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2020年7月に作成された記事

2020年7月30日 (木)

玉髄(静岡県河津町やんだ)

Chalcedony SiO2 酸化鉱物

 

Chalcedony_yanda_01

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さまざまな沸石、特にモルデン沸石の産地として有名な、河津・やんだの玉髄。

白浜層に相当する、海の中で噴出して固まった溶岩や、それが砕け堆積して固まった角礫岩の上に、セラドン石、玉髄や沸石の結晶が成長しました。

玉髄は化学式を見ればわかるように、ようするに石英です。非常に小さな石英の結晶が集まって塊になったもので、含まれる不純物によってさまざまな色のものがあります。ちなみに、瑪瑙もやはり石英で、層状の模様がついたものをいいます。

やんだの玉髄は、色は白か青のものがほとんどですが、どうしてこんなきれいな色になるんでしょうか。セラドン石が関わっているのではないかという説もあるようですが、まだよくわかっていないようです。セラドン石は、火山噴出物(火山灰など)が海中で堆積し凝灰岩となり、熱水によって石英に富んだ部分が変質して生成するとのこと。とするとやはりセラドン石がらみなんでしょうか。ここのセラドン石は緑に近いですが、場所によっては青に近いものもあるので、生成した時の条件で色が変化するのかもしれません。

1枚目は露頭での接写です。こんな感じで、露岩に空いた隙間・晶洞の中で、玉髄や沸石の結晶が成長しています。

2枚目の写真は、小さな輝沸石の結晶の上に、うす青い球の玉髄がくっついています。輝沸石が青緑なのは、その下のセラドン石の色。

3枚目はその球がいくつもつらなって柱になった様子です。写真の右側は、その玉髄の表面に透明な沸石がコーティングしているようで、きらきらしています。グラデーションがきれいですね。下の母岩の青緑が、セラドン石。

 

このあたりの海沿いは、いろいろな鉱物が見られるのですが、ちょっとずれるとその種類がどんどん変化していくのが面白いですね。

やんだの浜から、海に向かって左手の岩場は沸石はほとんど見られず、玉髄が目立ちます。右手の海食棚は沸石と玉髄(ここがモルデン沸石の産地)。さらにそのすぐ南は菖蒲沢浜で、水晶やめのう、自然金などがあります。縄地鉱山を経て下田に近づくと、マンガン系の鉱物が見られるようになってくる。

伊豆はほんとに面白いです。

 

Yanda_01

やんだの風景

 

2020年7月25日 (土)

セリウム褐簾石?(山梨県北都留郡丹波山村泉水谷)

Allanite-(Ce) CaCe(Al2Fe2+)[Si2O7][SiO4]O(OH) 珪酸塩鉱物

 

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褐簾石か、鉄電気石か、どちらかだと思うのですが。。。緑は緑簾石、透明なのは石英、不透明な白いのは長石だと思います。

2枚目の写真は、1枚目の左端の、結晶面が出ていると思われる部分の拡大。

採集した場所は、黒川鶏冠山の南を流れる泉水谷の林道の奥、丸川峠北の牛首谷にある、水晶橋のそばの川原。松原聰『鉱物ウォーキングガイド』(丸善出版、平成17年)にも出ているポイントです。ちなみに現在泉水谷林道は、入口のゲートは閉まっていて、車で入れません。入っても、途中大きく崩れているので、バイク、自転車等も通行不可です(歩きなら大丈夫)。林道は、下流部では沢よりかなり高いところを走っていて、途中の小室川出合に下りる経路以外では沢に下りられそうにありません。でも上流部では沢のすぐそばを通っています。

水晶橋の付近は、ちょうど徳和花崗岩体の東の端にかかっていて、ペグマタイトが見られます。大きなものは見つかりませんでしたが、小さな水晶なら見つけることができるのは、橋名のとおり。林道沿いの崖の花崗岩にも、白く石英の脈が走っています。

以前、チタン鉄鉱(山梨県甲州市柳沢峠)で、この付近の褐簾石について記述された古い論文を引用しました。

「…柳沢峠付近のペグマタイト中(古い水晶坑)でソウ長石の 内部に点在する緑レン石に黒色のカツレン石がはめこまれて産する…」(木村幹「東洋産含希元素鉱物の化学的研究(第56報)山梨県大菩薩峠産カツレン(褐簾)石」『日本化学雑誌』第81巻第8号、1960年)、

1枚目の写真の右側のかたまりは、この記述と同じく、緑簾石に包まれているように見えます。

水晶橋と、水晶抗があったと思われる沢は、直線距離で約3km離れています。どうでしょうね、とりあえず、この記述を基に、褐簾石としました。ただ、小さいのでうまく試せていないのですが、かなり硬いです(モース硬度は、褐簾石5.5~6、鉄電気石7~7.5)。

やはりこれは、大菩薩峠に行って褐簾石を見つけて、較べるしかないですかね(大菩薩の褐簾石産地は稜線の南側。水晶橋は北側)。

 

ちなみに、『鉱物ウォーキングガイド』の水晶橋の章に出ている鉄電気石のポイントは、鶏冠山のほど近くで、水晶橋のひとつ下流の、小さな名無し橋のある沢の上流部にあたります。つまり、そこのポイントの石は、水晶橋にはありません。(その小さな橋でもしばらく探してみたんですが、特になにも見つからず。)

水晶橋付近の沢は、縞模様の岩がとても印象的で面白いです。きれいな渓谷なので、風景を見にちょっと歩くのもいいかもしれません(林道入口から結構遠いですけど)。

ただ、どこに行ってもいつも思うんですけど、多摩川水系の沢って、なんか水が濁ってるところが多くありませんか? 地質のせいなのか、単に雨が降って濁った時ばかりに行きあってしまったとかなのか。どこも、白っぽく濁ってるように見えるんですよね(前回の奥多摩鋸山の沢もそうだった)。相模川水系の沢はどこも透き通っていて、印象が全然違います。川床の岩の色なんかも影響してるのかもしれません。

 

Sensuidani_02Sensuidani_01

左:水晶橋、右:水晶橋付近の縞模様の岩

 

2020年7月23日 (木)

辰砂(東京都西多摩郡奥多摩町鋸山)

Cinnabar HgS 硫化鉱物

 

Cinnabar_nokogiriyama_01

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奥多摩駅からほど近い、鋸山のマンガン鉱山跡のズリから見つけた辰砂です。

奥多摩駅からすぐそばにそびえるのが愛宕山。頂上に愛宕神社があります。そこから岩場などのある稜線を登ると、鋸山です。頂上は植林の中で展望などはまったくなく、途中の岩場の付近は明るくまあまあ面白い道で、鋸山から先、稜線は大岳山、御岳山などにつながっています。

鋸山の頂上のすぐ下に大ダワという峠があり、鋸山林道が山を越えていますが、その林道沿いにズリ跡(植林地になっている)があります。真っ黒いマンガン鉱石や、時に微細な水晶を含む赤碧玉などがごろごろしています。碧玉というと普通は石英の一種のことだと思うのですが、参考にしたサイトでは、「チャートが変成してできた」と書かれていました(「東京都奥多摩町鋸山鉱山のマンガン鉱石中に見られる辰砂」)。

黒いマンガン鉱石を割ると、たまに真っ赤な辰砂が見つかります。大きな結晶といったものはほとんどでないようで、大体粒状みたいですが、それでも奥多摩の手軽な場所で辰砂が採集できるのはうれしいですね。

中国の辰州(現在の湖南省あたり)で多くとれたので、辰砂と呼ばれました。古代から丹(に)と呼ばれ、赤の顔料として使われてきた、由緒ある鉱物です。練丹術というのは、まさにこの丹を使って不老不死の仙薬などを作ろうという方術で、おそらく、水銀の防腐剤としての効能や、赤=血液、赤=神聖な色、という連想からきたものではないかと思います。水銀をめぐる歴史・文化なども、調べていけばかなり深そうな気がします。

 

古い言葉といえば、鋸山のそばの大ダワ。タワとかタオ(タヲ)というのは峠や、山の低くなったくびれたところを意味し、今でもあちこちに地名として残っています。普通に暮らしていたら知らないかもしれませんが、登山に行く人ならば、すぐにいくつか思い出せるでしょう。「撓み」からきているのだと思いますが、万葉集の大伴家持の歌にも「… 山のたをりに 立つ雲の …」(19・4169)とあるように、古くからの言葉です。峠は「タヲ越え」あたりからきているのでしょうか。

峠は、タムケ(手向け)からきているという説(道祖神などに手向けて祀った)もあるようですが、峠に必ず道祖神、山の神等があるわけではなく、また峠以外にも道祖神などはあるのだから、ちょっと納得しがたいです。峠というのは地形であって、山とか川とかと同等なもの。地形を表現する名は、人の行為を表現する名前より、より基本的なものと考えるべきで、それが逆転している「タムケ」説はないと思います。

道祖神、山の神等は、何らかの「境界」にあるものだと思います。峠も数ある境界のひとつなだけで、イコールでは結べません。

鉱山用語も、古い日本語が残っているようです。この前テレビのニュースで、沖縄では洞窟のことをガマというのだと知ったのですが、石好きの人ならなるほどーと思うはずです。そう、晶洞(鉱物の結晶が大きく育っている岩の中の空間)のことをガマといいます。多分、非常に古い言葉なのでしょう。一番端の沖縄と、かなり狭くて特殊な鉱山用語の中にだけ、残ったんですね。柳田国男の『蝸牛考』や、比較音楽学者クルト・ザックスの音楽の伝播に関する説なども、参考になるはず。

 

もうひとつ、丹沢(特に札掛周辺を中心とした地域)のどこかに、辰砂を産する沢があるのではないかと、個人的に期待しているのです。もしあれば、それこそ「丹沢」の語源であるといえるんじゃないかなと。。。丹沢にはマンガン鉱床は割とあちこちにありますし、特に東丹沢は修験道が盛んだった地域であり、その関係からも辰砂の産出が注目されてもおかしくはないのでは。

もともと「丹沢」という地名は、札掛周辺付近のことだったらしいですし、藤熊川、大日鉱山、行者道の重なる、菩提峠から三の塔、行者岳、大日岳周辺が怪しいと勝手に考えていますw 可能性は決して低くないのでは。

もし辰砂が出れば、他の丹沢語源説はすべて霞んじゃうレベルなんだけどなぁ。。。

 

2020年7月18日 (土)

水亜鉛銅鉱(栃木県日光市小来川鉱山)

Aurichalcite (Zn,Cu)5(CO3)2(OH)6 炭酸塩鉱物等

 

Aurichalcite_okorogawam_01

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水色の、なんかしゃくしゃくして冷た美味しそうなのが水亜鉛銅鉱です。緑の部分は孔雀石。名前の通り、銅鉱床に生じる、水酸基、亜鉛と銅から成る二次鉱物です。

繊維状集合の濃緑の孔雀石と水亜鉛銅鉱の組み合わせがいい感じですね。特に水亜鉛銅鉱のさわやかな絹糸光沢・真珠光沢の輝きに目を奪われます。

鉱物の魅力の要素のひとつに、組み合わせ、共生があります。鉱物の同定にも役立つし(自分はまだよくわかっていないんですが)、さまざまなミクロの世界の風景を作っている要素です。てのひらの上に乗る小さな石のかけらを顕微鏡でのぞくと、広大な「風景」が広がっているのには、いつも驚きます。

 

水亜鉛銅鉱・Aurichalciteという名前はギリシャ語からきているらしいのですが、はっきりとしていないようです。一説には、オリハルコン(oreichalkon)(!)が語源とか。

wikipediaでは、オリハルコンは、「語源は、オロス(ὄρος, oros;山)のカルコス(χαλκός, khalkos;銅)。『ホメーロス風讃歌』や、ヘーシオドスの『ヘラクレスの盾』などの詩に初めて登場するが、これらの作品では真鍮(黄銅、亜鉛の合金)、青銅(銅との合金)、赤銅(銅との合金)、天然に産出する黄銅鉱(銅との混合硫化物)や青銅鉱、あるいは銅そのものと解釈・翻訳されている。ラテン語では、オリカルクム(orichalcum)。アウリカルクム(aurichalcum;金の銅)とも呼ばれた」(wikipedia 2020/07/18)と記述があります。銅系の金属一般のことだった? まああくまで現代での解釈なので、実際に何に対して使われていた名前なのかは、はっきりしないようです。

なんといっても有名なのは、プラトンの『クリティアス』Κριτίας, Critias)で、アトランティスの幻の金属として出てきたせいですが、読んだことはないです。個人的には光瀬龍のSF(あるいは萩尾望都のマンガ)、『百億の昼と千億の夜』の冒頭エピソードで、プラトンが「(この金属は。。。)オリハルコン!」という場面のせいで、生涯印象付けられてしまいましたw

銅と亜鉛の鉱物につける名前の語源としては、なんとなく納得はいきますが、名前をつけた人は、この水色の美しい輝きが幻のオリハルコンみたいだと思ったんでしょうかねぇ。アトランティス→海→水→水色→水亜鉛銅鉱、というイメージのつながり?(『クリティアス』には、アトランティスの王家は海の神、ポセイドンの末裔だったとあるらしい)

他にも、大プリニウスの『博物誌』には、すでに失われた銅系鉱石・アウリカルクム(auricalcum;金の銅)についての記述もあるそうです。いずれにせよ、このあたりの伝説上の金属によせた命名であるみたいです。

 

ただ水亜鉛銅鉱はモース硬度は1-2で、すごくもろい鉱物で、爪でも簡単に壊れてしまいます。

宝石といわれる条件のひとつは硬いことで、これはその美しさが永続するものである、ということなんでしょうが、水亜鉛銅鉱はまったくあてはまりません。幻の金属は、はかないってことでしょうかねぇw

 

2020年7月16日 (木)

ヘスティングス閃石(長野県川上村甲武信鉱山)

Hastingsite NaCa2(Fe2+4Fe3+)(Si6Al2)O22(OH)2 珪酸塩鉱物

 

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Hastingsite_kobushim_02

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甲武信鉱山の代表的な鉱物ともいえる、へスティング閃石。

肉眼やルーペで見ると、割と地味な風合いの、濃緑がかった繊維質の不思議な石という感じですが、顕微鏡をのぞき込むと金属的に思える輝きが素敵な鉱物です。角閃石の仲間。甲武信鉱山で検索すると、鉄へスティング閃石と書かれたものが多くヒットするので、これもそうなるのでしょうか。

初めて甲武信鉱山に行って、第2テラスで深緑のきれいにカットされたようなきらきら輝く石を拾って、感動しました。それがこの石。水晶は内包物の多い透明度のあまり高くないものが多く、形もちょっといびつな感じで、自分にとっては甲武信鉱山といえば、このヘスティング閃石とベスブ石のイメージです。

水晶のポイントは見るも無残な感じで掘り荒らされていて、木々の根っこがむき出しになっていたりして、正直あまりそこにいたくないのです。

甲武信鉱山のポイントは結構急な山を登らないといけませんが、梓川沿いの選鉱場あとでも、へスティング閃石がちょっとくっついた石は割と見かけました。

 

自分が鉱物に凝りだしたきっかけは、甲武信鉱山でした。でも、なぜ最初にそこに行こうと思ったのか、思い出せないw ベスブ石目当てだったような気がしますが。。。

あと、湯沼鉱泉はねこでいっぱいだと聞いて、そこにひかれたのかもしれない。

実際、ねこだらけでした。人よりもねこのほうが我が物顔であちこちで丸くなっていて、ここは天国かとw ねこしか入れない部屋もあるとか。どのねこも自由気ままに生活している感じです。ねこが嫌いな人だったら、一瞬たりとも耐えられないと思います(ねこアレルギーのお客さんは、自分の車の中で寝たとかw)。

川上村は遠いですね、清里まで行って、そこから山の中に入っていかなきゃならない。秩父・中津川から三国峠を越えれば着くと考えると、ずいぶん大回りしているわけですが、うちの林道に非力な車だと三国峠を越えるのは多分無理(一度行ってみたいんですが)。

またねこに会いに行きたいなぁ。

 

2020年7月12日 (日)

柱状節理〈1〉(神奈川県足柄下郡新崎川流域)

Columnar jointing

 

Columnar-joint_shinzaki_01

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岩の分類を追加します。

柱状節理は大好きで、いろいろ見てきましたが、この滝は一番のお気に入りです。新崎川上流の中尾沢F2になります。10年くらい前から、毎年年末~新年に一度お参りみたいな感じで訪れていましたが、2年位前、沢がひどく荒れて経路がわかりにくく、ちょっと危ない感じになりました。それ以来、ちょっと足が遠のいているのですが、最近はどうなっているのか。。。

滝としてはそんなに大きいものではないのですが、美しさという点では、これに勝る滝を見たことはありません。ちょうど南向きの沢なので、日の光がよく当たり、細かいしぶきがきらめくさまは見ていて飽きません。

中尾沢を遡行し、F1(時間によってはよく虹が出ている)の左を巻いてよじ登ると、いきなり目の前に現れます。さらに右岸の小尾根を伝って、落ち口に登ることもできます。ちゃんとした登山道などはありません。この辺は、地形図に道として描かれていても実際にはもう跡形もないものも多いです。箱根周辺のハコネダケ(ササ)のヤブは、通行不可能といっていいので、あまりうろちょろできないのですが。。。(このあたりで、わずか数十メートル程度のヤブが越えられず、撤退したことがありますw)

 

柱状節理は、溶岩が岩になり、さらに冷えていく過程で収縮するために4~7角形に規則正しく割れ目ができて、柱状になったものです。

すべて火山といってよい伊豆にはあちこちに柱状節理が見られ、特に火山から流れた溶岩が沢沿いに流れ、冷やされてできた例が多いようです。冷却面に垂直に柱ができるので、ここの場合、沢に沿って沢を埋めるように溶岩が流れて固まり、そのあとに上にまた水が流れて崩れていって滝ができたのでしょう。滝の上に登ると、川床に六角形の岩が続いているのが分かります。

ここに行くには湯河原の梅園で有名な幕山から入りますが、幕山で多くのクライマーが練習している岩も柱状節理です。ただその柱状節理は幕山の噴火で流れた溶岩でできていて、写真の柱状節理は、箱根外輪山の白銀山からの溶岩ということになります。

箱根は超有名観光地ですが、あまり知られていないスポットもいくつかあり、人でいっぱいになって欲しくないなあと思ったりしていたり。。。

 

2020年7月 9日 (木)

ラング石(栃木県日光市小来川鉱山)

Langite Cu4(SO4)(OH)6・2H2O 硫酸塩鉱物等

 

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小来川鉱山のラング石。

以前の記事の石、ポスンジャク石(栃木県日光市小来川鉱山)とは、同質異像の関係にあります。ポスンジャク石は鱗片状でしたが、こちらはもっと透明で四角く、結晶っぽいですね。空色のきれいな銅の二次鉱物です。単斜晶系の形がよくわかります。

名前は、オーストリアの物理学者、ヴィクトル・フォン・ラング(Viktor von Lang, 1838-1921)にちなんだものです。結晶学の創始者のひとりだそうで、けっして悪名高き内務省のハイドリッヒ・ラングではありませんw

原産地はイギリスのコーンウォル。ヨーロッパで採れるところが多いようですが、これは古い鉱山が多いから二次鉱物も多く目につきやすい、ということでしょうか。

写真のラング石は、上記のポスンジャク石と同じ石についていました。確か、沢を遡ってレール跡が出てくる直前の露頭の付近で拾ったものです。割と稀産の部類に入るものだと思いますが、小来川ではそれほど苦労せず見つけた感じです。銅の二次苦物が好きな自分にとっては、沢に緑の石がごろごろしている小来川は、もう一度行ってもっと探索したいところですが、なかなか遠いんですよね。。。

ポスンジャク石の化学式とは、H2Oが2H2Oになっただけの違いしかありません。

同じ素材が、どうしてこんなに違う結晶になるのか、そのきっかけはなんなんでしょう。その場の温度やら湿気やら日の当たり具合とか、石墨とダイヤモンドのように、環境の違いもあるのだろうとは思いますが、あるいは偶然、確率的なものなんでしょうか。結晶そのものの生成に関しても、同じ疑問を感じます。なにかきっかけがあるのか。種のようなものを必要とするのか。

 

結晶というものがどうしてこんなに人を惹きつけるのか。

ふと、錬金術の賢者の石を思い出しました。化学的な現象に仮託した、生命(人間の精神)の秩序の象徴=結晶が、賢者の石といえるのではないか。ランダムな現象である世界における秩序の表象=結晶。確率の海に浮かぶ結晶、無限に続く乱数の中に偶然現れる、意味のある数列のイメージ。

結晶といえば、J.G.バラードの『結晶世界』も思い出します(個人的には『結晶世界』と『夢幻会社』がバラードの最高作だと思います)。すべてのもの(時間さえも、多分精神も)が結晶化していく世界を描いたこのSFは、破滅小説といわれるけれども、バラードの破滅ものはほとんどがそうですが、永遠なるものへの憧憬、強いベクトルを感じさせる作品です。この永遠とは、上記の賢者の石のイメージと重なるものであり、シュールレアリスムやユングの思想の目指す先とも同じものではないかと感じます。

こういうのをまとめて、結晶哲学といったらどうでしょう。

そういえば、生命の誕生、有機物質の組織化に、粘土鉱物の結晶が関与しているという説もありました。詳細は知りませんが、無機物と有機物を繋げる、とても魅力的な話です。

なんちゃらパワー的な怪しげな水晶などの話も、ネットではけっこう目につきますが、こういうのも結晶に対する人間の指向の表れだとすれば、笑い飛ばすだけではなく、そのもつ意味合いを考えてみるのもあながちムダとはいえないかもしれませんね(結晶社会学とでもいうべきか)。

 

2020年7月 5日 (日)

菫青石(いぼ石)(山梨県道志村道志川流域)

Cordierite Mg2Al4Si5O18 珪酸塩鉱物

 

Cordierite_doshi_01

Cordierite_doshi_02

 

北丹沢スカルン帯のいぼ石のいぼ部分(菫青石仮晶)です。

草下英明の『鉱物採集フィールド・ガイド』(草思社、1982)によると、「ほとんどは分解変質して黒雲母化しており、結晶の輪郭だけが残って、これが水に洗われた母岩の表面に突出して、いわゆるいぼ石状になっている」とのことなので、正確には菫青石の仮晶ということになるのでしょうか(めんどくさいので、ここでは菫青石として扱います)。

1枚目の写真のいぼ石も、なんとなく六角柱状のかたちが残っているように見えます。気のせいかな?

神奈川県民としては、本当は神奈川の石として紹介したいところですが、神奈川県では県の天然記念物で、国定公園内ですので、採集できません。でも丹沢県境尾根の向こう側は山梨県で、国定公園からもはずれているので、単なる石ころということになってしまいます。まあ山梨県では、たくさんある希少鉱物産出地のひとつですが、神奈川県では、スカルンなんてここしかありませんから、仕方ないですねw

室久保川沿いにある道志の湯近くに加入道山への登山道がありますが、その途上にもごく普通に転がっています(採集したのはそこではない)。でもベスブ石みたいな見た感じ透明できれいな鉱物などとは違い、いぼ石は単なるいぼいぼのある地味な石ころですので、わざわざ目にとめる人はいないでしょう。鉱物が好きな人でも、興味を持つ人は少ないかもしれません。

ただ、丹沢にも透明で青い結晶の、正真正銘の菫青石があるんじゃないかと思っています。アメリカのコロンビア大学には、江戸時代末に収蔵された道志産の青い結晶が保存されているそうです(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cordierite-527337.jpg)。こんなのがあるのならば、いつか見つけてみたいですね。

 

道志では、いぼ石をちょっとしたお祭りの行事で使っていたそうです。神奈川側でもやはりこの石をいぼ石といいますが、神奈川の箒沢・中川周辺と道志で佐藤姓が多いのを考えれば、いろいろ行き来があったことが分かります。また、県境尾根を挟んで道志側の室久保川、神奈川側のモロクボ沢などと、現在でも何やらややこしいことになっています(おそらく、どちらの側でも源流域の畔ヶ丸周辺の山々をまとめて諸窪山といっていたのではないか)。

「新編相模国風土記稿」の中川村の項には、天正7(1579)年 、道志の大窪村[現・道志大久保地区] の百姓が中川村を夜討したことから大きくなった騒動について記載があります。武田と北条の争いの舞台であり、江戸時代には三国山-菰釣山-二本杉峠の国境争いの舞台でもあり、どうもこの周辺はいろいろと確執、因縁、関係があったようです。今はなき箒沢の長老、佐藤浅次郎氏も、若い頃道志村との間で大太鼓の寄進の話を苦労してまとめたとか〈佐藤芝明『丹沢・桂秋山域の山の神々』〉。

 

ちなみに、「新編相模国風土記稿」には、白石峠や犬越路の地名はまったく出てきません。どちらも道を作るには険しすぎるので、馬が通れる城ヶ尾峠がメインの通路となります(そのすぐそばに信玄平という地名もある)。犬越路を信玄の軍勢が通ったなどという話は、とうてい信用できません(中川温泉の箔付のためだったという話もありますが、まあ深くは追求しないことにしましょうw)。

 

2020年7月 1日 (水)

???(千葉県南房総市平久里川流域)

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千葉・平久里の石を見ていて、小さいけれどもらしからぬ色を見つけました。こんな美しい青の鉱物はここにはないはず。一目見て、なんだこれは!? というインパクトがあります。

多分、この結晶がくっついた母岩(か母岩についた別の鉱物)の色が、見る角度によって、屈折で表面に浮かび上がっているのだろうと思うのですが、平久里で青い鉱物といったら、斑銅鉱くらいしか思いつきません。実際、これとは違う石ですが、青や紫の斑銅鉱が点在しているものもありました(以前取り上げた自然銅のついていた石です)。こんな深い青ではなく、メタリックな感じの水色に近い青ですが、レンズのように小さな青い部分が拡大されているような感じです。

2枚目の写真は、針で周りを少し削って広くして、角度を変え撮影したもの。やはり青は一部分しか見えなくなりましたが(この青は班銅鉱の青っぽい)、この結晶はなんだろう。見た感じ、非常に整っていて、自形結晶のように見えますが、単にランダムに割れただけかもしれません。

ここで産出する鉱物の中であり得そうだとしたら、方解石か、魚眼石か、方沸石か。。。結晶面の形から、方沸石っぽい気もするのですが、方沸石のような丸みは全然感じられないですね。もっとシャープな感じ。ちょっと分かりませんね。。。

非常にきれいなのですが、その正体がわからないのはもやもやします。

 

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