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2021年5月に作成された記事

2021年5月23日 (日)

毛鉱(埼玉県秩父市秩父鉱山)

Jamesonite Pb4FeSb6S14 硫化鉱物

 

Jamesonite_chichibum_03

Jamesonite_chichibum_01

Jamesonite_chichibum_02

 

秩父鉱山、大黒の川原で見つけた毛鉱です(すべて1つの石の部分)。あったのは、マンガン鉱などが見つかるところ。大黒でちょっと珍しいものを見つけるのは、ほとんどこのとても狭い範囲内で、ちょうどここに捨てられたズリが特別だったのだろうと思います。大黒川原の右岸斜面は全部ズリでできているようですし、まだまだいろいろなものが埋まっているんでしょうねぇ。川原上の広い駐車スペースも、ズリで平地を広げたような感じに見えます。

毛鉱とブーランジェ鉱は、なかなか肉眼では判別が難しいようですが、特に1枚目のものはサイズがかなり大きく毛というよりはまさに針で、ブーランジェ鉱とは見た感じが全然違うと感じました(詳しくはブーランジェ鉱(山梨県甲州市黄金沢鉱山)を参照のこと)。色も黄鉄鉱のようにちょっと黄色がかっていて、立派です。少なくとも1枚目の写真は、毛鉱と確定していいのではないかと。まあ正確なところはわかりませんけどね。。。

2枚目の写真では、ブーランジェ鉱との違いがよくわからないです。どうやら毛鉱らしいものと同じ石の欠片についていたので毛鉱だろう、といった程度の考え。でも、毛鉱とブーランジェ鉱は共生するので、ブーランジェ鉱の可能性もあります。

あと、3枚目のように、青く見える部分もいくつかあって、とてもきれいです。この青は何に由来するんでしょう。mindat.orgの毛鉱の写真を見ても、いくつか青く輝く写真があります。拡大すると、どうやら基本的に虹色の輝きをもったものが、反射の加減で特に青が強調されているような感じです。どうやら地色というわけではないみたいです。ちなみにブーランジェ鉱のmindat.orgの写真を見ると、やはり青によったものが多く見受けられますね。

どの写真も、まわりはほぼ全部石英(水晶)です。

 

鉱物名は、スコットランドの博物・鉱物学者・ロバート・ジェイムソン(Robert Jameson, 1774-1854)にちなみます。エジンバラ大学出身ですが、ドイツのフライベルク鉱山学校(Bergakademie Freiberg)で、ヴェルナー(Abraham Gottlob Werner, 1749-1817)の下でも学んでいます。

ここでも何度も名前が出てきたヴェルナー。その下で学んだということは、ジェイムソンもやはり岩の水成論の立場に立っていました。この時代のヴェルナーの影響の大きさがわかりますね。

 

2021年5月17日 (月)

孔雀石(静岡県下田市稲生沢川流域)

Malachite Cu2(CO3)(OH)2 炭酸塩鉱物等

 

Malachite_rendaiji_01

Malachite_rendaiji_02

Malachite_rendaiji_03

 

河津鉱山由来と思われる孔雀石。さすが河津鉱山と思わざるを得ない姿ですね。けっして珍しい石ではないけれど、こんな繊維状の集合はそうそうないんじゃないでしょうか。先端が細くなるにしたがって、緑から白に変わっていく孔雀石の性質がよくわかります。

3枚目の写真も、孔雀石でいいのかな? すごく薄い絹布のような、ベルベットが淡い緑にきらめいたような姿が不思議。孔雀石は細かくなっていくとどんどん緑が薄くなっていって、白に近づいていくのが特徴で、似たような緑の鉱物と見分けるときもこの性質が助けになります。

以前紹介した秩父鉱山の孔雀石もきれいだったけれど、それとはちょっと違ってより繊細な感じです。やっぱり河津鉱山って秩父鉱山と並ぶ東日本を代表する鉱物の産地だったんだなと実感しますね。。。緑の鉱物といえば、河津鉱山では特にブロシャン銅鉱が有名ですが、まだ見たことはないです。やっぱり憧れます。ちなみにブロシャン銅鉱は孔雀石と似ていますが、色が白方向によることはありません。

日本画では孔雀石の粉末を岩絵具(緑青)として使いますが、粒子の細かさによって色合いを変え、緑から白まで十数段階にも分けられています。細かく砕いた孔雀石をふるいにかけ、大きさをそろえ、不純物をのぞいていく。さらに細かくするには水に沈殿させ、沈殿の速度によって少しずつ選別していきます。この作業を水簸(すいひ)といいますが、まだ機械ではなく人の手で行っているお店もあるようです。大きな数十kgの固まりを何か月もかけて細かく割り、選別していくとか。

産地によって色の微妙な違いとかあるのかな? 日本産の天然藍銅鉱を使った群青の岩絵具とか、いったいいくらくらいになるんだろうw 皮膜状の藍銅鉱じゃ絵具にできないだろうから、結晶を砕くんでしょうか。なんかもったいないw

マンガン鉱物で岩絵具を作れば、時間とともに色が変わっていくのかな? ほんの一瞬しか色がもたない絵で、そのはかない変化のさまを記録して、無常観を表現するとかどうかな。1日くらいしか色がもたない緑マンガン鉱の色絵具とかどうでしょう?(どうでしょうと言われましてもw)。

 

2021年5月 9日 (日)

マンガンパイロスマライト(栃木県日光市足尾町久良沢鉱山)

Pyrosmalite-(Mn) Mn2+8Si6O15(OH,Cl)10 珪酸塩鉱物

 

Pyrosmalitemn_kyurasawam_01

Pyrosmalitemn_kyurasawam_02

Pyrosmalitemn_kyurasawam_03

 

足尾銅山東部の久良沢鉱山で見つけた、マンガンパイロスマライトの結晶。

世界でもかなり稀な鉱物ですが、足尾山地には産出地が何か所か知られていて、特にここ久良沢鉱山では鉱石として採掘するほどだったそうです。マンガンパイロスマライト目的の鉱山は世界でここだけだったみたい。

有名な足尾銅山(備前楯山周辺)は銅の鉱山でしたが、銅山からすぐ南、足尾山地から赤城山東麓にかけてマンガン鉱床が広がっていて、ここや以前紹介した茂倉沢鉱山(バラ輝石鈴木石テフロ石?ロスコー雲母)もそのうちに含まれます。

最初に見つける前は、よく似たバラ輝石とあまり区別がつかないのですが(久良沢鉱山は結晶質のきれいなバラ輝石が多い)、一度見つけてどういうものか分かると見わけがついてきます。現地でルーペだけで判別するのはきついですが、顕微鏡で探せば結構見出せます。さすがに鉱石として採掘していただけはありますね。

それでもきれいな六角板状の結晶を見つけるのはなかなか大変です。というか、採掘していたくせに、ズリから見つかっていいんでしょうかw 普通掘っていた鉱石はズリからほとんど出ないものだと思いますが。。。

一方向への劈開がはっきりしていて、光を反射してまるで雲母のような光沢があります。色はバラ輝石のようなピンクから、鉄分が多くなってくると緑や灰色がかったような色に変化してきます。マンガンより鉄のほうが多くなれば、鉄パイロスマライトとなる。

2枚目の写真はほぼ全画面が結晶の集まった部分なのですが(1枚目は一部を拡大して横から写して結晶の形を見やすくしたもの)、上部はピンク色をしているのが、下になるにつれ、だんだんと白く不透明に変化していっているのがわかると思います。結晶の形は六角板状のままなので、全部マンガンパイロスマライトだと思うんですが、成分の違いでしょうかね。白くなるのはマンガン成分の多寡によるものかなぁ?

 

久良沢鉱山は、足尾駅あたりで渡良瀬川に合流する内ノ篭川の上流・久良沢にあります。沢から山の急斜面を数十メートル登ったところに3つの坑道があり、そこからズリが沢になだれ落ちています。坑道によって、パイロスマライトの鉄分に若干の違いがある、つまり色にも違いが出てくるようですが、自分は坑道の中で採集したわけではないので、確認したわけではありません。

一番上の坑道が一番大きいのですが、ほぼ竪坑なので、これは怖くてとても入る気になりませんねw

坑口まで斜めに登る踏み跡がありますが、下に人がいる際は落石には注意が必要です。沢まで一気に石が転げ落ちる可能性が高い急斜面なので。

 

Kyurasawam_01

一番上の大きな坑道口。ほぼ下を向いて撮影している。

 

2021年5月 5日 (水)

長石類(山梨県道志村道志川流域)(丹沢の地名について1)

Feldspar  珪酸塩鉱物

微斜長石? Microcline K(AlSi3O8) 珪酸塩鉱物

 

Plagioclase_doshi_01

Plagioclase_doshi_03

Plagioclase_doshi_02

 

燐灰石(山梨県道志村道志川流域)と同じ場所で見つけたもの。

結局のところ、ここの長石はなんなんでしょうか。

微斜長石という話を聞いたことがあるのですが、はっきりとしないので、とりあえずタイトルは長石類ということにしておきました。

真ん中に穴があいたような面白い形が目立つ結晶群です。多分双晶を繰り返した結果だと思うのですが、なにやらえらく複雑なパズルのようになっていて、よくわかりません。この辺ではきれいな長石はよく見かけるのですが(林道上に普通に転がったりしている)、こういうのは初めて見ました。

長石の他に、緑泥石、緑簾石、石英(水晶)、あとなんだかよくわからない褐色透明の結晶がついています。

 

以下、マニアックすぎる丹沢の地名のお話。

丹沢には「水晶」のつく地名がいくつかあります。リストにしてみました。すべてが古くからの名称であるとは限らないと思います。小川谷(仲の沢)のような、登山者による愛称、通称みたいなものもあるかも。

〇山
1 水晶沢ノ頭(1278m、白石峠南)

〇沢
2 水晶沢(玄倉川・檜洞沢支流)
3 水晶沢(中川・モロクボ沢支流)
4 水晶沢(世附川・大又沢支流)
5 水晶崩レノ沢(早戸川支流)

〇尾根
6 水晶ノ尾根(蛭ヶ岳北東)
7 水晶カ尾根(室久保川流域)

〇その他
8 水晶平(臼ヶ岳南尾根)
9 水晶橋(三ヶ瀬川東沢)

 

2の水晶沢は、水晶や燐灰石で有名だった沢ですね。今では露頭は崩れてなくなってしまったそうですが、またあらわれる可能性もあります。沢は生き物ですから。でも玄倉林道は長く通行止めになっていて、現在(2021.5)、松田町の寄(やどろぎ)から雨山峠越えがユーシンへの正規の最短ルートです。ふざけた遠さです。通行止めになる前、急にユーシン付近がハイキングの人で賑わうようになってびっくりしたことがありましたが、今では静けさを取り戻していることでしょう。

8の水晶平は、2の水晶沢のすぐそば、ユーシン沢ー檜洞沢の左岸尾根にあたります。名前の由来に関してはわかりませんが、もしかしたら昔水晶が出たのかな? 場所からいって、可能性はありそうですが。。。それとも愛称かな?

5の水晶崩レノ沢の右岸尾根が、6の水晶ノ尾根に該当します。蛭ヶ岳の北東、早戸川の最上流域です。由来はわからず。これも愛称かな?

1の水晶沢ノ頭から神奈川側のモロクボ沢に流下するのが、3の水晶沢。普通に考えれば、沢名から山名がついたということになりますが(「~沢ノ頭」とはその沢の源流のピークという意味)、ここで水晶が出たという話は聞いたことはありません。神奈川側からはとても行きにくい沢です。大きなモロクボ大滝を越えて沢登りしないと、たどり着けません。神奈川側の沢名が山名の由来なのは、ちょっと違和感もありますね。でも水晶沢ノ頭の山梨側(室久保川)には、水晶が出るポイント、水晶を掘ったような跡が残っているところがあります(ペグマタイトだけでなく、場所によっては若干のスカルン鉱物も見られる)。

室久保川流域にあるという7の水晶カ尾根がどこなのか分からないのですが(明治初年のころには水晶を採掘していたそうです〈『道志手帖』Autumn 2018 no.21〉)、自分が思うに水晶沢ノ頭から出ているいくつかの尾根のどれかではなかろうか。むしろ、その尾根から山の名前として山梨側で「水晶ヶ尾山」というような名前がついて、逆にそこから神奈川側で水晶沢という名前がつけられ、現在の水晶沢ノ頭という山名になったのかもしれません。この周辺は、甲斐と相州側で、いろいろこんがらがってしまう地域ですし。。。昔はこのあたりは全部まとめておおざっぱに諸窪山といわれていたと思われます。ちなみに水晶沢ノ頭は、ピークともいえないような、単なる稜線のちょっとした高みにすぎません。

4の大又沢の水晶沢も、場所、名称がちょっとあやふやです。基本的には現在では下の地図のようになっています。

Omatasawamap

(クリックで拡大)
出典:関東森林管理局Webサイト、施業実施計画図(2万分の1) 神奈川4-2地図(林班図)に筆者追記(文字・赤線)
(https://www.rinya.maff.go.jp/kanto/attach/pdf/R20700_keikaku_zumen-144.pdf)

 

このあたりには奥野歩道という道が通っていたのですが(現在は廃道)、以前は東海自然歩道に選定されていたことがあります(1992年まで)。そのころの道標や痕跡がところどころまだ残っていて、水晶沢の隣の戸沢(バケモノ沢)と呼ばれている沢に「水昌沢」という表示がされています。登山者の間ではこの道標は名前も場所も間違っているという認識がほとんどですが、本当にそうなのかな?

この認識は、おそらく松田警察のサイトで以前見ることができた「西丹沢頂稜河川土地名称図」(およびそれをもとにした「西丹沢登山詳細図」)をその根拠としているのだと思います(ちなみに林班図では水晶沢も戸沢も表示はなくバケモノ沢とだけ書いてある。地理院の地形図では下流に大又沢としか書いていない。)。城ヶ尾峠にある環境庁・神奈川県の地図も基本これに沿ったもので、違うのは「水昌沢」の道標だけです。まあこれでは間違っていると思われても仕方ない状況ですが。。。(ちなみに東海自然歩道は開始当初は厚生省、1971年から環境庁・環境省の管轄)。

Ohtakitogekami_map

今も残っている大滝峠上にある東海自然歩道ルート変更のお知らせ。同じものは城ヶ尾峠にもある。

 

神奈川県は、東海自然歩道には相当手間とお金をかけているように思います。他の資料と違うからと、簡単に「水昌沢」という標識を間違いだと決めつけていいものかどうか。なぜわざわざ「水昌」? 単なるミスってありえなくないですか? 場所の間違いはともかく、どうやったら何の意味ももたない「水昌」と間違えて道標を作成するのか、その経緯がまったく思いつかない。。。名前も場所もなにかしらの根拠があったからあえてこの表示にした、と考えることもできます。

ちなみに、水晶沢はちょっとだけ見に行ったことがありますが、ペグマタイトの痕跡は見つけることはできませんでした(下から上まで歩いたわけではない)。昔はペグマタイトの露頭があったのかもしれません。位置的にも戸沢(水昌沢)、バケモノ沢、あるいは赤沢のほうが、甲相国境尾根、道志のペグマタイト点在地域により近く、水晶がありそうな気がします。実際、上流に行くほど、粗粒のトーナル岩が目立って増えてきます。。(ちなみに、シキリ沢や白水沢では小さな水晶を見たことがあります)。

あと、バケモノ沢は、何かを隠そうとして人が近寄らないようにこんな名前がつけられたという噂は聞いたことがw

まだ地蔵平に集落があったころ、そこの子どもたちは水晶沢で水晶を拾って遊んだ、というような記述を以前見た気もするんですが、ネット上に以前あった江戸時代の菰釣山国境紛争や地蔵平についての詳しい記録のページはすでに消滅してしまいました。それを読んだ当時は、まだ鉱物に特に興味なかったからなぁ。。。保存しておけばよかったよ。。。誰か保存してませんか?

ちなみに、このすぐ近く、奥野歩道の先には、武田信玄が小田原を攻めた際に軍営を張ったとされる「信玄平」があります(この場所も文献を見るとちょっとあやしい)。信玄平は甲斐から相模への丹沢山中を抜ける間道・サカセ古道の途中にあります。古くは鎌倉で敗れ甲斐に逃げた新田義興も砦を建てたといわれる歴史ある道です(城ヶ尾の「城」はこのことを指すらしい)。

信玄の通るところ、金銀水晶ありですよw ここを通ったのも、金や水晶の下見を兼ねてたのかも?

 

Suishozawa_01Suishozawa_02

左:大又沢上流の水晶沢。3段20m棚。この上にはまだ行ったことないのだ。巻けるの? 右:戸沢にある「水昌沢」の道標。

 

2021年5月 2日 (日)

氷長石(静岡県河津町河津川流域S鉱山)

Adularia KAlSi3O8 珪酸塩鉱物

 

Adularia_izusm_01

Adularia_izusm_02

 

黄鉄鉱(静岡県河津町河津川流域S鉱山)で書いたのと同じ場所(下のズリ)で見つけたもの。最初同所で多く見られた方解石かとも思いましたが、希塩酸で反応がなかったので、長石だろうと思い形から。。。さらに、ここと同様の伊豆の金銀鉱山である、湯ヶ島、清越、土肥、縄地、河津等でいずれも氷長石が産出するということで、氷長石としました。ここも、金銀(および銅)鉱床ですし。

このブログでも氷長石は以前一度取り上げていますね(氷長石(長野県川上村甲武信鉱山))。

特に1枚目は、晶洞の真ん中に主役という感じで鎮座していて、なかなか趣きがあります。まわりに小さな水晶を従え、ひときわ高く聳える雪をいただいたアルプスの峰のようで、氷長石の名にふさわしい姿だと思います。何となくひんやりしてますしね。

2枚目はもうちょっと透明度が高く、こちらも氷の固まりっぽい感じです。

 

ところで自分はずっと氷長石を「ひょうちょうせき」と読んでいましたが、どうやら「こおりちょうせき」と読むと日本鉱物学会で取り決められたことがあるらしいです。。。でも本によっては索引の「ひ」の項目にあったりするんですよねぇ。まあ確かに「こおりちょうせき」の方が音的にはずっと分かりやすいことは確かですが。

氷長石は正長石の一種で、独立した鉱物種ではありません。分類的には、正長石と微斜長石の中間あたりにあやふやに位置するもののようです。正確には、ヨーロッパアルプスのアデュラ地域に産するものだけを「Adularia」というべきかもしれません。

1830年にドイツの鉱物学者・ブライトハウプト(Johann Friedlich August Breithaupt: 1791-1873)によって、メキシコのヴァレンシアナ鉱山で発見された長石(Valencianite)が、のちに氷長石の一種であるとされました。アデュラの氷長石とは若干違って不透明で、日本の金銀鉱山から産する氷長石の多くは、このValencianiteにあたるといいます(ただ、今ではValencianiteという名前はほとんど使われない)。

細かいことは置いといて、なかなかお気に入りの鉱物です。

 

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