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○静岡県

2023年7月28日 (金)

水晶(静岡県湯ヶ島豆州鉱山)

(石英) Quartz SiO2 酸化鉱物

 

Quartz_zushum_01

 

今回は顕微鏡マクロ写真ではなく、普通のレンズで接写したものです。

伊豆の豆州鉱山で拾った水晶。天城の山の中は、あちこちで石英が散らばってる箇所があったりするのですが、ここもそうとは知らずに山歩きに行った際、石英が散らばっているのを見つけて、新しい産地? と早とちりしたところ(登山道があるわけではないところなので)。

あたりをちょっと見て回りましたが、坑道やら鉱山の遺構のようなものは全然見つかりませんでした。坑口がつぶれたような感じの箇所があり、その前がちょっと平らになっていて(かなり狭いが)、いかにもな感じではありました。ただ、範囲はとても狭いです。明確なズリといえるようなものもありません。

家に帰ってから調べてみて、どうやらここは豆州鉱山のあとらしいと分かりました。豆州鉱山についてネット上で検索してみても、あまり情報はないですね。天正年間から小規模に金銀が採掘されて、黄鉄鉱なども出たらしい。ヤフーオークションで1点だけここの標本が出品されていて(オパール、緑泥石)、その説明文には、「公的記録は有りませんが、磯部鉱石資料館発行の金鉱山総覧には、昭和11年にAu1246g/tの高品位金鉱石1245tが採掘された、と記載されています」とあります。磯部鉱石資料館というのは、千葉にある現・株式会社合同資源の鉱石資料館のことのようです。なかなか面白そうですが、会社の資料館なので、平日のみの見学(要予約)です。一度見学させてもらいたいですね。

現地ではさっと表面のみ見て回りましたが、ほぼ石英くらいしか見当たらず、伊豆によくある、熱水鉱床の透明度が高くきれいではあるが、小さな水晶くらいしか見つかりません。写真の水晶はうっすらと紫が入っているように見えます。そういえばすぐ近くの浄蓮鉱山でも、紫石英はけっこう見かけますね(浄蓮鉱山ではなぜか紫の水晶はまったく見ませんが)。すぐ近くの別の沢でも石英の散らばっているところがあり、地図上でほぼ線でつながるので、すべて同じ一続きの脈なのかもしれません。

 

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あとこの水晶、長波のUVをあてると、うす水色に蛍光します。これがとてもきれいなのです。

石油まじりの水晶は水色に蛍光するみたいですが、これもそうなのかどうかはわかりません。。。でも、透明度が高くてきれいだし、うす紫だし、さらに蛍光するなんて、なかなかやるね!

(以前紹介した、水色に蛍光する玉髄。玉髄(埼玉県飯能市上名栗武川岳周辺)

一番きれいに蛍光していた部分の写真も下に載せておきます。

 

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現地の様子。尾根上、石英の塊が、コケに覆われて落ちている。自然林メインの美しい尾根。

 

2023年5月10日 (水)

剥沸石(静岡県賀茂郡大沢里)

Epistilbite Ca3[Si18Al6O48]・16H2O 珪酸塩鉱物



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西天城から松崎に流れ込む仁科川の上流域・大沢里(おおそうり)の河原で見つけた剥沸石です。

多分湯ヶ島層のだろうと思いますが、緑色凝灰岩中に晶洞が点在し、その中にありました。他に緑簾石らしい結晶などもついていました。西伊豆で見られる緑色凝灰岩の中でも良質なものは、伊豆石、若草石などと呼ばれ、耐火性に優れており、建材や温泉の浴槽なんかに使われてきました(「伊豆石」と呼ばれるものは、凝灰岩ではなく、例えば真鶴あたりでとれる安山岩のものも含まれます)

剥沸石は沸石の中でも割と珍しいほうに入るかもしれません。写真でも、封筒のような特徴的な形の結晶であることがわかります(というか結晶の形でしか判別できませんけど)。伊豆だと雲見のあたりに有名な産地がありますね。

なかなかきれいな結晶がついていて、下の写真のような、小さな結晶がつながった橋もありました。きれいですね。これは沸石なのか、あるいは魚眼石かもしれません。輝沸石っぽい結晶もあって、場所柄、もしかしたら湯河原沸石がついてたりしないかな?! と淡い期待を持って観察してみましたが、どうやらありませんでした(伊豆の湯河原沸石の産地は、白浜層でしたかね?)。

 

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大沢里というと、最上流部には天城鉱山跡があり、あまり沸石というイメージがなかったのですが。。。実際、河原では、上流の鉱山跡から流れてきた石英の塊もちょこちょこと見かけます。

伊豆天城鉱山跡付近は鉱石の欠片は多く転がっていて、伊豆っぽい熱水鉱床系の小さい水晶がいっぱいついた晶洞のある石も多いのですが、他にはそれほど物珍しい鉱物がなさそうで、鉱物的にはいまいち興味がわきません。でも、ちょっとしたハイキングとして歩くのはなかなか楽しいのです(大きな滝もある)。この周辺は自分的にはいろいろ歩き回っていて、あんまり知られてほしくない穴場もあったり(鉱物的な意味ではない)、大好きな地域です。

伊豆天城鉱山は、中外鉱業、伊豆鉱山などによって、平成の時代まで操業していたようなのですが、詳しいことは分かりません。そこまで古いものには見えない鉱山軌道のバッテリー機関車も放置されたままです(今でもあるかどうかは分からない)。

 

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2023年1月14日 (土)

赤鉄鉱(静岡県河津町沼ノ川)

Hematite Fe2O3 酸化鉱

 

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伊豆の河津川は、天城山の東西それぞれを源流とする本谷川、荻の入川が河津七滝で合流し(出合滝)、相模湾に流れ込んでいます。荻の入川の支流のひとつが、沼ノ川。地形図には今も沼ノ川沿いに破線が続き、天城西稜線の沼野川峠まで登っているのですが、すでに廃道です。一部道形がわずかに残っていますが、沢沿いの廃道なので痕跡は消え、基本単なる沢になっています。この廃道を沼ノ川歩道というのですが、その道中に鉱山の坑口が残されています(標高640m付近)。坑口の前は、多分ズリを積み上げて作られた平場になっていて、鉱石らしい石が散乱していました。とくに目立つのが、白い石と黒い石。

黒い石は、重くて金属っぽい石です。拡大してみると、写真のような仏頭状集合になっていました。多分赤鉄鉱ですかね? ひとかかえもあるような大きなものも転がっていました。

白っぽい石は、石英の塊です。晶洞には微細な水晶が生えていて、伊豆でよく見られるのと似ていますが、結晶はとても小さいので、ルーペで見ないとよくわかりません。2枚目の写真のように、ちょくちょく両錘の水晶が見られます。

石英はところどころ黄色~オレンジになっていて、これは石英を覆った鉄分の被膜ですかね? 時々オレンジの部分が集まっていたり、微細なオレンジの針のようなものも見えるのですが、小さすぎてよくわかりません。伊豆には針水晶もよくありますし。硫黄とか? テルル系の鉱物なんてことはないか(河津鉱山とは大分離れているし)。

 

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いろいろ調べてみたのですが、該当の鉱山にあたるような資料は見つけられませんでした(大した資料もないのだけれども)。鉱山に詳しい方ならば、掘り方を見れば時代を推測することもできるのでしょうが、自分にはわかりません、鉄を採掘していた? 今ではほとんど入る人もいない山奥ですが、沼ノ川歩道というからには、昔はここを通る人もいたのでしょう。ただ、沢から登りつめた稜線の沼野川峠は、現在林道が越えている諸坪峠から1kmも離れていないところなので、ここを通る必然性はずいぶん低いように思われますが。。。

あるいは、沼ノ川歩道はもともとこの鉱山に行くための道だったという可能性も?

ちなみにこのあたりの山は岩がちで、かなり険しい箇所が随所にあります。

 

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沼ノ川上流の鉱山跡の坑口。前は平場になっているので、試掘などでなく、かなり採掘はされていたように思える。

 

沼ノ川と荻の入川の合流地点南には、東伊豆火山群・沼ノ川火山列の噴火口のひとつがあります(いくつかの火口が火口列を形成している。約5万3000年前噴火と推定)。そこから川に流れた溶岩流の跡は地形図でもはっきりわかります(現在林道がジグザグに通っている)。溶岩流が川に到達した地点には、きれいな柱状節理の崖が見られます。河津七滝にも立派な柱状節理がありますが、そちらは河津川東の登り尾火山によるものです。

沼ノ川沿いには現在わさび田がずっと上流まで続いていますが、その途中、煉瓦の洞と呼ばれている遺構が残っています。弘化2(1845)年から明治維新前後にかけて稼働していた、日本でもっとも古い耐火煉瓦工場の跡です。屋根がつけられ保全された遺構の周辺には、当時の煉瓦の残骸と思われる白いかけらが散らばっていますが、今ではヤブ山の中に飲み込まれそうです。本格的な操業は明治6(1873)~16(1883)年で、工部省によって行われた官営の工場だったそうです。

東京駅などの煉瓦は赤煉瓦ですが、ここのものは熱に強い白い煉瓦で、製鉄所の溶鉱炉などで使われることが多かったようです。有名な伊豆・韮山反射炉の煉瓦もここで作られたものです。その材料は、珪素成分(つまり石英)が多い陶土ということになりますね。

あれ? ということは、沼ノ川上流の鉱山跡は、もしかしたらこの煉瓦用に石英を採掘していたあとということかな? 同時に、反射炉で使う鉄の鉱石も、同じ場所で採掘していたという可能性もある? 伊豆って金銀マンガン鉱山がメインで、あと河津や奥山鉱山には銅がありますが、鉄が採れるところって、そんなにない気がするのですが。。。どうなのでしょうか。

 

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荻の入川沿いの、沼ノ川火山の溶岩による柱状節理。

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煉瓦の洞の登り窯A。

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沼ノ川歩道沿いには、古いわさび田の跡や炭焼き場の跡が残っていて、陶器なども散らばり、人の生活が感じられる。

 

2022年11月20日 (日)

板状節理(静岡県伊豆の国市葛城山)

Platy Joint

 

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以前紹介した鱗珪石(静岡県伊豆の国市城山)のとなりの山、葛城山でみられる板状節理。

伊豆の国市の街からロープウェイで登れる山で、駿河湾や富士山の眺めがすばらしいところです。その裏側(南側)に登山道があって、この板状節理のなかを登っていくことになります。ただし、ちょっとマイナーなルートで、小さな山だと思って軽くみていると、なかなか険しいのであせることになるかも。でも、なかなか壮観なのです。

となりの城山と同じく、この葛城山も、火山の火道で固まった溶岩が周りの土壌が侵食されたあとも残った火山岩頸(火山の根)です。この板状節理も、溶岩が冷えて固まる時の体積収縮によって形成されたものとされています。ようするに、冷えて縮む時に、規則正しくひび割れができたってことですね。「柱状節理の六角の柱は、冷却面に直角に発達する。板状節理の板の方向は、溶岩の流理面を代表している」(森本良平『日本の火山』創元社、1958)とのことですが、流理面ということは、流れた方向ということ? 火道の溶岩は上下に流れていただろうから、この写真の場合、もし固まったあとに90度ひっくり返ったのでなければ、流れに垂直に板が発達するということ? よくわかりません。

節理が板状になるか、柱状になるか、その違いはどこにあるのでしょうか。これも面白い問題ですね。溶岩の質なのか、できるときの環境の違いなのか。あるいは偶然に選択されるのか。そういう研究してる人はいるのかな?

そういえば、草津白根山にある鏡池(先の噴火の火口すぐそば)は、亀甲状構造で有名です(現在でも立ち入り禁止になっているようです。草津白根山湯釜の噴火警戒レベルは現在1なはずだけれど、気象庁って各自治体に信用ないんでしょうか? とりあえず禁止しとけば余計な手間はかからないっていうやつ?)。土壌の水分が凍結融解を繰り返してできるとされる構造ですが、こういう自然界に見られる「結晶」状構造とでもいう現象は、とても興味深いものがあります。出来方はそれぞれいろいろ違うようですが、なにかしらの共通項があったら面白いのに。構造土とかそういう類のものは、氷河地形や火山地形などの、いうなれば極端な環境でできた地形に多くみられる気がします。

 

城山と葛城山、あとは西伊豆の海が見下ろせる発端丈山の、静浦山地南部三山は、お手軽にもかかわらずなかなか面白いところなので、まとめておすすめです。伊豆がまさに火山でできた地域であることを感じることができます。伊豆の低山を代表するウバメガシの森(日本の北限)の美しさも捨てがたいですね。中部山岳地帯では見られない植生と、溶岩と白浜層の岩で構成された独特の景観・雰囲気が、この周辺の特徴です。

 

Karsuragiyama

発端丈山の山頂から、東を望む。葛城山(左)。その横に小さく頭をのぞかせているのは城山。右の遠景は、天城・遠笠山の裾野。その途中に頭を出しているのは、東伊豆の代表的な火山岩頸・矢筈山。すべて火山ですね。

 

2022年9月 3日 (土)

磁硫鉄鉱(静岡県河津町河津川流域S鉱山)

Pyrrhotite Fe7S8 硫化鉱物

 

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伊豆のS鉱山の下のズリ産。結晶の形、色などから、磁硫鉄鉱ではないかと思いますが、磁性はほとんどない感じです。ネオジム磁石を近づけてみても気づけるレベルの反応はなかったですが、まあどう見ても磁硫鉄鉱にしか見えないかなって。。。もし磁性がないことから磁硫鉄鉱の可能性が低いとしたら、ではなんなのか、自分にはわかりません。

磁性のない磁硫鉄鉱には、トロイリ鉱(Troilite)という鉱物があるそうなのですが、隕石中には普通に含まれているけれど(発見はイタリアに落下したAlbareto隕石から)、地球上ではまれなようです。でも結晶は見られず、粒状で磁硫鉄鉱などと一緒になっている(つまり簡単に磁性のなさを観察できるような状態ではない)そうなので、まあ一般的に見つけられるようなものじゃないですね。

まあ、磁性がとても弱い磁硫鉄鉱ということでいいんじゃないでしょうかw

奥山鉱山や土肥鉱山、あるいは溶岩中から少量は見つかるようですが、こんなちゃんとした結晶は伊豆ではなかなかないと思うので、そういう意味では結構珍しいかもね。ましてや、何があるのかよく分からない、鉱物採集の対象としてはほとんど知られていない場所だったので、鉱物としてはまったく珍しいものではないけれども、見つけたときはなかなかおーっという感じでした。写真映えしますし。

 

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S鉱山からほど近い観音山の岩峰群。伊豆東部火山群のひとつ、観音山東火山などの痕跡が残る。天城南端・登り尾山域の、伊豆の秘境。登ると非常に面白いけれど、かなり険しいし、多分クマいるよ。行かないほうがいいよ?(脅し)

 

2022年1月26日 (水)

鱗珪石(静岡県伊豆の国市城山)

Tridymite SiO2 酸化鉱物

 

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静岡県城山の六角形薄板状の鱗珪石。

石英と同じSiO2、同質異像です。SiO2の鉱物としては、石英、クリストバル石、鱗珪石(それぞれ高温型、低温型)、コーサイト、スティショバイトがあります。いわゆる水晶は低温型の石英の結晶。結晶化する時の温度、圧力の違いなどで、できる鉱物が決まってきます。

ここの鱗珪石は、城山の溶岩が固まる際、珪酸を含んだ火山ガスから直接晶洞内に結晶したもののようです。結晶が大きいものは、高温でできたものが冷えてひび割れが入るのですが、結晶が小さいからか、出来方のせいなのか、ひび割れはあまり見られません。

 

城山は、ロープウェイのある葛城山、発端丈山などと並ぶ、静浦山地南部に属する山(静浦山地の北側は俗に沼津アルプスなどと称されます(鷲頭山や徳倉山など))。標高こそ342mと高くはないのですが、なんといっても麓から見えるその大岩壁の威容で、大変目立つ山です。南北朝時代・戦国時代と、見張り台や城としても使われており、その遺構が山中に残っています。現在ちょうど放映中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、若き源頼朝が流刑の日々を過ごす北条の領地も、このすぐそばです。城山の姿も出てくるかなと思っていたんですが、出てきませんね。でも、頼朝も城山の姿を見上げていたはず(山梨周辺では必ず信玄がらみだったり、仙台周辺では必ず政宗がらみだったりするように、この辺では大抵頼朝がらみの話がついてまわります。また頼朝かよと思うことしばしばw)。(ところで現在、大河ドラマとほぼ同じ状況を、平家側からアニメ『平家物語』でやっているという。。。大河と違って、おおげさでなく深く美しい演技演出で、一見の価値があります)

城山は、火山の火道で冷えて固まった溶岩が、周りの山体の土壌が侵食されることによって塔状に取り残され露出した、火山岩頸(火山の根)といわれる地形です。伊豆の、特に海岸沿いでは、波によって切り立った塔のようになった火山岩頸があちこちで見られます。城山の隣の葛城山や雲見の烏帽子山、千貫門、下田の街中にそびえる下田富士なども同じで、溶岩が冷やされて規則正しい節理が発達した柱状節理や板状節理があることも多いです。

大きな目立つ火山岩頸は、大抵は白浜層群(約1000万から200万年前)中にあります。プレートに乗って、やがては伊豆半島となる海底が日本本土に近づきながら浅くなり、火山島がいくつも出来て盛んに噴出物を吐き出していた時代ですね。海中で噴出した溶岩は急激に冷やされるので、柱状節理にはなりません。柱状節理があるということは、陸上で溶岩が噴出し、冷やされたということです(海中で溶岩が固まると、前回紹介したような枕状溶岩ができたりします)。

 

これだけ交通の便のいいところにこのような大岩壁があるところはなかなか他にはなく、休日にはクライミングの人で賑わっています。城山の南の大仁から登る登山道がありますが(登山口にジオパークの看板が設置されています)、下の駐車場は岩目当ての人でいつも満員ですね。

この登山道に入って10分も行かないあたり、かなり古い採石場の跡があります。写真の鱗珪石は、その付近で採集したもの。

城山は結構すぐに登れるので、おすすめ(岩を登ったりはしないよ)。頂上からの景色もいいし、岩の様子も興味深いし、稜線のウバメガシの森も非常に美しいです。伊豆といえば、海沿い低山のウバメガシ、内陸高山のブナ・ヒメシャラ。どちらも、個人的にはもっとも好きな森ですね。伊豆の木々は、関東周辺の木々よりも何となく元気な感じがして。。。

 

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伊豆の代表的なランドマークというにふさわしい、城山の岸壁。大仁側の登山口近くから。

 

2022年1月 9日 (日)

重晶石(静岡県河津町湯ヶ野鉱山)

Baryte Ba(SO4) 硫酸塩鉱物等

 

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河津川流域、湯ヶ野鉱山の重晶石だと思います。薄青く透明な結晶がきれいですが、小さいです。肉眼レベルのものは見つかりませんでした。ここには重晶石が多いという古い論文の記述と、長波UVで青く光ることから、重晶石としました。

ここは黄鉄鉱が多く、写真中にも小さな黄鉄鉱の結晶がちらほら混じっているようです。青系統によった銀色金属光沢の粒子状に見えるものも付着いていますが、何だかわかりません。ここは近辺のいくつかの鉱山のように、テルル、ビスマス系は出るんだろうか。伊豆のテルル、ビスマス系の鉱山で時々見かける青っぽい金属光沢のものに似た感じがしますが、ここで産出する鉱物に関する情報があまり探し出せなかったので、わかりませんね。そもそも何をメインに採掘していた鉱山なのかもわかりません。

その他の鉱物としては、伊豆によくある、低~中温熱水鉱床っぽい微細な水晶くらいで、めぼしいものは見つかりませんでした。黄鉄鉱以外はすべて顕微鏡レベルです(黄鉄鉱もルーペレベル)。だから、鉱物採集のポイントとしてもこれまで(これからも)ほとんど注目されてこなかったのでしょう。

以前やはりこの付近で採集した重晶石ではないかと考えた石を取り上げましたが、出所は違います(重晶石(静岡県河津町河津川流域))。

 

そんなに長くない、なだらかな沢の中間にひとつだけちょっとした滝があり、その上下にズリがあります。上流のズリのほうが大きく、そこから流れ出た成分のせいか、滝の岩盤はいかにも何かありそうな顔つきをしています(上流のズリには凝灰岩と思われるもろい石が多く、粘土状になって固まっていたりする)。初めて訪れる情報のほとんどない場所はいいですねぇ、わくわくします。近辺を詳しく探し回ったわけではないですが、抗口らしいもの、鉱山の遺構のようなものは見かけませんでした。下流の鉱山入口らしい場所は整地されて公園のようにされていたので、多分埋めてきれいに整理してしまったのかもしれません(ズリはそのまま放置した状態ですけどね。。。)。

 

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左:湯ヶ野鉱山の滝。右:鉢ノ山。三筋山方面から。

 

湯ヶ野の山は北に鉢ノ山、観音山へと続き、天城山・登り尾の稜線に繋がる山域で、いわば天城山の南の端っこです。

鉢ノ山は約3万6000年前に噴火してできたきれいなスコリア丘で、伊豆東部火山群のひとつ。その山体は大室山より若干低いけれどほぼ同じ大きさで、火口跡である山頂(大室山ほど凹っていない)には、江戸時代の石仏群が残されています(観音山のふもとにも石仏群がありますが、どうしてこんな奥深い山中のあちこちにこんなものがあるのか、よくわかりません)。北の肩の平地には広大な太陽光発電設備が設置されていて、山頂途中まで車で林道を登ることができます。でも周囲を山で囲まれていて、そのきれいな形を眺めることのできる場所はごく限られます。毎年山焼きをして緑の草原になり、海際で目立つ大室山のような有名観光地にはなっていないのですが、ジオ的にとても面白い場所ではあります。

観音山は登山道はありませんが、伊豆では珍しい明るい岩稜です。昔ここで、すごい重低音の獣のうなり声に脅され、沢に逃げ込んでひどく苦労して下山したことがあります。山でクマに会ったことはありますが、その時の声の主はこちらを威嚇していると感じて、めちゃくちゃ怖かったのです。それ以来、観音山はちょっと苦手でまだ再訪できていないんですよね。。。

伊豆にはツキノワグマはいないとされてきましたが、昨年、西伊豆で見つかったというニュースを見ても、自分としては驚きはまったくなかったのです。いないわけないと思ってましたから。特に何度か行っている登り尾の付近は、とりわけ獣の匂いが非常に濃くて、このあたりでクマのっぽい痕跡(木のひっかき傷など)を見たという話を聞いていましたが、そうだろうなあと思っていました。えさも潤沢ですし。まあ姿を見たわけでなく、大型の野犬とか(その方がクマより怖そう)の可能性もあるでしょうけどね。。。

 

2021年5月17日 (月)

孔雀石(静岡県下田市稲生沢川流域)

Malachite Cu2(CO3)(OH)2 炭酸塩鉱物等

 

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Malachite_rendaiji_02

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河津鉱山由来と思われる孔雀石。さすが河津鉱山と思わざるを得ない姿ですね。けっして珍しい石ではないけれど、こんな繊維状の集合はそうそうないんじゃないでしょうか。先端が細くなるにしたがって、緑から白に変わっていく孔雀石の性質がよくわかります。

3枚目の写真も、孔雀石でいいのかな? すごく薄い絹布のような、ベルベットが淡い緑にきらめいたような姿が不思議。孔雀石は細かくなっていくとどんどん緑が薄くなっていって、白に近づいていくのが特徴で、似たような緑の鉱物と見分けるときもこの性質が助けになります。

以前紹介した秩父鉱山の孔雀石もきれいだったけれど、それとはちょっと違ってより繊細な感じです。やっぱり河津鉱山って秩父鉱山と並ぶ東日本を代表する鉱物の産地だったんだなと実感しますね。。。緑の鉱物といえば、河津鉱山では特にブロシャン銅鉱が有名ですが、まだ見たことはないです。やっぱり憧れます。ちなみにブロシャン銅鉱は孔雀石と似ていますが、色が白方向によることはありません。

日本画では孔雀石の粉末を岩絵具(緑青)として使いますが、粒子の細かさによって色合いを変え、緑から白まで十数段階にも分けられています。細かく砕いた孔雀石をふるいにかけ、大きさをそろえ、不純物をのぞいていく。さらに細かくするには水に沈殿させ、沈殿の速度によって少しずつ選別していきます。この作業を水簸(すいひ)といいますが、まだ機械ではなく人の手で行っているお店もあるようです。大きな数十kgの固まりを何か月もかけて細かく割り、選別していくとか。

産地によって色の微妙な違いとかあるのかな? 日本産の天然藍銅鉱を使った群青の岩絵具とか、いったいいくらくらいになるんだろうw 皮膜状の藍銅鉱じゃ絵具にできないだろうから、結晶を砕くんでしょうか。なんかもったいないw

マンガン鉱物で岩絵具を作れば、時間とともに色が変わっていくのかな? ほんの一瞬しか色がもたない絵で、そのはかない変化のさまを記録して、無常観を表現するとかどうかな。1日くらいしか色がもたない緑マンガン鉱の色絵具とかどうでしょう?(どうでしょうと言われましてもw)。

 

2021年5月 2日 (日)

氷長石(静岡県河津町河津川流域S鉱山)

Adularia KAlSi3O8 珪酸塩鉱物

 

Adularia_izusm_01

Adularia_izusm_02

 

黄鉄鉱(静岡県河津町河津川流域S鉱山)で書いたのと同じ場所(下のズリ)で見つけたもの。最初同所で多く見られた方解石かとも思いましたが、希塩酸で反応がなかったので、長石だろうと思い形から。。。さらに、ここと同様の伊豆の金銀鉱山である、湯ヶ島、清越、土肥、縄地、河津等でいずれも氷長石が産出するということで、氷長石としました。ここも、金銀(および銅)鉱床ですし。

このブログでも氷長石は以前一度取り上げていますね(氷長石(長野県川上村甲武信鉱山))。

特に1枚目は、晶洞の真ん中に主役という感じで鎮座していて、なかなか趣きがあります。まわりに小さな水晶を従え、ひときわ高く聳える雪をいただいたアルプスの峰のようで、氷長石の名にふさわしい姿だと思います。何となくひんやりしてますしね。

2枚目はもうちょっと透明度が高く、こちらも氷の固まりっぽい感じです。

 

ところで自分はずっと氷長石を「ひょうちょうせき」と読んでいましたが、どうやら「こおりちょうせき」と読むと日本鉱物学会で取り決められたことがあるらしいです。。。でも本によっては索引の「ひ」の項目にあったりするんですよねぇ。まあ確かに「こおりちょうせき」の方が音的にはずっと分かりやすいことは確かですが。

氷長石は正長石の一種で、独立した鉱物種ではありません。分類的には、正長石と微斜長石の中間あたりにあやふやに位置するもののようです。正確には、ヨーロッパアルプスのアデュラ地域に産するものだけを「Adularia」というべきかもしれません。

1830年にドイツの鉱物学者・ブライトハウプト(Johann Friedlich August Breithaupt: 1791-1873)によって、メキシコのヴァレンシアナ鉱山で発見された長石(Valencianite)が、のちに氷長石の一種であるとされました。アデュラの氷長石とは若干違って不透明で、日本の金銀鉱山から産する氷長石の多くは、このValencianiteにあたるといいます(ただ、今ではValencianiteという名前はほとんど使われない)。

細かいことは置いといて、なかなかお気に入りの鉱物です。

 


(2022/01/06追記)

写真の追加。

Adularia_izusm_11

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やっぱりここはいい感じの氷長石が多いです。1枚目の写真、内部ではなく表面が光っているのが残念ですが、それでもきれいな輝きですね。

氷長石(アデュラリア)とは何かというと、正長石の亜種らしいのですが、どうも一言では説明できないもののようです。何を氷長石とするのか、名前と実物の関係が複雑(あやふや?)で、自分にははっきりと理解できません。多分組成による分類が行われる以前、見かけによって分類されつけられた名称が残っているのがその一因なんだろうとは思いますが。。。同じ組成であっても見かけはさまざまであるため、混乱が生じるのでしょう。見かけと内容とどちらか一方のみに統一して分類し名前をつければいいのかもしれませんが、多分、それは紙の表裏のどちらか一方しか見ないのと同じようなことなのかもしれません。

参考:「鉱物たちの庭 431.氷長石 Adularia (スイス産ほか)

 

2021年4月28日 (水)

軟マンガン鉱(静岡県下田市高根山鉱山)

Pyrolusite MnO2 酸化鉱物

 

Pyrolusite_takaneyamam_01

 

伊豆下田の高根山鉱山で見つけた、グラデーションがうつくしい微細な水晶(玉髄)。

表面に、なんか膜状のコケのようなものがついていました。こちらも色の変化がおもしろいです。

左上の黒っぽい部分を拡大してみると。。。

 

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金属的な光沢の、黒っぽい鉱物。多分軟マンガン鉱ではないかと思います。

表面がいろんな色に変化しているのはあんまり見たことがないけれど、酸化して被膜がついているんでしょうか。

 

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こんなのもありました。表面が金属光沢できらきらしている腎臓状集合の裏側が見えていて、炭のように黒くくすんだ光沢のない様子がわかります。

高根山鉱山では、やはりマンガン系の鉱物で、ありふれた軟マンガン鉱より珍しいバーネス鉱というのもでるらしいですが、この裏側のような、地味な感じみたいです。

 

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こんな結晶っぽいところもありました。細かい柱状結晶が集合しているように見えます。そういえばすぐ近くの寝姿山では、ラムスデル鉱の針状あるいは柱状結晶がありました(ラムスデル鉱(静岡県下田市寝姿山))。直線距離で1kmほどしか離れていません。

 

どうもマンガン鉱物というのは、人間がもっとも古くから使用してきた鉱物である可能性があるようです。

現生人類種との関係はまだ明確ではないけれど、ヨーロッパにいたネアンデルタール人は、マンガンを顔料とし、また粉末にして火をつけるための材料として使用していたようです。現生人種が欧州に到達するはるか昔、ネアンデルタール人が暮らしていたというフランスのペシュ・ド・ラゼ洞窟から、クレヨンのような二酸化マンガンの固まりが見つかっています(ナショナルジオグラフィックマガジン2008年10月号 ネアンデルタール人 その絶滅の謎)。

なるほど、軟マンガン鉱は触るだけで指が黒くなるから筆記用具になりますね。マンガン鉱床には大抵どこにでもあるありふれた鉱物で、手に入れるのも比較的容易ですし(といっても、何も情報がないところからいざ探すとなったらえらく大変ですけど)。あるいは、描ける便利な黒い石が採れるから、そこに住むようになったということもあるのか(ペシュ・ド・ラゼ洞窟で見つかったマンガンがどこで採取されたものかは知りませんが)。

ネアンデルタール人の系統が現生人類と分岐し分かれた時期はよくわかっていないようで、説によって何十万年もの差がありますが、先に故郷のアフリカから広い新世界に向けて出発した先輩であることは間違いないようです。約4万5000~3万年前にはヨーロッパあたりで両者の分布域が重なっていたので、もしかしたら何らかの接触があって、現生人類もマンガンを使っていたかもしれません。混血があったという説もあるみたいです。

その後、ネアンデルタール人は絶滅したとされます。その理由は分かっていません。

ネアンデルタール人というと現生人類より文化的に劣っていたと考えがちですが、どうしても身びいきになってしまうもので(自分が一番優れていて特別なんだと思いたいですよねw)、もしかしたら逆にこちらがいろいろ学んだ(あるいは奪った)のかもしれません。マンガンの探し方とか、使い方とか。。。その後、人間はマンガンのさまざまな使い道を発見します。大プリニウスの『博物誌』には、黒い(軟マンガン鉱の)粉末を使ってガラスを無色透明にすると記してありますし、さらに19世紀にはマンガンを使った電池が発明されました。

人間は、はるか過去から現代まで、マンガンのお世話になりっぱなしですね。