最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2021年6月 | トップページ | 2021年8月 »

2021年7月に作成された記事

2021年7月25日 (日)

鉄電気石(茨城県北茨城市華川町花園)

Schorl NaFe2+3Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH) 珪酸塩鉱物

 

Schorl_hanazono_01

Schorl_hanazono_02

Schorl_hanazono_03

 

花園の鉄電気石です。色がなんか苦土電気石っぽい感じですが、鉄以外の成分がちょっと混じっているせいでしょうか? 3枚目の写真のように真っ黒い部分もありますし、花園で産出するのは鉄電気石という情報しかないので、まあそうなのでしょう。

採集したのは、松原聰『鉱物観察ガイド』(東海大学出版会)の花園の章に紹介されている「峠下橋」という地点だろうと思います。なにしろ川に釣り人が多くて、人のいない大分下流で渡渉せざるをえず、ヤブっぽい山の中を進んでいったので、思ったよりたどり着くのに苦労しました。鉈でもあればよかった。でも、今まで見つけた電気石の中でもかなり立派なものだったので、行った甲斐はあったかな、かな?

部分的に母岩に放射状になってついているので、見つけた時は、泥がついていて紅柱石みたいにも見えたんですが、残念、違った。。。結局はっきりと紅柱石といえるものは見つけられませんでした。

 

トルマリンというと、健康にいいというトルマリンを使った商品の数々を思い出します。

なぜ体にいいと言われるのか調べてみると、マイナスイオンの発生、表面電荷の発生、ミネラル分の溶出、熱の発生などの効果があるといいます。マイナスイオンというのはよく言われますが、よくわかりません。森林とか、沢などでも出ていて、それが人間の精神や健康によいとかいわれます。とりあえず体にいいことにして商品の広告にしてたら、うまく世に広まってしまった例のようにも思えます。夏の土用の丑の日にうなぎを食べるみたいな?(うなぎの旬は冬。平賀源内のせいで、旬にはあまりお店で売っていないという本末転倒なことになってしまったw)

こういうのが科学的に正しいとか間違っているというのは、よくわかりません。科学って、現実にうまく則している考えを煉瓦のように積み重ねて作られた体系だと思うので、そもそも科学でうまく説明のついていないものごとは、まだ「科学」を判断基準にするべきレベルのものごとではない、と思うのです。最近は「科学的根拠に基づいた」という言葉がなんとも容易く印籠のように使われることが多く、その言葉を使うだけで、まるで本当みたいに思えてくる魔法の言葉になっていますね。なので、逆に若干のインチキ感すら漂わせてしまう始末。

実際のところ、トルマリンが健康にいいと根拠なく信じこんで身につけている人と、そんなのはうそだとバカにしている人がいたとして、そのどちらか、より健康に長生きした方が正しい、とか、その程度のレベルの話でしかないんじゃないか(実際にどちらがより健康であったかなんて客観的な判断は不可能)。統計をとって有意差がみられるとかそんなのは、現実の人間の通常の生活には関係ないのであって、知り合いがそうだったとか、話に聞いたとか、結局そういう個人的な見方こそが、人間にとっては本当に重要なことなんじゃないかという気すらしてきます(低い可能性をひいた人に、それは統計的に可能性は低いのだといっても、何ら実用性はない)。

もし疑いなく重要であることがあるとしたら、それは個人の生存と種の繁栄・保存にどれだけ有用であるか、という一点ではないか。生命にとって、その一点のみが最大・唯一の価値なんじゃないか。そうならば、「科学的根拠がない」トルマリンの効用を信じて身につけるというのも、意味があることになる。特に身につけることによる害がないのなら、そう信じている人にとっては、身につけないことより身につけることのほうが個人の生存には有用だと考えられるから。

 

ああ何だかしょうもないことを書きつらねてしまった気がするw

ちなみに自分にとって鉱物を探すのは、個人の生存にとって非常に有用です。つねに何かに集中して興味をもっていないと死んでしまうから。種の保存に有用かどうかはわからないw

 

2021年7月21日 (水)

三浦半島三崎層(神奈川県三浦市盗人狩)

Miura_04

 

三浦半島南端は、荒々しい海岸線が続く、神奈川随一の風光明媚な土地です。特に三崎層の露頭が多い城ヶ島や観音崎付近は、地質学の巡検なども多いようで、観察ポイントもあちこちにありますし、観光地としても有名ですね。

でも純粋に自然の景観として見た場合、宮川湾近くの盗人狩(ぬすっとがり)付近が、圧倒的にすばらしいと思います。行きにくさ(道がちょっと分かりにくい)、海岸沿いの遊歩道があまり整備されていない、食べたりする場所が定食屋1軒しかない、などなどあって、観光客もとても少ないので気持ちいいし(人は釣りが9割)、ねこもいるし。。。大好きな場所なんですよねぇ。もちろん、地学的な見どころもたくさんあるので、ここで簡単に紹介することにします。

宮川湾あるいは毘沙門湾から歩いて行くことになります。宮川湾には有料駐車場あり。1000円ちょっとかかります。まあ城ヶ島の広い駐車場も全部有料になってしまったし、これは仕方ないですかねぇ。。。そういえば、城ヶ島の橋はいつの間にか無料になっていました。最近かな?

 

三崎の海岸では、白い層と黒い層が相互になっているさまをどこでも見かけます。大抵、白い層は柔らかいので波に削られてへこみ、黒い層がとんがっていますね。白いのは、陸上起源のシルト岩・砂岩。黒いのは、火山由来の凝灰岩・スコリアです。延々と繰り返しが続いているように見えるので、はるか長い時間、堆積し続けたもののようにも見えますが、実は同じ地層が何度も繰り返されて露出しています(デュプレックス構造)。

ざっと1200万~400万年前、当時のトラフの海側斜面に堆積し、プレート沈み込みの際に陸地に付加したものとされています。フィリピン海プレートでは最も新しい付加体のひとつです。

 

Miura_01

 

この辺でちょくちょく目にする、シルト岩中の茶色い団塊状のノジュール。鉄分が集まったものだそうです。断面には、成長の年輪のようなものも見えます。やはり核となる何か(化石とか鉱物とか、あるいは火山豆石のようなもの?)があって、そこから成長していくのでしょうかね?

 

Miura_02

 

シルト岩上に残された、生痕化石。多分ウニの這った痕ではないかと思いますが、化石は全然わからないので。。。

三浦の海も潜ると面白いのですが、東京湾側はおすすめしません。水がはっきり汚いです。盗人狩あたりも、東京湾からの水が若干混じっているのか、ちょっと透明度が落ちます。三浦半島の相模湾側(城ヶ島から西側、荒崎あたり)が一番水がきれいですね。うにはもちろん、色鮮やかなウミウシ、何だかよくわからないものもいっぱいいますw

 

Miura_03

 

だだっぴろい海蝕台上のポットホール。なぜかこのあたりだけたくさんありました。しかも3列くらいに直線状に並んで連なっています。他の場所と違いがあるように見えませんが、どうやってできたんでしょうか。

三浦では、プレート由来の大地震が起きるたびに、1~2m程度隆起しています(最近では関東大地震、元禄地震など)。ただ、氷期・間氷期の海面上昇・下降などの影響もあるので(最近では縄文海進などが有名ですね)、海蝕台がどのように形成されていったかは、単純ではないと思いますが、昔はここも海の水で洗われていたことは確かです。

 

Miura_05

 

海岸沿いの海蝕洞群。

ところで盗人狩という地名ですが、昔泥棒がここの崖の上に追い詰められ、その断崖と打ちつける波の凄まじさに足がすくんであっけなく捕まってしまったことからつけられたそうです。まあ気持ちはわかる。

写真のコンクリートは歩道(関東ふれあいの道)ですが、海岸沿い、特に道になっていないところも多いです。一部、満潮で波が高いと崖の中腹をへつるしか進めなくなるようなところもあって、なかなかワイルドな歩道ですよ。

 

Miura_06

 

この黒いところは、火山の噴出物です。どうやら昔はかなり近くで噴火があったようなのですが、その場所はわかっていません。

この写真の右側が、この地層が積もった時の地面の下側です。噴出物が海の中で積もる際(または土砂崩れなどで海中に巻き上げられたあと)に、より重い粗粒子が先に海底に沈み、時間が経つにしたがって、軽い細粒のものが積もっていったため、このようにきれいに分布分けされました(級化層理)。

 

Miura_07

 

ぐちゃぐちゃに波打った層。スランプ構造といいます。堆積してまだしっかりと固まっていない海底が、地すべりなどで崩れてそのまま固まった痕で、いうなれば海底地すべりの化石ですね。三浦の海岸ではあちこちでスランプ構造が見られます。それだけ堆積物が多く、傾斜が激しかった、地滑りの原因となる地震が多かったということが分かります。

考えてみれば、いまでもトラフの斜面ではこういう現象が現在進行形で起こっているということになりますね。

 

2021年7月10日 (土)

灰礬柘榴石(埼玉県秩父市秩父鉱山)

Grossular Ca3Al2(SiO4)3 珪酸塩鉱物

 

Grossular_chichibum_02

Grossular_chichibum_01

Grossular_chichibum_03

 

たまには見栄えのいいものを。

秩父鉱山橋掛沢の灰礬柘榴石です。

ここでは、基本飴色をしたものが多いようですが、3枚目のように透明なものもちらほらと見られます。同所ではベスブ石も産するのですが、柘榴石と色も形も似ていて、正直どっちがどっちか自信ないんですよねぇ。。。ベスブ石のほうがもうちょっと緑が混じった感じの色になるのかな。。。でも灰礬柘榴石といっても、産地によっていろいろな色のものがあるのがややこしいところ(まあ鉱物って他のものもそういうの多いですが)。

他の成分が混じっておらず、理想的な組成、つまりほぼCaAlSiOの3種だけでできたものほど無色透明です。クロムが混じれば緑がかり、マンガンが混じればピンク、1、2枚目のような飴色は、酸化した鉄分による色でしょうかね?

でも、Grossularという名前は、セイヨウスグリ(グーズベリー、ラテン語でgrossularium)という植物の名前に由来します。多分その透明感のある黄緑色の実からきているのだろうと思います(1808年ドイツのヴェルナーによる命名)。ちなみにヴェルナーは1803年にまずこの石にKanelsteinという名前をつけています。意味はシナモンストーン。こちらはシナモンの茶色からきているのでしょう。いろんな色があり得る鉱物を、色から名前を付けるのはどうやらやめたほうがいいみたいですねw

 

橋掛沢は両神山から流れ出る沢ですが、それにしては産地まで特に危険なところがなく行きやすいので、秩父鉱山の中でも人にすすめやすいところです。訪れる人も多いのかな? 結晶も大きくて肉眼、ルーペだけで十分観察できる立派さ。隣の石灰沢と並んで、秩父鉱山の代表的な産地のひとつといえると思います。

両神山は標高1723mとそんなに高いわけでなく、高さだけでいえば秩父の山の中では前衛のひとつでしかないんですが、その山容が麓からよく見えるために、古くからよく知られていたのでしょう(「名山」となるには、麓から格好よく見えることが第一の条件ではないかと思います)。岩場が多い山の例にもれず、やっぱり修験道の道場として栄えていたようです。開山は奈良時代、役小角による・・・ってどこでも名前が出すぎですね>役行者。修験道の地は、大抵役小角が開山した、来山したという話がついてまわります。まったく困った人だw(安倍晴明、日蓮とともに、日本三大呪術ヒーローといえるw)

イザナギ、イザナミ両神を祀るから両神山になったという説や、日本武尊がこの地を通りすぎるのに八日かかったので「八日見(ようかみ)山」と呼ばれるようになったという説、山上に竜頭神社奥社があり竜神山とも呼ばれていたそうで(『世界大百科事典』平凡社)、そこから漢字があてられた説などいろいろあって、面白いですね。いずれにせよ、古代からよく知られた山だったのでしょう。

実は行ってみたいとずっと思いながら、なぜかまだ登ったことがない山のひとつなんですよねぇ。両神山は百名山のひとつになってしまっているので、人の多いところにはあんまり行く気がしない天邪鬼体質のせいもありますw 北の二子山(方解石で有名ですね)や中津川流域側から見える両神山はとても立派で憧れもあるんですが。。。

 

« 2021年6月 | トップページ | 2021年8月 »