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2021年12月に作成された記事

2021年12月26日 (日)

磁硫鉄鉱(山梨県甲州市門井沢)

Pyrrhotite Fe7S8 硫化鉱物

 

Pyrrhotite_kadoisawa_01

Pyrrhotite_kadoisawa_02

Pyrrhotite_kadoisawa_03

 

大月から甲州街道の笹子峠を越えると、大菩薩嶺から流れる日川流域に入ります。門井沢が日川に合流するあたりは、武田勝頼の最後の戦場であり(鳥居畑)、甲斐武田氏の終焉の地です。徳川家康が勝頼の死を弔うために建立した景徳院があります。

門井沢沿いの林道を遡り、林道が終わるあたりで沢に下りると、白い珪灰石が転々としています。その石を割ると、たまに見つかる金属光沢の部分が、この磁硫鉄鉱。名前のとおり、若干磁石に反応します(かなり弱弱しい感じ)。六角形のきれいな結晶みたいのは見つかりませんでしたが(ここにあるのかどうかもわかりませんけど)、拡大すると、薄い板状の結晶が積み重なっているのが見えます。

一見すると雲母のように完全な劈開があるようにも見えるけれど、そういうわけではなく、分子が結合していない個別の板状の結晶が積み重なってるだけということなのでしょうか、原子配列に由来する割れ方である劈開は「なし」とのこと。でも、デジタル鉱物図鑑の磁硫鉄鉱の項では、「劈開:明瞭」となっていますね。。。

水晶なども、劈開なしとするものと、不明瞭とするものがあります。「劈開」というのは、結構あやふやな概念なのか。「なんとなく」を甘受しなければならない概念ということなんでしょうか。まあそれはそれで自分は受け入れるのはたやすい性格ではありますが。

鉱物には他に「裂開」という言葉もあって、不純物、構造の欠陥、双晶などの影響で特定の方向に割れることを言います。でも、裂開と劈開の違いを実際に実験して確かめるとすると、実験対象がすべて破壊されてしまうということに。。。

磁硫鉄鉱といえば、そのもっとも大きな特徴は、やはり磁性ですね。鉱物では磁性をもつものはそんなに多くなく、結構珍しい性質です。強磁性を示す鉱物は、鉄、ニッケル、コバルトなどの元素を含む一部の鉱物に限られます。

磁硫鉄鉱の磁性は、Sに対するFeの量で変わってくるそうです。FeSのものはトロイライトといい、磁性がなく、隕石中で見つかっていますが、地球上ではめったに見られないとか。Fe11S12~Fe9S10のものは(擬)六方晶系、Fe7S8組成のものは単斜晶系になるといいますが、見てわかるようなものではないでしょう。

 

甲州街道から笹子トンネルを抜けると、すぐ道の駅・甲斐大和があります。地形図だと、ここから裏道で門井沢の林道につながっているように描かれていますが、今ではもう道はありません。沢までは踏み跡が残っていますが、橋などはなく、沢を渡渉して林道まで斜面をよじ登ることになります。

林道を歩いていたら、すぐそばの草むらの中からいきなり軽く1mを超えるでっかい猪が飛び出てきて、すごい勢いで逃げ去っていきました。危なかった、もしこっちに向かってきてたら、ちょっとやばかった。。。住宅のあるあたりからそんなに離れていない場所だったんですが。

ここ最近数年、山で大型哺乳動物を見かけることが多くなりました。特に多くなったと感じるのは、カモシカ。以前はそんなこと全然なかったんですが、人のほとんどいかないようなところだけでなく、人の多い登山道付近でも最近はちょくちょく見かけます。カモシカは狩猟の対象になることがないので(天然記念物なので。でも牛だから食べるとおいしいらしい)、明らかになめくさってますねw 他の大型動物たちは、山の中で追われまくるのに、なぜカモシカだけ。。。と大変な不条理を感じていることでしょう。多分かなり数が増えているんじゃないかなぁ。あんまり増えすぎちゃうと、キミらも下手するとやばいかもよ、気をつけてね。

でもカモシカも鹿柵だらけの山では住みにくいでしょう。鹿柵の是非についてはいろいろ言いたいことは沢山あるのですが、ここでひとつだけ書きます。

人里近くの鹿柵は別として、山の上の方に作ってある鹿柵。かなりの部分、作りっぱなしになっていませんか? 鹿柵なんて、倒木やらなんやらで、数年経てば大量の粗大ごみになってしまいます。特に始末に困るのが、鉄条網。柵自体がすっかり倒れてしまっても、落葉の下とかに鉄条網が残っていて、すべての生き物にとって有害以外の何物でもありません。そういう粗大ごみと化した大量の柵の残骸が、山の中に放置されたままです。

誰が誰の土地で誰のお金で誰の利益のために設置しているか、さまざまだと思いますし、だからこそ誰も語らない(語れない)のかもしれません。大抵、そうやって、明らかな問題がそのまま放置されます。だからこそ、その必要性を説く学者は、その立場を生かして、そこまで目を配って語ってほしいという気持ちがあります。

 

2021年12月19日 (日)

沸石(山梨県大月市九鬼山周辺)(小沢鉱山の遺構?)

輝沸石 Heulandite (Na,Ca)2-3Al3(al,Si)2Si13O36・12H2O 珪酸塩鉱物

濁沸石 Laumontite CaAl2Si4O12・4H2O 珪酸塩鉱物

 

Heulandite_kukisan_01

Laumontite_kukisan_01

 

中央線大月駅の東隣、猿橋から南に小沢川に沿って山の中に入ると、小沢地区。さらに奥に行けば朝日小沢という地域で、その裏山が九鬼山です(この辺、頭に「朝日」がつく地名がいくつかありますね。朝日曽雌、朝日馬場など、どういう謂れがあるのだろう)。そのまま山を越えれば都留。小沢地域の沢で見つけた沸石です(1枚目:輝沸石、2枚目:濁沸石だろうと思います)。大月を挟んで隣の高川山は沸石や魚眼石で有名ですが、この辺の山では、そこまで立派でなくとも、大抵何かしらの沸石はあります。地質的には、丹沢のトーナル岩体を取り囲む丹沢層大山亜層群の続きにあたり、海洋起源の玄武岩の層です。

 

TrekGEOの「山梨県の鉱物」には、大月市の小沢鉱山という場所が載っています。銅の二次鉱物などが産出すると記されていますが、多分この九鬼山のある小沢のことだろうなあとちょっと気になっていました。このリストを見るに、銅を採掘していたのだろうか。でも検索などしてみても、ほとんど、というかまったくヒットしないんですよね。地形図を見ると怪しげなところは何か所かあって、正確な場所も、いつの時代なのかもわかりません。以前一度だけ「朝日小沢鉱山」でヒットしたことがあって、奥の方だろうとは思っていたのですが(今検索してみても、その時見たサイトは見つからない)。。。それで、一度九鬼山に登るついでにちょっと様子を見てこようと思い、でかけてみました(最近大月周辺の山に凝っています)。

とりあえず一番奥の方から探してみようと、まず朝日小沢の諏訪神社(地形図上の神社記号)脇から出ている林道に行ってみました(地形図には出ていませんが、ここから九鬼山に登る登山道もある)。すると、林道の奥には、現在は植林されていますが、どう見ても鉱山跡と思えるような石組と平場が、結構広い範囲にわたっていました! 下の地図の地点0です(地図をクリックすると拡大します)。

Ozawam_map

いきなり見つけた! と思って、流木と一緒に多数転がっている石をいろいろ見てみたのですが、どうやら沢の上流から流れてきたもので、まあようするにこの辺の山で普通に見られるようなものばかり。鉱石っぽい感じの石はもちろん、銅の二次鉱物など欠片も見つかりません。ズリっぽいところや坑口などもなさげ。ここではないのか? それとももうすっかり整理してしまったのか。

Ozawam_01
地点0の石組あと。

 

仕方なくあきらめ、少し戻って九鬼山に向かいました(写真の沸石は、その途中の沢と山の斜面で見つけたものです)。

九鬼山は、大月市秀麗富嶽十二景のひとつにも選ばれていて、割とお手軽なので、結構ハイキングで賑わう山です。でも、交通の便の悪い小沢方面から登る人はほとんどいないようです。大抵は猿橋から御前山、あるいは大月から菊花山に登り、そのあと九鬼山まで縦走して、都留側の田野倉方面に下山をする人が多いようです(あるいはその逆)。

自分も九鬼山頂上からそのまま北に向かい(地図では道が描いてありますが、現在道はない)、トラバース道と合流すると、ちょっと平坦な場所に着きます。紺屋の休場といわれている場所で、西側がなぜか伐採されており、三つ峠、高川山、小金沢連嶺などがよく見える気持ちのよいお休み場所です。そこを過ぎてすぐのところで、道の脇に放置された古い空中索道の鉄塔がふたつ並んで建っているのに出くわしました(地点5)。まさかの空中索道!(まあ鉱山のものと決まったわけではなく、林業用のものだったのかもしれないわけですけど)銘板のようなものは、少なくとも目につくところにはついていません。事前にヤマレコなどでここを通った記録をいくつか見ていましたが、この鉄塔について書いている人は全然いませんでした。気づかないとは思えないのだけれど。

 


(2021/12/27追記)

コメントの書き込みのおかげで、この鉄塔が、鹿留水力発電所から新宿戸塚変電所(現・目白変電所)まで結んでいた、日本初の長距離送電線(谷村線)の鉄塔であるらしいとわかりました。道理で空中索道にしては鉄柱が細かったわけだ。。。写真を見ると、少なくとも稜線にあるもの以外の鉄塔は、もっとも古い大正期のものと同型をしています。思ったよりももっと古い遺構でした。


 

Ozawam_07
地点5の稜線上の鉄塔

 

場所的に、先ほど見た鉱山跡?とは関係なく、明らかに北東の沢(札金峠から東に下った沢)に向かっているものと思われました。沢沿いになだらかな地形が広がっていて、地図を見て一番怪しいと思った場所です。ここか! これで、次に探す場所が決定しました。

その日は、昔はかなり人の通りがあったらしく切通しになっている札金峠、御前山経由で猿橋に戻りました。

日を改めて、次は直接札金峠東の沢に向かいます。林道に入ってしばらく進むと、なだらかな沢沿いは全域植林されていますが、まるで広い集落があったかのように、沢の両岸に何段も長い石組が並び、平場が作られていました。これが鉱山跡だとしたら、相当大規模だったようですね。。。鉱山で働く人の住宅などもあったのかなぁ? ここが小沢鉱山の中心地であったとして間違いないかな?(さらにまったく別の場所にある可能性も?)

Ozawam_02
札金峠東の沢の石組

 

両岸をぐるっと回って、いくつか流れ込んでいる枝沢などものぞいてみましたが、ズリはもちろん、坑口なども見つからず。落ちている石をちょっと探してみましたが、ほとんどはこの辺の山にある石ばかりでした。ひとかけだけ、石英のついた鉱石っぽい顔つきの小さな石があり、試しに割ってみたら、小さな晶洞の中に微細な水晶やきれいな三角形のチタン鉄鉱? の結晶などが見つかりましたが、銅を思わせるようなものは何ひとつありません。鉱山であったとしても、どうやらもうきれいさっぱり掃除済みのようです。。。小沢川は、桂川、相模川と続いており、有害物質の流出などに関しては、特に横浜市あたりがうるさそうですしね。しかし、これでは石に興味ある人は誰も見向きもしなくて当然という感じです。残念でした!

ただ、歩き回っているうち、うす暗い植林の中に、木に紛れて鉄塔が実にわかりにくく建っているのを見つけました。やはり空中索道の起点はここだったようです(地点1)。石もないので、とりあえず索道のあとを追ってみることにしました。

地点1と地点5を結ぶ尾根上には、多分管理道の痕跡と思われる道のあとが残っています。あるいは、現在でも林業の作業道として使われているかもしれません(山の上にはパッチワーク的に植林地がある)。そして、尾根上には、その道跡に沿って3つの鉄塔が残っていました(地図の1~5が鉄塔です)。

 

Ozawam_03Ozawam_04
左:地点1、沢沿いの植林内に残る鉄塔。右:地点2、尾根上の最初の鉄塔。

 

Ozawam_05Ozawam_06
左:地点3、尾根上の鉄塔、ここの直前から道は尾根をずれる。右:地点4、斜面に建つ鉄塔。

 

地点4を過ぎると、道の痕跡は急に不明瞭になります。しばらくまっすぐ進んでみましたが、鉄塔はもうなさそう。多分地点4から道は尾根に登り、最後の稜線上の地点5まで尾根伝いに行くのだと思います。

稜線上の鉄塔(地点5)は、二つ並んで建っています。ここで、下り用の索道にわざわざ積み替えたのだろうか。もしかしたら紺屋の休場というのは、鉱山用の何らかの施設があった場所なのかもしれません。あと鉄塔の鉄柱がずいぶん細く、弱そうな感じがするのですが、どうなのでしょう。もしかしたら資源のない戦時中のころ建てられたものとか? 

ちなみに、反対の都留方面にそのまままっすぐ路線を延ばしてみると、尾根をひとつ乗っ越したあと、現在富士急・禾生(かせい)駅から九鬼山に登る登山道とほぼ経路を同じくし、駒橋発電所の落合水路橋付近にたどり着きます。1907(明治40)年、東京電燈株式会社(現・東京電力)により建設され運用が開始された水力発電用の、煉瓦造りの水路橋です。日本初の長距離送電のための設備で(東京まで60km送電した)、なんと今も現役で稼働中の有形文化財。

索道の動力源は駒橋発電所だったのでしょうか。現在の禾生駅からの登山道は、当時の鉄塔の管理道をもとにしているのかもしれません(現在の東電の鉄塔管理道がそのまま登山道になっている例は結構あります)。都留側はまだ行ったことがないのですが、もしかしたら山中に鉄塔がまだ残ってるかも? 禾生駅から現・富士急行線で鉱石を運んでいたのか(富士急の歴史は長く、明治の都留馬車鉄道富士馬車鉄道から始まります)。沿線沿いには富士鉱山、ちょっと線路から離れるけれど宝鉱山など、かなり規模の大きな鉱山も点在していました。

札金峠の名前も、ちょっと気になります。もっと昔(信玄時代?)には、あるいは金山があり、運び出す経路だったという可能性? 鉱山と麓での荷の運搬時、勝手に採掘物を持ち出せないよう、札を峠に掲示したとか、そういった謂れがありそうな気がします(丹沢の札掛が幕府御林の当番の札をかけた場所からきた地名だったのと同じような)。切り通しになっているような峠は、今では通る人が少なくとも、昔は街道沿いだったり地元でよく使われるルートだったりと、人通りが多かったところが多いです。今と昔では、人の流れの経路が全然違うので。

疑問ばかりですね。地域の年史など、いろいろ調べてみると面白そうですが、個人的には鉱物的に見るべきところが少ないので、まあここまでですかね。。。

とりあえず、その経過だけ、書き残すことにしました。でも、探してる間は実に面白かったのです。それに索道のあった尾根はなかなか明るいいい尾根だったから、得した気分(笑)。

 

Ozawam_08
切り通しになった札金峠。現在では、登山道のある稜線を通る人は多いが、峠を越える人はほとんどいない。

 

2021年12月12日 (日)

忍石(神奈川県足柄上郡山北町高松鉱山)

Dendrite(樹枝状晶)(二酸化マンガン MnO2

 

Mangan_takamatsum_03

Mangan_takamatsum_02

 

東丹沢南にある高松鉱山の忍石です。

樹枝状晶とは、岩石の割れ目などにしみ込んだマンガン等が、枝分かれしつつ樹状に成長した結晶のことで、その結晶がまるで自然に描かれた植物の絵のような姿を見せる石のことを忍石といいます。マンガン鉱山などでは、割とよく見られます。

1枚目の写真では、上部に黒く輝くマンガン鉱(軟マンガン鉱 Pyrolusite?)から、下に向かって石の隙間を結晶がしみ込みつつ成長していったのでしょう。浮彫のように立体的になっていて、なかなか立派な姿ですね。

2枚目は、樹状になる前に成長が止まってしまった姿に見えます。各島にしみ出した穴が黒く見えていて、そこからじわーっと(多分)二酸化マンガンが広がって、まるでマンデルブロ集合のようなフラクタルな姿を見せています。これも忍石の一種といってもいいのかな?

 

マンデルブロ集合を計算して描画するソフトは、以前はよくパソコンのデモとして使われていたように覚えています。不思議としかいいようのないタツノオトシゴの尾のような形状の一部を拡大していくと、少し違うけれど同じようなパターンの繰り返しが、パソコンで計算できる限り延々とあらわれ続けていくのは、とてもインパクトがありました。自分にとっては、パソコン(というかマイコンか)に対する元イメージのひとつが、このマンデルブロ集合です。謎に満ちた、けれどもわくわくするような非現実的な世界。でも、自然界にはフラクタル(に近似した)形状が満ち溢れています。

マンデルブロ集合は計算式としては、それほど複雑なわけではないのですね。だからこそ、今と比べれば非力な昔の8ビットパソコンでも、容易に計算・描画ができたんでしょう。でも、普通のグラフとちょっと違うのは、その式が複素数(虚数 を含んだ式の形で表せる数)の式ということ。複素数は座標を示すのに便利なのです。

実際には存在しないように思える数字を使って計算された結果が、自然界にはありふれているのは一体なぜなのか。面白いですね。

昔読んだイギリスのロジャー・ペンローズ(2020年にノーベル物理学賞を受賞しました)の本によって、このあたりへの興味を持ったのですが、鉱物関連でペンローズといえば、ペンローズ・タイル。

ペンローズ・タイルとは、2次元的に、2種類(それぞれ鋭角が36°と72°)の菱形のみを組み合わせて、周期的ではないけれども、「ほとんど」五角形を基本にして平面を充填しているパターンのことです(画像検索すればいっぱい出てきます)。正五角形を並べて敷き詰めても、空間を隙間なく充填することはできないので、結晶では正五角形の要素はあり得ないのですが、ペンローズ・タイルはその正五角形の要素がありつつも、空間を充填できる。こういうパターンの結晶を、準結晶といいます。実際に、こういう「周期的ではないが規則的である」結晶構造をもつ鉱物は発見されています(ダニエル・シュヒトマン他、1984。2011年に「準結晶の発見」でノーベル化学賞を受賞)。

もし鉱物の結晶が徐々に成長していくのならば、周期的ではない構造を持つ準結晶がどうやってできるのか、わけがわからないですよね。同じパターンを繰り返すだけでは、準結晶はできないのです。最初から全体の設計図みたいなものが内包されていなければ、そんな複雑な構造のものができるわけがありません。ペンローズはそこから、量子力学的な要素が必要なのではないか、とするわけです。結晶が決まったパターンで局所的に徐々に成長していくのではなく、結晶全体が、量子力学的な重ね合わせの状態から、準結晶の状態を選択するという。。。

そういえば以前、水晶に内包物がある場合、成長途中に異物があって邪魔をしているのに、どうやって最終的にきれいに水晶の形になるのか、なんてことを書いた記憶があります(水晶(黄銅鉱含有)(静岡県南伊豆町青野川流域)。量子力学であれば、きちんと説明してくれるということか(いびつな水晶の成長はどう説明するのかw)。

 

参考:ロジャー・ペンローズ『皇帝の新しい心』みすず書房、1994年

古い本だし続編もあるらしいので、内容的には今では知識の書き換えが必要になってくる部分も多いとは思いますが、チューリング・マシンの説明など、当時はもうびっくりするくらい面白い本でした。

 

高松鉱山は地味なマンガン鉱山っぽいとそんなに期待せず訪れたのですが、面白いものがいくつもあって、思ったよりもずっと楽しいところでした。また取り上げると思うので、その時にもうちょっと詳しく書きます。

 

2021年12月 6日 (月)

車骨鉱(埼玉県秩父市秩父鉱山)

Bournonite CuPbSbS3 硫化鉱物

 

Bournonite_chichibum_01

Bournonite_chichibum_02

Bournonite_chichibum_03

 

秩父鉱山の代表的な鉱物のひとつである、車骨鉱です。

採集したのは、六助沢。それも上流などではなく、広河原沢との合流すぐ(橋の下をくぐって六助沢に入ったところ)です。車骨鉱のポイントといえば大黒が最も有名ですし、自分もここで車骨鉱を探そうとしていたわけではないのですが、六助沢の上流ではアンチモン鉱物(輝安鉱など)が出るのだからまああってもおかしくはないですよね。

硬度は2.5~3で、そんなに硬くないのに、下までよくぞ無事に流れ落ちてきたものです。2枚目の写真は、かなり大きな塊だったものが割れてしまったようですが、やはり顕微鏡サイズだからこそ、残ったのでしょう。肉眼レベルのものを探そうとすると、多分かなり大変だろうと思いますが、鏡下ならばそんな大きさは必要ないのだ。

同行者がなんかきれいといって取り分けておいた石をルーペでのぞいてみたら、これでした。同行者は車骨鉱を知っているわけではないのですが。時々、珍しいものが入っている石をそうとは知らず見つけることがあるので、なんとなく気になったと言う石は、確認するようにしています。でかした! 青みがかった黒をベースに、虹色に輝いていて、とてもきれいです。やっぱり秩父鉱山に来たらぜひ見つけたいナンバー1の鉱物ですからね。

鉛と銅とアンチモン、硫黄からなる、板状の結晶が双晶を繰り返して、歯車のようにぎざぎざになることから、車骨鉱と名付けられたそうです。鉱山などで呼ばれていたドイツ語の「Rädelerz」(歯車Radの鉱石Erzという意味)を直訳したとか。でも直訳なら「骨」という語は出てこないはず。

「車骨」をネットで検索すると、「くるまぼね」として「大きい骨」という意味とか、腰の骨の意味で使われている例などが出てきますが、これではどうも意味がよく分かりません。引用元を見ても、俳諧などかなり限定的な使用で、一般的な言葉ではなさそう。

個人的には、直訳というより、「竜骨車」などからの連想をくわえて、むしろ意訳して造語された言葉ではないかという気がします。竜骨車とは、農業用水を、低い水面から高い農地へとくみ上げる足踏み式の揚水機で、歯車と多くの樋をつけたキャタピラから構成され、見かけがまるで竜の骨のようであることから「竜骨車」という名前がつきました。検索すると似たような構造でさまざまな形状の画像を見ることができますが、これらから車骨鉱を連想するのは、かなり容易な気がします。いずれにせよ、印象的ないい邦名だと思いますね。だって、こんな名前の鉱物、つい探したくなるもん(笑)

(以上、参考サイト「鉱物たちの庭 661. 車骨鉱」)

 

ところで現在(2021年12月)、またしても中津川の道路は崩れて通行止めになっていて、六助沢どころか、大黒にすら行けない状況のようです。行けないとなると行きたくなってしまうのは人情ですが、ほんとうに早く通行可能になってほしいですね。数回しか訪れておらず、まだまだ見たいところがたくさんあります。

以前、川上村からせめて三国峠まで車で行ってみようと思い、挑戦してみたことがあるのですが、あえなく途中で挫折、半分も行けず引き返しました。うちの車は林道に弱いのですw ジムニーとか軽トラなら余裕かな? 今は峠から秩父側は全面通行止めですが、歩きならばどうにかなるのかな? 登山道の崩れたのは大抵何とかなるのですが、谷あいの林道が崩れると、歩きでもお手上げなことが多いのですよね。。。山から林道に降りてくる時でも、擁壁が大きな障害になる場合がとても多いのです。

 

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