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2020年8月に作成された記事

2020年8月29日 (土)

タマネギ状構造(神奈川県東丹沢~山梨県秋山)

神奈川県の東丹沢周辺では、よくタマネギ状構造、あるいはタマネギ状風化が見られます。

昔は牡丹石ともいわれていました(日本で牡丹石と呼ばれている石には、まったく違う種類のものがいくつかあるようです)。『新編相模国風土記稿』に、「牡丹石。(青野原村ニ産ス。本草綱目ニ井泉石ト見ヘタルハ。卽是石ノ類カ。)」(巻之百十六 津久井県巻之一)と書かれています。

個人的には青野原の山というと焼山くらいしか行ったことがありません。タマネギ状構造を見た記憶はないのですが、別の石のことではないと思います。その詳細は「地誌のはざまに 青野原の牡丹石」に詳しいので、興味ある方はそちらをどうぞ。

風土記稿」の同じ個所には道志川の貝石というのも載っていて、これはカネハラニシキの化石のことでしょう。大室山の貝沢あたりから流れてきたものと思われます。

 

タマネギ状構造は東丹沢、特に大山や広沢寺の鐘ヶ岳周辺には多く見られ、どちらも信仰の山であり、参拝者、あるいは行者たちにとっては、よく目にする馴染みのあるものだったでしょう。山岳信仰と鉱山、本草学は、深い結びつきがあります。行者たちは、多分この周辺でとれる役に立つ石や草のエキスパートだったはず。

東丹沢の山岳信仰の中心は愛川町の八菅山ですが、飯山あたりには銅鉱もあり、鋳物師の拠点だったといいます。七沢には多々良沢なんていう名前の沢もあり、ちょっと気になりますね。今ではこのあたりで鉱石を採集したなどという話はまるで聞かないのですが。

ちなみに宮ケ瀬から流れる川は中津川といいます。中津川といえば、鉱物好きには気になる地名で、特に秩父や恵那の中津川は、日本でも指折りの稀少鉱物の産地として有名です。神奈川の中津川は、地学的には牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線にあたり興味深いところですが、鉱物的にはいまいちパッとしませんねw

 

タマネギ状構造は、岩が節理に沿って次第に丸みをもって風化していったものですが、出来方については、ここがわかりやすいかも。平塚市博物館「東丹沢のタマネギ石(4)−そのでき方−

 

Tamanegi_byoubusawa_01

大山の東、日向薬師の奥、屏風沢上流の枯れ棚。雨が降れば流れるであろう水流で、なめらかに浸食されているのでしょうか。皮がめくれたようにはなっていませんね。でも、節理に沿ってタマネギ状構造が発達している様子がよくわかります。割れ目の白い脈は、沸石でしょうか。

さらに沢の奥まで行くと、まるで屏風のようにたった岩壁が広がっていて、沢名の由来になったと思われます。

 

Tamanegi_kanegatake_01

鐘ヶ岳、広沢寺からの登山道の途中。古い参詣道で、番地を記した江戸時代の道しるべが登山口から頂上まで続いています。

鐘ヶ岳は昔は大山と並ぶ信仰の山で、多くの参詣者でにぎわったらしいですが、今は登山者も少なく静か。頂上には浅間神社がありますが、頂上の少し下には寺もあったようで、礎や瓦などが発掘されています。

 

Tamanegi_mitumine_01

大山三峰の南。不動尻から稜線に登山道を登って、ちょっとのところだったと思います。

不動尻は、心霊スポットで有名な七沢の山神隧道を越えた先にある、大山や三峰の登山口。この周辺は暗くてじめっているし、キャンプ場だったころの名残りの廃墟もあったりして、おせじにも気分のいいところとはいえないので、まあ心霊スポットになる気持ちはわかるw

 

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宮ヶ瀬湖の南畔、林道土山高畑線沿いにあります。土山峠からちょっと行ったところの、橋のきわ。

これだけ立派なのは、見たことないですね。

 

Tamanegi_takatuka_01

山梨県秋山の高柄山稜線上。

 

藤野木・愛川構造線、牧馬・煤ヶ谷構造線という古いプレート境界線に沿って、タマネギ状構造が続いているように感じます。

タマネギ状構造は、火山性タービダイト(海底の乱泥流堆積物のこと。普通、粗粒ほど先に下に沈み、細粒ほど後から沈み、層ができる)でしか見られないそうです。最初は海であったプレートの境界は、陸地にはさまれた深い海になり、隆起して山になった両側から多量の土砂が流れ込み段々浅くなっていき、やがては山間の川となります。その過程で堆積岩ができ、常に強い力を受けているために、割れ目(節理)もできやすいということなのでしょう。

 

東丹沢は鉱物的にはそれほど面白いところではないのですが(それでも鉱山跡はちらほらとある)、地学的にはとても興味深い地域です。

夏は行きたくないところですけど(暑いし山ヒルがががが)

 

2020年8月23日 (日)

デューク石(長野県茅野市金鶏金山)

Dukeite Bi3+24Cr6+8O57(OH)6・3H2O 酸化鉱物

 

Dukeite_kinkeim_01

Dukeite_kinkeim_02

 

金鶏金山の、クロムとビスマスを含むデューク石。

鮮やかなレモンイエローの球顆状の結晶が割れた状態です。2枚目の写真は、割れた断面を拡大。周囲の黄色い部分も、同じデューク石かどうかはよくわかりませんが、石の割れ目から、別の球顆状結晶もちら見えしています(もちろん怖くて割ったりできませんがw)。

小割した金鶏金山の石を顕微鏡で確認していて見つけた時、そのあまりの鮮やかさに思わず声が出てしまいました。稀産鉱物すぎて、アウト・オブ・眼中、探してもいなかったのですが、異様なくらいに存在感があります。

デジタル鉱物図鑑で、クロムとビスマス(蒼鉛)を含む鉱物を検索すると、このデューク石とクロム蒼鉛石の2種しか出てきません(どちらも写真なし)。クロムとビスマスの両者が併存する環境が、めったにないために、稀産鉱物となっているわけです。金鶏鉱山の石は、もともとクロムを含んでいたところに、後からビスマスを含む熱水がきて反応したらしいですが、いずれにせよ、非常に珍しい環境により生成された珍しい鉱物ということですね。クロム蒼鉛石にいたっては、ネットで検索してもカラー画像すらありません。

アメリカ・ノースカロライナのデューク大学で保管されていた、ブラジル・ミナス・ジェライス・Posse鉱山産のプッチャー石の標本から発見されたそうです(2000年報告)。命名は、アメリカのメアリー・デューク・ビドル財団あるいはデューク大学にちなんだもの。デューク大学の名前の元になったデューク一族(大学への経済的支援をした)の関係者だと思いますが、詳細は知りません(アメリカは、こういう政治家とか資産家とかにちなんだ命名が多いのか? 文化の違いというありがちな言葉だけで済ませてしまっていいのかどうか、最近は疑問に感じている)。

(「メアリー・デューク・ビドル財団」で検索したら、なんか怪しげな本にあたってしまったので、やる気をそがれてあやふやな笑みを浮かべつつ、そこで調べるのをやめることにしましたw まあね、別に詳しく調べる必要もないしねw)

世界でこの石が報告されているのは、発見された標本の産地・ブラジルのPosse鉱山、フランスのLe Val-d'Ajol、そして日本の金鶏金山の3か所だけです。Posse鉱山というところで今でも見つかるのかどうかは分からず。フランスは、詳細はまったくわからず。論文が複数ありはっきりしているのは日本の金鶏金山だけで、今現在でも発見できる可能性があるのは、ほとんど日本のみという感じなんでしょうか。

 

金鶏金山では、自分はビスマス系らしき部分はほとんど見つけられなかったのですが、多分ちょっとした場所の違いなのでしょうね。露頭の位置がちょっと違えば、転石の位置もかなり変わってきますし。

金鶏金山はもう一度行って、じっくり探してみたい場所のひとつです(向谷鉱山もまだ行ってない)。

 

2020年8月20日 (木)

テフロ石?(群馬県桐生市菱町茂倉沢鉱山)―C2

テフロ石(マンガンかんらん石) Mn2+2(SiO4) 珪酸塩鉱物

 

前回・ロスコー雲母(群馬県桐生市菱町茂倉沢鉱山)からの続きです。

バラ輝石が中心の石に、緑の結晶群がついていました。

ロスコー雲母と、オレンジに蛍光する、緑の薄い部分は閃亜鉛鉱ではないか、と予想しましたが、蛍光しない緑の濃い結晶は一体何なのか。その拡大写真です。水晶の頭のような、結構きれいな形をしています。

 

Tephroite_mogurazawam_01

 

ぱっと見た感じ、かんらん石の結晶に似た感じ。

ここの石で一番よく見られる緑系の鉱物といえば、テフロ石です。テフロ石は、かんらん石にマンガンが入った石。もしかしたら、テフロ石の結晶でしょうか。

日本ではテフロ石の結晶は非常にまれなようですが、岩手県の田野畑鉱山では、緑の結晶粒として産出するそうです。田野畑鉱山は、茂倉沢と同様、珍しい長島石、鈴木石、ロスコー雲母の産地。特に長島石は、世界でこの2か所でしか見つかっていません。とすれば、茂倉沢でもテフロ石の結晶があってもいいのでは?w

ネットで見てみると、テフロ石の結晶は大体褐色ですが、たまに透明度の高い緑のものもあるようです。

ちなみに、結晶でないテフロ石はごく普通にあります。

 

Tephroite_mogurazawam_02

 

この写真のようなのが、テフロ石の普通の産状です。淡い灰青緑をした塊です。ピンク色はバラ輝石。

まあ正直本当にテフロ石なのかどうかは分かりませんが、期待も込めて、「テフロ石?」ということにさせていただきました。他に思い当たる鉱物がないのは、自分の知識や経験のなさですね。

 

テフロというのは、ギリシャ語で灰を意味し、見かけの色からきています。

軽石やスコリア、火山灰など、溶岩以外の火山噴出物をテフラといいますが、これも同じ語源です。

ちなみにマンガンの語源はいろいろ複雑だったようで。。。面白いので、ちょっと引用します。

「軟マンガン鉱は当時、磁鉄鉱magnesの変種とも考えられていてmagnesiaとよばれていた。そのころ酸化マグネシウムもmagnesiaとよばれており、それを区別するため軟マンガン鉱を黒いmagnesiaおよびmanganeseとよんだ。そのためガーンは、ここで得た金属をmanganesiumとした。1808年ドイツのクラプロートはそれまでに発見されたmagnesiumとの混同を防ぐためMangan(ドイツ語)を提案した。また、古代ローマ時代、すでにガラスに加えて青緑色を消すため軟マンガン鉱を利用しており、これにちなんだギリシア語のmanganizo(浄化)、manganon(魔法)に、その名前の語源があるともいわれる。」(『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館)

なんか錯綜してますね。

自分にとってもマンガン鉱石は結晶になることも少なく分かりづらいのですが、昔からそうだったのか。。。

 

2020年8月19日 (水)

ロスコー雲母(群馬県桐生市菱町茂倉沢鉱山)―C1

Roscoelite KV3+2(Si3Al)O10(OH)2 珪酸塩鉱物

 

Roscoelite_mogurazawam_01

 

群馬県の有名な茂倉沢鉱山の石です。

母岩の透明な淡いピンクと白は、それぞれバラ輝石と石英です。

その中に、緑の透明な結晶群が見られました。

茂倉沢鉱山といえば、長島石、鈴木石、ロスコー雲母ですね。どれも緑系の稀少なバナジウム系の鉱物で、マンガン鉱床である茂倉沢鉱山で産出するにもかかわらず、マンガンをほとんど含みません。長島石と鈴木石は、名前のとおり、日本で最初に発見・報告された鉱物で、特に長島石は、ここ、茂倉沢鉱山が発見地です。いずれも産地はごくわずか。ロスコー雲母も、日本での産地は片手で数えられるくらいしかありません。稀産鉱物の宝庫ですね。その分、見つけるのは大変ですが。

ネット上では、茂倉沢ではもうマンガン鉱石すら数少ないなんて言葉が目につきますが、実際行ってみると、ひとかかえもある大きいのから小さなかけらまで、沢沿いに普通にごろごろしていて、美しいバラ輝石などは探すまでもなく苦労せず拾えます(マンガン鉱石は非常に重く、硬いので、大きいのはとても持ち上がりませんし、割るのも一苦労ですけど)。

これはやっぱり「高度な情報戦」ってやつでしょうかw やはり鉱物探しでは、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するのが大事ですね!(ようするに行き当たりばったりということかねw) まあ、台風などでかき回されたのかもしれませんし、昔はもっとすごかったのかもしれませんが。

 

どうやら右上のちょっと虹色に光る部分が、ロスコー雲母のようです。裁縫用針でつついたら、雲母の特徴のとおり、薄片がはがれました。自分が見つけたロスコー雲母(と思われるもの)は、今のところ、このとても小さなものだけです。

最初はこの緑の部分はすべて同じものだと思っていたのですが、どうやらいろいろな種類の鉱物が集まっているようです。

試しにUVライト(長波)をあててみたところ、

 

Roscoelite_mogurazawam_02

 

一様でないことが分かりました。右上のロスコー雲母と思われる部分と、左の一番大きな結晶部分をのぞき、オレンジ色で光っています。

ここで産出する可能性のあるもので、緑の結晶となることもある、蛍光することもあるもの、といったら、重晶石と閃亜鉛鉱ですが、オレンジの蛍光ということで、光っている部分は閃亜鉛鉱ではないかと考えました。他の鉱物系のサイトで、似たような緑、透明な結晶を、閃亜鉛鉱ではないかとしているところもありました(TMTM Mineral Collection)。というか、他に思い当たりません。

 

そうすると、蛍光しない、左の一番大きな結晶は一体なんだろう。

次回に続きます。

 

2020年8月13日 (木)

輝蒼鉛鉱(山梨県大月市大月町本沢鉱山)

Bismuthinite Bi2S3 硫化鉱物

 

Bismuthinite_honzawam_01

Bismuthinite_honzawam_02

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大月市の本沢鉱山跡の沢で採集した、輝蒼鉛鉱を含むと思われる標本です。

ここでよく見られる不透明な石英の塊を割ったところ、内部に銀色の鉱物が集まっていました。

「含むと思われる」と書いたのは、自信がないからです。ここでは、自然蒼鉛、輝蒼鉛鉱、ホセ鉱、硫砒鉄鉱、黄鉄鉱などが産出するらしいですが、どれも似たような見かけばかりなので。。。ところどころ青っぽく見える部分は、方鉛鉱でしょうか? 蒼鉛は、名前とは異なり、青っぽくなることはないみたいです。銀白色の部分が輝蒼鉛鉱ではないかと思うのですが、硫砒鉄鉱かもしれません。

針でひっかいてみると、結構簡単に削れるので、輝蒼鉛鉱としました(モース硬度は、輝蒼鉛鉱=2-2.5、硫砒鉄鉱=5-6)。

自然蒼鉛も期待したのですが、自然蒼鉛のわずかに赤味がかった銀色ではないようです。

 

3枚目の写真の箇所については、銀色の上に付着している緑がかった部分は泡蒼鉛、蒼鉛土の類ではないかと思うので、この銀色も、輝蒼鉛鉱ではないかと考えました。

1枚目の写真の右側には、こんな部分もありました。下はその拡大。

 

Bismuthinite_honzawam_04

 

波打った層状の断面のようなものがありましたが、これも蒼鉛関係でしょうか。石を割ってすぐは、にぶく銀色に輝いていたのですが(ただし、輝蒼鉛鉱と思われる部分の銀色とはちょっと違う)、数日で変色して輝きが失われました。小さくへばりついている銀色の箔状の部分は、輝きは変わりません。ちょっと赤味が入っているようにも見えますが、うーん、これだけで自然蒼鉛としての項目を立てるほどの自信はありませんねw 元素鉱物はぜひ増えて欲しいんですけどね。

左上の白いのは蒼鉛土の類に見えますが、どうでしょうね。金色に輝いているのは、黄鉄鉱でしょうか。蒼鉛と接して産出することはあるのかどうか、分かりませんが。

 

大月から真木川を遡る林道(舗装されていて立派)をずっと上っていくと、小金沢連嶺の黒岳と、雁ヶ腹摺山をつなぐ大峠に行き着きます。そのほんの少し下流、黒岳側から流れ込む小さな沢が、本沢鉱山跡です。林道が沢を渡るところでは、大量のズリ石が林道を埋める勢いで流れてきたのか、石を沢から掘りあげて脇に積んだようなあとが。つまり、林道のすぐ脇で、ズリ石を探すことができるような状況になっています。

沢の奥にも入ってみましたが、鉱山のあった跡のようなものは見つからず。露天掘りだったのかな? 短い沢で、ちょっと奥に入っただけですぐに急峻になっていくので、落石の危険が大きく注意したほうがいいかも。

 

Honzawam_01Honzawam_02

左:本沢鉱山の沢。右:白谷丸から雁ヶ腹摺山

 

大峠には駐車場があり、雁ヶ腹摺山にはせいぜい1時間程度で登ることができます。頂上付近はサンショウバラの咲くちょっとした草原になっていて、ここからの富士山の遠景が500円札に使われたことで有名です。

小金沢連嶺の黒岳へも、1時間半程度で登れます。黒岳は以前、山の向こう側、日川側から登ったことがあります。延々と林道を歩き、ずいぶん遠かった印象があるのですが、こちら側からだと、あっという間でした。。。黒岳の頂上はあんまりおもしろくないので、その南の白谷丸か、ちょっと距離はありますが北にある牛奥ノ雁ヶ腹摺山まで行くといいかも。どちらも広い草原になっていて、とてもきれいで気分いいところなのです。

このあたりの山稜上は、草原と、ちょっと秩父っぽい植生の森が交互に現れてくるので、非常に楽しいですね。この印象は、大菩薩、さらに笠取山、雁峠あたりと共通しています。

ところが、笹子峠から南に入ると、急激に秩父っぽさは失われ、御坂の山々になり、雰囲気ががらっと変わります。そこからは、秋山、道志、そして丹沢と連続した印象を受けます。

ちょうど笹子峠が境界になっているような感じです。地質と植生、そこから生じる風景の印象の関係を、肌で感じることができる地域だと思います。

 

2020年8月10日 (月)

苦土電気石(長野県茅野市金鶏金山)

Dravite NaMg3Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH) 珪酸塩鉱物

 

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南アルプスの北端・入笠山の、さらに北の山域にある、金鶏金山の苦土電気石です。

ここの苦土電気石は、少量のクロムを含んでいて、透明感のある鮮やかな緑色をしています。珍しいものではなく、特にここでは、白雲母や水晶とともに繊維状、針状でごく普通に見られるものですが、拡大すると透き通った結晶が実に美しいものです。

鉄さびで茶色の皮膜に覆われていることも多いのですが、シュウ酸につければきれいになります。こういう処理はできればやりたくはないのですが、ここで稀に見られるフローレンス石やデュモルチ石などを探すために、いくつかきれいにしてみました。上の1、2枚目の写真などは、そうやってきれいにしたものです。

 

金鶏金山は例によって武田信玄時代の金山のひとつで、この周辺にはいくつも当時の、あるいはその後の鉱山時代の遺構が残っています。下のJR青柳駅から要所に道標までありますし、現地にも説明板が設置されていますが、はたしてどれだけの人が見るのか。。。バイクの人は少々いるようですが、興味ある人いるかなぁ。まあいないよねw

林道沿いなので、軽トラやジムニー等なら楽に現地まで登れると思いますが、うちの車だと無理なので、林道の往復16kmを歩かなければなりません。ショートカットの山道(あるいは尾根等)を通っても、かなり長いです。。。さらに、このあたりの山道は、どうやらオフロード・バイクがよく走っているようで、道が深く掘られてつるつるになっているところもあって、かなり歩きにくい。。。登山者には、見向きもされていない地域で、ヤマレコの記録もほとんどありません(ここの記録は結構参考にしているのですが)。

すぐそばにはろう石山があり、ろう石、苦土(フォイト)電気石、デュモルチ石などが組になっていることが多いことを考えると、金鶏金山でも苦土フォイト電気石がありそうに思うのですが、どうなんでしょうか(デュモルチ石はあるらしい)。

また、ここから直線距離で1kmたらずのところには、向谷鉱山跡もあります。こちらにも行くつもりだったのですが、さらに遠くなるし、金鶏金山が想像以上に面白かったので、行くのをあきらめました。この地域の山の様子も何となく分かったので、下からまっすぐ歩いて登れそうなあてがついたので、またの機会に行ってみたいですね。

 

ところで、最近行ったまったく別の山域なのですが、休業中の山小屋でトタンを抑えている石が白っぽくて気になって見てみたら、ちょっとした水晶がついているのを見つけました。あってもおかしくない地域だし、確かにところどころで石英のかたまりを見つけたのですが、鉱物採集のポイントとしてはまったく話はなく、古い山行の記録を見てもヒントは全然ない(昔の山行記録だと、鉱山の調査をしていたとか、たまに書かれていたりするんですよね)。これは! と思ったのですが、後でそこから1kmも離れていないあたりに武田の金山があったというあやふやな噂があることを知りました。

山梨周辺だと、なんだか武田信玄がすみからすみまで探しつくし、その後追いをしているだけなのか、という気分になりましたw 地質図を見るより、信玄の行動、信玄関連の地域の伝説などを調べたほうがいいような気がしてきます。戦の進軍の際にも、そういうポイントを絡めているように感じることもあります。

信玄なんなんだよw

 

2020年8月 4日 (火)

毒鉄鉱(山梨県甲州市黄金沢鉱山)※

Pharmacosiderite KFe3+4(AsO4)3(OH)4・6-7H2O 燐酸塩鉱物等

 

Pharmacosiderite_koganezawam_01

Pharmacosiderite_koganezawam_02

 

写真の真ん中、三角山のまわりの濃い黄色が毒鉄鉱だと思います。山の付け根の真ん中あたりに、立方体の結晶が1個見えます。これで、気づくことができました。

角度を変えて見ると、近くにいくつか正方形のきらめきが見られますが、何しろえらくちっちゃいので、写真にはうまく撮れませんでした。今のところ、これが精いっぱい。ルーペでも確認はほぼ無理で、顕微鏡でようやく何とか。。。という小ささです。洋紅石を探して、小分けにした石のすみずみを見まわしていたおかげで、気づきました。

色的には、ここで割とよく見られるビューダン石と似ているのですが(この同じ石にもついていました)、ビューダン石のほうがもうちょっと鮮やかな黄色かなあ。。。という感じ(あやふやw)。

毒鉄鉱の立方体の結晶は憧れていたので、まさかここ(黄金沢鉱山の上のズリ)で見つけられるとは思わず、びっくりです。でも、確かにあってもおかしくないですし、あらためてネットで検索すると、写真を掲載しているサイトもちゃんとありました(上の写真と色も同じでした)。もうちょっと大きくて、クリアに写真に撮れるくらいのであればよかったけど、まあ仕方ないね。

毒鉄鉱と名前はすごいですが、これは主成分が砒素なのでつけられた名前でしょう。でも、何だか寒天菓子みたいな見かけで、食べるとぴりぴりしそう。

 

黄金沢鉱山の上のズリは、石も割られて小さくなったものばかりで、もとの規模も狭いですし、洋紅石なども絶産に近いといわれます。でも、個人的には絶産という状態が実際にあるのか、疑問です。見つけるのがどんどん難しくなっていっているのは事実だと思いますが、地面に埋まったズリ石をすべて掘り返すことがまず不可能だと思いますし、すべての石のすべての箇所を見ることもできません。

ひょいと何気なく拾った石に、偶然珍しい鉱物がついていた、なんてことは多分誰でも経験しているのでは。山の神さまの気まぐれなのか、運なのか。

「運がいい」ということは、けっして偶然に好かれるということだけではないのではないか。人は外の世界を見るとき、一点に視線を集中させますが、意識していないだけで、それ以外のところもちゃんと見ているのだと思います。十分な知識と集中があれば、視線から外れた部分でも、無意識ではなにごとかに気づいて、それが意識を介さずに、「何気なく」石を拾うという行動に結びつくのだろうと思っています。

確かユングは『自伝』の中で、何気なく河原で拾ったなんということもない石が、その後非常に大事なものになっていき、執着するさまを描いていたと思います。ユングならば、「運がいい」ということをどう説明してくれたんでしょうか。

 


2020/10/20追記

先日また黄金沢鉱山に行って見つけた毒鉄鉱と思われる写真を追加します。

集合して塊状になっていますが、正方形の光が見えるので、毒鉄鉱だと思います。長野県の向谷鉱山でも、これとそっくりの毒鉄鉱の集合体がありました。

 

Pharmacosiderite_koganezawam_03

 

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