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○山梨県

2021年3月30日 (火)

燐灰石(山梨県道志村道志川流域)

Apatite (Ca,Ba,Pb,Sr,et9.)5(PO4,CO3)3(F,Cl,OH) 燐酸塩鉱物等

 

Apatite_doshi_01

 

道志川流域、丹沢側のペグマタイトで採集したものです(ちなみに今回の写真はすべて顕微鏡写真ではありません)。長石、石英(水晶)、緑泥石の中に、六角柱状の結晶が見えます。

最初見つけた時は、とてもシャープな結晶でおおっと思ったのですが、特に深く考えずまあ長石だろうと。。。今回採集したポイントは長石(斜長石?)が非常に豊富だったので。現地ではルーペしかないし、探すのに夢中で、そんなによく観察できないですよね。ね?

でも家に帰ってから見ていて、何となく表面の雰囲気も違うし(真っ白ではない)、ちょっと中身は緑が入ってるし、六角柱状だし、長石じゃないんじゃないの、なんだろうと思っていたのです。

試しにUV(長波:365nm)を当ててみたらびっくり、きれいな強いオレンジ色で光りました。

 

Apatite_doshi_02

 

ということで、いろいろ考えて、燐灰石ではないかと思ったのですがどうでしょうか。今まで燐灰石を拾ってきちんと見たことがないので不安ではありますが、多分当たっているのではないかと。(ところで薄紫に光っているところがあちこちにありますが、長石の蛍光でしょうか。あるいは通常光が混じっていてそれが照らしているだけ?)

燐灰石は、フッ素燐灰石、水酸燐灰石、塩素燐灰石の3種類ありますが、どれかは分かりません。一番ありふれたフッ素燐灰石が可能性としてはもっとも高いのかもしれません。ちなみに同じ丹沢の玄倉・水晶沢で産出することで有名だったのは、塩素燐灰石です。道志のポイントも水晶沢も、同じ丹沢中央部のトーナル岩地帯ですが、それだけでは決められませんね。水晶沢のある同角の頭付近は、銅を中心とした硫化鉱物も出るし、モリブデン鉱もあるらしい特殊なところですし。

でも、道志のペグマタイトで燐灰石が出るという話は聞いたことがなかったですね。燐灰石は「ほぼあらゆる産状で出る最もふつうのリン酸塩鉱物」(松原聰他『図説 鉱物の博物学』秀和システム、2016年)だそうですが。。。

 

ちょっと久々の丹沢でしたが、やっぱりここは家に帰ってきたみたいに、心が落ち着きます。東、西、北とちょっと雰囲気は違いますが、他の山域のような「よそ行き」という感じがなく、人の踏み込んだ気配のない沢とかでもなんとなく安心できるんですよね。

子どものころ、まれに山の中で周囲から強い視線を感じることがありましたが、それが山の神さまだったと知ったのは、大人になって佐藤芝明『丹沢・桂秋山域の山の神々』でそっくり同じ経験が書かれているのを読んでからです。自分を超えた存在を感じると、それはどうも「恐怖」という感情の形をとるしかないようで、非常に恐ろしい経験なのですが、それが敵意ではないことは分かる。

ヨーロッパでもそういうことはあるらしく、日本の山の神さまに対応するのは、「パン(牧神)」です。オーストリアの作曲家・マーラーの妻が書いた伝記に、森の中の作曲小屋から蒼い顔で逃げてきたマーラーが、「パンに見つめられた」と言ったという話が出てきたと記憶しますが、それも同じ経験だろうと思います。

自分は宗教は敬して遠ざけるタイプの人間で霊感などもゼロですが、実のところ、今でも丹沢で感じることはたまーにあるんですよね。何だかよくわからないけれど、見られてる感がある。自分は赤ん坊のころから丹沢に連れて行かれていたので、向こうもちょっとは気にしてるんじゃないか、と思ったりします(子どものころの話はマンガンパンペリー石の項でも書きましたが)。

こんなことを書くと変なやつだと思われるかもしれませんが、まあ別にいいやw こういうのは、経験した人と言葉でしか知らない人では、理解しあえることはないと思っているので。。。人が五感でしか外の世界を認識しえない以上、もしそれが錯覚や幻聴であったとしても、それはその人にとっては真の経験であることに違いはなく、旅行したり本を読んだり音楽を聴いたりするのと同じく、その人の世界を形作るものだと思います。

 

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道志のペグマタイトの沢。

 

2021年2月 8日 (月)

ブーランジェ鉱(山梨県甲州市黄金沢鉱山)

Boulangerite Pb5Sb4S11 硫化鉱物

 

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Boulangerite_koganezawam_02

 

細かい毛状の部分がブーランジェ鉱だと思います。一部、水晶の中にも取り込まれているように見えます。

黄金沢鉱山で産出する毛状の金属鉱物といえば、ブーランジェ鉱と毛鉱の二種類がありますが、ブーランジェ鉱と毛鉱はとても似た鉱物で、どちらも鉛(Pb)とアンチモン(Sb)と硫黄(S)を主要成分とした、硫化鉱物です(毛鉱はPb4FeSb6S14)。

これをブーランジェ鉱と判断したのは。。。

まず、TrekGEOの黄金沢鉱山の産出鉱物リスト(https://trekgeo.net/m/0ymn.htm)を見ると、ブーランジェ鉱は載っておらず、毛鉱だけが挙げられています(すぐそばの鈴庫鉱山には、逆に毛鉱が載っておらず、ブーランジェ鉱があげられている)。けれども、同じサイト内の、「日本のブーランジェ鉱の産地」リストの2012年には黄金沢鉱山がでていますので、両方とも産出が確認されていることがわかりました。

松原聰著『鉱物観察ガイド』(東海大学出版会、2008年)の鈴庫鉱山の項内(p.137)に、ちょうど「ブーランジェ鉱と毛鉱」というコラムがあります。それによると、両者は実はスケールがかなり違い、どちらかというとブーランジェ鉱のほうが毛のように細くて、毛鉱のほうがずっと大きく針状であるらしい。

さらに、方鉛鉱があるような鉛の多い環境ではブーランジェ鉱が多く、黄鉄鉱やアンチモン鉱物の多い環境では毛鉱が多いという傾向がみられるそうです。化学式を見ると、ブーランジェ鉱の成分は硫黄>鉛>アンチモン、毛鉱の成分は硫黄>アンチモン>鉛>鉄であることが分かりますね。

写真の右側の大きな光っている金属は方鉛鉱で、その周囲と中にも毛状の鉱物があるので、これはブーランジェ鉱だろう、と判断したわけです。もちろん、あくまでそういった傾向がみられるとのことなので、時には方鉛鉱のそばに毛鉱がついてることだってあるでしょうけど、見た目だけで判断するのは困難らしいので、まあとりあえずはブーランジェ鉱ということにしておいていいのではないでしょうか(適当)。

 

ブーランジェ鉱は、1837年、ノルウェーの化学者タウロウ(Moritz Christian Julius Thaulow: 1812-1850)によって、この鉱物の分析をしたフランスの鉱山技師シャルル・ブーランジェ(Charles Louis Boulanger: 1810–1849)にちなんで命名されました。

アンチモン系の鉱物は、輝安鉱にしてもベルチェ鉱にしても、金属のくせに針状・毛状になることが多いのはなんででしょうね。見た目が面白いので、見つけるとすごくわくわくします。まだ見つけたことのない毛鉱も探してみたいですね。

 

2020年12月12日 (土)

洋紅石(山梨県甲州市黄金沢鉱山)※

Carminite PbFe3+2(AsO4)2(OH)2 燐酸塩鉱物等

 

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竹森・黄金沢鉱山の洋紅石です。

名前の由来にもなったカーマイン・レッド、赤褐色がとてもきれいな砒素、鉛系の二次鉱物ですが、黄金沢鉱山の石は色とりどりで、結晶も非常に小さいし稀少なので、見つけるのはなかなか大変です。最初上のズリのことを知らなかったこともあったけれど、4度目の訪問の際にようやく見つけました。

亀裂の奥の方には放射状の結晶群がありそうですが、怖いので割れませんねw

この鉱物があるのはごく狭い範囲のズリで、転がる石もほとんどが小さく割られていて、これまでずいぶん多くの人が訪れたのだなとわかります。その小さな石をさらに細かく割って探します。こういうちまちました採集も、それはそれで楽しいものです。

 

洋紅石の和名もカーマイン・レッドからの直訳ですが、西洋から伝わった紅ということですね。

カーマイン(carmine)の語源はラテン語のカルミヌス(Carminus)で、さらに辿ればアラビア語のキルミツ(qirmiz: قرمز))に由来するそうです。クリムゾンの語源も同じキルミツ(クリムゾンといえば、King Crimson→「レッド」と、やっぱり赤系統で連想が広がります。「レッド」は、個人的ロック名盤四天王のうちの1枚。ちなみにロック名盤四天王は30枚ほどありますw)。キルミツは虫(虫が作る)という意味で、これは紅色をカイガラムシから抽出していたためです。

さらにキルミツの語源を辿ると、サンスクリット語の कृमिज (kṛmi-ja)だそうです。この言葉の変遷を見ていると、古代からの文明の変遷が見えてくるようです。この言葉はそこから東のほうには伝わらなかったのでしょうか。そこから東は紅は植物からとる文化圏だったとか?

 

音楽でいうと、ギターという楽器のもとはリュートですが、そのさらにもとは、西アジアのウード、さらに辿ると、メソポタミア時代のバルバットという楽器に行き当たるのですが、これが東のほうに伝わっていくと、中国の琵琶、そして日本の琵琶にまでつながってくる。それぞれ伝わった先でその地域に適応して進化を遂げていくので、かなり錯綜としているのですが、琵琶とギターがつながっているのはすごいことですね。大抵は進化したものだけが残って、古いものは消えてしまうのですが、日本では多分一番古い雅楽の楽琵琶、そこから派生した平家、薩摩、筑前、五弦などの琵琶すべてが残ってるのが不思議。正倉院のラクダの絵がついている螺鈿紫檀琵琶など、まさに古代のロマンのかたまりみたいなものです。

こういうギター型の弦楽器というのは、ネックが長いもの、短いものや、ヘッドがまっすぐなもの、曲がっているものといったように色々あって、どの系統とか簡単に判断できません(インドのシタール・ヴィーナとか、ギリシャのブズーキなどのネックが長い弦楽器は別系統なのか? とかそういうこと)。調弦の仕方なども、楽器の使用法で変わってしまいます(ブズーキは、ギリシャの伝統的な調弦だとADADだが、現代的な調弦だとギターのように全部4度の関係であわせる。これは、演奏する音楽そのものがモノフォニックか、ポリフォニックかという違いで、旋律楽器か、和声楽器か、というふうに使用法が変わってくるためだと思います)。楽器は伝わっても、音は伝わりにくいということもあります。ものだけでなく、人が移動しなければならないし、音楽が伝わったとしても、それがいまいち趣味に合わなければ、あっという間に忘れられてしまいますからね。

何か鉱物というか音楽の話になってしまいましたが、これは自分が影響を受けた人四天王のひとりが、比較音楽の小泉文夫氏だからです(ちなみに影響を受けた人四天王は30人ほどいますw) 。

 

言葉とか、楽器(音楽)を見ていくと、古代から世界はきちんとつながっていたのだなぁと実感します。そして、地域ごとの差・違いこそが、ものごとを動かす原動力なのだなとも感じます。文化の熱力学ですねw

 


2021/1/13追記

ようやく洋紅石の満足できる標本を見つけました。かなり広い範囲で球状集合が見られます。小さいけれど、ルーペで見ても、その美しさはちょっと特別ですね。あらゆる鉱物の中でも、美しさという点で、一、二を争うのではないでしょうか。真っ赤なところと、ちょっと色が薄目のところがあるのですが、どちらもいいなあ。

小さくて明瞭に撮影できないのが残念。追加1枚目の青い部分は、スコロド石だと思います。

 

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2020年11月14日 (土)

溶岩樹形(山梨県南都留郡鳴沢村)

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富士山北西麓、側火山地帯の溶岩樹形です。

火山が噴火して森の中に溶岩が流れ樹木を包み込むと、中の木はほぼ燃え尽きてしまいますが、溶岩が固まるまで消えずにがんばると、樹木の形が溶岩に残ります。それが溶岩樹形です。さらさらした川のように流れる溶岩でないとできないので、そのような粘度の低い溶岩のあまり多くない日本では結構珍しいのです。富士山や浅間山で見られますが、特に富士山周辺では多く残っています。

国の特別天然記念物にもなっている、観光などで見ることができる鳴沢の溶岩樹形は、貞観の噴火(864年)でできたものです。この噴火の際には、主に天神峠近くの氷穴火口列、長尾山(貞観の噴火でできた山)、大室山の北、本栖第2風穴のすぐそばにある石塚火口(地形図の1198峰)などから膨大な量の溶岩が流れました。いわゆる青木ヶ原樹海を作り出した溶岩流ですね。この時の溶岩樹形は、野尻草原周辺(下の地図の左上のまっ平らなところの一部が草原になっている)でも多く見ることができます。

上の写真の溶岩樹形は、貞観の噴火ではなくそれより以前、約1500年前頃に噴火したといわれる白大龍王・氷池溶岩流によるものです。

 

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氷池は、大室山よりさらに富士山に近いところにある、二つ並んだ噴火口です。山というより、富士山の斜面にあいた大きな穴といった感じで、巨大な岩がごろごろした底は夏でもひんやりとしています。写真の溶岩樹形はその氷池の南西斜面にあり、場所的に多分南の穴からの溶岩流でできたものかと思います。

特に1枚目の写真の穴は直径3mはある巨大なもので、自分が今まで見た溶岩樹形の中でもとびぬけて大きいです。噴火した時、かなりの大木だったんだろうなあ。見てみたかった。その時に全部燃え尽きてしまったのか、あるいは、しばらく裸の溶岩流あとにこの木だけ1本燃え残りが立っていたかもしれない。。。水気たっぷりのこれだけ大きな木だったら、そう簡単に全部燃えてなくならないんじゃないか。。。などと想像したり。

氷池の西側斜面は溶岩樹形が広い範囲で点在していて、歩くのが楽しいところです(植林されているところも多いが)。地形図には氷池の北にふらふらと道が描いてありますが、昨年(2019年)の台風のせいなのか、倒木が激しく、道がとても分かりづらくなっています。もともと氷池まではそんなに悩むようなところではなかったのに、台風のあとに行ったら、道筋をたどるのにかなり苦労しました。行く際はご注意を。まあこんなところに行く人だったら地形図とGPSをたよりにするでしょうから、「道に迷う」という状況はないでしょうけどねw

ちなみに自分は大室山の南で木に登っていたクマと会ったことがあります。食べ物を探すのに夢中だったのか、あわてて逃げていきました。西や南から大室山に登る人はあまりいないと思うけど、こっちがわは動物臭がとても強いので、気をつけたほうがいいかも。

 

上の地図にある山は、すべて側火山です。一度に噴火したものでなく、何百何千年かの休止期間をはさみ、何度も噴火を繰り返したという経過が記録された興味深い地形です。大抵割れ目に沿って数か所から噴火するので、火口が直線的に連なっていることが多いようです。その直線はほぼ、南東-北西のラインとなっています。

最近、富士山がもし噴火したら東京に火山灰が降って云々などとネットでよく見かけますが、これは前回の宝永噴火と同じ状況になったら、という仮定の上で予想された話。けれども、富士山では連続して同じ場所から同じような噴火が起こった例はほとんどないんじゃなかろうか。貞観の噴火は溶岩による被害がメインの噴火だったようだけれど、宝永の噴火では被害のほとんどは火山灰によるものだったし、場所も富士山の頂上をはさんで正反対です。一口に富士山の噴火といっても、まるっきり別物。富士山ほど火山学者を悩ませる存在はないかもしれませんね。。。

 

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氷穴の底に転がっていた溶岩のかけら。

 

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野尻草原から見た富士山。右手前の山は片蓋山(約3000年前、大室山と同時期の噴火)。頂上には立派な噴火口が残っている。

 

2020年10月25日 (日)

ヒンスダル石?(山梨県甲州市黄金沢鉱山)

Hinsdalite PbAl3(SO4)(PO4)(OH)6 燐酸塩鉱物等

 

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最初は藻の類かと思いました。次に、ここではよく見られるビューダン石が変な形で集まったのかと思っていたのですが、ビューダン石で検索していて、黄色い管状のHinsdaliteの写真を見つけました(ヒンスダル石はビューダン石の仲間)。はじめて聞く名前だったので、Hinsdaliteで検索していくと、今度は円形の黄色い中心核が白で縁どられた写真も出てきました。どちらの写真も、これと似ています。こちらの写真は解像度が低いので、詳細はよく見えませんが。。。他に類似の鉱物はまったく見つけられませんでしたので、ヒンスダル石?として掲載することにしました。

日本では、北海道の小別沢鉱山、秋田の亀山盛鉱山、それに島根の銅ヶ丸鉱山くらいでしか出ていないようなのですが、どうなんでしょう。黄金沢鉱山で出ても、まあおかしくないような気もしますが。。。(銅ヶ丸鉱山は江の川にあります。昔広島から河口の江津までカヤックでツーリングしたことがあって、懐かしく思い出しました)

珍しいのは、ポロニウム(Po)を含んでいるからでしょうか。天然のポロニウムは、非常に微量しか存在していないといいます。ウラン系の鉱物にもPoが含まれていて、放射性元素です。緑鉛鉱にも含まれていますね。

ネット上でもそれほど情報がないのですが、「鉱物たちの庭」尾去沢石の項目に、次のような記述がありました。

「…(尾去沢石は)産出は珍しくないが、一般に粉末状。秋田県亀山盛鉱山のものは、緑鉛鉱→ヒンスダル石→尾去沢石+ビーバー石の順で風化生成したとみられ、ビーバー石と累帯構造をなし、顕微鏡的に菱面体結晶を示すものがあるという。尾去沢石は…「日本の新鉱物」には、稀に管状の形態を示すとある。」(カッコ内引用者)

尾去沢石が稀に示すという管状の形態、もしかしたら、今回のヒンスダル石のような形態のことでしょうか。

また、松原聰・松山文彦「岐阜県遠ケ根鉱山産セグニット石」にも、以下のような記述がありました。

「二次鉱物の緑鉛鉱からヒンスダル石が生成され,ビーバー石―尾去沢石固溶体の形成に至るプロセス,また鉛ゴム石からヒンスダル石へのプロセスを確認している(松原ら,1997年岩鉱学会講演準備中)(以下略)」(松原・松山「岐阜県遠ケ根鉱山産セグニット石」鉱物学雑誌、第26巻第4号、1997年)

鉛ゴム石、また知らない名前が出てきた。。。検索してみると、青い緑鉛鉱といったような形態をしている鉱物です。結晶が長く伸び、六角形が丸みを帯びたような写真もあって、ちょっとヒンスダル石に似た感じのものもありました。

黄金沢鉱山で緑鉛鉱は出るという話は聞きませんが、緑鉛鉱のPo4がAsO4になるとミメット鉱になります(Asは砒素)。

。。。でもまあこういう難しい話は詳しくないのだから、あまり首を突っ込まない方がよいですねw 専門の人に任せておきましょう。

ただ、こういった二次鉱物、三次鉱物が出る可能性もあると覚えておけば、訳の分からないものを見つけたときに、それが何なのか、アタリをつける助けになると考えて、ちょっと頭の隅に置いておけばいいかと思います。

この石のおかげで、また新しい鉱物の名前と見かけを覚えることができたわけだし。このあたりの鉱物は、よくある鉱物図鑑のような本にはほぼ載っていないものばかりですからね。

 

2020年10月21日 (水)

ぶどう石(山梨県身延町杉山)

Prehnite Ca2Al(Si3Al)O10(OH)2 珪酸塩鉱物

 

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下部温泉のそば、栃代川の、有名な産地のぶどう石です。

普通は岩欠のぶどう石といわれますが、住所的には岩欠ではなく杉山となります。産地の直前に杉山橋を渡りますが、その橋の直前までが岩欠で、そのあとは毛無山までずっと杉山です。

ほんのりと緑(~青)に染まった板状結晶が放射状に集合して、まるでぶどうの実のような姿をとることが多いということで、日本ではぶどう石と呼ばれています。色のついていないものも多いですが、無色だちょっとつまらないので、やっぱりシャインマスカットみたいな色のものがいいですね。海外産の写真などを見ると、確かにぶどうのように見えるものがありますが、日本で産出するものはそれほどぶどうっぽい感じはしません。

ここのぶどう石も結晶粒が大きいので、それほど「ぶどうみ」はないのですが、ルーペや顕微鏡で見ると、四角の板状結晶が少しずつズレながら積み重なっているのがはっきりわかります。

ちなみに1枚目の写真は色味がちょっと他と違いますが、これは光源が太陽の光だからです。朝の日光にきらきらしてとてもきれいだったので、思わず写真にとってみたのですが(カメラ本体でのマクロ撮影)、ほんのりと赤味がさして、あたたかみのある感じですね。

 

洋名は、喜望峰のオランダ植民地に駐在していたプレン大佐(Hendrik Von Prehn、1733-1785)に由来するらしいですが、和名のほうが全然いい名前ですね。プレナイトの由来を聞かされても、正直それがどうしたという感じです。イメージを喚起する「ぶどう石」には言霊が宿りそうだけど、「Prehnite」では単なる記号で名が体を表しておらず、化学式を覚えた方がよほどましかもしれないw

 

採集した現地では、台風による大雨の翌日だったため、川が増水して石を探す範囲が狭まっていたようで、結構苦労しました。当然、気になる対岸にもとても渡渉できず、川沿いの崖のあちこちから滝のように水が流れ落ちていました。それでも、いくつかのぶどう石を含む石を見つけることができました。ネット上では絶産に近いという言葉もちらほら見られたのですが、やはり絶産などということは滅多にあることじゃありませんね。

Tojirogawa

 

あとここに行くときには、すぐそばの下部温泉にある金山博物館がおすすめです。この一帯の金山のことを知ることができます。栃代川の上流部にも、栃代金山というのがあったようです。あまり詳しく調べられてはいないようなのですが、ちょっと気になりますね。まあ金山周辺というのは、鉱物的にはそれほど面白くないことが多いのだけれど。。。

地形図には栃代から毛無山に行く道、雨ヶ岳と仏峠の間を越えて本栖湖に出る道が描かれていて、まあ十中八九廃道でしょうけど、一度探索してみたいところです。

 

2020年10月17日 (土)

緑泥石(山梨県道志村道志川流域)

Chlorite (Mg,Al,Fe,Li,Mn,Ni)4-6(Si,Al,B,Fe)4O10(OH,O)8 珪酸塩鉱物

 

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Chlorite_doshi_02

 

緑泥石はグループ名です。様々な成因の鉱床中、ほとんどどこでもあるものだと思いますが、だからこそ岩・土壌の構成物としては、最も重要なもののひとつと言えます。

シャモス石(Chamosite)、クリノクロア(Clinochlore)、クーク石(Cookeite)、ペナント石(Pennantite)、須藤石(Sudoite)などの種類を含むグループです。

写真は、道志のペグマタイト中の緑泥石。ここではこの暗緑色の粒子の固まりのような緑泥石が多く、長石や石英、緑簾石の結晶がその中に埋もれているのを見ることができます(一番上の写真の白いのは微斜長石)。柔らかいので、爪楊枝でも掘ることができます。

わざわざこれを目的に採集するようなものではないといえばそうなのですが、鏡下では、ごく小さなきらめく雲母のようで、とてもきれいです。これはクリノクロアだと思うのですが、ちゃんと判別できないので、緑泥石として記事にしました。

下の写真は、同じ場所で見つけた、水晶に内包された緑泥石です。

 

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緑のきらめく粒が散りばめられていて、きれいです。

ここの石では、今まで他の鉱物を緑泥石が覆っているものしか見たことがなかったので、長石や石英などが結晶したあと、緑泥石が最後にできたんだろうと思っていましたが、一概にそうだとはいえないみたいですね。

緑泥石は約600度以上の高温では他の鉱物に分解してしまうので、それ以下の低温で生成されるもののようです。写真の水晶の条線が妙にはっきりとしているので、低温でじっくり段階的に成長していって、その過程で内部に取り込んだものなんでしょうか。

 

道志では、あちこちの林道を歩いていると、たまにペグマタイトの欠片を見かけることがあります。尾根を切り、普通だと入りにくい沢を経由する林道は、普通に歩いているとつまらないものですが、岩や石を見ていくと結構あっという間に数キロ進んでしまいます。石を追って沢を遡り出所の露頭を探したりしますが、基本大したものはないので無駄足ばかり(あたしって、ほんとバカ)w 行きやすい場所なんてはるか過去から現在にいたるまで、ほぼ調べ尽くされているのでしょう(こんなの絶対おかしいよ)。

でも沢は、人間が掘るよりもすごい勢いで深く山を削り掘ってくれる。1年後に行ったらまるで様子が変わってたなんて、よくあること。世附あたりの林道なんて、2、3年ごとに必ず崩れてますしw 山から海まで岩や土を細かくしながら運ぶのが、川というものですからね(今ではその前に堰堤やダムで一時止められますが、こんなのはせいぜい数十~数百年単位の出来事で、千年、万年単位で見れば何も変わりません。そして万年単位だって山から見たら一瞬という。。。わけがわからないよ)。

以前は誰も知らなかった鉱脈が露出することもあるでしょう。この数百年の間に限っても、誰にも知られず現われ、誰にも気づかれないまますべて流されていった鉱脈もあったはず。気づかれれば鉱山になります。特に道志のペグマタイトは、今現れているものだけ見ても、ごく小さなスポットがあちこちに点在するという感じなので、新しいポイントを見つけることも奇跡や夢ではないかも。。(奇跡も、魔法も、あるんだよ)。

そういう偶然に出会えたら、それはとっても嬉しいなって。

 

2020年10月 1日 (木)

スコレス沸石(山梨県道志村道志川流域)

Scolecite Ca(Si3Al2)O10・3H2O 珪酸塩鉱物

 

Scolecite_doshi_01

Scolecite_doshi_02

 

道志の丹沢側地域の産出。

菊花状の薄い結晶群で、多分沸石ではないかと思うのですが、ネット等で検索してもこういう形態はなかなか見つかりません。結晶の先がとんがっていれば、水苦土石がこんな感じですけど、見たことないからなんともいえないし、母岩は閃緑岩ですし、まあ違いますね。

この辺では時にスコレス沸石が見られるようなので、これもそうではないかと考えました。菊花状というより扇形と考えればスコレス沸石によくある形態ですし、スカルンなどによく見られるそうで、採集した沢の近くにはスカルンの露頭があるかもしれないことを考えると、間違いないかな? 結晶が薄いので、ソーダ沸石ではないと思います。中沸石かもしれませんが、見て判別はできないようなのでしょうがない(松原聰「シリーズ造岩鉱物各論 沸石の種類」岩石鉱物化学31、2002)。

スコレスというのはギリシャ語で虫の意味で、熱すると芋虫のように曲がるそうです。もちろん試していません。

1枚目の写真にもありますが、オレンジ色のきらきらした部分が、ちらほらついていました。こっちも気になる。ザクロ石の類かなぁ?

 

道志はずいぶんいろんな鉱物が見られますが、鉱山の類は少なくとも明治以降はほとんどありません(明治以前には水晶を掘っていたらしい)。これは、道志川が相模川の上流域であるためです。神奈川、特に横浜の重要な水源地として認識されていたため、鉱山の話が持ち上がっても、すべて横浜市から横やりが入って、立ち消えてしまったようです(加入道山の石灰岩は試掘くらいはしたんでしょうか)。明治20年に相模川からの取水をはじめていますが、30年には道志川から直接取水するようになり、その後水源涵養林として広範囲の森を買収しています。

だから、このあたりでは横浜市という文字の入った看板がやたら多いです。加入道山への登山道に入ると、森の中に横浜市の区が全部そろってたりします(区ごとに植林をした区画らしい)。室久保川にある道志の湯では、横浜市民はちょっと安くなりますw

横浜市青少年野外活動センターというのもありました。今はもう何もなくなっていますが、当時の子どもが作ったらしい小さな道標だけが、ここからバン木の頭や忘路峠(犬峠)に登る廃道に残されているだけです。ちなみにバン木(盤木)というのは、昔山から木を伐り出して運んだ木馬道〈きんまみち〉というレールの横木のことです。電車のレールを天地ひっくりかえした構造で、電車のレールの枕木の部分が上になっていて、そのレールの上を丸太を載せたソリを滑らせるわけです。昔はこの辺にも、木馬道があちこちにあったんでしょうね。

 

2020年8月29日 (土)

タマネギ状構造(神奈川県東丹沢~山梨県秋山)

神奈川県の東丹沢周辺では、よくタマネギ状構造、あるいはタマネギ状風化が見られます。

昔は牡丹石ともいわれていました(日本で牡丹石と呼ばれている石には、まったく違う種類のものがいくつかあるようです)。『新編相模国風土記稿』に、「牡丹石。(青野原村ニ産ス。本草綱目ニ井泉石ト見ヘタルハ。卽是石ノ類カ。)」(巻之百十六 津久井県巻之一)と書かれています。

個人的には青野原の山というと焼山くらいしか行ったことがありません。タマネギ状構造を見た記憶はないのですが、別の石のことではないと思います。その詳細は「地誌のはざまに 青野原の牡丹石」に詳しいので、興味ある方はそちらをどうぞ。

風土記稿」の同じ個所には道志川の貝石というのも載っていて、これはカネハラニシキの化石のことでしょう。大室山の貝沢あたりから流れてきたものと思われます。

 

タマネギ状構造は東丹沢、特に大山や広沢寺の鐘ヶ岳周辺には多く見られ、どちらも信仰の山であり、参拝者、あるいは行者たちにとっては、よく目にする馴染みのあるものだったでしょう。山岳信仰と鉱山、本草学は、深い結びつきがあります。行者たちは、多分この周辺でとれる役に立つ石や草のエキスパートだったはず。

東丹沢の山岳信仰の中心は愛川町の八菅山ですが、飯山あたりには銅鉱もあり、鋳物師の拠点だったといいます。七沢には多々良沢なんていう名前の沢もあり、ちょっと気になりますね。今ではこのあたりで鉱石を採集したなどという話はまるで聞かないのですが。

ちなみに宮ケ瀬から流れる川は中津川といいます。中津川といえば、鉱物好きには気になる地名で、特に秩父や恵那の中津川は、日本でも指折りの稀少鉱物の産地として有名です。神奈川の中津川は、地学的には牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線にあたり興味深いところですが、鉱物的にはいまいちパッとしませんねw

 

タマネギ状構造は、岩が節理に沿って次第に丸みをもって風化していったものですが、出来方については、ここがわかりやすいかも。平塚市博物館「東丹沢のタマネギ石(4)−そのでき方−

 

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大山の東、日向薬師の奥、屏風沢上流の枯れ棚。雨が降れば流れるであろう水流で、なめらかに浸食されているのでしょうか。皮がめくれたようにはなっていませんね。でも、節理に沿ってタマネギ状構造が発達している様子がよくわかります。割れ目の白い脈は、沸石でしょうか。

さらに沢の奥まで行くと、まるで屏風のようにたった岩壁が広がっていて、沢名の由来になったと思われます。

 

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鐘ヶ岳、広沢寺からの登山道の途中。古い参詣道で、番地を記した江戸時代の道しるべが登山口から頂上まで続いています。

鐘ヶ岳は昔は大山と並ぶ信仰の山で、多くの参詣者でにぎわったらしいですが、今は登山者も少なく静か。頂上には浅間神社がありますが、頂上の少し下には寺もあったようで、礎や瓦などが発掘されています。

 

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大山三峰の南。不動尻から稜線に登山道を登って、ちょっとのところだったと思います。

不動尻は、心霊スポットで有名な七沢の山神隧道を越えた先にある、大山や三峰の登山口。この周辺は暗くてじめっているし、キャンプ場だったころの名残りの廃墟もあったりして、おせじにも気分のいいところとはいえないので、まあ心霊スポットになる気持ちはわかるw

 

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宮ヶ瀬湖の南畔、林道土山高畑線沿いにあります。土山峠からちょっと行ったところの、橋のきわ。

これだけ立派なのは、見たことないですね。

 

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山梨県秋山の高柄山稜線上。

 

藤野木・愛川構造線、牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線に沿って、タマネギ状構造が続いているように感じます。

タマネギ状構造は、火山性タービダイト(海底の乱泥流堆積物のこと。普通、粗粒ほど先に下に沈み、細粒ほど後から沈み、層ができる)でしか見られないそうです。最初は海であったプレートの境界は、陸地にはさまれた深い海になり、隆起して山になった両側から多量の土砂が流れ込み段々浅くなっていき、やがては山間の川となります。その過程で堆積岩ができ、常に強い力を受けているために、割れ目(節理)もできやすいということなのでしょう。

 

東丹沢は鉱物的にはそれほど面白いところではないのですが(それでも鉱山跡はちらほらとある)、地学的にはとても興味深い地域です。

夏は行きたくないところですけど(暑いし山ヒルがががが)

 

2020年8月13日 (木)

輝蒼鉛鉱(山梨県大月市大月町本沢鉱山)

Bismuthinite Bi2S3 硫化鉱物

 

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大月市の本沢鉱山跡の沢で採集した、輝蒼鉛鉱を含むと思われる標本です。

ここでよく見られる不透明な石英の塊を割ったところ、内部に銀色の鉱物が集まっていました。

「含むと思われる」と書いたのは、自信がないからです。ここでは、自然蒼鉛、輝蒼鉛鉱、ホセ鉱、硫砒鉄鉱、黄鉄鉱などが産出するらしいですが、どれも似たような見かけばかりなので。。。ところどころ青っぽく見える部分は、方鉛鉱でしょうか? 蒼鉛は、名前とは異なり、青っぽくなることはないみたいです。銀白色の部分が輝蒼鉛鉱ではないかと思うのですが、硫砒鉄鉱かもしれません。

針でひっかいてみると、結構簡単に削れるので、輝蒼鉛鉱としました(モース硬度は、輝蒼鉛鉱=2-2.5、硫砒鉄鉱=5-6)。

自然蒼鉛も期待したのですが、自然蒼鉛のわずかに赤味がかった銀色ではないようです。

 

3枚目の写真の箇所については、銀色の上に付着している緑がかった部分は泡蒼鉛、蒼鉛土の類ではないかと思うので、この銀色も、輝蒼鉛鉱ではないかと考えました。

1枚目の写真の右側には、こんな部分もありました。下はその拡大。

 

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波打った層状の断面のようなものがありましたが、これも蒼鉛関係でしょうか。石を割ってすぐは、にぶく銀色に輝いていたのですが(ただし、輝蒼鉛鉱と思われる部分の銀色とはちょっと違う)、数日で変色して輝きが失われました。小さくへばりついている銀色の箔状の部分は、輝きは変わりません。ちょっと赤味が入っているようにも見えますが、うーん、これだけで自然蒼鉛としての項目を立てるほどの自信はありませんねw 元素鉱物はぜひ増えて欲しいんですけどね。

左上の白いのは蒼鉛土の類に見えますが、どうでしょうね。金色に輝いているのは、黄鉄鉱でしょうか。蒼鉛と接して産出することはあるのかどうか、分かりませんが。

 

大月から真木川を遡る林道(舗装されていて立派)をずっと上っていくと、小金沢連嶺の黒岳と、雁ヶ腹摺山をつなぐ大峠に行き着きます。そのほんの少し下流、黒岳側から流れ込む小さな沢が、本沢鉱山跡です。林道が沢を渡るところでは、大量のズリ石が林道を埋める勢いで流れてきたのか、石を沢から掘りあげて脇に積んだようなあとが。つまり、林道のすぐ脇で、ズリ石を探すことができるような状況になっています。

沢の奥にも入ってみましたが、鉱山のあった跡のようなものは見つからず。露天掘りだったのかな? 短い沢で、ちょっと奥に入っただけですぐに急峻になっていくので、落石の危険が大きく注意したほうがいいかも。

 

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左:本沢鉱山の沢。右:白谷丸から雁ヶ腹摺山

 

大峠には駐車場があり、雁ヶ腹摺山にはせいぜい1時間程度で登ることができます。頂上付近はサンショウバラの咲くちょっとした草原になっていて、ここからの富士山の遠景が500円札に使われたことで有名です。

小金沢連嶺の黒岳へも、1時間半程度で登れます。黒岳は以前、山の向こう側、日川側から登ったことがあります。延々と林道を歩き、ずいぶん遠かった印象があるのですが、こちら側からだと、あっという間でした。。。黒岳の頂上はあんまりおもしろくないので、その南の白谷丸か、ちょっと距離はありますが北にある牛奥ノ雁ヶ腹摺山まで行くといいかも。どちらも広い草原になっていて、とてもきれいで気分いいところなのです。

このあたりの山稜上は、草原と、ちょっと秩父っぽい植生の森が交互に現れてくるので、非常に楽しいですね。この印象は、大菩薩、さらに笠取山、雁峠あたりと共通しています。

ところが、笹子峠から南に入ると、急激に秩父っぽさは失われ、御坂の山々になり、雰囲気ががらっと変わります。そこからは、秋山、道志、そして丹沢と連続した印象を受けます。

ちょうど笹子峠が境界になっているような感じです。地質と植生、そこから生じる風景の印象の関係を、肌で感じることができる地域だと思います。