最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »

2022年8月に作成された記事

2022年8月13日 (土)

白鉛鉱(山梨県甲州市鈴庫鉱山)

白鉛鉱 Cerussite Pb(CO3) 炭酸塩鉱物等

 

Cerussite_suzukuram_01

Cerussite_suzukuram_02

 

鈴庫鉱山の白鉛鉱ではないかと思います。あるいは、異極鉱とか? うーん、よくわかりませんが、TrekGEOにはここの産出鉱物として白鉛鉱があげられているので、まあ白鉛鉱とするのが一番無難かなぁ。

沢沿いにいくつもズリが連なる鈴庫鉱山ですが、少なくとも表面にはあまりめぼしいものは見つかりません。産出鉱物として挙げられている鉱物のリストを見るとなかなか魅力的なのですが、何度訪れても、おおっと思うものはないですね。

掘り返せば、いろいろ珍しいものもあるのかもしれません。昔はカニュク石で緑色に見えたとかなんとか聞きますが、まあおおげさに言っているんでしょうw 写真のものは目立つズリではないところで見つけたものです。よく探せば、まだいろいろ見つかる場所なんじゃないだろうかと思っているのですが。。。

竹森から林道を登っていくと鈴庫鉱山の入口がありますが、さらに登っていくと、坂脇峠。黄金沢鉱山、鈴庫鉱山、さらに北の雷川にある朝日鉱山をつないだラインに中低温熱水鉱床が走っているようですが、坂脇峠周辺にはところどころちっちゃなペグマタイトも点在していて、鈴庫山から坂脇峠に続く尾根上では、時々小さな水晶なんかも拾ったりします。石英の塊があちこち転がっているところとか、いきあうと実にわくわくしますね。大抵、すでに掘ったような跡があって、どれだけ捜索済みなんだよとw こんな地味な山域ですが、まれに登山者もいるみたいです。

現在のズリは山の南、竹森側にありますが、山の北側、滑沢側にも採掘現場はあったようですね。もしかしたら、時期によってはこちらが中心だった可能性もあるかもしれません。

地形図を見ると、坂脇峠の北、滑沢の上流域に家屋がいくつか描かれていて、塩山小屋敷という地名になっていますが、基本すべて廃屋のようです(現地に行ったことはない)。すでに廃村といっていいでしょう。現在滑沢の住民は一世帯のみで、少し下流にある滑沢キャンプ場の経営者です。竹森から鈴庫鉱山を登り、尾根伝いに滑沢まで歩いた時、その奥さまに少しお話をうかがったことがあるのですが、曾祖父?祖父?はもともと九州出身のミヤケという鉱山技師で、鈴庫鉱山の仕事のために滑沢に移り住み、ここで早くに亡くなったのだそうです。自分は鈴庫鉱山には行ったことはないけれど一度行ってみたい、やっぱりスズクラというからには錫が採れたのか? とのお話(錫はとれないと思いますと応えましたw)。

竹森から歩いてきたといったら驚かれましたが、山を越えればそれほど遠くないのだけれど、笛吹川沿いの車道を使うと、竹森(平沢)と滑沢ってえらく遠いのですよね。そりゃびっくりされるわけだ。。。

鈴庫鉱山の歴史はそれほど詳しくは分からないけれど、ネットで調べると「1935(昭和10)年より金・銀・鉛・砒素・亜鉛・硫化鉄カニュク石が採掘された。鉱業権は宮部武雄から日本鉱業(株)に移った。1950(昭和25)年に閉山。」とのこと(廃墟検索地図 https://haikyo.info/s/13510.html)。ズリの大きさを見れば、かなり大規模だったように思えるのですが、どうだったのでしょう。ちなみに滑沢はもともと1907(明治40)年の恩賜林への入植ではじまった(同上)と書かれているので、鉱山のための集落ではなかったようですが。。。

滑沢のさらに山ひとつ越えた雷川(朝日鉱山)については、全然わかりません。きれいなナメ滝の多いところみたいですが(滑沢は確かにそうだった)、沢登りが得意じゃない自分には、ちょっと無理かなぁ。。。

 

« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »