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2025/10/25 白鉛鉱(長野県茅野市向谷鉱山)の記事追加
2025/10/05 沸石(千葉県鴨川市八岡海岸)(方沸石、ソーダ沸石)の記事追加
2025/09/23 黄鉄鉱(静岡県河津町湯ヶ野鉱山)の記事追加
2025/09/13 ジルコン(山梨県道志村道志川流域)の記事追加
2025/08/25 曹柱石(長野県川上村甲武信鉱山)(灰柱石)の記事追加

 


 

自分にとって、鉱物の魅力は、色、透明感、硬さなどいろいろありますが、やっぱり結晶の幾何学的な形状、そしてそれが分子配列を直接反映している、という点にあります。

石(鉱物)という手にとって見ることができる小さなものから、宇宙の均整と数学的な本質を感じることができるというところに、人はひかれるのかもしれません。簡単な数字の列で世界を表現している、方程式の美しさに通じるものがあると思います。

なかでも、黄鉄鉱は割とどこでもあり、しかも結晶の美しさが際立っています。自然にできたとは到底思えない正方形の輝く結晶から、鉱物の魅力にとりつかれたという人も多いのではないでしょうか。

自分も、いろいろ見てきましたが、やっぱり黄鉄鉱が一番好きです。

 

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 〇産地別リスト

 ▽分類別リスト

 

ここでは、鉱物の、主に顕微鏡で撮った写真をアップしていきます(石ころや岩石も扱います)。

買ったり売ったりは一切なし、山を掘る、露頭を削るのもあまり好きではなく、基本的に沢やズリなどでの表面採取が中心ですので、目をひくような大したものはありません。それでも、顕微鏡を使えば結構いろいろ見つかるものです。
(一言いわせて。「自分で決めた自分のやり方」ということですので、他の人のやり方に文句をつける気はありません。ただ、産地の端から端まで掘り返してすべて取り尽くすような勢いで掘るのは、好きではないというか、嫌いです。長野のほうでどっかのサークルがやったとか、そういう話聞いたことありますけど。次の人が来た時にがっかりしないように、節度は保ってほしい。めちゃくちゃにしたら、すぐ立入禁止になっちゃうし。『恋する小惑星』の桜先輩がわくわくしながら来たら、何にも見つからなくてがっかりして帰っていくのを想像したら、ボクにはそんなこと絶対できません)

特に南関東~山梨南部~伊豆周辺の山ならば、よほど険しいところでなければ割と歩きなれているので、地形図、地質図などを参考にしながら狙いをさだめ、ちょっと石を拾ってきては顕微鏡で観察をしています。

微細な鉱物ばかりですので、正直鉱物の同定に関しては、まったく自信はありません(硬さを調べることも薬品を使うこともなかなかできないので)。明らかに間違ったおかしなことも書いている自覚はありますので、信用はしないでください。常に迷っているので、その都度追記を加えていきます。古いものは、もうそのままにしてしまっているところもありますし(興味としては、鉱物そのものより地理学に向きつつある)。

何だか分からないものも、積極的に出していきます。まったく見当のつかないもの、こうではないかとアタリをつけた(けれども自信のない)もの、すべて写真として面白いものかどうかを優先しています。よって、間違いも多いと思います。ご承知ください。

本当はスケールも記すべきなんでしょうけど、あくまでも鑑賞用ということで、つけません。スケールをつけるの、大変なんですよねw なかなかうまい方法が見つかりません。基本的に、顕微鏡で20~40倍、さらに撮影した写真の端はトリミングします。ものによっては、ルーペでも確認するのが難しい大きさになります。

色について。ノートパソコンで写真を処理していますが、スマホの画面だと、かなり色が濃い目に見えてしまいますね。濃い目のほうがきれいに見えるので、どうしても処理を強めにしてしまいがちになるということもあります。念のため。

鉱物の分類表記に関しては、デジタル鉱物図鑑を参照しています。

 

2025年10月20日 (月)

白鉛鉱(長野県茅野市向谷鉱山)

白鉛鉱 Cerussite Pb(CO3) 炭酸塩鉱物等

 

Cerussite_mukaitanim_02

Cerussite_mukaitanim_01

 

小さいけれども花びらのようなかわいい形の真っ白い結晶、白鉛鉱ではないかと思います。

向谷鉱山は、南アルプスの最北部にあります。近くにはロープウェイで気軽に行ける入笠山があり、登山をする人ならば行ったことのある方もいるかもしれませんね。簡単に登れて、頂上からは場所柄中部山岳(日本アルプス、八ヶ岳、奥秩父等)の風景のすぐれた展望もあり、また入笠湿原、大阿原湿原等、変化に富んだ地形で人気のある地域です。季節によっては、さまざまな高山植物が咲き乱れるさまを見ることもできます。

向谷鉱山のそばにも、上記2つの湿原ほどの規模はないですが、池の平湿原というあまり知られていない小さな湿原が、森の中にぽっかりと開けています。おそらくそこまで足を伸ばす人は非常に少ないと思いますが、そのおかげで、人に会うことも滅多にない静かな場所です。地元のきのこ採りの人がたまにいるくらいでしょうか。
鉱物目的の人も、多分ここまで来る人は滅多にいないでしょう。金鶏金山と両方巡らないといけないですもんね。

 

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池の平湿原

近辺の山には林道、廃道などがかなり複雑に張り巡らされていますが、個人的には、よく知っている南関東とは少し違った植生で、基本なだらかな山域なので、歩き回るのが楽しいところです。
というか、うちの車だと、このあたりの林道を自由に走り回るにはちょっと不安があり、歩きがメインとなるので。。。

最近クマの害の報道が国内各所で目立ちますが、このあたりはどうなのでしょう。自分は何度も足を運んでいますが、このあたりでクマの痕跡を見かけたことは一度もありません(神奈川県内では見かけないことのほうが珍しいですが)。山が深いおかげか、人間の居場所とクマの居場所がうまく分かれているような感じもします。

武田信玄の金山のひとつ、金鶏金山が稼働していた時期には、多くの人たちが居住していたようです。戦国時代から、武田家が滅亡した後にも操業が続けられていたということで、現在の静かな山中の様子からはとても想像できません。なだらかな稜線上の湿原が多いことからもわかるように、水が豊富なので、冬の寒さを別にすれば、住みやすかったのでしょうか。

向谷鉱山は昭和8年から第二次大戦中まで操業していたそうです。今ではわずかな道の痕跡が残るくらいで、やはり鉱山稼働時にどんな様子だったかまるで想像もできません。

いつも思うのですが、自然の回復力は、人が思っているよりもよほど大きく、人間の痕跡なんてあっという間に草や樹々によって覆いつくされてしまいます。植生も、わずかな環境の変化でどんどん姿を変えていきます。何十年、何百年なんて、山や川にとっては瞬きする間よりも短いもので、人間が「自然保護!」なんて言ってるのを、「はかない存在がなにを偉そうに」と笑っているような気もしてきますね。

 

Mukaidanip_01
向谷鉱山の坑道あと。坑口周辺にズリ石は多いが、もうそこに金属系鉱物を含む石はほぼ見られない。でもまったくないわけではない。

 

Mukaidanip_02
稜線林道から鉱山に向かう。

 

2025年10月 5日 (日)

沸石(千葉県鴨川市八岡海岸)(方沸石、ソーダ沸石)

方沸石 Analcime Na(AlSi2O6)・H2O 珪酸塩鉱物

ソーダ沸石 Natrolite Na2(Si3Al2)O10・2H2O 珪酸塩鉱物

 

Analcime_yooka_02

Analcime_yooka_01

Natrolite_youka_02

Natrolite_youka_01

 

今まで千葉鴨川・八岡海岸の鉱物はいくつか取り上げましたが、ここの代表的な鉱物は、今回の沸石です。上2枚、方沸石。下2枚、ソーダ沸石。

有名なだけあって、どちらも美しい結晶です。特に方沸石は、結構大柄でシャープな結晶もあって、まるで宝石のような輝きを見せるものもあります。

ただ、見つかる場所は海岸どこでもというわけでなく、かなり場所が限られている感じですね(砂浜の横の、石がごろごろしたあたりで探す)。白い沸石の脈が入った石に晶洞があれば、方沸石もソーダ沸石もたいていついている感じですが、脈のある石を見つけるのも大分大変になってきた感じがします。

現場は元々鴨川鉱山という鉱山があった場所で、鉱山については、当時の写真などこちらで詳しく紹介されています(jinomonta064のブログ)。第二次大戦を目前にした時代、なんとか日本国内でさまざまな資源を確保しようとして多くの鉱山が開山されましたが、ここもそんな鉱山のひとつだったようで、嶺岡オフィオライト中の蛇紋岩からニッケルを採掘・精錬していました。
飛行機部品(高温に晒されるエンジンのタービンなど)に使用していたようです。戦時中の日本ではニッケルが非常に不足しており、かなり重要な鉱山であったかもしれません。
鴨川鉱山(鴨川ニッケル株式会社)は、戦後、鴨川化成工業、紀文フードケミファなど社名変更を繰り返し、現在ではキッコーマンソイフーズ株式会社(沿革)となり存続しています。ニッケルの会社が、有名な千葉の名産・醤油と結びついたとは、面白いですね。

 

この産地も紹介されていた、日本の鉱物採集のバイブルといえば、草下英明の『鉱物採集フィールドガイド』です。初版は1982年、もう今(2025年)から43年前です。今ではもう行けなくなった場所や、すっかり様子が変わってしまった場所などが多く、今実用とするにはちょっと無理がありますが、まだ未見の方は、もし手に入るならばぜひ読んでみてください。参考になることがいっぱいあると思うので。
もう絶版ですが、アマゾンなどで手に入れることはできます。
(ちょっと調べてみたら、あることはあるのだけれど、ずいぶん値段が上がっているみたいですね。。。以前はもっと安く手に入れることができたと思うのだけれど、「瑠璃の宝石」効果か?w これではおすすめしにくいですね)

草下英明といえば、子どものころ見たさまざまな雑誌や本で(特に天文関連の)科学記事を目にすることが多く(子どものころ、天文好きだったので)、名前だけは憶えていました。鉱物採集するようになってこの本を知り、ああこの人鉱物好きだったんだなあと思いました。なんだか、古い知り合いに再会したような感じ。

人にも会社にも、いろんな歴史があるものですね。

 

2025年9月23日 (火)

黄鉄鉱(静岡県河津町湯ヶ野鉱山)

Pyrite FeS2 硫化鉱物

 

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Pyrite_yuganom_02

 

河津川中流域の湯ヶ野は、河津桜で有名な河津の街と河津七滝にはさまれた、小さな温泉地です。「伊豆の踊子」の映画にも出てきた、川端康成が定宿にしていたという古い温泉宿もあり、河津七滝ICのすぐそばには共同浴場もあります。

2023年3月に河津七滝から河津逆川間のトンネルが開通して、下田への車での交通が一気に便利になりました。それまでは、かなり細い峠道を通らないと下田に直行できなかったことを考えると非常に便利になったのですが、その際通っていた湯ヶ野は、スルーされるようになってしまいました。
ここから西伊豆の松崎に抜ける県道115号線(大鍋越)も、多分今でも普通乗用車で越えられるような状況ではないかも。以前西伊豆の人に聞いたら、軽トラやジムニーならなんとか、とか言ってたような。大鍋越が使えない現在、湯ヶ島から下田までの間、西伊豆と中伊豆の車での連絡路はありません(一般車が使えない林道を除く)。不便なんですよねえ。

そんな湯ヶ野の山にあったのが、湯ヶ野鉱山です。詳しいことはよくわかりません。金銀鉱床、雑鉱鉱床ということだけ。周囲のことは、重晶石(静岡県河津町湯ヶ野鉱山)で書いたので、そちらを参照のこと。

大きなズリは上流と下流の2か所。写真の黄鉄鉱は、青っぽい粘土質の上流側のズリにあったものです。条線のはっきりしたざらついた明るい銀色の質感で、なかなか独特の雰囲気がいい感じです。黄鉄鉱はありふれた鉱物ですが、だからこそ多くの場所で見つかるし、場所場所によって色、質感、結晶形など様々な顔を見せてくれるのがとても楽しいですね。

 

2025年9月13日 (土)

ジルコン(山梨県道志村道志川流域)

Zircon ZrSiO4 珪酸塩鉱物

 

Zircon_doshi_01

Zircon_doshi_02

 

緑泥石(クリノクロア)や石英の中に埋もれた、ジルコンの結晶です。

和名は風信子石。風信子とは花のヒヤシンスのことです。その名前の由来はいろいろ錯綜していて、よくわかりません。宝石としてのジルコンはほとんどは加熱処理されていて、いろいろな色がありますが、青く透明なものが一番有名でしょう。

 

最初何だかよくわからなかったのですが、ネットでこの辺にとても詳しい方に、教えていただきました。色具合で、ジルコンという考えは全然思い浮かばなかったのですが、結晶形は確かにジルコンですね。場所的にも、ペグマタイト中で、当然予想できたのですが。

ジルコンは、主成分であるジルコニウム(Zr)が、一部ウラン(U)やトリウム(Th)といった放射性元素と置き換わっていることが多い、放射性鉱物です。それらの原子配列が長い長い年月を経て崩壊していくメタミクト化という現象を利用して、年代測定に使われたりします。ウラン(238)の半減期は45億年、トリウムの半減期は約141億年。つまり、もし地球と同時期に生まれたウランがあったとしたら、ようやく現在半分が崩壊したという、とても気の長い話になりますね。ジルコンは融点も高く、固く(モース硬度は7.5)、かなりありふれた鉱物なので、地質時計としてはとても便利です。
地球は約46億年前に誕生したといわれていますが、ウラン238は地球上における年代測定にうってつけの半減期ですね。

生まれたばかりの淡色のジルコンは、メタミクト化が進むと、濃い褐色や緑になっていくそうです(高温で熱すると、再結晶化して原子配列が戻り、淡色化するらしい)。写真のジルコンは淡い色合いなので、(高温で再結晶化したのでない限り)かなり若いということになりますね。
丹沢山塊は、プレート北上に伴って約500万年前に日本列島と接触し、100万年前に続けて北上してきた伊豆地塊に押されて激しく隆起したといわれていますので、接触から隆起にいたるどこかのタイミングで形成されたペグマタイトのジルコンということになります。人間としてみればはるか昔の過去のことですが、 地球からみればまだできたばかりの、若々しいジルコンといえます。(地質学に興味を持っている人たちがエルフと言われる所以ですw)

花崗岩などの中にあるジルコンの周囲の石英は、ジルコンの放射線によって変色していることがありますが、写真の石英は真っ白くきれいなままです。これも、丹沢山塊の若さゆえということでしょうか。

ちなみに今までに発見された地球上で生まれた最古の鉱物はジルコンです。西オーストラリア・ジャック・ヒル地域で見つかったジルコンは44億年前に生まれたものとされています。しかも、その分析によって、誕生の際、液体の水の影響の可能性が指摘されました。つまり、地球が誕生して数億年のうちに、すでに固い地殻ばかりでなく、海があったのではないか、ということです。

日本で見つかった最古の鉱物もジルコンです。富山県宇奈月で発見されたジルコンは、37億5000万年前のものだそうです。当然のことですが、日本という島ができるはるか以前にできたもの。その鉱物が誕生からどういう歴史を経て、その場所で見つかったのか考えるのは、とても楽しいです。

そこらへんに転がっている鉱物や石にも、人間には計り知れないような長い来歴があります。もし鉱物の記憶を見ることができたら、どれだけ面白いでしょうね。

 

2025年8月25日 (月)

曹柱石(長野県川上村甲武信鉱山)(灰柱石)

曹柱石 Marialite Na4Al3Si9O24Cl 珪酸塩鉱物
(灰柱石 Meionite Ca4Al6Si6O24CO3 珪酸塩鉱物

 

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甲武信鉱山の曹柱石です。まれに灰柱石が混ざった状態にあることもあるらしいので、両方タイトルにつけています。曹柱石のナトリウム(「曹」はナトリウムのこと。「曹達」ソーダですね)が、カルシウムに変わったものが灰柱石。見ただけでは、判別できません。おそらく基本的にナトリウム、カルシウムどちらも含み、その比率が場所場所によって変わっているのでしょう。
どちらも、日本では割とまれな鉱物ですが(特に灰柱石は珍しいようです)、甲武信鉱山では、立派な結晶が見つかります。ここの代表的な鉱物のひとつです。登山道のついた尾根のすぐ東側、尾根に平行に脈が伸びているようです。脈の場所さえ把握できれば、1枚目の写真のような結晶のついた岩が見られると思います。そんな岩を辿って上に登り、露頭に行きあたれば、畳んだ傘みたいな大きな分離結晶の束もまだ見つけられるかもしれません。

根っこから緩く箒状に広がった特徴的な姿が面白いですね。大きなものは白く不透明ですが、小さなものを拡大すると、写真のように透明感のある結晶が幾束にもまとまっている姿が見えてきます。
特に顕微鏡で小さなものを探して見るのが好きな自分には、甲武信鉱山の鉱物は大きすぎるものが多いのですが(贅沢な!)。

ドイツの鉱物学者ゲルハルト・フォン・ラート(Johann Jacob Gerhard vom Rath, 1830-88)によって、1868年に、妻のマリアから命名したそうです。なんという自己満足! と思いますが、病気がちの妻マリアと3人の子どもも幼いうちに全員亡くしているという話を聞くと、とても文句いう気になんてなれません。。。ちなみに、ふたり目の奥さんもマリアという名前だったそうです。
ラース石(Rathite、Ag2Pb12-xTlx/2As18+x/2S40)という鉱物は、彼の名前からつけられていますが、日本では産出は確認されていないようで、あまり知られていません。

 

ところで、甲武信鉱山といえば川上村の湯沼鉱泉と天然水晶洞でしたが、とうとうこの夏、旅館営業をやめることになったようです。詳しい経緯は知りませんが、昨年訪れた際には、鉱泉のおふたりともかなりお年を召されて大変そうに見えたので、そろそろかなと思っていたのですが。営業をやめても、まだまだお元気でいてほしいです。

2025年8月10日より、甲武信鉱山の入山手続きは、鉱山の入口にある町田市自然休暇村で受け付けることになりました(1日中学生以上1000円、小学生以下無料、宿泊者は無料)。新しい鉱物観察マップもあるそうです。沢沿いにある貯鉱場は無料だそうです。
町田市自然休暇村には本館、キャビン、テントサイトもあり、もちろん町田市民でなくとも利用できます。町田市民、町田市在勤在学なら安く、予約も早く受け付けてもらえますが、そうでなくとも料金は全然高くないので、安心ですね。本館宿泊者用のレストランもあります。詳しくはWebサイトでご確認ください。

町田市自然休暇村(http://www.machidakyukamura.jp/index.htm

天然水晶洞がどうなるかはわかりません。自然休暇村に聞いてみたところ、おふたりとも湯沼鉱泉を留守にしていることが多く、なかなか連絡がつかないそうで、把握できていないようでした。

 

個人的にも、湯沼鉱泉には何度かお世話になりました。電気がつかえない時は、駐車場でテントを張らせてもらったりもしました。天気が悪く北アルプス縦走を諦め、槍ヶ岳から走るように下って、当日連絡を入れても問題なく受け入れてくれる湯沼鉱泉に救いを求めたこともありました。旅館というよりは、個室もお風呂もこたつもある、食事もおいしい山小屋、みたいなイメージで、思い出がずいぶんあります。それにねこ好きにとっては、楽園でしたしね。

さびしいなあ。。。

 

Yunuma
ねこだらけの湯沼鉱泉にて(2019年)。

 

2025年8月16日 (土)

輝安鉱(群馬県甘楽郡下仁田町中丸鉱山)

Stibnite Sb2S3 硫化鉱物

 

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群馬県・中丸鉱山の輝安鉱です。小さいながらも、シャープな長い刀のような形を保っていて、なかなか見ごたえがあります(黄色い部分は黄安華(Stibiconite:Sb3+Sb5+2O6(OH))に変質している)。

輝安鉱は、金属光沢をもつ鉱物でありながら、ろうそくの火で溶けてしまう、爪で傷がつく、ハンマーで石を割る時の衝撃で曲がってしまう、などと、かなりもろくて柔らかく(モース硬度2)繊細な鉱物です。
アンチモンと硫黄で組成される鉱物です。アンチモンは金属と非金属の中間の性質を示す半金属のひとつで、自身はもろいものの、他の金属と合金にすると硬度を増すという性質があります。

 

2016年、日本鉱物科学会によって 「日本の国石」が選定されました。選ばれたのは、「ひすい (ひすい輝石およびひすい輝石岩)」です。これはまあ多くの人が納得できる結果だろうと思います(「石」と「鉱物」をあえて区別しない方針のようです)。
「国石」の条件は、
1. 日本で広く知られている、国産の美しい石であること。
2. 鉱物科学や地球科学の分野はもちろん、他の分野でも世界的な重要性を持つこと。また、必須ではないが、望ましい項目として以下を設定し3. ました。
4. 長い時間、広い範囲にわたって日本人の生活に関わり、利用されていること。
5. その石の産出が現在まで継続し、野外で見学できること。
6. 野外での見学が、法律による保護などによって持続可能であること。
一般社団法人日本鉱物科学会 日本の国石「ひすい」より)

次点が、「水晶(日本式双晶、瑪瑙、玉髄、碧玉を含む)」。これも納得ですね。そして第三位が、「輝安鉱」でした。
非常に歴史の深い市之川鉱山と、そこの輝安鉱の標本が日本を代表する鉱物標本であることが、評価されたようです。ちょっとした鉱物博物館でも、必ずといってよいほど市之川鉱山の巨大な輝安鉱の標本が飾ってありますね。
(ちなみに以下「自然金」「花崗岩(花崗岩質岩およびそのペグマタイト)」と続きます)

 

ところで、輝安鉱の「安」はアンチモンのことですが、では「輝」は一体何だろう?

「〇〇輝石」というのはこれでひとつの言葉(輝石 pyroxene)なので別として、「輝」という字は、硫化鉱物(硫黄〈S〉と金属元素の化合物)に多く使われています。輝銀鉱(Argentite:Ag2S)、輝銅鉱(Chacocite:Cu2S)、輝水鉛鉱(Molybdenite:MoS2)、輝蒼鉛鉱(Bismuthinite:Bi2S3)等々。。。

では「安」がアンチモンのことであるのと同じように、硫黄のことが「輝」なのかといえばそうでもなく、硫化鉱物の金属光沢を表す意味で使われているような感じか? だとしたら、以下の言葉が元素+鉱を意味しているのだから、ちょっともやもやしちゃいますね。でも輝沸石という例もあるので、単にきらきら輝いてるから「輝」という字をつけただけ?

 

ちょっと話がズレますが、そもそも「硫」という一漢字に、和語の「いおう」をあてています。「いおう」は「ゆわう」で、「ゆあわ(湯泡)」の音変化であるという説が有力のようです。「ゆあわ」というのは「湯の花」からきてるんでしょうか。多分火山の噴出物から、硫黄や明礬、湯の花の精製が行われていたことからきているのかもしれませんが、それがいつの時代からなのか、調べ出すとキリがないのでやりませんが、興味ある方はぜひ調べてみてください(投げっぱなし)。

 

2025年8月11日 (月)

苦土フォイト電気石(群馬県吾妻郡中之条町四万鉱山)

Magnesio-foitite Mg2(Al,Fe3+)Al6(BO3)3Si6O18(OH)4 珪酸塩鉱物

 

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苦土フォイト電気石は、ろう石(パイロフィライト)鉱床でまれに見つかる鉱物です。フォイト電気石の鉄がマグネシウム(苦土)に置換された電気石という意味です。外見だけで同定することは不可能なので、あくまで「この場所で産出した電気石なので苦土フォイト電気石だろう」と、場所、産状、見かけからの判断ということになります。記事としても、初鉱物にしたいですしねw 電気石は構成元素によって多くの種類に分類されていて、そうやって判断する以外にありません。

ろう石と電気石というのは縁があるのでしょうか。そういえば長野の金鶏金山も、苦土電気石の産地のすぐそばにろう石が露出していたし、近傍にろう石鉱山もありました。

苦土フォイト電気石の原産地(世界で最初に発見された場所)は日本で、渓谷美で有名な西沢渓谷の上流にあたる、山梨県山梨市の京ノ沢。現在では行くのがちょっと面倒なので、一度は行ってみたいと思いつつ、まだ機会がありません。
四万温泉という観光地から割と簡単に訪れることができるこの産地は、それに比べればずっと難易度が低く、日本原産の鉱物を手に取れる場所でしょう。

写真では大きな無色針状の結晶(若干青みがかっているような)と、小さな白と茶色の結晶群が見えますが、これはすべて苦土フォイト電気石でしょうか。ちょっとわかりませんが。。。小さな結晶群も針状結晶の集合に見えます。茶色は何かが被覆しただけ? 元々茶色い結晶のようにも見えますが。。。金属光沢の粒々はルチルだと思います。

 

苦土フォイト電気石は1999年に新鉱物として発表されました。カナダのフランク・C・ホーソン (Frank Christopher Hawthorne, 1946-)らのグループによって研究が進められていましたが、最終的には同様の研究を進めていた日本の松原聰らとの共同研究という形がとられました。どうやらいろいろ経緯があったようですが、自分は知りません。松原聰『新鉱物発見物語』 (岩波科学ライブラリー 115)にはそのあたりのことも書かれているみたいです。興味のある方はぜひどうぞ(もう品切状態の本ですが、Amazonなら簡単に見つけて買えるのは、いい時代になったなあと思いますね)。

ところで「フォイト」っていうのは鉱物の性質とか組成とか、何かそういう説明的な言葉なのかなと勝手に思い込んでいたのですが、実は人名でした。。。アメリカの鉱物学者で、ろう石鉱床の欠アルカリ系電気石(つまりフォイト電気石系列のこと)についての研究をした人みたいです。

 

 

2025年8月 4日 (月)

ダトー石(静岡県静岡市葵区奥仙俣)

Datolite CaB(SiO4)(OH) 珪酸塩鉱物

 

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静岡県安倍川の支流・中河内川のさらに支流である仙俣川は、南アルプス東南部の最前衛地域に流れる川です。
1000m強のほぼ植林された黒い山並みが延々と続く、まあ非常に地味な地域といっていいかと思いますが、中河内川の上流の口坂本や仙俣川流域は、鉱物的にはかなり面白い場所だと思います。両者はそんなに遠くないのですが、蛇紋岩やクロム、ニッケル系の石がある口坂本と、仙俣川の石はまるで違います。どちらも瀬戸川帯というフィリピン海プレートによる付加体(南東の海から移動してきて日本本土にくっついた)上にありますが、その西側境界である笹山構造線近辺に位置し、蛇紋岩の貫入など、激しい地質変動を経験してきた地域です。

仙俣川の口仙俣地域はダトー石、斧石(ダトー石と同じくホウ素を含む)の産地として知られていますが、この石を採集したのはそれより数km上流の奥仙俣地域。
仙俣川の川原で採集しました。おそらく二王山の沢からの転石ではないかと思います。すぐそばの沢から、大量の土石が流れ込んでいる様を見ることもできました。沢の上流部に露頭があるのでしょう。

ダトー石は、ホウ素を含む珪酸塩鉱物です。ホウ素の鉱石として採掘されることもあるようです。装飾品に使われることもあるようですが、硬度が5~5.5程度とそんなに硬いわけではないので、「宝石」とも言い難いですね。
結晶の外形はかなりランダムで、さまざまな形の面があります。ものによってはシャープで透明感があるので(劈開はない)、大きな結晶は磨いて飾り石にすることも多いようです。

ネットで調べると、ギリシャ語のδατεῖσθαι(dateisthai、分割する)に由来する名前という説明が出てきますが、よくわかりませんね。ギリシャ語を検索しても、ダトー石関連の記事しか出てきません(google翻訳すると「与えられる」と翻訳してくる。古代ギリシャ語とか? ギリシャ語なんて全然知らないので。。。)。

写真のように、小さないろんな形の結晶が寄り集まってひとつの塊になっているように見えるので、ひとつひとつを分割できそう、というような意味合いでしょうか。。。

 

安倍川といえば、江戸時代、上流域の梅ヶ島などに大規模な金山があったことで有名ですが、奥仙俣にも宝玉鉱山という金山があり、第二次世界大戦前まで、採掘されていたようです。
ちょっと遠いのでそうそう行けないのですが、鉱物的に安倍川流域もなかなか面白そうですね。清水にマグロを食べに行ったついで、というにはちょっと山奥すぎますけど。

 

ところで個人的なことなんですが、自分の先祖は静岡の清水に住んでいたそうです。幕末から明治維新のころ?の先祖は、893だったそうで。。。自宅で賭博とか主催して、いかさまだ! なんて声が上がると、奥さんが投網をその場にばっとかけて、誰も逃げられないようにしたとかいう話を親から聞いたことがありますw さすが港町。やっぱり清水ってことは、次郎長の一家ってことですかねえ?

 

2025年7月26日 (土)

ルチル(金紅石)(群馬県吾妻郡中之条町四万鉱山)

Rutile TiO2 酸化鉱物

 

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群馬吾妻川の支流、四万川にある四万温泉。温泉街のそばにあったのが四万鉱山です。鉱山のそばを通る林道沿いに露頭があり、道路上で採集しました。

鋭錐石や板チタン石と同じ組成の、チタン鉱物です。
ルチルというと、水晶の中の内包物として金色の針状結晶や、柱状結晶がまず思い浮かびますが、ここのルチルは小さな粒状の結晶として産出します。肉眼では黒い粒にしか見えませんが、鏡下では金属的な光沢をもった黒、わずかに赤味を帯びた黒の結晶が見えてきて、時に補色の青緑に反射光を放ちます。
小さいながらも劈開が明瞭で、とてもきれいです。

原石が400℃以上の高温による熱水変質を受けて生成されたものですが、変質が強すぎて、原石は何かよく分からないようです。

ルチルは、前々回の普通輝石にも出てきたドイツのヴェルナーによって、1800年に命名されました。ラテン語のrutilusが語源で、赤、黄味がかかった赤、の意味です。
それ以前から知られてはいて、Basaltes crystallisatus ruber(赤い結晶の電気石〈当時、Basaltesは電気石と玄武岩の両方に使われていた言葉〉)、schorl rouge ou purpre(赤または紫の電気石)、あるいはチタナイトとして記述されていたりしました。

鉱山のあった山はろう石山と通称されていて(ちなみにすぐそばには水晶山もある)、パイロフィライト(ろう石)などを採掘していました。コランダムやダイアスポアを含む高アルミナ鉱は酸化アルミニウムの純度が非常に高く、「世界一鉱」という名称で出荷されていたようですが、規模としてはあまり大きな鉱床ではなかったようです。第二次世界大戦中に開山され、戦後しばらくして休山、調査などを繰り返しつつ、昭和54年から再び採掘されていたものの、現在では閉山。いつ閉山したかはわかりません。

鉱山跡まで行ったわけではなく、そばの林道上の一部で鉱石が観察できます。ちなみにコランダムやダイアスポアは、視認できませんでした。

 

春から秋、特に雨上がりなどにこの辺の山に入るのは、ちょっと避けたいです。というのは、非常に山ヒルの多い地域でして。。。

ちなみに産出地の林道をさらに先に進むと、やがて山道となり、小倉の滝という大きな滝に行き着きます。かなり大きな見事な滝です。途上、クマよけの鐘が所々設置されているのを見ると、クマも多いのでしょう。
さっさと歩いていればヒルにとりつかれることもないだろうと高を括っていると、ぎゃーっということになりますw 山中で長時間休んだり、ザックを地面に置いたりするのは避けた方がよいでしょう。
まあ喰われても、毒なんかはないので、血が止まらなくなって(そういう成分を注入される)、靴下が真っ赤になるくらいしか実害はないですけど。
自分が行った時、登山口にヒルよけの塩水ボトルが設置されていましたが、中身は入っていませんでした。

 

Shima_ogura_01 四万、小倉の滝。

 

2025年7月21日 (月)

鱗珪石(静岡県沼津市大平・志下坂)

Tridymite SiO2 酸化鉱物

 

Tridymite_shigesaka_01

Tridymite_shigesaka_02

 

沼津の海沿いにそびえる静浦山地は、沼津アルプスとして、親しまれています。
その主峰・鷲頭山(392)の麓の石切場跡(ほとんどなにも残っていない)で見られる、輝石安山岩についた鱗珪石です。
細かい金属質の結晶もついていますが、チタン鉄鉱や、磁鉄鉱などのようですね。

その場の石を拾えば、大抵鱗珪石がついているのだけれど、なかなかきれいなものは見つからないです。写真は、ちょっと汚れてはいてもできるだけ板状六角形の結晶形がわかるものを選びました。

以前取り上げた、すぐそばの城山の鱗珪石は、板が何重かに重なって厚みのあるものも多かったのですが、こちらのものはとにかく薄く、もろいです。大抵ひび割れが入っていて、透明感があるものは少ないようですが、サイズはこっちのほうが大きいかな?

鷲頭山の北にある志下坂(地形図では志下坂峠と書かれているが、「坂」が峠の意味)への東からの登山口が大平。大平から山への林道を入ると、すぐに道がふたつに分岐し、古い道標が建てられています。天明元年辛丑(1781年)の日付あり。

 

Shigesaka_02

 

左の「山みち」のほうに古い廃林道が続いていて、そちらに入り、しばらく進むと広い沢に出ます。そのあたりが、鱗珪石のポイントです。

右に行くと、ここに書いてある通り「しげ坂」へ(峠を越えた山の向こうの海沿いの集落が志下)。志下坂から稜線を南に歩いて行くと、やがて鷲頭山の大きな姿が見えてきます。とても392mの小さな山には見えません。いつも思うんですが、小鷲頭山を従えたその姿は、まるで小さな甲斐駒ヶ岳みたいな威厳があります。

 

Shigesaka_04
北から鷲頭山を見上げる。

 

急峻な鷲頭山を越えてさらに先に進めば大平山ですが、このふたつの山の間、ウバメガシの岩稜尾根になっていて、おすすめです。地元の人も自慢するくらいw 伊豆の海沿いの低山はウバメガシが多いですが、知る限り、確かにここは一番きれいじゃないかなあと思いますね。

(最近静浦山地の麓の森を切り開いて、大規模ソーラー発電が侵食しているみたいですが、ほんと勘弁してほしい。伊豆の他の地域でも、あちこちに同様な状況が見られますけど。)

 

Shigesaka_05
鷲頭山・大平山のウバメガシの森

 

ここは桜井欽一・加藤昭一共著『鉱物採集の旅 関東地方とその周辺』でも紹介されていましたが、すぐそばの沸石の産地として紹介されていた石切場あとは、現在、静浦山地を横断する新しいトンネル(沼津アルプストンネル)ができて、なくなってしまったようです。

 

ところでこの地域には、平家の伝説も残ります。

平清盛の五男・重衡(三位中将)は、一の谷の戦いで拿捕され、鎌倉に送られて頼朝と引見し、その人柄に頼朝は惚れこんだとか。歴史的には木津川畔で斬首され、首をさらされたということになっていますが、実はこのあたり、北条の領土内に軟禁されていたとのこと。しかし南都焼討(園城寺、興福寺、東大寺などを結果的に焼いてしまった)をした重衡は民衆特に仏僧には深く恨まれていたため、引き渡し処断されることになってしまった。そのことを聞き知った重衡は山中に逃亡、この鷲頭山の山中に隠れ潜み、重衡の人柄に親しんでいた地元(大平)の人たちは、食べ物などを秘かに送り届けていたとか。今でも、鷲頭山の中腹に、重衡が隠れたとされる岩屋(中将岩)が残っています。結局最後は源氏の追っ手に追い詰められ、この鷲頭山山中で自害したということです。

話はまだ続きがあります。大平から鷲頭山に登る口のところに小さな祠があります。
重衡の息子(? ちょっとうろ覚え)が重衡がここにいるということで訪れてきたのだけれど、亡くなったあとだった。悲痛のあまり、ここで息子も亡くなってしまったので、地元の人が祠を建て、弔ったとのこと。
すぐそばには中将姫自然公園というのもあって(ここは実際に見ていませんが)、奥方(御前)と姫が会いに来たのだけれどやはり亡くなったあとで、奥方は悲しみのなか帰っていったとのこと。それで、大平からの鷲頭山登山口のことを、御前帰(ごぜがえり)登山口(中将ルート)というのだそうです。北条と頼朝のお膝元でこんなことが起こっていたんですね(真実はもう誰にもわかりませんけれど)。

こんなさまざまな歴史や美しい自然、そして鉱物のある静浦山地は、個人的にも非常にお気に入りの場所です。

 

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平重衡が隠れ住んだという岩屋。

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重衡の息子(?)の祠。

 

2025年7月16日 (水)

普通輝石(長野県南佐久郡南牧村平沢)

Augite (Ca,Mg,Fe)2Si2O6 珪酸塩鉱物

 

Augite_nobeyama_01

Augite_nobeyama_02

 

有名産地、長野県野辺山の平沢峠にある獅子岩の普通輝石です。

平沢峠は、山塊としては奥秩父の最西端の地域で、そこから西は八ヶ岳山域になります(奥秩父をどこまでとするかは、信州峠とか人によっていろいろ解釈があるでしょうけど、とりあえずここでは国道141号線:佐久往還を境界にしています。道路で決めんのかよと言わないでw)。

この獅子岩というのが地質的にどこ由来なのか、どうもはっきりしません。陸上火山の噴出物であることは間違いないのですが、ネットで調べると、新生代第四紀更新世の古八ヶ岳の噴出物(平沢スコリア。横岳噴火か、あるいは編笠山噴火由来)であるとあったり、鉱物の本には、それよりも古い新第三期鮮新世の飯盛山火山岩類である(つまり八ヶ岳由来ではない)と書かれていますね。
地質図を見てみると、平沢峠から飯盛山・横尾山・信州峠まで広い一帯が「形成時代:新生代 第四紀 更新世 ジェラシアン期 岩石:安山岩・玄武岩質安山岩 溶岩・火砕岩」で、その中にぽつぽつと「形成時代:新生代 第四紀 チバニアン期 岩石: 安山岩・玄武岩質安山岩 溶岩・火砕岩」の地域が点在し、獅子岩もその中に含まれている。
どっちなんだろう。。。

飯森山の登山口のある平沢峠には大きな無料駐車場があり、そのすぐ横が獅子岩です。登山客だけでなく、八ヶ岳や南アルプスの景色がすばらしい峠と獅子岩の見物に来る人も大勢いるし、普通輝石を探す人も見かけました。どうやら地学ガイド一行の団体だったみたいです(平沢峠は、ドイツのナウマンがフォッサマグナの構想を得た場所でもある)。すぐ近くには野辺山電波天文台もあって、なんだか学術的な雰囲気が漂う場所ですね(笑)。

飯森山は八ヶ岳よりも古い火山で、大変人気のある山です。頂上付近は草原になっていて、ニッコウキスゲの群落があり、季節には美しい花でいっぱいになります。風景もすばらしく、獅子岩に行くことがあったら、ちょっと足を延ばす価値は十分あると思います。平沢峠から頂上まで2時間ほどで往復できます。個人的におすすめは、狭くて人でいっぱいの飯盛山頂上じゃなく、途中にある広くてゆったりできる平沢山の頂上かな。

 

Hirasawatoge
獅子岩から、南八ヶ岳の展望。

普通輝石は、探すまでもなく、獅子岩の周辺に落ちている石を拾えば、ほぼついてます。砂を手に取って探せば、きらきら輝く分離結晶もすぐに見つかります。まれに双晶もあります。ただし、大きいものはそうそうなく、あってもせいぜい5ミリ以下のものがほとんどです。でも、初めて見る人が結晶の美しさを楽しむには十分だと思うし、子どもがこれを見て鉱物や地質に興味を持つこともあるでしょう。

Augiteという名前は、1792年、ドイツの地質学者ヴェルナー(Abraham Gottlob Werner, 1749-1817)によって命名されました。岩石の水成論の元祖の人ですね。語源はギリシャ語のαυγή(avgi:夜明け、曙光)。きらきら輝く劈開面から名付けられたのでしょう。その名の通り、ここの普通輝石も、太陽の光を反射してきらめいているのですぐわかります。二方向に完全な劈開の単斜晶系の結晶も、とても魅力的です。

 

 

ところで、平沢峠から北東3kmほどの沢の露頭で、小さな水晶がついた石を見つけました。そこにも、普通輝石に似たような小さな鉱物がついていました。その写真も載せておきます。

 

Augite_nobeyama_03

 

石自体は全然違うけれど、場所も近いし、見たばかりの平沢峠の普通輝石に引っ張られて特に深く考えもしなかったのだけれど、よくわかりません。

場所を地質図で見てみたら、「形成時代:中生代 後期白亜紀 チューロニアン期〜マーストリヒチアン期 岩石:海成層 砂岩 後期白亜紀付加体」と、時代も何もかもまるで違うじゃないか。。。こんなそばなのに。

 

2024年4月15日 (月)

桜石(栃木県日光市足尾町庚申川)

Cerasite, Cherry Blossom Stone 菫青石仮晶 珪酸塩鉱物

 

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まるで6枚の桜の花びらのような形をした石。実際には桜の花びらは5枚なんですがね。。。京都亀岡市のもの(国の天然記念物なので採集不可)が有名ですが、栃木県庚申川(渡良瀬川上流)のものも、関東産の桜石として知られています。笹の葉のような白い部分も同様です。

桜石は、(泥質)ホルンフェルス中に含まれる菫青石の仮晶のことです。粘板岩など泥質の岩石が接触変成(熱によって変質)したものが(泥質)ホルンフェルスで、変成時の温度や圧力の具合によって、なかに含まれる鉱物が変わってきます(菫青石のほか、同質異像の、紅柱石、珪線石、藍晶石など)。

でき方としては、

まず高温で安定するインド石(Indialite,  Mg2Al4Si5O18)という鉱物ができる。そのインド石を核として、やや温度が下がった状態で安定する同質異像の菫青石(cordierite,  Mg2Al3(AlSi5O18))の貫入三連双晶が成長。熱水などによってピニ石(Pinite)に変質。風化により、境界部分が明瞭になり、花びらの形になる。

このような過程でできたという説が有力のようです。鉱物種としては、絹雲母、緑泥石などの混合ということになるらしいです。3枚目のきれいな六角形の写真は、あまり風化していない、新鮮な感じに見えますね。下の写真は、笹の葉のような部分の拡大写真です。白、黄色の不透明な部分(緑泥石質?)と、きらきらと輝く部分(雲母質?)でできていることがわかります。

 

Sakuraishi_koshingawa_04

 

桜石は、菅原道真絡みの伝説が有名です。京都湯の花温泉にも、「鬼と桜石伝説」 があるそうです。木内石亭の『雲根志』(後編 巻之一 六十一)(京都大学貴重資料デジタルアーカイブ)にも京都の桜石が紹介されています。けれども、庚申川(渡良瀬川)の桜石に関しては、日光関山の勝道上人によって開山され、庚申信仰の山として信仰されてきた長い歴史がある庚申山近くから産するにも関わらず、特に歴史関連の話はないようですね。

鉱物的には、庚申川上流域には紫水晶の産地があり、さらに当然足尾といえば日本最大の銅山であり、渡良瀬川中流域はマンガン鉱山跡があちこちに点在し、庚申川(渡良瀬川)流域はまさに日本の鉱物の一大産地ということになります。

ちなみに、庚申山の奥には深田久弥の百名山でも知られる皇海(すかい)山がありますが、2024年現在、庚申山荘が老朽化で使用不可のため、最も行きにくい百名山のひとつになっているもようです。登山としても、足尾山地はとても興味ある山域なのでもっといろいろ行きたいのですが、北関東はなかなか遠くてね。。。

 

Koshingawa
庚申川上流の様子。

 

2023年7月28日 (金)

水晶(静岡県湯ヶ島豆州鉱山)

(石英) Quartz SiO2 酸化鉱物

 

Quartz_zushum_01

 

今回は顕微鏡マクロ写真ではなく、普通のレンズで接写したものです。

伊豆の豆州鉱山で拾った水晶。天城の山の中は、あちこちで石英が散らばってる箇所があったりするのですが、ここもそうとは知らずに山歩きに行った際、石英が散らばっているのを見つけて、新しい産地? と早とちりしたところ(登山道があるわけではないところなので)。

あたりをちょっと見て回りましたが、坑道やら鉱山の遺構のようなものは全然見つかりませんでした。坑口がつぶれたような感じの箇所があり、その前がちょっと平らになっていて(かなり狭いが)、いかにもな感じではありました。ただ、範囲はとても狭いです。明確なズリといえるようなものもありません。

家に帰ってから調べてみて、どうやらここは豆州鉱山のあとらしいと分かりました。豆州鉱山についてネット上で検索してみても、あまり情報はないですね。天正年間から小規模に金銀が採掘されて、黄鉄鉱なども出たらしい。ヤフーオークションで1点だけここの標本が出品されていて(オパール、緑泥石)、その説明文には、「公的記録は有りませんが、磯部鉱石資料館発行の金鉱山総覧には、昭和11年にAu1246g/tの高品位金鉱石1245tが採掘された、と記載されています」とあります。磯部鉱石資料館というのは、千葉にある現・株式会社合同資源の鉱石資料館のことのようです。なかなか面白そうですが、会社の資料館なので、平日のみの見学(要予約)です。一度見学させてもらいたいですね。

現地ではさっと表面のみ見て回りましたが、ほぼ石英くらいしか見当たらず、伊豆によくある、熱水鉱床の透明度が高くきれいではあるが、小さな水晶くらいしか見つかりません。写真の水晶はうっすらと紫が入っているように見えます。そういえばすぐ近くの浄蓮鉱山でも、紫石英はけっこう見かけますね(浄蓮鉱山ではなぜか紫の水晶はまったく見ませんが)。すぐ近くの別の沢でも石英の散らばっているところがあり、地図上でほぼ線でつながるので、すべて同じ一続きの脈なのかもしれません。

 

Quartz_zushum_02

 

あとこの水晶、長波のUVをあてると、うす水色に蛍光します。これがとてもきれいなのです。

石油まじりの水晶は水色に蛍光するみたいですが、これもそうなのかどうかはわかりません。。。でも、透明度が高くてきれいだし、うす紫だし、さらに蛍光するなんて、なかなかやるね!

(以前紹介した、水色に蛍光する玉髄。玉髄(埼玉県飯能市上名栗武川岳周辺)

一番きれいに蛍光していた部分の写真も下に載せておきます。

 

Quartz_zushum_03

 

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現地の様子。尾根上、石英の塊が、コケに覆われて落ちている。自然林メインの美しい尾根。

 

2023年5月10日 (水)

剥沸石(静岡県賀茂郡大沢里)

Epistilbite Ca3[Si18Al6O48]・16H2O 珪酸塩鉱物



Epistilbite_osori_01

西天城から松崎に流れ込む仁科川の上流域・大沢里(おおそうり)の河原で見つけた剥沸石です。

多分湯ヶ島層のだろうと思いますが、緑色凝灰岩中に晶洞が点在し、その中にありました。他に緑簾石らしい結晶などもついていました。西伊豆で見られる緑色凝灰岩の中でも良質なものは、伊豆石、若草石などと呼ばれ、耐火性に優れており、建材や温泉の浴槽なんかに使われてきました(「伊豆石」と呼ばれるものは、凝灰岩ではなく、例えば真鶴あたりでとれる安山岩のものも含まれます)

剥沸石は沸石の中でも割と珍しいほうに入るかもしれません。写真でも、封筒のような特徴的な形の結晶であることがわかります(というか結晶の形でしか判別できませんけど)。伊豆だと雲見のあたりに有名な産地がありますね。

なかなかきれいな結晶がついていて、下の写真のような、小さな結晶がつながった橋もありました。きれいですね。これは沸石なのか、あるいは魚眼石かもしれません。輝沸石っぽい結晶もあって、場所柄、もしかしたら湯河原沸石がついてたりしないかな?! と淡い期待を持って観察してみましたが、どうやらありませんでした(伊豆の湯河原沸石の産地は、白浜層でしたかね?)。

 

Epistilbite_osori_02

 

大沢里というと、最上流部には天城鉱山跡があり、あまり沸石というイメージがなかったのですが。。。実際、河原では、上流の鉱山跡から流れてきた石英の塊もちょこちょこと見かけます。

伊豆天城鉱山跡付近は鉱石の欠片は多く転がっていて、伊豆っぽい熱水鉱床系の小さい水晶がいっぱいついた晶洞のある石も多いのですが、他にはそれほど物珍しい鉱物がなさそうで、鉱物的にはいまいち興味がわきません。でも、ちょっとしたハイキングとして歩くのはなかなか楽しいのです(大きな滝もある)。この周辺は自分的にはいろいろ歩き回っていて、あんまり知られてほしくない穴場もあったり(鉱物的な意味ではない)、大好きな地域です。

伊豆天城鉱山は、中外鉱業、伊豆鉱山などによって、平成の時代まで操業していたようなのですが、詳しいことは分かりません。そこまで古いものには見えない鉱山軌道のバッテリー機関車も放置されたままです(今でもあるかどうかは分からない)。

 

Amagikozan_01

2023年2月19日 (日)

沸石(山梨県南巨摩郡身延町草間鉱山)(モルデン沸石)

Mordenite (Na2,Ca,K2)4(Al8Si40)O96・28H2O 珪酸塩鉱物

 

Mordenite_simobe_02

Mordenite_simobe_01

 

山梨県下部川の上流、草間鉱山付近で採集した、モルデン沸石です。緑簾石の緑とあいまって、さわやかな沸石の透明感ある白がきれいですね。

ここは、銅やマンガンの鉱床と、太平洋岸一体に広がる海洋中の火山岩由来の鉱物がでるようです。

伊豆のようにきれいで大きな結晶ではありませんが、ここに行った時、工事中で現場に行けず、ちょっと下の河原で見つけたので、まあ十分でしょう(現在現場がどうなっているかはしらない)。

 

下部川は富士川の支流で、まわりには金山が多くあったところです。湯之奥金山博物館も、下部にありますね。

富士川水系は日本でも有数の山岳地帯を源流に持つことでわかるように、非常に勾配のきつい川で、激流でも有名です。日本の標高1位と2位を源流にもっていることになります(富士山と南アルプスの北岳)。ちなみに、「源流」とされるのは、やはり南アルプスの険しい岩稜地帯として有名な、鋸岳。さらに八ヶ岳、奥秩父・甲武信岳の清廉な水を集め(笛吹川)、日本三大急流のひとつにふさわしい河川といえます(三大のあとふたつは球磨川と最上川)。下部川の源流は天子山地の毛無山です。(ところで富士山周辺には「毛無山」という珍しい名前の山はふたつあります。もうひとつの毛無山は西湖・本栖湖のそばにあって、そちらは柘榴石の産地として知られていますね。→鉄礬柘榴石(山梨県富士河口湖町毛無山)

勾配のきつさだけでいえば、北アルプスから発して富山湾にそそぐ常願寺川に次いで、日本でも2番目。「川でなく滝だ」という言葉を残したのは、明治のお雇い外国人のデ・レーケ(Johannis de Rijke、1842-1913)で、常願寺川を見て言った言葉とされてきましたが、日本の川すべてに当てはめるのはちょっと無理筋ですねw でも、富士川には明らかに通用する言葉です。笛吹川合流より上流では釜無川という名前ですが、水害の多い荒れ川であったことは、武田信玄の有名な治水事業からもうかがうことができます。
(「川でなく滝だ」という言葉については、今では同じオランダ人のムルデルが早月川について言ったということになっていますが、ずっとデ・レーケの言葉と言われてきた話ですので、ここではこれで通します。逸話の形成というのは、それだけの意味があると思うので)

自分は昔、川や海をファルト・カヤックでツーリングしたりしていましたが、富士川はえらく大変だということで、行ったことはありませんでした。上級者用のコースということになってましたね。

最上流から河口まで、さまざまな鉱物的、地質的みどころが多い水系です。

 

2023年1月14日 (土)

赤鉄鉱(静岡県河津町沼ノ川)

Hematite Fe2O3 酸化鉱

 

Hematite_numanokawa_01

Hematite_numanokawa_02

 

伊豆の河津川は、天城山の東西それぞれを源流とする本谷川、荻の入川が河津七滝で合流し(出合滝)、相模湾に流れ込んでいます。荻の入川の支流のひとつが、沼ノ川。地形図には今も沼ノ川沿いに破線が続き、天城西稜線の沼野川峠まで登っているのですが、すでに廃道です。一部道形がわずかに残っていますが、沢沿いの廃道なので痕跡は消え、基本単なる沢になっています。この廃道を沼ノ川歩道というのですが、その道中に鉱山の坑口が残されています(標高640m付近)。坑口の前は、多分ズリを積み上げて作られた平場になっていて、鉱石らしい石が散乱していました。とくに目立つのが、白い石と黒い石。

黒い石は、重くて金属っぽい石です。拡大してみると、写真のような仏頭状集合になっていました。多分赤鉄鉱ですかね? ひとかかえもあるような大きなものも転がっていました。

白っぽい石は、石英の塊です。晶洞には微細な水晶が生えていて、伊豆でよく見られるのと似ていますが、結晶はとても小さいので、ルーペで見ないとよくわかりません。2枚目の写真のように、ちょくちょく両錘の水晶が見られます。

石英はところどころ黄色~オレンジになっていて、これは石英を覆った鉄分の被膜ですかね? 時々オレンジの部分が集まっていたり、微細なオレンジの針のようなものも見えるのですが、小さすぎてよくわかりません。伊豆には針水晶もよくありますし。硫黄とか? テルル系の鉱物なんてことはないか(河津鉱山とは大分離れているし)。

 

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いろいろ調べてみたのですが、該当の鉱山にあたるような資料は見つけられませんでした(大した資料もないのだけれども)。鉱山に詳しい方ならば、掘り方を見れば時代を推測することもできるのでしょうが、自分にはわかりません、鉄を採掘していた? 今ではほとんど入る人もいない山奥ですが、沼ノ川歩道というからには、昔はここを通る人もいたのでしょう。ただ、沢から登りつめた稜線の沼野川峠は、現在林道が越えている諸坪峠から1kmも離れていないところなので、ここを通る必然性はずいぶん低いように思われますが。。。

あるいは、沼ノ川歩道はもともとこの鉱山に行くための道だったという可能性も?

ちなみにこのあたりの山は岩がちで、かなり険しい箇所が随所にあります。

 

Numanokawa_04
沼ノ川上流の鉱山跡の坑口。前は平場になっているので、試掘などでなく、かなり採掘はされていたように思える。

 

沼ノ川と荻の入川の合流地点南には、東伊豆火山群・沼ノ川火山列の噴火口のひとつがあります(いくつかの火口が火口列を形成している。約5万3000年前噴火と推定)。そこから川に流れた溶岩流の跡は地形図でもはっきりわかります(現在林道がジグザグに通っている)。溶岩流が川に到達した地点には、きれいな柱状節理の崖が見られます。河津七滝にも立派な柱状節理がありますが、そちらは河津川東の登り尾火山によるものです。

沼ノ川沿いには現在わさび田がずっと上流まで続いていますが、その途中、煉瓦の洞と呼ばれている遺構が残っています。弘化2(1845)年から明治維新前後にかけて稼働していた、日本でもっとも古い耐火煉瓦工場の跡です。屋根がつけられ保全された遺構の周辺には、当時の煉瓦の残骸と思われる白いかけらが散らばっていますが、今ではヤブ山の中に飲み込まれそうです。本格的な操業は明治6(1873)~16(1883)年で、工部省によって行われた官営の工場だったそうです。

東京駅などの煉瓦は赤煉瓦ですが、ここのものは熱に強い白い煉瓦で、製鉄所の溶鉱炉などで使われることが多かったようです。有名な伊豆・韮山反射炉の煉瓦もここで作られたものです。その材料は、珪素成分(つまり石英)が多い陶土ということになりますね。

あれ? ということは、沼ノ川上流の鉱山跡は、もしかしたらこの煉瓦用に石英を採掘していたあとということかな? 同時に、反射炉で使う鉄の鉱石も、同じ場所で採掘していたという可能性もある? 伊豆って金銀マンガン鉱山がメインで、あと河津や奥山鉱山には銅がありますが、鉄が採れるところって、そんなにない気がするのですが。。。どうなのでしょうか。

 

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荻の入川沿いの、沼ノ川火山の溶岩による柱状節理。

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煉瓦の洞の登り窯A。

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沼ノ川歩道沿いには、古いわさび田の跡や炭焼き場の跡が残っていて、陶器なども散らばり、人の生活が感じられる。

 

2022年12月28日 (水)

硫砒鉄鉱(埼玉県秩父市秩父鉱山)

Arsenopyrite FeAsS 硫化鉱物

 

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Arsenopyrite_chichibum_02

 

秩父鉱山の大黒川原で採集した硫砒鉄鉱。シャープな結晶がたまりませんね。こんな標本が、ちょっと探しただけで割と簡単に見つかってしまうのが、秩父鉱山の楽しいところです(大黒では硫砒鉄鉱はそんなに多くないそうですが)。大黒川原は(車があって林道が通行できれば)簡単に行け、運がよければ車骨鉱や毛鉱なども見つかる良ポイントです。

以前、明治時代の横浜で日本茶を中心に取り扱っていたヨーロッパ商人の研究書を見たことがありますが、その商人が気に入っていた日本の産物が、水晶とねずみ獲りだったとか。もしかしたらそのねずみ獲りは、硫砒鉄鉱から抽出した亜ヒ酸だったかもしれません。昔は硫砒鉄鉱は毒砂と呼ばれ、江戸時代から石見銀山のねずみ獲りは有名でした。

硫砒鉄鉱(亜ヒ酸)はまさに毒の王様で、多くの公害や歴史上の殺人・暗殺(と伝わる事件)にその名前が関わってきます。無味無臭で使いやすく、硫砒鉄鉱が割とありふれた鉱物で、手に入りやすかったから、というのがその大きな理由です。鉱物採集という点でも、硫砒鉄鉱は目にする機会も多く、気をつけなければならない鉱物のひとつといえます。鉱石を触った指をなめたり、割った時の粉塵などをできるだけ吸わないようにする必要があります。砒素の多い鉱山のズリでは、時に白い粉をふいたような硫砒鉄鉱の鉱石が見つかりますが、間違ってもなめたりしないようにします。

そんな負のイメージの強い鉱物ですが(だからこそ?)、その結晶は鋭角的で実に魅力的ですね。

 

肉眼で十分見られるような標本は確かにすごいけれど、そんなものは今の日本ではそうそうないですし、なんというか、風雅に欠けますねw(意味がわからない)接眼鏡をじっと息をひそめてのぞき込むと、思いもよらないような世界が広がっているほうが、楽しいのだ(まあこの写真の結晶は十分肉眼でも見えるのだけれども)。

山中の、人のほとんど行かないようなところを歩いていると、まれになんの話も聞いたことがないようなところで、自然の露頭なのか鉱山跡のズリなのか、石英を多く含んだ鉱石が散らばっているのを見つけることがあります(先日も伊豆の滑沢溪谷付近で一か所見つけました)。大抵は小さな水晶とかで、ここに載せるようなものではないのだけれど、思いもよらない場所で見つけるそれは、とても輝いてみえます。そういうものも、顕微鏡で見ると、やたらときれいだったり。

秩父鉱山のある中津川溪谷周辺も本当はいろいろ探し回ってみたいし、数回地図を頼りに歩いてみたけれど、あのあたりはイメージとして両神山とか赤岩とか、険しい岩山なので、そうそう容易くふらふらできない感じ。林道もすぐ通行止めになるし、土日通行可などといっておきながら、急遽工事がはじまって、奥から帰れなくなったりすることもあります(これは本当にやめてほしいなぁ)。

でも探せば、絶対なにか見つかる場所でもあります。八丁峠までの道の途中、なんかあるかなと思いながら石ころを見ながら歩いていると、いともたやすく小さな水晶が転がっていたりするのを見つけることができました(大したものではない)。峠から両神山に向かうとすぐ、鉱山の空中索道の跡地もあります。名も知らない小さな沢に入っても、おや? と思うものがあったりします。

埼玉県と長野県を結ぶ唯一の道路である中津川林道沿いにある中津川村キャンプ場は、なかなかよいキャンプ場で(冬は営業停止)、特に別料金などなく、温泉に入れるのでおすすめ。茶色く濁ったお湯で、強い鉄の匂いがします。伊香保とか、浅間山の天狗温泉に近い感じですね。キャンプ場の対岸の沢が真っ赤な水が流れていて(この水を沸かしたのかな?)、この点でも天狗温泉を思わせるのですが、どうやらこの沢の上流にも鉄鉱床があるようです。ウズノ沢も近いので、まあなにかしらはあるんでしょう(笑)

ちなみにキャンプ場の裏山は、秩父槍ヶ岳。マイナーですが、マニアックな登山者を惹きつける山です。とても気軽に歩けるところではありません。岩が落ちてきそうで通るのが怖い中津川林道をさらに奥に進むと、王冠のキャンプ場があって、その先、三国峠・川上村までは現在通行止めです。一度でいいから、川上村に抜けてみたいのだけれど、はたして通れるようになる日がくるのか。。。ちなみに最奥の沢は金蔵沢といいます。ね、いかにも何かありそうでしょう?w

 

2022年12月 1日 (木)

セラドン石(神奈川県愛甲郡清川村煤ヶ谷)

Celadonite KMgFe3+Si4O10(OH)2 珪酸塩鉱物

Celadonite_susugaya_01

Celadonite_susugaya_02

 

南関東、伊豆や千葉などでよく見ることのできる、青緑の石です。相模川中流から下のあたりで緑のきれいな石があったら、大抵はこのセラドン石だと思います。その産地の中心は、厚木で相模川に合流する中津川・小鮎川流域の、いわゆる東丹沢地域。とりわけ、七沢、煤ヶ谷に多く感じられます。丹沢層煤ヶ谷亜層群にあたる地域ですね。この標本は、小鮎川の支流・谷太郎川流域で拾ったものです。

特に珍しい石というわけではなく、川に普通に転がっています。探す必要もなく、すぐに見つかります。乾燥しているとちょっとくすんだ色だけれども、濡れると緑が鮮やかになって見違えるほど美しさが際立つので、川の中にあるととても目立ちます。東丹沢では薄い緑がかった凝灰岩が多く、コケの緑も多いのですが、濃い緑のセラドン石は目を引きますね。相州大山から宮ヶ瀬の山中では、ちょくちょく細かいセラドン石が散らばった露頭に行きあうことも多いです。

ただし、春から秋の間にこの辺の山に行くのは、お勧めしません。当地の気温が10度以上になる、特に雨上がりは、自分は近寄りません。。。

厚木や伊勢原の弥生~古墳時代の遺跡から、このセラドン石を加工した装飾品が出土しています。昔の人も、やっぱり気になったんでしょうね。こう言ってしまうとちょっとあれですが、ヒスイの代用品みたいな感じかもしれません。昔の人はきれいな緑の石が大好きですから。。。ただし、ヒスイに比べると、かなりやわいです(モース硬度は2、加工がしやすいということでもある)。

伊豆・河津では、このセラドン石の表面を細かい輝沸石が覆い、透明できらめく緑の宝石のような状態になったものがあり、とてもきれいです(玉髄(静岡県河津町やんだ)参照)。インドでも、セラドン石で緑に見える輝沸石や魚眼石が産出するようです。

 

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川の中に転がる、セラドン石(濃い青緑部分)を含む火山礫凝灰岩(七沢石)

 

セラドン石は雲母族の鉱物。500万年前に丹沢地域が本州に接触する以前、まだ太平洋の海だった1500万年前頃に、噴火した火山の火山灰や火山礫などの噴出物が海の底に堆積して堆積岩となり、それがさらに熱(マグマ、熱水など)を受けて、変成してできました。海中の成分と反応して青緑になる(鉄成分による?)といわれていますが、詳しくは知りません。海緑石とは見分けがつかないほど似ているので、産地で判断するしかありません。

地図を見ると、小鮎川上流から宮ヶ瀬湖にかけて、まっすぐな線を引けるような地形になっているのがわかると思います。これがかつてのプレート境界線であった、牧馬-煤ヶ谷構造線。その北側、相模川に沿った線は、藤野木-愛川構造線といい、やはりかつてのプレート境界です。丹沢山域を中心にして、楕円(の上半分)を幾重にも囲むようにつながる線です(楕円の下にあたるのが国府津-神縄断層)。

プレートの沈み込み帯だけあって、煤ヶ谷のあたりの山は激しい地殻変動のあとが残されていて、本来は地面に平行なはずの地層が、垂直に立ってしまったと思われるさまなども見られます(そのうち紹介するかも)。

 

ところでまったく関係ないのですが、うちのねこは、煤ヶ谷の出身です。子ねこの時、山のなかで死にそうになっていたそうで、引き取った時も、弱弱しくて心配しましたが、今では元気すぎて困るのだ。懐かしい煤ヶ谷の石に反応するかなと思ったけど、まったくそんなことはなかった(当たり前w)。

 

2022年11月20日 (日)

板状節理(静岡県伊豆の国市葛城山)

Platy Joint

 

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以前紹介した鱗珪石(静岡県伊豆の国市城山)のとなりの山、葛城山でみられる板状節理。

伊豆の国市の街からロープウェイで登れる山で、駿河湾や富士山の眺めがすばらしいところです。その裏側(南側)に登山道があって、この板状節理のなかを登っていくことになります。ただし、ちょっとマイナーなルートで、小さな山だと思って軽くみていると、なかなか険しいのであせることになるかも。でも、なかなか壮観なのです。

となりの城山と同じく、この葛城山も、火山の火道で固まった溶岩が周りの土壌が侵食されたあとも残った火山岩頸(火山の根)です。この板状節理も、溶岩が冷えて固まる時の体積収縮によって形成されたものとされています。ようするに、冷えて縮む時に、規則正しくひび割れができたってことですね。「柱状節理の六角の柱は、冷却面に直角に発達する。板状節理の板の方向は、溶岩の流理面を代表している」(森本良平『日本の火山』創元社、1958)とのことですが、流理面ということは、流れた方向ということ? 火道の溶岩は上下に流れていただろうから、この写真の場合、もし固まったあとに90度ひっくり返ったのでなければ、流れに垂直に板が発達するということ? よくわかりません。

節理が板状になるか、柱状になるか、その違いはどこにあるのでしょうか。これも面白い問題ですね。溶岩の質なのか、できるときの環境の違いなのか。あるいは偶然に選択されるのか。そういう研究してる人はいるのかな?

そういえば、草津白根山にある鏡池(先の噴火の火口すぐそば)は、亀甲状構造で有名です(現在でも立ち入り禁止になっているようです。草津白根山湯釜の噴火警戒レベルは現在1なはずだけれど、気象庁って各自治体に信用ないんでしょうか? とりあえず禁止しとけば余計な手間はかからないっていうやつ?)。土壌の水分が凍結融解を繰り返してできるとされる構造ですが、こういう自然界に見られる「結晶」状構造とでもいう現象は、とても興味深いものがあります。出来方はそれぞれいろいろ違うようですが、なにかしらの共通項があったら面白いのに。構造土とかそういう類のものは、氷河地形や火山地形などの、いうなれば極端な環境でできた地形に多くみられる気がします。

 

城山と葛城山、あとは西伊豆の海が見下ろせる発端丈山の、静浦山地南部三山は、お手軽にもかかわらずなかなか面白いところなので、まとめておすすめです。伊豆がまさに火山でできた地域であることを感じることができます。伊豆の低山を代表するウバメガシの森(日本の北限)の美しさも捨てがたいですね。中部山岳地帯では見られない植生と、溶岩と白浜層の岩で構成された独特の景観・雰囲気が、この周辺の特徴です。

 

Karsuragiyama

発端丈山の山頂から、東を望む。葛城山(左)。その横に小さく頭をのぞかせているのは城山。右の遠景は、天城・遠笠山の裾野。その途中に頭を出しているのは、東伊豆の代表的な火山岩頸・矢筈山。すべて火山ですね。

 

2022年11月 6日 (日)

磁鉄鉱(群馬県利根郡川場村川場鉱山)

Magnetite Fe2+Fe3+2O4 酸化鉱物

 

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群馬県川場鉱山(鉱石山)の磁鉄鉱です。正八面体のなかなかきれいな結晶ですね。茶色の母岩は灰鉄柘榴石です(灰鉄柘榴石(群馬県利根郡川場村川場鉱山))。

ありふれた鉱物ですが、きれいな結晶はやっぱりいいですね。探しやすい鉱物の中では、水晶と並んでもっともかっこいい鉱物のひとつだと思います(そんな基準聞いたことないけどw)。鉱石山で採集した柘榴石はネット上でよく紹介されているけれど、磁鉄鉱のことはあまり見かけず、頭になかったので、見つけた時はおおっとなりました。

鉱石山はスカルンですが、その変成の熱源は赤倉谷花崗岩(磁鉄鉱系列)だそうです。花崗岩はマグマが深いところで固まった深成岩なので、このあたりに多い温泉の熱源にもなっているのでしょうか。近くには、塩河原温泉、川場温泉、小住温泉など、いくつかの温泉が点在しています(鉱石山の右側を通る県道64号線は、奥利根ゆけむり街道という別名がある)。

川場温泉は1200年前、弘法大師が見つけた(お湯を出した)という伝説になっていますね。弘法大師にまつわる話はあまりに多すぎるので、それが本当かどうかというのは重要なことではありませんがw とにかくかなり古くから知られていた温泉というのは確かなようです。温泉というものの有用性を考えたら、それがどれだけ貴重なものかわかるというものです(何もないところからあったかいお風呂を用意する難易度の高さを想像してみよう)。

 

空海がらみの話は日本全国にありますが、空海、役の小角、安倍晴明は、日本の(いい意味での)三大心霊的ヒーローですね。悪い意味だと菅原道真、平将門、崇徳上皇で三大怨霊(昔、長銀が健在だったころ仕事で大手町によく行っていましたが、女性社員がいつも将門の首塚に花を供えていたと聞いたことがあります)。

鉱石山は武尊山の前衛です。武尊山はもちろん日本武尊からきていますが、修験道の山でもありました。でも、そんな古い歴史があるわけではないようです。開山は江戸寛政年間とのこと。日本武尊と結びつけられたのも、この時期からでしょうか?(大体どうしたら「武尊」を「ほたか」と読めるのかという) 日本武尊も、地名などの由来の際に引き合いに出されることの多い名前です。大抵は笑って聞いて楽しむ感じの話ですが、たまに、え、これは一体なに? どういう由来が? と怪しむような地名、それにからんだ伝説がありますね。

奥多摩の鳩ノ巣溪谷のあたりに将門神社、将門大橋という場所がありますが、そのさらに奥、奥多摩駅から雲取山に向かって尾根を大分登ったところに、将門馬場(1455m)という山があります。なぜこんな山の上に将門の名が? しかも馬場? 。。。なんでも、東国に逃走した将門が通ったルートだという伝説があるようですけど。。。「実は生きていた」系伝説ですね。

大月の北方、金鉱のあった金山のそばには、「セーメーバン」(1006m)という不可思議な名前の山があります。そのあたりの伝説では、「セーメー」は安倍晴明のことで、「バン」(盤)は鉱山用語の鉱脈のこと、村人に頼まれて水を引こうとした晴明が鬼にだまされて亡くなった場所「晴明盤」である、とか。この場合のバンとはつまり水脈ということでしょうか? 鉱山用語を調べると、「上盤」とは「鉱脈の上側にある岩石の層」、「下盤」は「鉱脈の下側にある岩石の層」と説明されているので、盤には脈という意味が確かにありそうですね(別子鉱山用語集)。一体なにがあったんだ?(ちなみにこの場合の「晴明」とは、安倍晴明本人のことではなく、陰陽道関連の人、という程度の意味じゃないかと思います。)

大体山の上で水脈というのはおかしい気が。。。探すのなら鉱脈か(金山という土地柄もありますし)。陰陽道というのはいうなれば、龍脈を探しそれを活用する知識をもった人のことですから、そこから連想される水脈や鉱脈に対する知識を持っていたというのは、うなずける話ですね。鉱脈を探す際、なんらかの役目を陰陽師がおっていたというのは、ありえそうな気がします。

東丹沢の菩提峠から二ノ塔に大分登ったあたりには、日本武尊の足跡といわれる石があります。全然足跡には見えないのですが、その周辺の地形は何となく人工的な感じで、まるで遺跡のなかみたいな雰囲気が漂っています。多分、相州大山から現・ヤビツ峠、菩提峠を経由して塔ノ岳方面に登る古い行者道のルートがここを通っていて、宿泊所のような施設があったのではないかと思います。江戸期に流行った相州大山詣りですが、やはり当時信仰登山で流行った鐘ヶ嶽を経由して大山に向かう尾根上(ここも行者道で、現在では弁天御髪尾根と呼ばれる)には、すり鉢広場と呼ばれている窪地があり(空鉢嶽)、ここも、行者たちの宿泊所があったといわれています。八菅修験道の中心地で、近くの経ヶ岳あたりは弘法大師、役の小角の伝説までそろっていて、大盤振る舞いといった感じw

多分、昔からヒーローものって人気あって、人を集めるにはよかったという一面もあったのでしょうね。もちろん、そういう各種逸話のもとになる出来事がなにか実際あって、それが少しずつ姿を変えながら伝わってきたと考えるほうが自然だと思います。どんな怪しげな伝説であっても、必ずなにかその核になるものはあって、完全な創作ってそうそうないんじゃないかなあ。

 

2022年10月30日 (日)

重晶石(群馬県甘楽郡下仁田町中丸鉱山)

Baryte Ba(SO4) 硫酸塩鉱物等

 

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下仁田・中丸鉱山の重晶石です。

国道254号線沿い、荒船湖近くのとんかつ屋さんの駐車場をお借りして、行きました。次の日の帰り(荒船山に行った)、このお店に寄って食べていこうと思ったら休みでした。残念! 近くに温泉施設もあるので、そこに駐車して、温泉に入っていくのもいいかも?

(20221106追記 メインの写真をアップするのを忘れていましたw)

橋から沢に下りられるので、沢を遡上していってもいいのですが、駐車場の裏手、沢の左岸沿いに踏み跡があるので、そこを登った方が楽だと思います。しばらく行って沢に下りて急な箇所に来たら、今度は右岸沿いにジグザグに登る踏み跡があるので、そこを登りきると、坑口に出ます(登る途中の斜面にも、分かりづらいけれど、抗口の跡らしい穴がありました)。坑口の上が下の写真のようなズリになっていて、その上にも平場があったので、そこがメインの坑道だったのかな?

山ほどあるズリの石を割って探していけば、多分ここに来る人の一番のターゲットである輝安鉱は見つかるでしょう(そのうち取り上げます)。そうやっているうちに見つけたのが、写真の重晶石です。こちらはそのまま落ちていたので、すぐ目につきました。

 

Nakamarum
中丸鉱山のズリ。写真で見るよりは急斜面なので、複数で行くときは落石注意ですね(鉱山跡は大抵そうだけど)。

 

 

地図を見ると、荒船湖、中丸鉱山すぐそばを南北に電線が走っているのがわかります。

この電線は西群馬幹線といって、静岡から群馬までを走る長い電線で、平均で100mを超える巨大鉄塔群が延々と立ち並んでいます。

人家を避けるためか、山の中を通っていて、関東近辺の山に行く機会の多い自分には、とても馴染みが深い幹線です。よくこの鉄塔の管理道も利用させてもらったりもするのです。鉄塔は尾根上、稜線上に作られることが多いので、尾根歩きがメインだと、出会うことも多いのです。林道から尾根にあがる時、擁壁になっていたり、とても登れない崖だったりすることも多く、管理道というのは尾根の取り付きに便利なのですね。プラスチック製の階段があるのが東電管理道の目印。

この幹線の出発は、群馬・四万温泉手前の四万湖そばの、西群馬開閉所。ここから大月の東山梨変電所を経由して、静岡県駿河小山の新富士変電所まで延々と続いています。群馬から山梨までで140km近く、200以上の深い山中の鉄塔が、わずか5年程度で作られたというのは、ちょっと信じられません。

鉱山がらみでその経路をざっと説明wすると。。。新潟の柏崎刈羽原子力発電所や福島の第一第二原発(まあ今はああなってしまいましたが)からの電気を西群馬開閉所で集め、八ッ場ダムそばで吾妻川を越え、関東山地の深い山中を通って、中丸鉱山、荒船湖すぐわきを通過。双晶水晶で有名な三ッ岩岳西方、御座山(この周辺が人里離れ山深いのは、あの航空機墜落で有名な御巣鷹山の周辺ということでわかると思います)、御陵山そばを通過して長野県川上村を越え、奥秩父に入ります。瑞牆山の西から、増富鉱山のほぼ直上を通って徐々に東に進路を変え、黒平北方、乙女鉱山のある琴川ダムのそばを通り、笛吹川を越えてから竹森・鈴庫鉱山、黄金沢鉱山のすぐそばを通過、大菩薩湖に近づくとまた進路を南に変え、日川沿いに走り、門井沢のペグマタイト直上を通って、笹子雁ヶ腹摺山を越えて、大月の東山梨変電所にたどり着きます。

東山梨変電所から本社ヶ丸稜線を越え、宝鉱山直上を通り(宝鉱山から本社ヶ丸に登る登山道は、この幹線鉄塔の管理道です)、三つ峠・湯の沢鉱山そばを通って都留・桂川を越え、道志と丹沢をつなぐ山伏峠、オリンピックの自転車コースにもなった明神峠を通って、西丹沢南麓・富士スピードウェイそばの新富士変電所にようやく到着です(ちなみにこのすぐそばの須川上流にも鉱山があったという話が。。。)。

すごいですね。西丹沢から荒船湖、さらに四万まで全部つながってるって、実にわくわくします。各所で自分のよく行く場所とかぶることも多いので、とてもなじみ深い電線なのです。また君か、って感じで。電気になれるスタンドがいたら、あっという間に移動できるわw(レッド・ホット・チリ・ペッパー)。

普通は山登りでは景観的には鉄塔と電線は邪魔ものなのかもしれませんが、個人的には場所の特定やルートどりという点で、大変お世話になっている存在です。この鉄塔群全部を周るとか、そういう趣味もありなのかも?(いやないかw)

 

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左:神奈川・西丹沢ヒモシ峠の264号鉄塔。右:山梨・笹子雁ヶ腹摺山北尾根の208号鉄塔。

 

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左:山梨・増富・五里山の147号鉄塔。右:山梨・鈴庫山から見た竹森の西群馬幹線。左下の鉄塔のすぐ向こう側に黄金沢鉱山がある。鈴庫鉱山は画面下の尾根の向こう側。

 

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本社ヶ丸から見た東山梨変電所。その右上の尾根上のひときわ大きいのが213号鉄塔。上の三角の山は笹子雁ヶ腹摺山。

 

2022年10月10日 (月)

珪灰石(茨城県笠間市柊山)

Wollastonite CaSiO3 珪酸塩鉱物

 

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柊山は、稲田石で有名な稲田にあります。稲田石は白っぽい御影石、つまり花崗岩で、白っぽいということはつまり長石の構成比率が高いということになります。柊山はスカルン鉱物で知られているところですね。珪灰石は、石灰岩がマグマなどの接触により熱変成してできる、もっとも普通に見られるスカルン鉱物のひとつです。

真っ白い柱状の結晶の集まりで、なかなかうまく写真にとれません。。。沸石などもそうですが、白い鉱物は難しいですね。この写真も、色のコントラストをぐっと上げて調整して、ようやく表面の雰囲気がなんとなく出てきました。いつもは、写真の調整は最低限にするようにしているのですが。

 

柊山は稲田、福原駅のそばにある低い山で、頂上のそばのピークで大山祇神社や聖徳太子の碑などがあり、公園になっています。ちゃんと整備が継続されているわけではない感じで、車で林道経由で公園まで行けるものの、なんかヤブっぽいなぁ。。。あんまり人は訪れない感じがひしひしと伝わってきます(公園から北側の林道は、倒木等で車両通行不能でした)。公園や林道をちょっと散歩すると、石英の塊などがちらほら落ちていて、なんかありそう感は漂ってきます。でも、山の中はヤブが濃いので、正直あんまり入りたくない。。。

公園は開けていて、東側の眺めがあります。公園ピークの一角に珪灰石でできた大岩があったので、その周囲で転石を探して、採集しました(露頭をハンマーで叩くのはあんまり好きではないので、小さな転石を探して済ますことが多いです。ましてや山神社のある近くでは、はばかられますね)。多分、昔は近くの採石場などで探させてもらえたのかなぁ? 正直、人里離れた山奥ではない、こういう里山はいまいち苦手です。

 

公園の中をぶらぶらしていて、ちょっと季節外れな感じの、ギンリョウソウを見つけました。山に行くとあちこちで時折見かけるギンリョウソウですが、これだけもこもことたくさん寄り集まってるのはなかなか見たことないですね。

 

Hiiragiyama_01

 

ギンリョウソウは腐生植物です。光合成をせず、菌類と共生して栄養をとっている植物で、基本葉っぱはなく、一種異様な見かけをしていることが多い不思議植物。もっとも普通に見かけるのがギンリョウソウで、まれにツチアケビやシャクジョウソウなどを見つけることもあります。「腐生」といっても、別に死骸などに生えるわけではなく、菌類と共生していることを表現しているのでしょう。

普段の生活圏ではほとんど目にすることがなく、湿った暗い森の中で、真っ白なギンリョウソウが顔をのぞかせている姿を見つけると、とても印象なので、つい写真に撮りたくなってしまいます。

ちなみにランなども、葉っぱも葉緑素もありますが、菌類に依存している植物です。やっぱりちょっと不思議な形をした花が印象的ですよね。こういう印象がどこからくるのか考えて見ると、「菌類との共生」という生活様式が、ヒトからずいぶん遠いところにあるということが関係しているような気がします(こういう環境、生活様式からくる形態のことを「生活形」といいます)。鉱物の結晶と環境の間には、こういう関係はないんでしょうかねぇ?

 

2022年10月 4日 (火)

蛍石(福島県南会津郡蛍鉱山)

Fluorite CaF2 ハロゲン化鉱物

 

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蛍石で知られる、福島県会津の蛍鉱山で採集した蛍石です。センチ単位の結構大きな塊(というより、寄り集まっている感じかな)も見つけることができますが、顕微鏡で見て面白かったものをいくつか。やはり鉱物はミクロの世界のほうが面白い。

3枚目の写真は、蛍石の上に、針のような水晶が生えていますね。この細かな水晶がとても多いのですが、不用意に素手で石を持つと、刺さりますw ここでは蛍石(基本無色、灰色、緑で、まれに紫のものもある)と、この水晶が見られますが、他にどういう鉱物がでるかはわかりません。でも、群生した水晶もなかなかきれいで、まれに紫水晶や松茸水晶も産出するらしく、なかなか楽しい場所ですね。

蛍石は、UVライトを持っていけばすぐに見つかると思います。ここの蛍石は、きちんと青く光ります。沢沿いのズリでも見つかるし、稜線近くにある坑口(いくつかある)の近くまで登れば、立派なものも見つかりやすい気がします。自分は会津の山に行ったついでに、ちょっと寄ってみたのですが、まさかのUVライト忘れw でも普通に肉眼で見ても、サイズが大きいので、劈開面や形、色、光沢で蛍石だとわかります。

 

南会津の山奥、檜枝岐の西にひとつ山を越えた、湿原で有名な田代山や帝釈山を源流とする西根川流域が、蛍鉱山の現場(というかこの辺は稜線がなだらかで湿原になっている山が多い)。昭和12(1937)年から19(1944)年まで操業していたようです。

星きのこ園というところで、きのこ、鉱物1日採取権を購入します(1日2000円)。そういえば星製薬の創業者(星新一のご先祖さま)も会津出身でしたね。この辺はきのこ採取が生計の重要な一部になっているようで、無断立ち入り禁止の看板が多いので、こういう形で正式に認められての採集は、むしろ大変ありがたいです。多分ふらふらと山の中をさまよっていると、きのこ泥棒と間違われるでしょう。きのこも探せばいろいろ取れそう。自分たちが行った時も、ひとかかえもあるマイタケを採ってきた人が、「今日はこれしか採れなかった」などと言ってましたw 自慢か!

ポイントは何か所かあるようです。きのこ園の方が軽トラで林道の終点まで送ってくれ、場所を教えてもらったので、まあそんな苦労もなくたどり着けました(きれいな道があるわけではない)。ヘルメットを持った、坑道の中に入るらしい集団もいました。鉱物が目当てなのか、地下探検が目的なのかはわかりませんが、なんでもかんでも「危険! 禁止!」ばっかりの今の時代、まだまだこういう人たちも活動できるというのは、何だかほっとします。きのこ園に戻ってきて、果物などをふるまってもらいながら、お話など聞くことができました。南会津に行ったらぜひどうぞ(まあそこまで行くのがえらく大変なわけだが)。

 

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左:檜枝岐の会津駒ヶ岳。右:湿原は、モウセンゴケの大群生地。赤い絨毯のように見える。

 

2022年9月23日 (金)

菫泥石(千葉県鴨川市八岡海岸)

kammererite(クリノクロア:clinochlore Mg5Al(AlSi3O10)(OH)8) 珪酸塩鉱物


Kammererite_youka_01

Kammererite_youka_02

 

千葉県八岡海岸で採集したもの。非常に小さくて細かいのですが、1枚目の写真には、美しい紫色のきらめく微結晶がなんとか見えると思います。

八岡海岸南の山(巾着山)では、大正9(1920)年まで鴨川鉱山が操業していて、ニッケルや銅などを採掘していたといいます(太海とか浜貝渚〈はまかいすか〉など、いろいろ地名が錯綜していてよくわからないのですが)。嶺岡オフィオライトといわれる構造で、この場所については以前「孔雀石(千葉県鴨川市八岡海岸)」でも書きました。蛇紋岩中のニッケル鉱床が採掘対象だったのではないかと思いますが、それならば、菫泥石があってもおかしくはないですよねぇ? この紫色と場所を考えあわせて菫泥石としました。ちなみにこの石にも、孔雀石がついています。

以前群馬のクロム鉱山あとである八塩鉱山で探し、なんだか石の一部が紫っぽいけどもしかしたらこれが菫泥石かなぁ? という中途半端な採集をしたことはあるのですが、まさか千葉で小さいけれども結晶質のそれ(かもしれないもの)を見つけるとは思いませんでした。でも顕微鏡で見ても、小さくて結晶形はよく判別できません。実は実体顕微鏡以外も、大昔の大きな木箱に入った顕微鏡があるんですが、出すのが面倒くさくてねw 実体顕微鏡に慣れてしまうと、そうでないものは、立体感が重要な鉱物では面白くなくて。。。

菫泥石は正式な鉱物名ではなく、クリノクロア(緑泥石)のアルミニウムの一部がクロムで置換された変種です(記事冒頭の化学式はクリノクロアです)。そのまんま、クロム緑泥石とも呼ばれます。ありふれた緑泥石の地味な緑(といっても拡大すればきれいなんですけど)と比べると、紫の鉱物はそうそうないですし、きれいで心惹かれますね。

 

八岡海岸そばには車を置けるような場所があまりないので、自分は少し山に入ったところにある魚見塚一戦場公園の駐車場に停めました(鴨川漁港にも駐車できるでしょう)。

面白い名前の公園ですが、石橋山合戦のあと千葉に逃げてきた頼朝が、ここで地元の豪族と戦った戦場あとらしいです。千葉の歴史の舞台といえば、頼朝関係と里見関係くらいしか見かけませんが、だからといって富山にある伏姫がこもったという洞窟が、なかば史実みたいな感じで扱われているのは笑いますw まあ江戸時代から聖地巡礼されてきたという意味では、歴史的遺物といっていいんでしょうけど、なんか腑に落ちないな。。。でもこういうの嫌いじゃない。ちなみに、嶺岡オフィオライトは富山近くまで伸びています。

 

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八岡海岸。鴨川鉱山は写真の右側にあった。右手の広い磯場はもしかしたら全部ズリ由来なのか?

 

2022年9月18日 (日)

???(埼玉県秩父市秩父鉱山)

???

 

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秩父鉱山の大黒の河原で見つけたもの。最初ちっちゃな羽虫の羽かなんかがくっついているのかと思ったら、薄板状の鉱物でした。

なんだかよくわかりませんが、面白いので。。。写真を撮ってみると若干緑がかった半透明のように見え、真ん中辺はちょっと厚く、周辺部はとても薄くなっています。

毛鉱かブーランジェ鉱(あるいはその両方)と一緒になっているので、鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、硫黄(S)などが絡んだもの、かなぁ? いくつかサイズ違いのものも見えますね。まあ、ありふれた鉱物の形状違い、表面に微細なブーランジェ鉱などが張り付いて、質感が面白くなった感じでしょうかね。推測でも名前をあげることができるほどの見当がつくわけではないので、疑問形でのタイトルです。

薄板状になる鉱物はいろいろありますが、通常は〇角形を基本とする形状になります。結晶というのは原子の格子によるものなので、当然といえば当然なのですが、原子レベルで曲線を基本とするものというのは、あり得ないのでしょうか(マクロレベルで曲線に見えるという意味でなく、基本構造において)。なんかこう、結晶化する際に原子レベルで原子そのものの重力による空間の歪みによって、曲線を描くとか、そんな感じのw というか重力ってなんだ。重力子ってあるのか。

自分は物理学は詳しくないので、SF的な空想をするしかないのです(というかそれが楽しいのです)。物質領域の世界をどんどん細分化していくと、物質世界の範疇ではなくなり、数学領域になる。つまり、思考・情報と物質が実は直接つながってるんじゃないか。。。とか。鉱物とは、物質界のものでありながら、その数学領域に直接つながる表象でもあり、すなわち情報・思考の物質化である。。。かっこいい。

ポーランドのスタニスワフ・レムの小説で、世界のオカルトな情報を体系化して、コンピュータにそのとんでもない量の情報をとにかくまとめてぶっこんでいったら、情報量がある一点を過ぎたところでポンっと全部消えて、かわりに1個の原子になって、その連鎖反応で多くの情報が消滅し、世界が滅んだとかいうのがあった気がします。つまりエネルギー=質量=情報であると(光速の二乗かなんかで変換式が書けるとか?)。こういうの、大好きですねぇw

レムは、最高のSF作家のひとりで、自然科学全盛時代の哲学者ともいえます。たまに小説というよりは単なる架空の歴史書か解説書じゃないか、というのもありましたが、実際、架空の書物の書評とかいう変なものまで突き進んでいきました。知識の求道者みたいなイメージがあります。タルコフスキーの映画『ソラリス』の原作者として有名ですが、映画は自分の書きたいものとは違うといって、否定的だったようです。まあそりゃ映画と小説が違うのは当たり前なんですけどね。映画監督は原作者の代弁者ではありませんから。でも、なんでもふにゃふにゃで受け入れちゃう自分は、こういう頑固一徹な態度は憧れますw

 

 

秩父鉱山といえば、坑道での事故(2022,7月)がありました。詳しい事情はわかりませんので、なんとも言いようがありませんが、まあそれほど大きくネットで騒ぎになったりはしませんでした。鉱物採集が撮り鉄みたいな贄の羊にされなくてよかったよ。。。あんまり無茶はしないでね、という感じです。自分は、暗いよー狭いよーこわいよーという感じで(古いw でもリメイクされるらしい。まじか)、坑道には入らないのですが、こういう事故は別に無茶しなくても、経験や知識、注意深い行動がそろっていても、いくらでも起こりえるものなので。でもこの事故ってほんとに鉱物目当てだったの? なんか違うような気がするけど。。。(まあしない人にとっては、なんでも一緒だけど)

まあこの話題はいろいろ書いていくと、世情に関する意見とか何かへの批判になってしまうので、ここでは書きません(書いたけど消した)。今の時代、言論の自由は大きく制限されていますので。。。

 

2022年9月 3日 (土)

磁硫鉄鉱(静岡県河津町河津川流域S鉱山)

Pyrrhotite Fe7S8 硫化鉱物

 

Pyrrhotite_izusm_01

Pyrrhotite_izusm_02

 

伊豆のS鉱山の下のズリ産。結晶の形、色などから、磁硫鉄鉱ではないかと思いますが、磁性はほとんどない感じです。ネオジム磁石を近づけてみても気づけるレベルの反応はなかったですが、まあどう見ても磁硫鉄鉱にしか見えないかなって。。。もし磁性がないことから磁硫鉄鉱の可能性が低いとしたら、ではなんなのか、自分にはわかりません。

磁性のない磁硫鉄鉱には、トロイリ鉱(Troilite)という鉱物があるそうなのですが、隕石中には普通に含まれているけれど(発見はイタリアに落下したAlbareto隕石から)、地球上ではまれなようです。でも結晶は見られず、粒状で磁硫鉄鉱などと一緒になっている(つまり簡単に磁性のなさを観察できるような状態ではない)そうなので、まあ一般的に見つけられるようなものじゃないですね。

まあ、磁性がとても弱い磁硫鉄鉱ということでいいんじゃないでしょうかw

奥山鉱山や土肥鉱山、あるいは溶岩中から少量は見つかるようですが、こんなちゃんとした結晶は伊豆ではなかなかないと思うので、そういう意味では結構珍しいかもね。ましてや、何があるのかよく分からない、鉱物採集の対象としてはほとんど知られていない場所だったので、鉱物としてはまったく珍しいものではないけれども、見つけたときはなかなかおーっという感じでした。写真映えしますし。

 

Kannonyama_01

S鉱山からほど近い観音山の岩峰群。伊豆東部火山群のひとつ、観音山東火山などの痕跡が残る。天城南端・登り尾山域の、伊豆の秘境。登ると非常に面白いけれど、かなり険しいし、多分クマいるよ。行かないほうがいいよ?(脅し)

 

2022年8月13日 (土)

白鉛鉱(山梨県甲州市鈴庫鉱山)

白鉛鉱 Cerussite Pb(CO3) 炭酸塩鉱物等

 

Cerussite_suzukuram_01

Cerussite_suzukuram_02

 

鈴庫鉱山の白鉛鉱ではないかと思います。あるいは、異極鉱とか? うーん、よくわかりませんが、TrekGEOにはここの産出鉱物として白鉛鉱があげられているので、まあ白鉛鉱とするのが一番無難かなぁ。

沢沿いにいくつもズリが連なる鈴庫鉱山ですが、少なくとも表面にはあまりめぼしいものは見つかりません。産出鉱物として挙げられている鉱物のリストを見るとなかなか魅力的なのですが、何度訪れても、おおっと思うものはないですね。

掘り返せば、いろいろ珍しいものもあるのかもしれません。昔はカニュク石で緑色に見えたとかなんとか聞きますが、まあおおげさに言っているんでしょうw 写真のものは目立つズリではないところで見つけたものです。よく探せば、まだいろいろ見つかる場所なんじゃないだろうかと思っているのですが。。。

竹森から林道を登っていくと鈴庫鉱山の入口がありますが、さらに登っていくと、坂脇峠。黄金沢鉱山、鈴庫鉱山、さらに北の雷川にある朝日鉱山をつないだラインに中低温熱水鉱床が走っているようですが、坂脇峠周辺にはところどころちっちゃなペグマタイトも点在していて、鈴庫山から坂脇峠に続く尾根上では、時々小さな水晶なんかも拾ったりします。石英の塊があちこち転がっているところとか、いきあうと実にわくわくしますね。大抵、すでに掘ったような跡があって、どれだけ捜索済みなんだよとw こんな地味な山域ですが、まれに登山者もいるみたいです。

現在のズリは山の南、竹森側にありますが、山の北側、滑沢側にも採掘現場はあったようですね。もしかしたら、時期によってはこちらが中心だった可能性もあるかもしれません。

地形図を見ると、坂脇峠の北、滑沢の上流域に家屋がいくつか描かれていて、塩山小屋敷という地名になっていますが、基本すべて廃屋のようです(現地に行ったことはない)。すでに廃村といっていいでしょう。現在滑沢の住民は一世帯のみで、少し下流にある滑沢キャンプ場の経営者です。竹森から鈴庫鉱山を登り、尾根伝いに滑沢まで歩いた時、その奥さまに少しお話をうかがったことがあるのですが、曾祖父?祖父?はもともと九州出身のミヤケという鉱山技師で、鈴庫鉱山の仕事のために滑沢に移り住み、ここで早くに亡くなったのだそうです。自分は鈴庫鉱山には行ったことはないけれど一度行ってみたい、やっぱりスズクラというからには錫が採れたのか? とのお話(錫はとれないと思いますと応えましたw)。

竹森から歩いてきたといったら驚かれましたが、山を越えればそれほど遠くないのだけれど、笛吹川沿いの車道を使うと、竹森(平沢)と滑沢ってえらく遠いのですよね。そりゃびっくりされるわけだ。。。

鈴庫鉱山の歴史はそれほど詳しくは分からないけれど、ネットで調べると「1935(昭和10)年より金・銀・鉛・砒素・亜鉛・硫化鉄カニュク石が採掘された。鉱業権は宮部武雄から日本鉱業(株)に移った。1950(昭和25)年に閉山。」とのこと(廃墟検索地図 https://haikyo.info/s/13510.html)。ズリの大きさを見れば、かなり大規模だったように思えるのですが、どうだったのでしょう。ちなみに滑沢はもともと1907(明治40)年の恩賜林への入植ではじまった(同上)と書かれているので、鉱山のための集落ではなかったようですが。。。

滑沢のさらに山ひとつ越えた雷川(朝日鉱山)については、全然わかりません。きれいなナメ滝の多いところみたいですが(滑沢は確かにそうだった)、沢登りが得意じゃない自分には、ちょっと無理かなぁ。。。

 

2022年7月23日 (土)

明礬石(山梨県北杜市増富鉱山)

Alunite KAl3(SO4)2(OH)6 硫酸塩鉱物等

 

Alunite_masutomim_01

Alunite_masutomim_02

 

奥秩父・増富鉱山の、透明な六角形の薄板状結晶。明礬石ではないかと思います。黄色いのは硫黄成分でしょうか? それとも明礬石そのものの色?

ミョウバンを採取した鉱石だから明礬石という名称です(Aluniteの語源はラテン語でミョウバンを意味する言葉から)。ミョウバンは紀元前の昔から現在にいたるまで、さまざまな用途に使われてきました。日干し煉瓦や陶器の材料から、殺菌作用を目的とした洗浄材、発色をよくするための染色材、浄水にも使われます。水の濁りの原因である微細粒子を凝集させ、沈殿しやすくします。理科の実験で経験のある人もいるのでは。

食品用の薬品として、一般に売られていますね。日本では、ナス(の漬物)の色素を安定させるために使われることが多いでしょう。他にもイモ類の煮崩れを防いだり、根菜類の歯ごたえをよくしたりするらしい。

アルミニウムは、ミョウバンから発見されました。アルミニウムという名前は、ミョウバンからきています。非常に軽くまるで銀のような輝きを持つ金属なので(日本では以前は「軽銀」と呼ばれた)、当初はかなり高価なものだったようなのですが、現在ではもっとも手軽な金属のひとつになりました。1円硬貨は、純度100%アルミ製です。

こんなふうに色々便利に使えるミョウバン(明礬石)は、火山性ガスや熱水により生成されることが多いので、火山の多い地域で多く見られます。もちろん日本も例外ではありません。伊豆の宇久須のソーダ明礬石は、ガラスの原材料として採掘されてきました(明礬石のカリウムがカルシウムに置換されたのがソーダ明礬石)。

 

増富鉱山の歴史は詳しくはわかりませんが、昭和の初期には硫砒銅鉱を中心に採掘が行われていたようです。明礬石が採掘の対象であったかどうかはわかりません。鉱物としては、銅藍が有名ですが、自分はルーペでもよく見えないくらいの、ほんの小さなものしか見つけられませんでした。ポイントが違うのか、もうそれほど残っていないのかはわかりません。

この近辺には武田信玄のころの金鉱跡もあちこちに点在します。増富鉱山跡のすぐ北にある金山(かなやま)という地名を見ればすぐわかりますね。金山には、現在金山山荘とキャンプ村がありますが、ここの裏山(魔子の山)の中腹には、信玄時代と言われる坑口、昭和になってから掘った坑口などが残っていて、さらに広大なズリも広がっています(ちょっと見てみたけど、増富鉱山とは石質は全然違うみたいで、銅の雰囲気は全然感じない)。瑞牆山に行くことでもあったら、ちょっと寄ってみるのもよいでしょう(周囲には魔子の山、五里山といった、とても静かだけど個性の強い小さな山が多い)。瑞牆山登山口の瑞牆山荘周辺は、休日ともなればちょっとした都会並みの人出になりますが、金山周辺は静かなもので、何だかほっとします。

(ネット上では、銅藍の増富鉱山と、金山平裏の金鉱がごっちゃになっているところもありますね。ややこしいなあ。須玉金山という呼び方もあるらしいです)

ちなみに、金山山荘の今のご主人の父君は、昔は増富鉱山で働いていたとのこと。当時はどんな様子だったんでしょうねぇ。もうちょっといろいろ聞いてみればよかったかな? ここのキャンプ場は今風のでなく、昔ながらといった感じで自分には居心地いいです。

あと、金山山荘の裏から金鉱跡に続く経路の途中に、小暮理太郎の碑、レリーフがあります。金山山荘の隣に以前は有井館という宿・そば屋があり、小暮理太郎や田部重治が常宿としていたといいます(2018年に営業をやめている)。確かに、小暮理太郎の秩父本には、当時の金山平の部落の写真が掲載されていますね。レリーフのある場所は、昔は瑞牆山、金峰山の眺めがいいところだったようですが、現在は木々が育って見通しはきかないけれど、美しい静かな森になっています。

 

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増富鉱山の遺構。

 

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左上:金山の昭和時代の金鉱跡。右上:金山の信玄時代のものといわれる金鉱跡
下:金鉱跡に行く道は、広いズリの斜面を横切ってつけられている。

 

2022年7月 9日 (土)

赤碧玉(東京都西多摩郡奥多摩町鋸山)

Red Jasper SiO2 酸化鉱物

 

Redjasper_nokogiriyama_01

Redjasper_nokogiriyama_02

 

奥多摩・鋸山の赤碧玉です。マンガン鉱山のズリ中、あるいはそばの沢などでごく普通に見かけます。結構きれいなものも簡単に見つかります。碧玉とは、微細な石英の結晶の集まったもので、この辺は碧玉と見わけがつけにくいチャートも多い地域ですが、2枚目の拡大写真のように粗粒の部分もあって、すぐわかると思います。

透明感のある黄緑の部分はなんだろう。カリオピライトかな? 黒いのは軟マンガン鉱か、ブラウン鉱か、よくわかりませんが。。。

多分磨けばきれいになるのでしょう。日本でも古代から勾玉などの装身具に使われてきた、一応宝石の一種といっていいのでしょうか。色鮮やかな、という赤ではありませんが、落ち着いた、まさに古代という感じの色合いです。現代では透明感が重視されるけれど、古代では不透明で色の美しいものが好まれてきたような気がします。透明な水晶なんていくらだって見つけられただろうに、そういうものを使った古代の遺物ってあんまりないような気がするのですが。。。

基本的には目に見えないほど細かい石英の結晶の集合で、瑪瑙、玉髄などと同じですが、不純物が多いため、不透明でさまざまな色がついたものを碧玉という場合が多いようです。一般的な呼び方を以下にまとめてみます。

石英 Quartz(鉱物種名)
 ・肉眼で見える程度に結晶化したもの(顕晶質)
  ・結晶形がはっきりとしているもの:水晶 Quartz
  ・結晶形がない塊状のもの:石英 Quartz
 ・
肉眼では見えないほどの微細な結晶の集合した構造をもつもの(潜晶質)
  ・不純物が少なく(
半透明)模様のないもの:玉髄 Chalcedony
  ・縞状の模様があるもの(部分によって不純物の量は変わる):瑪瑙 Agate
  ・不純物が多く(不透明)模様のないもの:碧玉 Jasper

こんな感じで使われることが多いようです。なかなか難しいですね。。。

もちろん、自然物なので、分けようと思ってもどっちだ? というようなことも多いので、そんな厳密なものではないと思います。

 

ところで現在では 「碧」の字は「青・緑の石」という意味になります。色限定ですか。だとしたら、赤碧玉という言葉はちょっと無理やりっぽい感じがしちゃいますね。「碧」の字そのものは、甲骨文からありますが、三つの玉をつなげた装身具を意味する「王」、輝くという意味の「白」、そして「石」から構成されていて、青・緑といった色の意味は含まれていないと考えられます。字に色の要素が含まれたのは後の時代からでしょうか。あるいは「王」の字の三つの玉は、もともと青・緑の石のことを意味していたのか。

秦~漢代に成立した『山海経』西次二経 には「又西北五十里高山、其上多銀、其下多青碧・雄黄」とあり、わざわざ「青」をつけているので、「碧」の字そのものには色の意味は含まれていないように見えます。後漢代の漢字字書『説文』には「碧、石之青美者」とあり、色要素が含まれているように見えます(青は多分どちらかといえば緑のことかと思います)。うーん、どうなんだろう。

古代では、青や緑というのは、とても好まれたようですね。日本や中国、中南米でもヒスイは非常に珍重されましたし。
まだガラスのなかった古代エジプトでは、ファイアンスという陶器が盛んに作られました。エジプシャン・ブルーともいわれる、はるか古代への憧憬を湧きあがらせるような美しい青緑の陶器です。ファイアンスは、石英(珪石)と石灰(有機性のものが使われることが多かったらしい)、それに緑青(ろくしょう)を粉にして混ぜて焼いたものだそうですが、つまり、ブロシャン銅鉱の青緑色なんですね。

昔はどの国でも、青と緑の文字と実際の色の区別があやふやで、色の認識の問題かと思っていたのですが、そうではなく、単に青緑の色が一般的だったってだけなのかもしれません。今では色を認識するうえで、青緑をポイントにすることはなく、青と緑をまったく別の色として認識のポイントにしたうえで、その中間のどこかとして青緑を考えますが。。。もしかしたらその認識の原点は、信号の色? そういったささいなところから、人間の認識の割と深いところが変わってしまうのかもしれません。

 

2022年7月 4日 (月)

硫酸鉛鉱(群馬県甘楽郡下仁田町中丸鉱山)

Anglesite Pb(SO4) 硫酸塩鉱物等

 

Anglesite_nakamarum_01

Anglesite_nakamarum_02

 

下仁田の中丸鉱山で採集した硫酸鉛鉱です。

群馬県下仁田から長野県佐久に関東山地中を抜ける国道254号線、荒船湖の北あたりにあり、輝安鉱で有名な中丸鉱山です。最初、ズリできれいな劈開の石を見つけて、よく見もせず方鉛鉱かなと思い何気なく拾った石ですが、あとでよくよく見てみれば、確かに方鉛鉱の部分もあるのだけれども、多くは透明な草色になっていました。内側できれいな虹色に光っている部分もあちこちにあり、実にきれいなもんです。方鉛鉱仮晶ということになるのでしょうか。まるで宝石のようですが、モース硬度3なので、宝石にはなれません。

方鉛鉱が酸化して、硫酸鉛鉱になります(PbS+2O2→PbSO4)。写真中の銀色の部分が方鉛鉱でしょう。明確な境界で区切られ変化しているさまがよくわかります。金属質のものがこんな透明なものに変化するとは面白いですね。この境界はどのように決まるんでしょうか。まったくランダムなのか、成分の違いなのか、環境の違いなのか、興味あります。

屈折率が高い(1.88-1.89)ので、輝きが強く、虹色に光る部分が多いのもそのせいかな? 長波UVで、濃い目のオレンジ色に光ります。Anglesiteという名前は、イギリス・ウェールズのアングルシー島で1783年に発見されたことに由来します。アングルシー島では、ローマ帝国時代から、鉛や亜鉛、鉄などの採掘が盛んだったといいます。

この方鉛鉱と硫酸鉛鉱に接する感じで、小さな水晶がついていましたが、なんか違和感がある。。。光り方が水晶とちょっと違っていて、ガラス光沢と樹脂光沢の中間のような感じ。あと、頭の角度が水晶とちょっと違うような。水晶よりとんがりが小さい。

 

Anglesite_nakamarum_03

 

これも、色は全然違いますが、硫酸鉛鉱の結晶かと思います。こちらは長波UVで光りません。硫酸鉛鉱はさらに風化して白鉛鉱に変質するらしいので、もしかしたら白鉛鉱になっているのかもしれません。光り方、透明の質感などは、そういえば何となく白鉛鉱っぽい気もしますが、まあ分からないので、このまま硫酸鉛鉱ということにしておきましょう。

 

下仁田といえばまあネギでしょうが(コンニャクも特産品でおいしい)、2011年には下仁田町全域がジオパークに認定されています。妙義山や荒船山といった、低いけれど非常に特徴のある山もあり、鉱山としては中小坂鉄山もジオパークの一角とされていますね。そのおかげでちゃんと鉱山へ行く人のための駐車場まで作られているのですが、どうやらヒルでいっぱいらしい。。。江戸時代末期に発見された鉱床のため、幕末から明治にかけての歴史にも大いに関わってきます。

中丸鉱山のほうは、歴史はよくわかりません。八幡鉱山と呼ばれていた、1954(昭和29)年には野上鉱業によりアンチモンを中心に銅、鉛、亜鉛などが採掘されていたが、1955年1月27日に落盤事故があり、1959年(昭和34年)頃には閉山した、等々。いつ見つかったかは分かりません。時代を考えると、戦時中資源輸入が止まり、各地で小さな鉱山が探し出され採掘が行われましたが、ここもそういった小規模鉱山のひとつでしょうか?

自分は荒船山に行った時に、その途中ということで寄りました。坑口もズリもしっかり残っているので、なかなか面白いところでした。下仁田の道の駅はジオパークということで、鉱物の標本セットも売られていたのですが、その中に前回の川場・鉱石山の柘榴石も入っていました。でもいまいちの標本だった。もっときれいなの、すぐ見つかるのになぁ(こういうセットから興味が目覚めるってよくありますしね)。

 

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