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2021年12月19日 (日)

沸石(山梨県大月市九鬼山周辺)(小沢鉱山の遺構?)

輝沸石 Heulandite (Na,Ca)2-3Al3(al,Si)2Si13O36・12H2O 珪酸塩鉱物

濁沸石 Laumontite CaAl2Si4O12・4H2O 珪酸塩鉱物

 

Heulandite_kukisan_01

Laumontite_kukisan_01

 

中央線大月駅の東隣、猿橋から南に小沢川に沿って山の中に入ると、小沢地区。さらに奥に行けば朝日小沢という地域で、その裏山が九鬼山です(この辺、頭に「朝日」がつく地名がいくつかありますね。朝日曽雌、朝日馬場など、どういう謂れがあるのだろう)。そのまま山を越えれば都留。小沢地域の沢で見つけた沸石です(1枚目:輝沸石、2枚目:濁沸石だろうと思います)。大月を挟んで隣の高川山は沸石や魚眼石で有名ですが、この辺の山では、そこまで立派でなくとも、大抵何かしらの沸石はあります。地質的には、丹沢のトーナル岩体を取り囲む丹沢層大山亜層群の続きにあたり、海洋起源の玄武岩の層です。

 

TrekGEOの「山梨県の鉱物」には、大月市の小沢鉱山という場所が載っています。銅の二次鉱物などが産出すると記されていますが、多分この九鬼山のある小沢のことだろうなあとちょっと気になっていました。このリストを見るに、銅を採掘していたのだろうか。でも検索などしてみても、ほとんど、というかまったくヒットしないんですよね。地形図を見ると怪しげなところは何か所かあって、正確な場所も、いつの時代なのかもわかりません。以前一度だけ「朝日小沢鉱山」でヒットしたことがあって、奥の方だろうとは思っていたのですが(今検索してみても、その時見たサイトは見つからない)。。。それで、一度九鬼山に登るついでにちょっと様子を見てこようと思い、でかけてみました(最近大月周辺の山に凝っています)。

とりあえず一番奥の方から探してみようと、まず朝日小沢の諏訪神社(地形図上の神社記号)脇から出ている林道に行ってみました(地形図には出ていませんが、ここから九鬼山に登る登山道もある)。すると、林道の奥には、現在は植林されていますが、どう見ても鉱山跡と思えるような石組と平場が、結構広い範囲にわたっていました! 下の地図の地点0です(地図をクリックすると拡大します)。

Ozawam_map

いきなり見つけた! と思って、流木と一緒に多数転がっている石をいろいろ見てみたのですが、どうやら沢の上流から流れてきたもので、まあようするにこの辺の山で普通に見られるようなものばかり。鉱石っぽい感じの石はもちろん、銅の二次鉱物など欠片も見つかりません。ズリっぽいところや坑口などもなさげ。ここではないのか? それとももうすっかり整理してしまったのか。

Ozawam_01
地点0の石組あと。

 

仕方なくあきらめ、少し戻って九鬼山に向かいました(写真の沸石は、その途中の沢と山の斜面で見つけたものです)。

九鬼山は、大月市秀麗富嶽十二景のひとつにも選ばれていて、割とお手軽なので、結構ハイキングで賑わう山です。でも、交通の便の悪い小沢方面から登る人はほとんどいないようです。大抵は猿橋から御前山、あるいは大月から菊花山に登り、そのあと九鬼山まで縦走して、都留側の田野倉方面に下山をする人が多いようです(あるいはその逆)。

自分も九鬼山頂上からそのまま北に向かい(地図では道が描いてありますが、現在道はない)、トラバース道と合流すると、ちょっと平坦な場所に着きます。紺屋の休場といわれている場所で、西側がなぜか伐採されており、三つ峠、高川山、小金沢連嶺などがよく見える気持ちのよいお休み場所です。そこを過ぎてすぐのところで、道の脇に放置された古い空中索道の鉄塔がふたつ並んで建っているのに出くわしました(地点5)。まさかの空中索道!(まあ鉱山のものと決まったわけではなく、林業用のものだったのかもしれないわけですけど)銘板のようなものは、少なくとも目につくところにはついていません。事前にヤマレコなどでここを通った記録をいくつか見ていましたが、この鉄塔について書いている人は全然いませんでした。気づかないとは思えないのだけれど。

 


(2021/12/27追記)

コメントの書き込みのおかげで、この鉄塔が、鹿留水力発電所から新宿戸塚変電所(現・目白変電所)まで結んでいた、日本初の長距離送電線(谷村線)の鉄塔であるらしいとわかりました。道理で空中索道にしては鉄柱が細かったわけだ。。。写真を見ると、少なくとも稜線にあるもの以外の鉄塔は、もっとも古い大正期のものと同型をしています。思ったよりももっと古い遺構でした。


 

Ozawam_07
地点5の稜線上の鉄塔

 

場所的に、先ほど見た鉱山跡?とは関係なく、明らかに北東の沢(札金峠から東に下った沢)に向かっているものと思われました。沢沿いになだらかな地形が広がっていて、地図を見て一番怪しいと思った場所です。ここか! これで、次に探す場所が決定しました。

その日は、昔はかなり人の通りがあったらしく切通しになっている札金峠、御前山経由で猿橋に戻りました。

日を改めて、次は直接札金峠東の沢に向かいます。林道に入ってしばらく進むと、なだらかな沢沿いは全域植林されていますが、まるで広い集落があったかのように、沢の両岸に何段も長い石組が並び、平場が作られていました。これが鉱山跡だとしたら、相当大規模だったようですね。。。鉱山で働く人の住宅などもあったのかなぁ? ここが小沢鉱山の中心地であったとして間違いないかな?(さらにまったく別の場所にある可能性も?)

Ozawam_02
札金峠東の沢の石組

 

両岸をぐるっと回って、いくつか流れ込んでいる枝沢などものぞいてみましたが、ズリはもちろん、坑口なども見つからず。落ちている石をちょっと探してみましたが、ほとんどはこの辺の山にある石ばかりでした。ひとかけだけ、石英のついた鉱石っぽい顔つきの小さな石があり、試しに割ってみたら、小さな晶洞の中に微細な水晶やきれいな三角形のチタン鉄鉱? の結晶などが見つかりましたが、銅を思わせるようなものは何ひとつありません。鉱山であったとしても、どうやらもうきれいさっぱり掃除済みのようです。。。小沢川は、桂川、相模川と続いており、有害物質の流出などに関しては、特に横浜市あたりがうるさそうですしね。しかし、これでは石に興味ある人は誰も見向きもしなくて当然という感じです。残念でした!

ただ、歩き回っているうち、うす暗い植林の中に、木に紛れて鉄塔が実にわかりにくく建っているのを見つけました。やはり空中索道の起点はここだったようです(地点1)。石もないので、とりあえず索道のあとを追ってみることにしました。

地点1と地点5を結ぶ尾根上には、多分管理道の痕跡と思われる道のあとが残っています。あるいは、現在でも林業の作業道として使われているかもしれません(山の上にはパッチワーク的に植林地がある)。そして、尾根上には、その道跡に沿って3つの鉄塔が残っていました(地図の1~5が鉄塔です)。

 

Ozawam_03Ozawam_04
左:地点1、沢沿いの植林内に残る鉄塔。右:地点2、尾根上の最初の鉄塔。

 

Ozawam_05Ozawam_06
左:地点3、尾根上の鉄塔、ここの直前から道は尾根をずれる。右:地点4、斜面に建つ鉄塔。

 

地点4を過ぎると、道の痕跡は急に不明瞭になります。しばらくまっすぐ進んでみましたが、鉄塔はもうなさそう。多分地点4から道は尾根に登り、最後の稜線上の地点5まで尾根伝いに行くのだと思います。

稜線上の鉄塔(地点5)は、二つ並んで建っています。ここで、下り用の索道にわざわざ積み替えたのだろうか。もしかしたら紺屋の休場というのは、鉱山用の何らかの施設があった場所なのかもしれません。あと鉄塔の鉄柱がずいぶん細く、弱そうな感じがするのですが、どうなのでしょう。もしかしたら資源のない戦時中のころ建てられたものとか? 

ちなみに、反対の都留方面にそのまままっすぐ路線を延ばしてみると、尾根をひとつ乗っ越したあと、現在富士急・禾生(かせい)駅から九鬼山に登る登山道とほぼ経路を同じくし、駒橋発電所の落合水路橋付近にたどり着きます。1907(明治40)年、東京電燈株式会社(現・東京電力)により建設され運用が開始された水力発電用の、煉瓦造りの水路橋です。日本初の長距離送電のための設備で(東京まで60km送電した)、なんと今も現役で稼働中の有形文化財。

索道の動力源は駒橋発電所だったのでしょうか。現在の禾生駅からの登山道は、当時の鉄塔の管理道をもとにしているのかもしれません(現在の東電の鉄塔管理道がそのまま登山道になっている例は結構あります)。都留側はまだ行ったことがないのですが、もしかしたら山中に鉄塔がまだ残ってるかも? 禾生駅から現・富士急行線で鉱石を運んでいたのか(富士急の歴史は長く、明治の都留馬車鉄道富士馬車鉄道から始まります)。沿線沿いには富士鉱山、ちょっと線路から離れるけれど宝鉱山など、かなり規模の大きな鉱山も点在していました。

札金峠の名前も、ちょっと気になります。もっと昔(信玄時代?)には、あるいは金山があり、運び出す経路だったという可能性? 鉱山と麓での荷の運搬時、勝手に採掘物を持ち出せないよう、札を峠に掲示したとか、そういった謂れがありそうな気がします(丹沢の札掛が幕府御林の当番の札をかけた場所からきた地名だったのと同じような)。切り通しになっているような峠は、今では通る人が少なくとも、昔は街道沿いだったり地元でよく使われるルートだったりと、人通りが多かったところが多いです。今と昔では、人の流れの経路が全然違うので。

疑問ばかりですね。地域の年史など、いろいろ調べてみると面白そうですが、個人的には鉱物的に見るべきところが少ないので、まあここまでですかね。。。

とりあえず、その経過だけ、書き残すことにしました。でも、探してる間は実に面白かったのです。それに索道のあった尾根はなかなか明るいいい尾根だったから、得した気分(笑)。

 

Ozawam_08
切り通しになった札金峠。現在では、登山道のある稜線を通る人は多いが、峠を越える人はほとんどいない。

 

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コメント

はじめまして。
検索していたら見つけたのでコメントさせていただきます。
九鬼山の札金ルート登山口に廃隧道があるので調べていたらこのブログを見つけました。
九鬼山の鉄塔群はおそらく索道ではなく、大正2年に建てられた送電線「谷村線」の遺構と考えます。鹿留発電所から東京の目白変電所まで送電していました。
神奈川や東京に同様の遺構があること、古地図に送電線が掲載されていることから、ほぼ間違いないと思います。
九鬼山の愛宕神社コースにも土台だけ残っている鉄塔跡があります。
突然のコメント大変失礼しました。
ご参考になれば幸いです。

コメントありがとうございます。
なるほど、送電鉄塔ですか! それなら鉄柱が細いのも理解できますね。古い送電鉄塔というのは、自分の頭の中には全然ありませんでしたが、ちょっと考えればその可能性が見えてもよかったですね。自分でそのヒントを書いておきながら。。。
ちょっと検索してみたら、1913(大正2)年初代の鉄塔みたいですね。
あの石組遺構が、集落なのか、鉱山なのかはちょっと分からないままだけれども。

大変貴重な情報ありがとうございます!

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