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2021年5月 5日 (水)

長石類(山梨県道志村道志川流域)(丹沢の地名について1)

Feldspar  珪酸塩鉱物

微斜長石? Microcline K(AlSi3O8) 珪酸塩鉱物

 

Plagioclase_doshi_01

Plagioclase_doshi_03

Plagioclase_doshi_02

 

燐灰石(山梨県道志村道志川流域)と同じ場所で見つけたもの。

結局のところ、ここの長石はなんなんでしょうか。

微斜長石という話を聞いたことがあるのですが、はっきりとしないので、とりあえずタイトルは長石類ということにしておきました。

真ん中に穴があいたような面白い形が目立つ結晶群です。多分双晶を繰り返した結果だと思うのですが、なにやらえらく複雑なパズルのようになっていて、よくわかりません。この辺ではきれいな長石はよく見かけるのですが(林道上に普通に転がったりしている)、こういうのは初めて見ました。

長石の他に、緑泥石、緑簾石、石英(水晶)、あとなんだかよくわからない褐色透明の結晶がついています。

 

以下、マニアックすぎる丹沢の地名のお話。

丹沢には「水晶」のつく地名がいくつかあります。リストにしてみました。すべてが古くからの名称であるとは限らないと思います。小川谷(仲の沢)のような、登山者による愛称、通称みたいなものもあるかも。

〇山
1 水晶沢ノ頭(1278m、白石峠南)

〇沢
2 水晶沢(玄倉川・檜洞沢支流)
3 水晶沢(中川・モロクボ沢支流)
4 水晶沢(世附川・大又沢支流)
5 水晶崩レノ沢(早戸川支流)

〇尾根
6 水晶ノ尾根(蛭ヶ岳北東)
7 水晶カ尾根(室久保川流域)

〇その他
8 水晶平(臼ヶ岳南尾根)
9 水晶橋(三ヶ瀬川東沢)

 

2の水晶沢は、水晶や燐灰石で有名だった沢ですね。今では露頭は崩れてなくなってしまったそうですが、またあらわれる可能性もあります。沢は生き物ですから。でも玄倉林道は長く通行止めになっていて、現在(2021.5)、松田町の寄(やどろぎ)から雨山峠越えがユーシンへの正規の最短ルートです。ふざけた遠さです。通行止めになる前、急にユーシン付近がハイキングの人で賑わうようになってびっくりしたことがありましたが、今では静けさを取り戻していることでしょう。

8の水晶平は、2の水晶沢のすぐそば、ユーシン沢ー檜洞沢の左岸尾根にあたります。名前の由来に関してはわかりませんが、もしかしたら昔水晶が出たのかな? 場所からいって、可能性はありそうですが。。。それとも愛称かな?

5の水晶崩レノ沢の右岸尾根が、6の水晶ノ尾根に該当します。蛭ヶ岳の北東、早戸川の最上流域です。由来はわからず。これも愛称かな?

1の水晶沢ノ頭から神奈川側のモロクボ沢に流下するのが、3の水晶沢。普通に考えれば、沢名から山名がついたということになりますが(「~沢ノ頭」とはその沢の源流のピークという意味)、ここで水晶が出たという話は聞いたことはありません。神奈川側からはとても行きにくい沢です。大きなモロクボ大滝を越えて沢登りしないと、たどり着けません。神奈川側の沢名が山名の由来なのは、ちょっと違和感もありますね。でも水晶沢ノ頭の山梨側(室久保川)には、水晶が出るポイント、水晶を掘ったような跡が残っているところがあります(ペグマタイトだけでなく、場所によっては若干のスカルン鉱物も見られる)。

室久保川流域にあるという7の水晶カ尾根がどこなのか分からないのですが(明治初年のころには水晶を採掘していたそうです〈『道志手帖』Autumn 2018 no.21〉)、自分が思うに水晶沢ノ頭から出ているいくつかの尾根のどれかではなかろうか。むしろ、その尾根から山の名前として山梨側で「水晶ヶ尾山」というような名前がついて、逆にそこから神奈川側で水晶沢という名前がつけられ、現在の水晶沢ノ頭という山名になったのかもしれません。この周辺は、甲斐と相州側で、いろいろこんがらがってしまう地域ですし。。。昔はこのあたりは全部まとめておおざっぱに諸窪山といわれていたと思われます。ちなみに水晶沢ノ頭は、ピークともいえないような、単なる稜線のちょっとした高みにすぎません。

4の大又沢の水晶沢も、場所、名称がちょっとあやふやです。基本的には現在では下の地図のようになっています。

Omatasawamap

(クリックで拡大)
出典:関東森林管理局Webサイト、施業実施計画図(2万分の1) 神奈川4-2地図(林班図)に筆者追記(文字・赤線)
(https://www.rinya.maff.go.jp/kanto/attach/pdf/R20700_keikaku_zumen-144.pdf)

 

このあたりには奥野歩道という道が通っていたのですが(現在は廃道)、以前は東海自然歩道に選定されていたことがあります(1992年まで)。そのころの道標や痕跡がところどころまだ残っていて、水晶沢の隣の戸沢(バケモノ沢)と呼ばれている沢に「水昌沢」という表示がされています。登山者の間ではこの道標は名前も場所も間違っているという認識がほとんどですが、本当にそうなのかな?

この認識は、おそらく松田警察のサイトで以前見ることができた「西丹沢頂稜河川土地名称図」(およびそれをもとにした「西丹沢登山詳細図」)をその根拠としているのだと思います(ちなみに林班図では水晶沢も戸沢も表示はなくバケモノ沢とだけ書いてある。地理院の地形図では下流に大又沢としか書いていない。)。城ヶ尾峠にある環境庁・神奈川県の地図も基本これに沿ったもので、違うのは「水昌沢」の道標だけです。まあこれでは間違っていると思われても仕方ない状況ですが。。。(ちなみに東海自然歩道は開始当初は厚生省、1971年から環境庁・環境省の管轄)。

Ohtakitogekami_map

今も残っている大滝峠上にある東海自然歩道ルート変更のお知らせ。同じものは城ヶ尾峠にもある。

 

神奈川県は、東海自然歩道には相当手間とお金をかけているように思います。他の資料と違うからと、簡単に「水昌沢」という標識を間違いだと決めつけていいものかどうか。なぜわざわざ「水昌」? 単なるミスってありえなくないですか? 場所の間違いはともかく、どうやったら何の意味ももたない「水昌」と間違えて道標を作成するのか、その経緯がまったく思いつかない。。。名前も場所もなにかしらの根拠があったからあえてこの表示にした、と考えることもできます。

ちなみに、水晶沢はちょっとだけ見に行ったことがありますが、ペグマタイトの痕跡は見つけることはできませんでした(下から上まで歩いたわけではない)。昔はペグマタイトの露頭があったのかもしれません。位置的にも戸沢(水昌沢)、バケモノ沢、あるいは赤沢のほうが、甲相国境尾根、道志のペグマタイト点在地域により近く、水晶がありそうな気がします。実際、上流に行くほど、粗粒のトーナル岩が目立って増えてきます。。(ちなみに、シキリ沢や白水沢では小さな水晶を見たことがあります)。

あと、バケモノ沢は、何かを隠そうとして人が近寄らないようにこんな名前がつけられたという噂は聞いたことがw

まだ地蔵平に集落があったころ、そこの子どもたちは水晶沢で水晶を拾って遊んだ、というような記述を以前見た気もするんですが、ネット上に以前あった江戸時代の菰釣山国境紛争や地蔵平についての詳しい記録のページはすでに消滅してしまいました。それを読んだ当時は、まだ鉱物に特に興味なかったからなぁ。。。保存しておけばよかったよ。。。誰か保存してませんか?

ちなみに、このすぐ近く、奥野歩道の先には、武田信玄が小田原を攻めた際に軍営を張ったとされる「信玄平」があります(この場所も文献を見るとちょっとあやしい)。信玄平は甲斐から相模への丹沢山中を抜ける間道・サカセ古道の途中にあります。古くは鎌倉で敗れ甲斐に逃げた新田義興も砦を建てたといわれる歴史ある道です(城ヶ尾の「城」はこのことを指すらしい)。

信玄の通るところ、金銀水晶ありですよw ここを通ったのも、金や水晶の下見を兼ねてたのかも?

 

Suishozawa_01Suishozawa_02

左:大又沢上流の水晶沢。3段20m棚。この上にはまだ行ったことないのだ。巻けるの? 右:戸沢にある「水昌沢」の道標。

 

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