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2022年1月に作成された記事

2022年1月26日 (水)

鱗珪石(静岡県伊豆の国市城山)

Tridymite SiO2 酸化鉱物

 

Tridymite_jouyama_01

Tridymite_jouyama_02

 

静岡県城山の六角形薄板状の鱗珪石。

石英と同じSiO2、同質異像です。SiO2の鉱物としては、石英、クリストバル石、鱗珪石(それぞれ高温型、低温型)、コーサイト、スティショバイトがあります。いわゆる水晶は低温型の石英の結晶。結晶化する時の温度、圧力の違いなどで、できる鉱物が決まってきます。

ここの鱗珪石は、城山の溶岩が固まる際、珪酸を含んだ火山ガスから直接晶洞内に結晶したもののようです。結晶が大きいものは、高温でできたものが冷えてひび割れが入るのですが、結晶が小さいからか、出来方のせいなのか、ひび割れはあまり見られません。

 

城山は、ロープウェイのある葛城山、発端丈山などと並ぶ、静浦山地南部に属する山(静浦山地の北側は俗に沼津アルプスなどと称されます(鷲頭山や徳倉山など))。標高こそ342mと高くはないのですが、なんといっても麓から見えるその大岩壁の威容で、大変目立つ山です。南北朝時代・戦国時代と、見張り台や城としても使われており、その遺構が山中に残っています。現在ちょうど放映中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、若き源頼朝が流刑の日々を過ごす北条の領地も、このすぐそばです。城山の姿も出てくるかなと思っていたんですが、出てきませんね。でも、頼朝も城山の姿を見上げていたはず(山梨周辺では必ず信玄がらみだったり、仙台周辺では必ず政宗がらみだったりするように、この辺では大抵頼朝がらみの話がついてまわります。また頼朝かよと思うことしばしばw)。(ところで現在、大河ドラマとほぼ同じ状況を、平家側からアニメ『平家物語』でやっているという。。。大河と違って、おおげさでなく深く美しい演技演出で、一見の価値があります)

城山は、火山の火道で冷えて固まった溶岩が、周りの山体の土壌が侵食されることによって塔状に取り残され露出した、火山岩頸(火山の根)といわれる地形です。伊豆の、特に海岸沿いでは、波によって切り立った塔のようになった火山岩頸があちこちで見られます。城山の隣の葛城山や雲見の烏帽子山、千貫門、下田の街中にそびえる下田富士なども同じで、溶岩が冷やされて規則正しい節理が発達した柱状節理や板状節理があることも多いです。

大きな目立つ火山岩頸は、大抵は白浜層群(約1000万から200万年前)中にあります。プレートに乗って、やがては伊豆半島となる海底が日本本土に近づきながら浅くなり、火山島がいくつも出来て盛んに噴出物を吐き出していた時代ですね。海中で噴出した溶岩は急激に冷やされるので、柱状節理にはなりません。柱状節理があるということは、陸上で溶岩が噴出し、冷やされたということです(海中で溶岩が固まると、前回紹介したような枕状溶岩ができたりします)。

 

これだけ交通の便のいいところにこのような大岩壁があるところはなかなか他にはなく、休日にはクライミングの人で賑わっています。城山の南の大仁から登る登山道がありますが(登山口にジオパークの看板が設置されています)、下の駐車場は岩目当ての人でいつも満員ですね。

この登山道に入って10分も行かないあたり、かなり古い採石場の跡があります。写真の鱗珪石は、その付近で採集したもの。

城山は結構すぐに登れるので、おすすめ(岩を登ったりはしないよ)。頂上からの景色もいいし、岩の様子も興味深いし、稜線のウバメガシの森も非常に美しいです。伊豆といえば、海沿い低山のウバメガシ、内陸高山のブナ・ヒメシャラ。どちらも、個人的にはもっとも好きな森ですね。伊豆の木々は、関東周辺の木々よりも何となく元気な感じがして。。。

 

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伊豆の代表的なランドマークというにふさわしい、城山の岸壁。大仁側の登山口近くから。

 

2022年1月16日 (日)

枕状溶岩(神奈川県足柄上郡山北町玄倉)

Pillow lava

 

丹沢湖の東端・玄倉で湖に流れ込む小菅沢の川原では、枕状溶岩の露頭やそのかけらがごろごろしているのを見ることができます。

 

Pillow-lava_kosugezawa_01

 

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粘性の小さな玄武岩質の溶岩(含まれているSiO2が少なく、高温であるほど、粘性は小さくなる)が、ちょうどねり歯磨き粉がチューブから押し出されたような感じで円筒状に海中で噴出し、そのまま急冷されて固まり、さらにそこから新たな溶岩が突き出て、という過程を繰り返して、断面が丸まった溶岩が積み重なったような形状になったものが、枕状溶岩です。つまり枕状溶岩があるということは、水中で溶岩が噴出したことを示すわけで、広い範囲で枕状溶岩が見られる丹沢地域が昔は海だったことの証拠になるわけです。

溶岩の表面は水で急冷されるためにガラス質になり、内部はガスが抜けて孔だらけになったところに火山灰などが充填されます。

写真の様子から、その構造がはっきりと見て取れると思います。溶岩の間の白い部分は緑簾石類や曹長石だそうです。1枚目の写真で分かりやすいですが、各溶岩の輪郭部分がちょっと色濃くなっているのは、急冷されガラス質になった部分で、チルドマージンといいます。

 

小菅沢は玄倉山神峠や秦野峠を源流としており、どちらも源流地域は大きく青々とした崩壊地がむき出しになっています。丹沢層の塔ヶ岳亜層群の地域です。とても崩れやすい悪い渓相で、玄倉から山神峠への道はもう長いこと通行し難い状況のままです(沢の対岸にも鉄塔の管理道跡がありましたが、今現在通れる状態かどうかはわからない)。小菅沢周辺を通っている秦野峠林道の西側も、何か所か崩れているようです(東側も大きく崩れて2022年1月現在工事中で通れない)。

丹沢には他にも、寄沢(やどろぎさわ)、水棚沢(檜岳〈ひのきだっか〉東の沢)、早戸川最上流部などで枕状溶岩が確認されていますが、ここ小菅沢が一番気軽に見に行きやすい場所だと思います。以前、寄から雨山峠に向かう林道の途中に、枕状溶岩とその説明板があったのですが、最近行った時には見当たりませんでした。崩れちゃったのかな?

水棚沢はもろい岩の極悪の沢らしいし、早戸川もちょっと敷居高すぎて、自分には行きづらい場所。

小菅沢の現場は、玄倉から歩いてそんなに遠くありません。20分もかからないかな? 秦野峠林道(登山者用駐車場が入口にあります)を少し歩いていくと、小菅沢橋という大きな橋があります。その橋を渡らず、橋の右脇から沢に下ります(残置ロープがある)。広い川原を少し上流に遡ると、5分もかからず、大きな堰が見えてきますが、このあたりからが現場です。

左岸側に作業林道が通っているので、堰の上流に行けます。川原をうろうろしていれば、すぐに見つかると思いますが、大きな台風ひとつくれば川原の様相はあっという間に変ってしまいます。以前、有志の方々が、枕状溶岩が分かりやすいようにここの岩を時々きれいにしてくれていたようなのですが、今も継続しているかどうかは知りません。自然のままだとコケまみれだったり汚れていたり、ぱっと見分からないことが多いので、すばらしい活動だと思っていたのですが。多分そのころと比べてちょっとわかりにくくなっているようです。博物館などで展示されているのを見るのもいいのですが、やはり実際のその現場で見たり触ったりするのとは比較にならないと思いますね(触れるのって、思っているよりずっと大事なことだと思います)。

 

以前、秦野峠林道の出発地点には、丹沢湖ビジターセンターがありました。中川上流にあった西丹沢自然教室は登山用のベース施設、丹沢湖ビジターセンターは、丹沢の自然を紹介する施設と、その機能を分割していたのではないかと思いますが、2015年に後者を廃止して、その機能を統一したのでしょう、自然教室は西丹沢ビジターセンターと改称されました。今でも丹沢湖BCの立派な建物だけは残っているのですが、まったく使用されておらず、玄倉林道が長いこと通行止めになっているせいもあり、玄倉は結構閑散とした状態です。玄倉が出発点の「一般登山道」で現在通行できるのは、西丹沢県民の森から石棚山に登るルート1本だけですから、まあ仕方ないんですが。。。

いつも玄倉に来ると、丹沢湖BCの建物がもったいないなぁと思います。すぐそばにこんな枕状溶岩を気軽に見られる場所もあるし(こんな来やすい場所は他にない)、一時期はユーシン・ブルーを目当てのハイキング客も、結構たくさん見かけたんですがねぇ(現在熊木沢ダムは水をためていないので、上流の湖はありません)。

玄倉林道が通行できるようになったら、丹沢湖BCやユーシン・ロッジ、山神峠の経路など全部まとめて復活しないかなぁと願っています(あと倒れかけた山神峠の総檜造りの山の神さまのお社も)。神奈川県民の自分としては、そのために県税を投入するというなら、もう大喜びで賛成なんですがね。神奈川県で一番の(というより唯一の)秘境ですから。

 

神奈川の秘境といえば、数年前箱根の硫黄地獄を訪れたら、完全に人工的に固められて跡形もなくなっていて、愕然としました。それまでも時たま来ていて、地元の人からそこで作っていたゆで玉子をもらったりして思い出もある、箱根の自然と直に触れ合えた数少ない場所だったのですが、それ以来、神奈川の数少ない好きなジオ・スポットのひとつがなくなってしまって、悲しすぎて箱根はもう行きたくないって気分がずっと何年も続いています。どうしてそうなってしまったのか詳細は知りませんが。。。

 

Kosugezawa_01

Kosugezawa_02

上下:小菅沢の様子

 

2022年1月 9日 (日)

重晶石(静岡県河津町湯ヶ野鉱山)

Baryte Ba(SO4) 硫酸塩鉱物等

 

Baryte_yuganom_01

Baryte_yuganom_02

 

河津川流域、湯ヶ野鉱山の重晶石だと思います。薄青く透明な結晶がきれいですが、小さいです。肉眼レベルのものは見つかりませんでした。ここには重晶石が多いという古い論文の記述と、長波UVで青く光ることから、重晶石としました。

ここは黄鉄鉱が多く、写真中にも小さな黄鉄鉱の結晶がちらほら混じっているようです。青系統によった銀色金属光沢の粒子状に見えるものも付着いていますが、何だかわかりません。ここは近辺のいくつかの鉱山のように、テルル、ビスマス系は出るんだろうか。伊豆のテルル、ビスマス系の鉱山で時々見かける青っぽい金属光沢のものに似た感じがしますが、ここで産出する鉱物に関する情報があまり探し出せなかったので、わかりませんね。そもそも何をメインに採掘していた鉱山なのかもわかりません。

その他の鉱物としては、伊豆によくある、低~中温熱水鉱床っぽい微細な水晶くらいで、めぼしいものは見つかりませんでした。黄鉄鉱以外はすべて顕微鏡レベルです(黄鉄鉱もルーペレベル)。だから、鉱物採集のポイントとしてもこれまで(これからも)ほとんど注目されてこなかったのでしょう。

以前やはりこの付近で採集した重晶石ではないかと考えた石を取り上げましたが、出所は違います(重晶石(静岡県河津町河津川流域))。

 

そんなに長くない、なだらかな沢の中間にひとつだけちょっとした滝があり、その上下にズリがあります。上流のズリのほうが大きく、そこから流れ出た成分のせいか、滝の岩盤はいかにも何かありそうな顔つきをしています(上流のズリには凝灰岩と思われるもろい石が多く、粘土状になって固まっていたりする)。初めて訪れる情報のほとんどない場所はいいですねぇ、わくわくします。近辺を詳しく探し回ったわけではないですが、抗口らしいもの、鉱山の遺構のようなものは見かけませんでした。下流の鉱山入口らしい場所は整地されて公園のようにされていたので、多分埋めてきれいに整理してしまったのかもしれません(ズリはそのまま放置した状態ですけどね。。。)。

 

Yugano_01Yugano_02
左:湯ヶ野鉱山の滝。右:鉢ノ山。三筋山方面から。

 

湯ヶ野の山は北に鉢ノ山、観音山へと続き、天城山・登り尾の稜線に繋がる山域で、いわば天城山の南の端っこです。

鉢ノ山は約3万6000年前に噴火してできたきれいなスコリア丘で、伊豆東部火山群のひとつ。その山体は大室山より若干低いけれどほぼ同じ大きさで、火口跡である山頂(大室山ほど凹っていない)には、江戸時代の石仏群が残されています(観音山のふもとにも石仏群がありますが、どうしてこんな奥深い山中のあちこちにこんなものがあるのか、よくわかりません)。北の肩の平地には広大な太陽光発電設備が設置されていて、山頂途中まで車で林道を登ることができます。でも周囲を山で囲まれていて、そのきれいな形を眺めることのできる場所はごく限られます。毎年山焼きをして緑の草原になり、海際で目立つ大室山のような有名観光地にはなっていないのですが、ジオ的にとても面白い場所ではあります。

観音山は登山道はありませんが、伊豆では珍しい明るい岩稜です。昔ここで、すごい重低音の獣のうなり声に脅され、沢に逃げ込んでひどく苦労して下山したことがあります。山でクマに会ったことはありますが、その時の声の主はこちらを威嚇していると感じて、めちゃくちゃ怖かったのです。それ以来、観音山はちょっと苦手でまだ再訪できていないんですよね。。。

伊豆にはツキノワグマはいないとされてきましたが、昨年、西伊豆で見つかったというニュースを見ても、自分としては驚きはまったくなかったのです。いないわけないと思ってましたから。特に何度か行っている登り尾の付近は、とりわけ獣の匂いが非常に濃くて、このあたりでクマのっぽい痕跡(木のひっかき傷など)を見たという話を聞いていましたが、そうだろうなあと思っていました。えさも潤沢ですし。まあ姿を見たわけでなく、大型の野犬とか(その方がクマより怖そう)の可能性もあるでしょうけどね。。。

 

2022年1月 2日 (日)

硫カドミウム鉱(山梨県南巨摩郡身延町川尻鉱山)

Greenockite CdS 硫化鉱物

 

Greenockite_motosu_01

 

本栖湖畔、川尻鉱山の、硫カドミウム鉱ではないかと思います。光沢のある黒い部分は、閃亜鉛鉱かな?

試しに長波UVで川尻鉱山の鉱石を照らしていたら、強く黄色~オレンジに光る部分があり、これは何だろうということで気づきました。下の写真は、その様子。

 

Greenockite_motosu_02

 

鮮やかな黄色の、土状集合。まれに六方晶系の結晶になるそうですが、その形態は滅多に見られないようです(肉眼で確認できる大きさの結晶になると、赤くなるらしい)。ウルツ鉱の仲間で、理想的な結晶形は六角錘のような形で、両端の形が違う異極晶。

写真の部分を硫カドミウム鉱ではないかと考えたのは、そのカドミウムイエローの色と、閃亜鉛鉱の二次鉱物として産するというところから。川尻鉱山では、閃亜鉛鉱も採掘していたそうで、実際、拾った鉱石にも閃亜鉛鉱が多く見られました(閃亜鉛鉱にはごく微量のカドミウムが必ず含まれているそうです)。あと、黄色からオレンジ、赤に蛍光するとの記載もネット上でいくつか見られたので、硫カドミウム鉱としました。でも、デジタル鉱物図鑑やmindat.orgでは、蛍光についての記載はありません。亜鉛が含まれていると蛍光する? はっきりとはわかりません(硫化亜鉛カドミウムは蛍光・燐光するとのこと)。

硫化カドミウムは着色力が強く、絵の具、ゴム、樹脂、ガラス、陶磁器などの黄色の染料としても使われます。その黄色は、絵の具ではカドミウムイエローと呼ばれます。写真の鮮やかな黄色を見ればその美しさがわかりますね。他に替えようのない色ですが、カドミウムの毒性が高いため、その使用は最近では忌避されるようになってきました。

日本ではカドミウムといえば、まっさきに「イタイイタイ病」が連想されると思います。自分もそうでした。

イタイイタイ病は神岡鉱山からの廃水によって、神通川下流域の富山を中心に発生した病気で、水俣病、第二水俣病、四日市ぜんそくと並んで、戦後の高度成長期日本において発生した四大公害病のひとつです。神岡鉱山は亜鉛(閃亜鉛鉱)を中心に採掘していた鉱山ですので、その精錬の過程で大量のカドミウムが発生したということでしょうか。

閃亜鉛鉱は割と普通にどこでも産出する鉱物ですので、カドミウムは全国の河川に流れ込んでいると思いますが、閃亜鉛鉱に含まれるカドミウムは非常にわずかな量ですので、上流で大量のズリが常に流れ落ちているような場所でもない限り、問題となるようなものではないようです。

日本ではカドミウムの摂取量はかなり多く、その原因は主食がお米だからです(逆に言えば、お米以外からの摂取量は問題にならないということ)。水田に蓄積されやすいということのようですが、現在では食の多様化が進み、お米の摂取量の割合が減るとともに、カドミウムの摂取量も減ってきているとか(厚生労働省「「食品に含まれるカドミウム」に関するQ&A」)。

 

19世紀初頭のフランスで、絵の具のクロムイエロー(黄鉛:クロム酸鉛PbCrO4)が、若干遅れてカドミウムイエローが開発・発売され始めました。ゴッホの「ひまわり」の黄色はクロムイエローだとか。クロムイエローに比べてカドミウムイエローは高価で、色が変質しづらいということで、徐々に広まっていきました。

有名画家で最初にカドミウムイエローを使ったひとりが、モネ。モネをはじめ、印象派の画家たちのお気に入りの色のひとつだったそうですが、現在はその毒性の強さから、純粋な硫化カドミウムから作られたカドミウムイエロー(Pigment Yellow 37)は、日本でしか製造されていません。代替品(Pigment Yellow 35)では、その色は出せない、唯一無二の色です。

画家にとって、「色」とは命そのものでしょう。自分がもっとも関わりたくない本は、画集でした。印刷では絵画の色を再現することは不可能で(お金に糸目をつけなければ、近づけていくことはできるでしょうけど)、でも、画家は色をできる限り近づけたい。日本画であれば絵の具として貝殻やら鉱物の粉末をそのまま使うことも多く、CMYKだけでは近づけることもできないので、金やら銀を使わなければなりません。画集(特に画家が校正を見る場合)を作るうえで一番大変なのは、画家にいかに色の再現を諦めてもらうかです。それだけ、絵画にとって色は本質なのですね。

毒があるとかそんなのは、好きな色を使えないことと比べたら、まったく些細なことなんでしょう。音楽であれば、自分が思ったのと違う音で聞かれたり、自分が思った音が使えないのは、我慢ならないことですからね。その気持ちは、多分作者以外にはわからないと思います。その程度の違いなんて見たり聞いたりする人にはわからないよなんて言っちゃだめですよ。その違いが作者には何よりも大事だということだってあるんだから。作者にとって、表現において毒程度のリスクはリスクになりません。それは、今、自分が硫カドミウム鉱が毒だからといって、採集したりいじったり写真にとったりするのを控えたりしないのも同じことですね。

 

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