して塊状になっていますが、正方形の光が見えるので、毒鉄鉱だと思います。長野県の向谷鉱山でも、これとそっくりの毒鉄鉱の集合体がありました。

 

Pharmacosiderite_koganezawam_03

 

2020年7月25日 (土)

セリウム褐簾石?(山梨県北都留郡丹波山村泉水谷)

Allanite-(Ce) CaCe(Al2Fe2+)[Si2O7][SiO4]O(OH) 珪酸塩鉱物

 

Schorl_sensuidani_01

Schorl_sensuidani_02

 

褐簾石か、鉄電気石か、どちらかだと思うのですが。。。緑は緑簾石、透明なのは石英、不透明な白いのは長石だと思います。

2枚目の写真は、1枚目の左端の、結晶面が出ていると思われる部分の拡大。

採集した場所は、黒川鶏冠山の南を流れる泉水谷の林道の奥、丸川峠北の牛首谷にある、水晶橋のそばの川原。松原聰『鉱物ウォーキングガイド』(丸善出版、平成17年)にも出ているポイントです。ちなみに現在泉水谷林道は、入口のゲートは閉まっていて、車で入れません。入っても、途中大きく崩れているので、バイク、自転車等も通行不可です(歩きなら大丈夫)。林道は、下流部では沢よりかなり高いところを走っていて、途中の小室川出合に下りる経路以外では沢に下りられそうにありません。でも上流部では沢のすぐそばを通っています。

水晶橋の付近は、ちょうど徳和花崗岩体の東の端にかかっていて、ペグマタイトが見られます。大きなものは見つかりませんでしたが、小さな水晶なら見つけることができるのは、橋名のとおり。林道沿いの崖の花崗岩にも、白く石英の脈が走っています。

以前、チタン鉄鉱(山梨県甲州市柳沢峠)で、この付近の褐簾石について記述された古い論文を引用しました。

「…柳沢峠付近のペグマタイト中(古い水晶坑)でソウ長石の 内部に点在する緑レン石に黒色のカツレン石がはめこまれて産する…」(木村幹「東洋産含希元素鉱物の化学的研究(第56報)山梨県大菩薩峠産カツレン(褐簾)石」『日本化学雑誌』第81巻第8号、1960年)、

1枚目の写真の右側のかたまりは、この記述と同じく、緑簾石に包まれているように見えます。

水晶橋と、水晶抗があったと思われる沢は、直線距離で約3km離れています。どうでしょうね、とりあえず、この記述を基に、褐簾石としました。ただ、小さいのでうまく試せていないのですが、かなり硬いです(モース硬度は、褐簾石5.5~6、鉄電気石7~7.5)。

やはりこれは、大菩薩峠に行って褐簾石を見つけて、較べるしかないですかね(大菩薩の褐簾石産地は稜線の南側。水晶橋は北側)。

 

ちなみに、『鉱物ウォーキングガイド』の水晶橋の章に出ている鉄電気石のポイントは、鶏冠山のほど近くで、水晶橋のひとつ下流の、小さな名無し橋のある沢の上流部にあたります。つまり、そこのポイントの石は、水晶橋にはありません。(その小さな橋でもしばらく探してみたんですが、特になにも見つからず。)

水晶橋付近の沢は、縞模様の岩がとても印象的で面白いです。きれいな渓谷なので、風景を見にちょっと歩くのもいいかもしれません(林道入口から結構遠いですけど)。

ただ、どこに行ってもいつも思うんですけど、多摩川水系の沢って、なんか水が濁ってるところが多くありませんか? 地質のせいなのか、単に雨が降って濁った時ばかりに行きあってしまったとかなのか。どこも、白っぽく濁ってるように見えるんですよね(前回の奥多摩鋸山の沢もそうだった)。相模川水系の沢はどこも透き通っていて、印象が全然違います。川床の岩の色なんかも影響してるのかもしれません。

 

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左:水晶橋、右:水晶橋付近の縞模様の岩

 

2020年7月 5日 (日)

菫青石(いぼ石)(山梨県道志村道志川流域)

Cordierite Mg2Al4Si5O18 珪酸塩鉱物

 

Cordierite_doshi_01

Cordierite_doshi_02

 

北丹沢スカルン帯のいぼ石のいぼ部分(菫青石仮晶)です。

草下英明の『鉱物採集フィールド・ガイド』(草思社、1982)によると、「ほとんどは分解変質して黒雲母化しており、結晶の輪郭だけが残って、これが水に洗われた母岩の表面に突出して、いわゆるいぼ石状になっている」とのことなので、正確には菫青石の仮晶ということになるのでしょうか(めんどくさいので、ここでは菫青石として扱います)。

1枚目の写真のいぼ石も、なんとなく六角柱状のかたちが残っているように見えます。気のせいかな?

神奈川県民としては、本当は神奈川の石として紹介したいところですが、神奈川県では県の天然記念物で、国定公園内ですので、採集できません。でも丹沢県境尾根の向こう側は山梨県で、国定公園からもはずれているので、単なる石ころということになってしまいます。まあ山梨県では、たくさんある希少鉱物産出地のひとつですが、神奈川県では、スカルンなんてここしかありませんから、仕方ないですねw

室久保川沿いにある道志の湯近くに加入道山への登山道がありますが、その途上にもごく普通に転がっています(採集したのはそこではない)。でもベスブ石みたいな見た感じ透明できれいな鉱物などとは違い、いぼ石は単なるいぼいぼのある地味な石ころですので、わざわざ目にとめる人はいないでしょう。鉱物が好きな人でも、興味を持つ人は少ないかもしれません。

ただ、丹沢にも透明で青い結晶の、正真正銘の菫青石があるんじゃないかと思っています。アメリカのコロンビア大学には、江戸時代末に収蔵された道志産の青い結晶が保存されているそうです(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cordierite-527337.jpg)。こんなのがあるのならば、いつか見つけてみたいですね。

 

道志では、いぼ石をちょっとしたお祭りの行事で使っていたそうです。神奈川側でもやはりこの石をいぼ石といいますが、神奈川の箒沢・中川周辺と道志で佐藤姓が多いのを考えれば、いろいろ行き来があったことが分かります。また、県境尾根を挟んで道志側の室久保川、神奈川側のモロクボ沢などと、現在でも何やらややこしいことになっています(おそらく、どちらの側でも源流域の畔ヶ丸周辺の山々をまとめて諸窪山といっていたのではないか)。

「新編相模国風土記稿」の中川村の項には、天正7(1579)年 、道志の大窪村[現・道志大久保地区] の百姓が中川村を夜討したことから大きくなった騒動について記載があります。武田と北条の争いの舞台であり、江戸時代には三国山-菰釣山-二本杉峠の国境争いの舞台でもあり、どうもこの周辺はいろいろと確執、因縁、関係があったようです。今はなき箒沢の長老、佐藤浅次郎氏も、若い頃道志村との間で大太鼓の寄進の話を苦労してまとめたとか〈佐藤芝明『丹沢・桂秋山域の山の神々』〉。

 

ちなみに、「新編相模国風土記稿」には、白石峠や犬越路の地名はまったく出てきません。どちらも道を作るには険しすぎるので、馬が通れる城ヶ尾峠がメインの通路となります(そのすぐそばに信玄平という地名もある)。犬越路を信玄の軍勢が通ったなどという話は、とうてい信用できません(中川温泉の箔付のためだったという話もありますが、まあ深くは追求しないことにしましょうw)。

 

2020年6月25日 (木)

ミメット鉱(山梨県甲州市黄金沢鉱山)※

Mimetite Pb5(AsO4)3Cl 燐酸塩鉱物等

 

Mimetite_koganezawam_01_

 

山梨県・塩山平沢にある黄金沢鉱山のミメット鉱です。

同地では、白い針状結晶や緑の透明結晶で産することが多いようですが、ミメット鉱はさまざまな色、形態をとることのある鉱物のようです。ネットで検索してみても、同じ鉱物の写真とは思えないものがいっぱい出てきます。

写真の標本は、少し黄味がかかった薄い肌色の樹脂光沢、六角柱状で若干真ん中が膨れた樽のようになっていて、緑鉛鉱に似た感じの結晶です(緑鉛鉱の実物は見たことないけどw)。左側にはもっと細いバージョンや、緑の針状のものも見えますが、これもミメット鉱でしょうか。いろんな姿のミメット鉱が同時に見られるお徳用標本ですねw

ミメット鉱は鉛と砒素と塩素の鉱物で、砒素が燐に変われば緑鉛鉱になります。ギリシャ語で「模倣」を意味する「mimethes」から名付けられましたが、これも緑鉛鉱に外見が似ているからだそうです。ミメット鉱からしたら、別に真似したわけじゃないのに、いい迷惑ですね。

 

黄金沢鉱山は、鈴庫鉱山に行く途中にあります。基本的には似たものを産しますが、少しずつ違うのが面白いです。黄金沢鉱山のほうがかなり狭いうえ、特に有名な洋紅石やミメット鉱が出る上流のズリの範囲は小さく、人も多く訪れたためか、叩かれて小さくなった石ばかりです。洋紅石は、もしかしたらこれがそうかも? というレベルのものしか拾えなかったのですが、まあこのミメット鉱を見つけられたので、いいかな(上のズリのことを知る前に、下のズリに2回ほど来て、全然ないなあとか思っていたのは秘密w)。

車があれば、とてもアプローチが楽な場所です。竹森といえば、今はもう行くことのできない水晶や鋭錐石の有名産地ですが(自分はもちろん行ったことはない)、ザゼンソウの群生地としても知られています。以前、そうとは知らず花の季節に訪れ、なんだろうと思い見に行ったことがあります。

竹森川の源流、鈴庫山の頂上には山神社があって、竹森の集落を見守っています。山間の狭い地域ですが、南に向かって開けていて明るく、見どころが(鉱山跡も)いっぱいあるいいところですね。

 

ZazensouSuzukurayama

左:竹森のザゼンソウ。右:鈴庫山の頂上から、竹森の谷を見下ろす。谷の向こうの小さな山は塩ノ山。下に、黄金沢鉱山のそばを通り、鈴庫鉱山に行く林道が見える。

 


2020/10/20追記

先日また黄金沢鉱山に行って見つけたミメット鉱の写真を追加します。

後ろの小さな透明柱状結晶もミメット鉱でしょうか。

かなり狭く、多くの人が訪れたであろうズリですが、洋紅石などと比べるとミメット鉱は結構探しやすい印象です。

 

Mimetite_koganezawam_02