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▽硫化鉱物

2022年4月29日 (金)

方鉛鉱(山梨県甲州市黄金沢鉱山)

Galena PbS 硫化鉱物

 

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鉱山跡に行くと割と目にする機会の多い方鉛鉱です。劈開が完全で、割れた面が滑らかできれいな平面になります。立方体を基本とした形に割れやすいので、角がシャープで、とても見栄えがします。鉛の鉱物で比重も大きく、持つとずっしりしており、感触もなにやら特別感がありますね。鏡下では時に大伽藍のような姿を見せます。

この方鉛鉱は黄金沢鉱山の下のズリで採集したもの。上のズリのように洋紅石、ミメット鉱などの珍しいものはないけれど、ずっと広くて鉱石も多く、結構楽しいのですよね。そこらへんに落ちてる石を無造作に取り上げて割ると、大抵きらきらしてきれいだし。方鉛鉱、硫砒鉄鉱、黄銅鉱、閃亜鉛鉱、孔雀石などが多いようです。最初、上のズリのことを知らなくて、何度か下のズリでいろいろさがしていました。

方鉛鉱は、古代からよく利用されていたために、採掘もされていたようです。その主な利用法は、鉛の鉱石として、さらに、銀の鉱石として、金銀の精錬用の鉱石として、使われていました。

鉛を含む鉱物は他にも白鉛鉱、青鉛鉱、緑鉛鉱、紅鉛鉱、褐鉛鉱などがありますが(色シリーズを並べてみましたw)、産出量はそれほど多くなく、紅鉛鉱にいたっては日本でまだ見つかったことはないのでは。その点、方鉛鉱はいろんな場所で簡単に大量に見つかりますので、鉛の鉱石といえばメインは方鉛鉱です(白、緑、硫酸鉛鉱などは鉱石として採掘されているところもあるようです)。大抵、閃亜鉛鉱も一緒にとれるので、鉛・亜鉛鉱床と一緒くたにして扱われることが多いです。

また、方鉛鉱には銀がごく少量含まれています。特に含有量が多い場合は、銀鉱石として採掘されていました。対馬では、自然銀を採りつくした後は、方鉛鉱を銀鉱石として採掘していたそうです。

さらに、金銀鉱石から金や銀を取り出す灰吹法で使用する鉛の材料としても使われていました。

灰吹法は、非常に古くからある金銀の抽出法で、ウルク文化(BC4000~3100年頃)後期の都市、現シリアのハブーバ・カビーラ南遺跡ですでに行われていた痕跡が残っているらしい。この現在知られているなかで世界最古の都市のひとつとも言われる遺跡は、古代メソポタミアのウルクとほぼ同時期の都市で、同所を手本として作られたとか(ウルクからユーフラテス川の上流約900kmのあたり)。方鉛鉱から銀が抽出された跡が見つかっているようです(近くに銀を多く含んだ方鉛鉱の産地がある)。(詳しく知りたい方は、小泉龍人『都市の起源』(講談社新書メチエ、2016)をどうそ。自分は読んでいないので、とりあえず「らしい」と紹介するしかできません)

日本では大分遅れて石見銀山で灰吹法が行われたのが最初とも、飛鳥時代にはすでにその痕跡があるとも、いろいろ話があるようですが、自分には判断する知識がありません。

いずれにせよ、方鉛鉱と人間のつきあいも、ずいぶんと長いみたいですね。

それにしてもメソポタからとはびっくり。最初にこういう方法を見つけ出した人は、一体どうやったのだろうと、いつも不思議に思います。最初に偶然そうなってしまってから考えたのか。方鉛鉱の割ったばかりの時の輝きを考えれば、どうにかしたら銀が生まれそうと考えるのは、まあ納得できるんですが。というか、そもそも、金や銀に高い価値が生じるという点からして、よく考えれば、それほど自明でもない気がするんですよね(それが当然である世界にいれば、特に不思議にも思いませんが)。だって、宝石は硬いからこそ価値があるとされているのに、金銀は柔らかいですし。。。

知識の発展、技術の開発も大事だけれども、人間にとって一番影響が大きいのは、金銀には価値があるという「価値観」を生みだしたパラダイム創成であるのかもしれません。(「パラダイム」という言葉はあまり使いたくないのだけれど)

 

資料:
冶金の曙」http://homepage1.canvas.ne.jp/e_kamasai/Metallurgy/yakin/index.html
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構自然起源放射性物質データベース」https://www.nirs.qst.go.jp/db/anzendb/NORMDB/1_datasyousai.php

 

2022年3月17日 (木)

辰砂(埼玉県飯能市岩井沢鉱山)

Cinnabar HgS 硫化鉱物

 

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埼玉県の奥武蔵にある岩井沢鉱山あとで見つけた辰砂です。結晶質ではなく箔状ですが、真っ赤な色がきれいですね。

辰砂があるところに、2枚目左下のようなオレンジ色の部分もよく見られたのですが、これはなんだろう? 辰砂の色違い? 色的には、鶏冠石(Realgar:AsS)か、それが分解したパラ鶏冠石(Pararealgar:As4S4)のように見えますが。

辰砂は以前奥多摩のものを取り上げました(辰砂(東京都西多摩郡奥多摩町鋸山))。奥多摩と奥武蔵は全然別の山域というイメージですが、直線距離で約20kmくらいで隣り合っています。周辺は基本チャートが多く、マンガン鉱山の跡があちこちにあります。鋸山の多摩川の対岸は日原で、そこから川苔山、有馬山と繋がって、名栗地区。さらに正丸峠を経由すれば岩井沢のある高麗川北の稜線です。

岩井沢の上の稜線には奥武蔵グリーンラインという舗装林道が走っているので、むしろそこから下る方が行きやすいかもしれません(ただしグリーンラインから岩井沢に下る正規の道はないようです)。グリーンラインは、埼玉の自転車やバイク乗りの人なら、定番のコース。下から鉱山経由でブナ峠まで登ってみましたが、峠付近にブナは特に見当たりませんでした。植林の多いところなので、作業林道があちこち通っていて、行き様はいくらでもありますが、山としては特に面白い山域ではないですね。。。山コーヒーをするのによさげな関八州見晴台とか、ハイキングコースとして知られる場所もありますが、まあ地味ですよね。

坑道は岩井沢上流の枝沢沿い(廃林道あり)にあります。坑口周辺や下流に鉱石が転がっているので、そこを探します。マンガン鉱山だったので、黒い石を割ると、石英、ピンクの菱マンガン鉱(?)や黒くてきらきらした繊維状の水(軟)マンガン鉱、カリオピライトなどのマンガン鉱石、よくわからない緑っぽい鉱物などが現れてきます。まれにこんな真っ赤な辰砂も出てきます。

石を割る楽しさはマンガン鉱石が一番ですね(よく判別できないけれども)。

 

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2022年1月 2日 (日)

硫カドミウム鉱(山梨県南巨摩郡身延町川尻鉱山)

Greenockite CdS 硫化鉱物

 

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本栖湖畔、川尻鉱山の、硫カドミウム鉱ではないかと思います。光沢のある黒い部分は、閃亜鉛鉱かな?

試しに長波UVで川尻鉱山の鉱石を照らしていたら、強く黄色~オレンジに光る部分があり、これは何だろうということで気づきました。下の写真は、その様子。

 

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鮮やかな黄色の、土状集合。まれに六方晶系の結晶になるそうですが、その形態は滅多に見られないようです(肉眼で確認できる大きさの結晶になると、赤くなるらしい)。ウルツ鉱の仲間で、理想的な結晶形は六角錘のような形で、両端の形が違う異極晶。

写真の部分を硫カドミウム鉱ではないかと考えたのは、そのカドミウムイエローの色と、閃亜鉛鉱の二次鉱物として産するというところから。川尻鉱山では、閃亜鉛鉱も採掘していたそうで、実際、拾った鉱石にも閃亜鉛鉱が多く見られました(閃亜鉛鉱にはごく微量のカドミウムが必ず含まれているそうです)。あと、黄色からオレンジ、赤に蛍光するとの記載もネット上でいくつか見られたので、硫カドミウム鉱としました。でも、デジタル鉱物図鑑やmindat.orgでは、蛍光についての記載はありません。亜鉛が含まれていると蛍光する? はっきりとはわかりません(硫化亜鉛カドミウムは蛍光・燐光するとのこと)。

硫化カドミウムは着色力が強く、絵の具、ゴム、樹脂、ガラス、陶磁器などの黄色の染料としても使われます。その黄色は、絵の具ではカドミウムイエローと呼ばれます。写真の鮮やかな黄色を見ればその美しさがわかりますね。他に替えようのない色ですが、カドミウムの毒性が高いため、その使用は最近では忌避されるようになってきました。

日本ではカドミウムといえば、まっさきに「イタイイタイ病」が連想されると思います。自分もそうでした。

イタイイタイ病は神岡鉱山からの廃水によって、神通川下流域の富山を中心に発生した病気で、水俣病、第二水俣病、四日市ぜんそくと並んで、戦後の高度成長期日本において発生した四大公害病のひとつです。神岡鉱山は亜鉛(閃亜鉛鉱)を中心に採掘していた鉱山ですので、その精錬の過程で大量のカドミウムが発生したということでしょうか。

閃亜鉛鉱は割と普通にどこでも産出する鉱物ですので、カドミウムは全国の河川に流れ込んでいると思いますが、閃亜鉛鉱に含まれるカドミウムは非常にわずかな量ですので、上流で大量のズリが常に流れ落ちているような場所でもない限り、問題となるようなものではないようです。

日本ではカドミウムの摂取量はかなり多く、その原因は主食がお米だからです(逆に言えば、お米以外からの摂取量は問題にならないということ)。水田に蓄積されやすいということのようですが、現在では食の多様化が進み、お米の摂取量の割合が減るとともに、カドミウムの摂取量も減ってきているとか(厚生労働省「「食品に含まれるカドミウム」に関するQ&A」)。

 

19世紀初頭のフランスで、絵の具のクロムイエロー(黄鉛:クロム酸鉛PbCrO4)が、若干遅れてカドミウムイエローが開発・発売され始めました。ゴッホの「ひまわり」の黄色はクロムイエローだとか。クロムイエローに比べてカドミウムイエローは高価で、色が変質しづらいということで、徐々に広まっていきました。

有名画家で最初にカドミウムイエローを使ったひとりが、モネ。モネをはじめ、印象派の画家たちのお気に入りの色のひとつだったそうですが、現在はその毒性の強さから、純粋な硫化カドミウムから作られたカドミウムイエロー(Pigment Yellow 37)は、日本でしか製造されていません。代替品(Pigment Yellow 35)では、その色は出せない、唯一無二の色です。

画家にとって、「色」とは命そのものでしょう。自分がもっとも関わりたくない本は、画集でした。印刷では絵画の色を再現することは不可能で(お金に糸目をつけなければ、近づけていくことはできるでしょうけど)、でも、画家は色をできる限り近づけたい。日本画であれば絵の具として貝殻やら鉱物の粉末をそのまま使うことも多く、CMYKだけでは近づけることもできないので、金やら銀を使わなければなりません。画集(特に画家が校正を見る場合)を作るうえで一番大変なのは、画家にいかに色の再現を諦めてもらうかです。それだけ、絵画にとって色は本質なのですね。

毒があるとかそんなのは、好きな色を使えないことと比べたら、まったく些細なことなんでしょう。音楽であれば、自分が思ったのと違う音で聞かれたり、自分が思った音が使えないのは、我慢ならないことですからね。その気持ちは、多分作者以外にはわからないと思います。その程度の違いなんて見たり聞いたりする人にはわからないよなんて言っちゃだめですよ。その違いが作者には何よりも大事だということだってあるんだから。作者にとって、表現において毒程度のリスクはリスクになりません。それは、今、自分が硫カドミウム鉱が毒だからといって、採集したりいじったり写真にとったりするのを控えたりしないのも同じことですね。

 

2021年12月26日 (日)

磁硫鉄鉱(山梨県甲州市門井沢)

Pyrrhotite Fe7S8 硫化鉱物

 

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大月から甲州街道の笹子峠を越えると、大菩薩嶺から流れる日川流域に入ります。門井沢が日川に合流するあたりは、武田勝頼の最後の戦場であり(鳥居畑)、甲斐武田氏の終焉の地です。徳川家康が勝頼の死を弔うために建立した景徳院があります。

門井沢沿いの林道を遡り、林道が終わるあたりで沢に下りると、白い珪灰石が転々としています。その石を割ると、たまに見つかる金属光沢の部分が、この磁硫鉄鉱。名前のとおり、若干磁石に反応します(かなり弱弱しい感じ)。六角形のきれいな結晶みたいのは見つかりませんでしたが(ここにあるのかどうかもわかりませんけど)、拡大すると、薄い板状の結晶が積み重なっているのが見えます。

一見すると雲母のように完全な劈開があるようにも見えるけれど、そういうわけではなく、分子が結合していない個別の板状の結晶が積み重なってるだけということなのでしょうか、原子配列に由来する割れ方である劈開は「なし」とのこと。でも、デジタル鉱物図鑑の磁硫鉄鉱の項では、「劈開:明瞭」となっていますね。。。

水晶なども、劈開なしとするものと、不明瞭とするものがあります。「劈開」というのは、結構あやふやな概念なのか。「なんとなく」を甘受しなければならない概念ということなんでしょうか。まあそれはそれで自分は受け入れるのはたやすい性格ではありますが。

鉱物には他に「裂開」という言葉もあって、不純物、構造の欠陥、双晶などの影響で特定の方向に割れることを言います。でも、裂開と劈開の違いを実際に実験して確かめるとすると、実験対象がすべて破壊されてしまうということに。。。

磁硫鉄鉱といえば、そのもっとも大きな特徴は、やはり磁性ですね。鉱物では磁性をもつものはそんなに多くなく、結構珍しい性質です。強磁性を示す鉱物は、鉄、ニッケル、コバルトなどの元素を含む一部の鉱物に限られます。

磁硫鉄鉱の磁性は、Sに対するFeの量で変わってくるそうです。FeSのものはトロイライトといい、磁性がなく、隕石中で見つかっていますが、地球上ではめったに見られないとか。Fe11S12~Fe9S10のものは(擬)六方晶系、Fe7S8組成のものは単斜晶系になるといいますが、見てわかるようなものではないでしょう。

 

甲州街道から笹子トンネルを抜けると、すぐ道の駅・甲斐大和があります。地形図だと、ここから裏道で門井沢の林道につながっているように描かれていますが、今ではもう道はありません。沢までは踏み跡が残っていますが、橋などはなく、沢を渡渉して林道まで斜面をよじ登ることになります。

林道を歩いていたら、すぐそばの草むらの中からいきなり軽く1mを超えるでっかい猪が飛び出てきて、すごい勢いで逃げ去っていきました。危なかった、もしこっちに向かってきてたら、ちょっとやばかった。。。住宅のあるあたりからそんなに離れていない場所だったんですが。

ここ最近数年、山で大型哺乳動物を見かけることが多くなりました。特に多くなったと感じるのは、カモシカ。以前はそんなこと全然なかったんですが、人のほとんどいかないようなところだけでなく、人の多い登山道付近でも最近はちょくちょく見かけます。カモシカは狩猟の対象になることがないので(天然記念物なので。でも牛だから食べるとおいしいらしい)、明らかになめくさってますねw 他の大型動物たちは、山の中で追われまくるのに、なぜカモシカだけ。。。と大変な不条理を感じていることでしょう。多分かなり数が増えているんじゃないかなぁ。あんまり増えすぎちゃうと、キミらも下手するとやばいかもよ、気をつけてね。

でもカモシカも鹿柵だらけの山では住みにくいでしょう。鹿柵の是非についてはいろいろ言いたいことは沢山あるのですが、ここでひとつだけ書きます。

人里近くの鹿柵は別として、山の上の方に作ってある鹿柵。かなりの部分、作りっぱなしになっていませんか? 鹿柵なんて、倒木やらなんやらで、数年経てば大量の粗大ごみになってしまいます。特に始末に困るのが、鉄条網。柵自体がすっかり倒れてしまっても、落葉の下とかに鉄条網が残っていて、すべての生き物にとって有害以外の何物でもありません。そういう粗大ごみと化した大量の柵の残骸が、山の中に放置されたままです。

誰が誰の土地で誰のお金で誰の利益のために設置しているか、さまざまだと思いますし、だからこそ誰も語らない(語れない)のかもしれません。大抵、そうやって、明らかな問題がそのまま放置されます。だからこそ、その必要性を説く学者は、その立場を生かして、そこまで目を配って語ってほしいという気持ちがあります。

 

2021年12月 6日 (月)

車骨鉱(埼玉県秩父市秩父鉱山)

Bournonite CuPbSbS3 硫化鉱物

 

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秩父鉱山の代表的な鉱物のひとつである、車骨鉱です。

採集したのは、六助沢。それも上流などではなく、広河原沢との合流すぐ(橋の下をくぐって六助沢に入ったところ)です。車骨鉱のポイントといえば大黒が最も有名ですし、自分もここで車骨鉱を探そうとしていたわけではないのですが、六助沢の上流ではアンチモン鉱物(輝安鉱など)が出るのだからまああってもおかしくはないですよね。

硬度は2.5~3で、そんなに硬くないのに、下までよくぞ無事に流れ落ちてきたものです。2枚目の写真は、かなり大きな塊だったものが割れてしまったようですが、やはり顕微鏡サイズだからこそ、残ったのでしょう。肉眼レベルのものを探そうとすると、多分かなり大変だろうと思いますが、鏡下ならばそんな大きさは必要ないのだ。

同行者がなんかきれいといって取り分けておいた石をルーペでのぞいてみたら、これでした。同行者は車骨鉱を知っているわけではないのですが。時々、珍しいものが入っている石をそうとは知らず見つけることがあるので、なんとなく気になったと言う石は、確認するようにしています。でかした! 青みがかった黒をベースに、虹色に輝いていて、とてもきれいです。やっぱり秩父鉱山に来たらぜひ見つけたいナンバー1の鉱物ですからね。

鉛と銅とアンチモン、硫黄からなる、板状の結晶が双晶を繰り返して、歯車のようにぎざぎざになることから、車骨鉱と名付けられたそうです。鉱山などで呼ばれていたドイツ語の「Rädelerz」(歯車Radの鉱石Erzという意味)を直訳したとか。でも直訳なら「骨」という語は出てこないはず。

「車骨」をネットで検索すると、「くるまぼね」として「大きい骨」という意味とか、腰の骨の意味で使われている例などが出てきますが、これではどうも意味がよく分かりません。引用元を見ても、俳諧などかなり限定的な使用で、一般的な言葉ではなさそう。

個人的には、直訳というより、「竜骨車」などからの連想をくわえて、むしろ意訳して造語された言葉ではないかという気がします。竜骨車とは、農業用水を、低い水面から高い農地へとくみ上げる足踏み式の揚水機で、歯車と多くの樋をつけたキャタピラから構成され、見かけがまるで竜の骨のようであることから「竜骨車」という名前がつきました。検索すると似たような構造でさまざまな形状の画像を見ることができますが、これらから車骨鉱を連想するのは、かなり容易な気がします。いずれにせよ、印象的ないい邦名だと思いますね。だって、こんな名前の鉱物、つい探したくなるもん(笑)

(以上、参考サイト「鉱物たちの庭 661. 車骨鉱」)

 

ところで現在(2021年12月)、またしても中津川の道路は崩れて通行止めになっていて、六助沢どころか、大黒にすら行けない状況のようです。行けないとなると行きたくなってしまうのは人情ですが、ほんとうに早く通行可能になってほしいですね。数回しか訪れておらず、まだまだ見たいところがたくさんあります。

以前、川上村からせめて三国峠まで車で行ってみようと思い、挑戦してみたことがあるのですが、あえなく途中で挫折、半分も行けず引き返しました。うちの車は林道に弱いのですw ジムニーとか軽トラなら余裕かな? 今は峠から秩父側は全面通行止めですが、歩きならばどうにかなるのかな? 登山道の崩れたのは大抵何とかなるのですが、谷あいの林道が崩れると、歩きでもお手上げなことが多いのですよね。。。山から林道に降りてくる時でも、擁壁が大きな障害になる場合がとても多いのです。

 

2021年11月30日 (火)

閃亜鉛鉱(山梨県南巨摩郡身延町川尻鉱山)

Sphalerite ZnS 硫化鉱物

 

Sphalerite_motosu_01

 

前回の草間鉱山のほど近く、本栖湖畔の川尻鉱山(本栖鉱山)の閃亜鉛鉱です。

戦後の昭和30年まで稼働していた鉱山で、金銀銅などを中心に採掘していました。例によって武田信玄の開発した金山という話ですが、一時中断していた後、大正から再び掘られるようになりました。その詳しい歴史や、働いていた方のインタビューが、こちらのサイトに掲載されていますので、興味のある方はそちらを参照のこと→山梨県下部町川尻金山の金鉱石。閃亜鉛鉱も採掘の対象であったようですね。

現在は、鉱山への入口付近は洪庵キャンプ村になっていますが、このインタビューを見ると、洪庵の経営者(?)も鉱山の関係者だったことがあるみたいですね。洪庵キャンプ村は、富士山の見える対岸の洪庵キャンプ場よりも人が少なく静かなので、これまで時折利用していましたが、まさかその奥に鉱山があったとは。キャンプ村の奥は非常になだらかで広い扇状地形が広がっていて、沢はかなり大幅に改修工事されています。その沢に沿って御飯峠に登る道のそばに、大きく立派な坑道が口を開けています(「現在地 下部町釜額金山」という古い木の道標のあるあたりの対岸です。ここも昔は金山という地名だったようですね)。

 

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少し離れた平地に、茶色に酸化した鉱石が散らばっている場所がありました。多分ここが選鉱場だったところかな? 下の写真のような感じの鉱石の中に、金がついていたみたいですが、まあ選鉱した後の鉱石だしね。。。金は今のところ見つけられていません。

黄鉄鉱、黄銅鉱、ちょっと青っぽいところは方鉛鉱か。黒いのは閃亜鉛鉱でしょう。きれいな結晶という感じではない塊ですが、ずっしりと重くて、豊かな鉱石という感じでいいですね。

 

Koseki_motosu_01

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この周辺にはいくつも枝沢がありますが、それぞれの川原の石を探してみると、小さな水晶や方解石の塊や緑のパンペリー石のようなのも見つかります。その沢沿いに露頭があるのか、それとも鉱山のズリが広範囲にわたって散らばっているのが紛れたのか、ちょっと判断がつきませんが、場所によっては少し母岩の種類が異なるようです。

まあ洪庵はそのうちまた来ることもあるでしょうし、キャンプ場から歩いてすぐなので、この先いろいろ調べてみたいですね。この付近の山の上もちょっと気になるんですよね。裏の雨ヶ岳の頂上直下にも、信玄時代の金山があったという話もありますし。

 

ただ、最近、特に本栖湖対岸の洪庵キャンプ場の混みようは異常です(ここに限らず、各所のキャンプ場もだけど)。以前は冬なんてパラパラだったような気がするんですが。。。

もちろん新コロの影響もあるんですが、一番の原因は「ゆるキャン△」ですねw

特に洪庵キャンプ場は一番最初に出てくる、いわば「ゆるキャン」を代表するキャンプ場で、中の倉トンネル駐車場の公衆トイレとか、一番の聖地になってるのでは。自分はアニメしか見たことないですが、まあわかりますよ、冬のキャンプがすごく魅力的に描かれてましたから(特に1期)。でも、自分と行動範囲がかなりかぶっているので、とても困るんですよねぇ(苦笑)。

はやいとこブームが去らないかなぁと秘かに願っているのだけれども、いつになりますかね。昔「けいおん」でギターが流行ったあと、レスポールの中古がやたら増えたとかいう話もあり、それと同じようにみんなとっとと飽きて道具類が大量に中古で安く出回ったりしないかなぁ、とかね。

そういえば以前、富士急に「ヤマノススメ」電車が走っていた時、三つ峠に行ったのですが、途中で休んでいる二人(山に登るような感じの人ではなく、もっとひ弱そうな若い男子w)の会話が聞こえてきたことがありましたっけ。以前から知り合いではあるけれど、今日初めて会いました、みたいな調子で、道具を一気に揃えて富士山に登りましたよ、まじですかーみたいな?

自分の好きなアニメ見て、富士山や三つ峠駅からの三つ峠登山(このルートは、あおいちゃんもヘロヘロになっていましたが、結構きついのです)をするその行動力は、実に見上げたものだと思いましたね。でも彼らは今はどうしているのだろう。まだ山に登っているのだろうか、それとももう違うのに凝っているんだろうか。まさかキャンプしてるとか? でもまあそれもいいかもね。いろんなことを手当たり次第するのは、楽しいもんね。『梁塵秘抄』ではないですが、人は遊ぶために生まれてくるのだし、〈真面目に〉遊ぶことは、なにより楽しいのだ。石探しもまたしかり。

 

2021年8月12日 (木)

硫砒銅鉱(山梨県北杜市増富鉱山)

Enargite Cu3AsS4 硫化鉱物

 

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角柱状、あるいは板状の硫砒銅鉱の結晶。ここの硫砒銅鉱は、真っ白い変質した珪岩に埋め込まれるようになっていることが多いみたいですが、これは石英の小さな晶洞の中にぎっしりとつまった状態です。場所によって若干色合いというか輝きが違いますね。同じ石には黄色い硫黄と思われる部分も見られるように、銅と砒素と硫黄の化学式をもちます。

日本ではそれほど多く産出しない鉱物ですが、南北米あたりでは銅の鉱石として採掘対象になるくらいに多いようです。

英語のEnargiteはギリシャ語のέναργής(enarge:明確)から。はっきりとした劈開が由来。

 

採集場所は、銅藍の産地として有名な山梨県の増富鉱山。増富ラジウム温泉の奥にあり、金峰山、瑞牆山の登山口で知られる瑞牆山荘の近く、クリスタルライン沿いにあります。川沿いに鉱山の施設あとと思われる石組などが点在した広場があって、あまり石は転がっていないんですが、時々石英の塊があって、それを割ってみたところ、現れました。

花崗岩中の低温型生成鉱脈ですが、ここの硫砒銅鉱にはゲルマニウムが特に多く、他にはタリウム、アンチモン、モリブデン、錫、タングステン等々が含まれているらしく、かなり特殊な鉱床のようです。

「おそらく、かなり高温の鉱液より、気相中に分離濃縮した諸成分が、花崗岩中の裂罅中に、低温に冷却後、鉱床として沈殿したものであろう」(「地質調査所報告 第208号 硫化金属鉱鉱床に伴なう地球化学的研究」地質調査所、昭和39年11月、p.23)

 

もともと増富鉱山が目的だったわけでなく、急にすぐそばを通ることになったため、そういえばこのあたりに銅藍が採れるところがあったなあと思って訪れました。だから事前にきちんと調べていたわけでなく、なんとなくこのあたりといううろ覚えの情報をたよって、川沿いのちょっと怪しげな(鉱山跡っぽい)ところでちょっとだけ探してみました。すぐそばには金山という地名もあり、例によって信玄がらみかーと思いつつ川に出てみると、まっ茶色に焼けた岩からあちこち水が湧いていて、もう絶対なんかあるだろ、といった風情。

結局銅藍はなかったのですが(帰ってから調べたら、ポイントはちょっと違う場所だった。。。)、いくつか怪しげな石を見つけることができました。硫砒銅鉱は全然意識になかったので、家に帰ってから見つけてびっくりです。現地では小雨で暗くて、ルーペではよく見えなかったし。

ということで、また来ないといけない場所ができてしまった。クリスタルラインと増富ラジウムラインの三叉路のあたりも、なんか非常に探しがいのありそうな雰囲気でしたし。

ラジウムラインの渓谷は、巨大な花崗岩がごろごろしていて(瑞牆山の岩と同じやつかな)、なかなか楽しいところですね。

 

2021年6月18日 (金)

黄鉄鉱(栃木県日光市足尾町足尾銅山)

Pyrite FeS2 硫化鉱物

 

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足尾銅山の黄鉄鉱です。

足尾銅山は、日光のほど近く、渡良瀬川の上流にある備前楯山の地下に広がっています。その坑道の総延長は1200km(東京・博多間と同じ!)とか。ちょっと想像を絶する規模ですね。まさに巨大地下迷宮。足尾の町の宿屋では、きっとみんな馬小屋に泊まって、時々灰になったりしてるに違いないのだw

備前楯山のあちらこちらに坑口、鉱山施設跡が残っていて、一部の坑道(通洞坑)は観光用に電動トロッコに乗って入ることもできますが、多くの施設跡は非公開、外見のみ道路から見えます、なんてのばかりで、観光地としてはちょっと中途半端かなぁ。まあ自分は山自体が目当てなのでいいんですけどね。。。富岡製糸場くらいに整備されればまた違うんでしょうけど。

明治時代には日本の銅の40%がここで掘り出され、日本の近代化を支えましたが、そんな光の部分が大きい分、闇の部分はさらに大きいのが鉱山。公害、劣悪な労働環境、強制労働、採算・国益最重視などといった言葉がちらつきます(普通足尾銅山といったら学校で習った田中正造のことを思い出すのではないでしょうか)。文化遺産としてプッシュしにくいという面もあるのかもしれません。備前楯山の頂上から周囲の山を見渡すと、今でもところどころ茶色くハゲたところが目につきます。精錬所から排出される亜硫酸ガス、燃料としての山林の乱伐などで、当時は木一本ない荒野が広い範囲にわたっていたようですね。ボランティアなどによる植林活動で、今ではかなり森が復活してきているそうです。

 

この黄鉄鉱を採集したのは、備前楯山の西南部・文象沢。周辺には江戸時代から採掘されていた小瀧抗、選鉱場跡、火薬庫などがあり、当時は鉱山の中心地だったことがうかがわれます。今では道路を猿が我が物顔で歩く静かな山中ですが。。。沢の入口付近にも、鉱山時代の小瀧小学校、第三中学校跡、沈殿池跡などがあります。沢の右岸に林道が通っていますが、残っているのは部分のみ。上流に上るほど、鉱石が多くなっていきます(あまりツメませんでしたけど)。特に珍しいものは見つからなかったけれど(あったのは黄銅鉱、黄鉄鉱、方鉛鉱、石英、自然銅など)、よく探せば他にも見つかるのかなぁ? でもさすが足尾なだけあって、けっこう立派な結晶が見られます。

鉱山図を見ると、大黒ヒ、上流部の光盛ヒなど、沢沿いに鉱脈が走っていて坑口もいくつかあったようなので、もうちょっとちゃんと探してみたいかな。鉱石が多く転がっている沢の様子を見るに、ズリもあちこちに残ってるみたいですし。

ちなみに自分が行った時には、備前楯山の反対側(北東)の本口沢は、橋のゲートが閉ざされていて、入れませんでした。行ってみたかったんだけどな。。。ただそちらは、鉱山町の廃墟がかなりいい雰囲気で、鉱山神社の参道の階段を、野うさぎが駆け上っていきましたよ。好きな人にはたまらないかもね。

 

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文象沢。正面の石垣の上が林道。


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大黒ヒの坑口と思われる。入口を山の神さまで塞いでいる。

 

2021年5月23日 (日)

毛鉱(埼玉県秩父市秩父鉱山)

Jamesonite Pb4FeSb6S14 硫化鉱物

 

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秩父鉱山、大黒の川原で見つけた毛鉱です(すべて1つの石の部分)。あったのは、マンガン鉱などが見つかるところ。大黒でちょっと珍しいものを見つけるのは、ほとんどこのとても狭い範囲内で、ちょうどここに捨てられたズリが特別だったのだろうと思います。大黒川原の右岸斜面は全部ズリでできているようですし、まだまだいろいろなものが埋まっているんでしょうねぇ。川原上の広い駐車スペースも、ズリで平地を広げたような感じに見えます。

毛鉱とブーランジェ鉱は、なかなか肉眼では判別が難しいようですが、特に1枚目のものはサイズがかなり大きく毛というよりはまさに針で、ブーランジェ鉱とは見た感じが全然違うと感じました(詳しくはブーランジェ鉱(山梨県甲州市黄金沢鉱山)を参照のこと)。色も黄鉄鉱のようにちょっと黄色がかっていて、立派です。少なくとも1枚目の写真は、毛鉱と確定していいのではないかと。まあ正確なところはわかりませんけどね。。。

2枚目の写真では、ブーランジェ鉱との違いがよくわからないです。どうやら毛鉱らしいものと同じ石の欠片についていたので毛鉱だろう、といった程度の考え。でも、毛鉱とブーランジェ鉱は共生するので、ブーランジェ鉱の可能性もあります。

あと、3枚目のように、青く見える部分もいくつかあって、とてもきれいです。この青は何に由来するんでしょう。mindat.orgの毛鉱の写真を見ても、いくつか青く輝く写真があります。拡大すると、どうやら基本的に虹色の輝きをもったものが、反射の加減で特に青が強調されているような感じです。どうやら地色というわけではないみたいです。ちなみにブーランジェ鉱のmindat.orgの写真を見ると、やはり青によったものが多く見受けられますね。

どの写真も、まわりはほぼ全部石英(水晶)です。

 

鉱物名は、スコットランドの博物・鉱物学者・ロバート・ジェイムソン(Robert Jameson, 1774-1854)にちなみます。エジンバラ大学出身ですが、ドイツのフライベルク鉱山学校(Bergakademie Freiberg)で、ヴェルナー(Abraham Gottlob Werner, 1749-1817)の下でも学んでいます。

ここでも何度も名前が出てきたヴェルナー。その下で学んだということは、ジェイムソンもやはり岩の水成論の立場に立っていました。この時代のヴェルナーの影響の大きさがわかりますね。

 

2021年3月23日 (火)

黄鉄鉱(静岡県河津町河津川流域S鉱山)

Pyrite FeS2 硫化鉱物

 

Pyrite_izusm_02

Pyrite_izusm_01

 

一番最初の記事、黄鉄鉱(静岡県河津町河津川流域)の上流の鉱山跡で採集したものです。先に拾った黄鉄鉱は、この鉱山跡から流れてきたんですね。

 

そのあたりに鉱山跡があったという話をネットでちらと見て、いろいろ調べ探しました。あまり名の知られた場所ではないので、とりあえずS鉱山ということにしておきます。まあ記事を見れば、知ってる人は「あああそこか」と見当つくと思いますが。。。

山の中で若干沢歩きあるいは廃道辿りしなければならず、伊豆にしては割と行きにくいこと、あるいはもしかしたら大したものが出ないとかの理由で、人があまり訪れた形跡が見られません。伊豆半島の鉱床を列記した櫻井欽一の「伊豆半島の鉱物」(『伊豆半島 IZU PENINSULA』東海大学出版会、1972年)を見ても、取り上げられていないですね。

あるらしい、という段階からうまく見つけ出せると、テンションあがります。あらかじめ地形図を見て、ここにあるはずだと予想した場所に実際にあると、なおさらです。『ロストワールド』のチャレンジャー教授になった気分が味わえます。まあ、伊豆にはまだ知られていない鉱山あとやポイントなんて、まだまだいくつもありそうな気もしますけれど。

S鉱山では、沢沿いに約250mにわたって坑道やズリが残っています。自分が見た限りでは、坑道跡は、上流域に3~4、中流域に2、下流域に1。中流域の坑道がもっとも大きく、立派でした(下の写真)。ズリは下流域と上流域に2か所ほどありました。沢沿いに一応経路あとも残っていますが、当然のことながら、崩れかけた場所多数。でも、そんな急峻な沢ではないので(2~4メートル程度の落差の棚がいくつかあります)、そんなに苦労はしませんでした。

 

Izusm_01Izusm_02

左:下のズリに打ち捨てられた軌道のレール。
右:一番大きな中流域の坑口。入口のところに登り階段がある。

 

Izusm_03

上流の坑道群。

 

上と下のズリでは、見られる石にかなり違いがありました。

下のズリでは、石英(小さな水晶)、方解石、黄鉄鉱などが中心。写真の五角十二面体の黄鉄鉱は、ここの産です。やっぱり下流で見つかるものより、ずっと大きいしきれいだなあ。母岩はグリーンタフでしょうか。

上のズリでは、多分銀黒を含んだ石英(他の伊豆の金銀鉱山でよく見かけるものです。水晶はほとんどついてない)、黄銅鉱、黄鉄鉱(こちらのは六面体です。一面が湾曲したようなものが多いみたい)、硫砒鉄鉱? 方鉛鉱? それに、ズリの表面が緑色で染まっているところがあります。孔雀石ですね。上のズリには銅が多く含まれているみたいです。孔雀石も結晶はミクロサイズばかりでしたが。

それほど珍しいものを見つけたわけではありませんが(というか、どんな鉱物があるか情報があまりないので、はっきりと確定しにくいです)、ズリによって違いがあるということは、他にもいろいろ出そうな気がします。ここにはテルル、ビスマス系はないのかな? なんとなく亜鉛系の鉱物も出そうな気がする。

機会があれば、もうちょっと枝沢とか斜面など、引き続き探してみたいことろです。