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日本の古い火山、新しい火山、あるいは火山に関係する場所、いろいろ行った時の様子を紹介します。

不定期更新。

いろいろ推論、疑問なども書いているので、それに対する意見や、答えをご存知の方、コメントして下さるとうれしいです。

写真はクリックすると拡大します。地図は国土地理院の地図閲覧サービス(ウォッちず)を元に文字を貼り込み。


●富士山北西麓側火山群(山梨県南都留郡富士河口湖町、鳴沢町)

●浅間山(2,568m、長野県北佐久郡・群馬県吾妻郡)

●伊豆大島(最高峰・三原新山764m、東京都大島町)

●矢筈山(816m、静岡県伊東市) 2012.8.12

2014年1月 5日 (日)

●富士山北西麓側火山群(山梨県南都留郡富士河口湖町、鳴沢町)

周辺地図(google)


富士山の周辺、特に南東から北西にかけてのライン上には、多くの側火山(寄生火山)があります。特に、北西側には大室山を中心に、青木が原樹海の元になった溶岩の最大の発生源、長尾山などが集まった場所があります。2013年の夏8月~9月にかけて、この大室山周辺を色々回ったので、その紹介をします。ただ、道のない部分、不明瞭な部分も多く、藪の箇所もありますので、夏はおすすめしない季節です。

●行程地図

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行程と赤色地形図を重ねてみました。地形がよく把握できます。

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主な出発地点は二つ。
・静岡県道・山梨県道71号富士宮鳴沢線と、富士山精進口登山道の交差、1101m地点(駐車可) A
・鳴沢林道、天神峠(駐車可) ここも精進口登山道の交差地点 B

○緑ルート:A(10:08)~(10:18)富士風穴
(10:38)(11:25)大室洞穴(11:54)神座風穴
○青
ルート:A(08:17)(08:29)富士風穴(08:38)(09:55)大室山(10:45)同火口底(11:08)(12:50)野尻草原(13:05)(13:38)長尾山麓~(14:00)精進口登山道~(15:00)
○黒
ルート:鳴沢林道・軽水林道交差地点(07:36)(08:25)片蓋山(09:02)(09:38)氷穴火口列~(11:45)氷池~(13:10)長尾山~(14:16)
○赤
ルート:登山口(11:04)~天神山~(11:53)イガトノ山(12:24)(12:55)登山口、A(13:21)(13:50)本栖第2風穴、石塚火口~(14:06)本栖第1風穴(14:18)(14:46)

(時間はあくまで目安です。途中であっち行ったりこっちいったり休んだりしてますので(^^;)
○緑ルート:2013年8月3日、○青ルート2013年8月31日、○黒ルート:2013年9月14日、○赤ルート2013年9月21日

○緑ルート

風穴めぐりです。A地点は、河口湖方面から富士宮鳴沢線を車で少し行ったところ、左側に数台駐車できるスペースがあるので、そこに車を停めて、スタート。車留めのゲートを越え、精進口登山道を10分くらい、樹海の中を歩いていくと、富士風穴へ行く道が右に現れます。

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曲がるとすぐ、溶岩の流れた痕が見られます。樹海の中には、割と普通に見られます。
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富士風穴は、道から近いので、中に入る人も多いようです。夏には天然のクーラーです。中は氷で、下手に奥に入ると戻れなくなるらしいですよw
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精進口登山道に戻り、さらに数分進むと、また右に入る道(ゲートあり)があります。
そこを進むと、大室山麓の美しいブナ林。青木が原溶岩は上から流れてきて、大室山を取り囲み、まるで大室山を島のように孤立させました(大室山のほうが古い)。樹海と大室山の境界がはっきりしています。

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その境界を東に向かう道を進むと、左手に分岐があり、大室洞穴の看板が現れます。しかし、この分岐の道を進んでも大室洞穴には行けません。今来た道と分岐の間にある踏み跡が正解です。ただし、大室洞穴の碑と説明板はありますが、洞穴自体は崩壊しています。
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元に戻って、大室山の北東の山(これも側火山)の外側をぐるっと回り込むように道を進むと、神座風穴群(途中精進口登山道に向かう分岐あり)。いくつかの踏み跡が分かれているので、注意が必要。南に回りこんだところで、外側の山に登る作業道もあるので、間違えないように。
途中、小さくてかわいらしい溶岩トンネルもあります(記念物重要資料のフダあり)。
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神座風穴はかなりダイナミックな風穴です(写真左)。周辺を探すと、蒲鉾穴もすぐ見つかります(写真右)。
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○青ルート

約3000年前に噴火した大室山(1468m)に登り、側火山に囲まれた野尻草原に抜けるコースです。前記のルートで、大室山麓のブナ林に。はっきりした道はないのですが、大室山の北側斜面は藪はないので、どこからでも登れます。外側の山との間の谷を遡り、神座風穴へ抜ける峠から尾根を登るのが分かりやすいかも。
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頂上近くに来ると、藪が現れます。藪の右(北)側に沿って踏み跡があるので、そこを辿っていけば、すぐに頂上に着きます。展望などは何もなし。
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さらに先に進む踏み跡が稜線上に続いているので、進みます。頂上より低い三角点(1447.5m)は南側にあります。このあたりの稜線上はきれいな草の生えた疎らな林で、気持ちがよいです(この山はなぜか小バエが多いのがわずらわしいけれど)。藪の中にある三角点のちょっと先に、富士山と側火山群が見渡せる展望地があります(踏み跡あり)。
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火口の底へは、どこからでも下れます。底は鹿の楽園になっているようです。降りた時、鹿の警戒の声が響きました。草原の林になっていて、まるでファンタジーの世界に入り込んだかのような美しい場所です。荒らしたり、空気も乱したくないと感じるところです。
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頂上手前の藪が出現したところまで戻ります。大室山の東麓に沿って、はっきりとした道があるので、その道に向けて山を一気に下ります。途中、炭焼きの跡があったりします。この山も、里山だったのですね。
降りきると、道は、また樹海と大室山の境界を続いています。しばらく行くと、左に曲がって大室山麓を離れ、樹海をつき抜け、ハート型の側火山(栂尾山)の麓をまわる道にぶつかります(ネット上では、栂尾山や鹿の頭の名称と山がいくつか違う表記になっていますね。どれが正しいか分かりませんが。。。)。ここを左に曲がりしばらく行くと、古いトラックの残骸があり、ここから、見渡しのいい野尻草原に出ます。

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戦後、このあたりは車やバイクが入ることが出来、走り回っていたそうです。どうしてここだけ草原になったのか。もしかしたら、昔から畑などで利用された人為的なものなのか? 最近は草原部が縮小しているそうで、もともと、自然のままの姿ではないのかもしれません。現在、舗装された軽水林道が通っていて、草に埋もれつつあります。草原は、富士山とその側火山群に囲まれ、これまでの樹海とは別天地です。(写真:野尻草原パノラマ。右から、栂尾山、鹿の頭、片蓋山、富士山、弓射塚、長尾山、大室山)
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軽水林道から、長尾山に向かう道が国土地理院の地図には載っており(1262地点)、そこに行ってみたのですが、分岐点を大きな木の根で塞がれ、どうも廃道処理されているようです。無理やり行ってみましたが、ほぼ道は消えかかっており、GPS等がないと、なかなか辛いかも。ほぼ平らで、溶岩樹形が数多く残り、自然に戻りつつあります。
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長尾山麓の道は、明瞭に残っているものの、多くの倒木に遮られています。ここから、精進口登山道に戻り、まっすぐA地点に戻ることができます(1時間くらい)。


○黒ルート

天神峠を基点に、片蓋山(1468m)、長尾山(1424.1m)、氷穴火口列、氷池などを周りました。長尾山、氷穴火口列は、平安時代の864年(貞観6年)から866年(貞観8年)にかけて噴火し、
大量の溶岩を噴出、本栖湖、せのうみにまで達し、西湖と精進湖を作り出しました。さらに、その溶岩の上に森が育ち、現在青木が原樹海と呼ばれています。

天神峠は、ふじてんスノーリゾートの入り口から右に分岐する林道を進みます。ここはどうも時々ゲートが閉まっていることもあるようですが、自分が行った時は開いていました。天神峠には数台の駐車スペースあり。ここが精進口登山道の一合目になります。天神峠は古い歴史を持つ峠で、平安時代には青木が原溶岩の噴火で分断されたりして、現在に至ります。
さらに鳴沢林道を先に進み、軽水林道との分岐の十字路に駐車。ゲートを乗り越え、片蓋山へ。
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林道を、片蓋山麓に沿ってしばらく進むと、赤リボンのついた箇所があり、ここから登れます。おそらく、林業用の作業道でしょう。赤色地形図にも南麓にジグザグに登る道が見えます(北側は藪がなく、どこでも登りやすいようです)。
片蓋山の外側上部は、植林地帯ですので、登りやすいです。火口はきれいな円形で、真ん中には赤く酸化した岩が転がっています。頂上は北側。特に展望もなし。噴火年代もまだ不明のようです。
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次に天神峠に車で戻り、氷穴火口列に。赤色地形図によってはじめて全貌が明らかになった、青木が原溶岩の発生地点のひとつ。長尾山と一列に並んでおり、割れ目噴火だったことが分かります。まず最初にこの氷穴火口列が、続いて長尾山、そして大室山西麓の石塚火口が噴火したようです。
天神峠から精進口登山道を10分ほど登り、右にわけいると、すぐに火口列にぶつかります。一見荒れた谷のようにも見えますが、連続していないので、すぐ谷でないと分かります。なかなかの壮観です。
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火口列に沿って上に上れば、すぐに底の見えない穴があり、これが氷穴です。火口列に沿って、踏み跡が続いていますが(左岸に行ったり右岸に行ったり)、途中までしか行かなかったので、どこまで続いているか不明。

地図には、ここから弓射塚の麓を通って氷池まで直接行く点線が載っていますが、途中までははっきりしているものの、弓射塚の西側の谷を登るあたりから不明瞭になり、すごい藪の中に消えます(鹿柵があり、季節によってはそれに沿って行けるかもしれない)。途中であきらめ、林道にエスケープしました。
氷池の入り口は、明瞭な踏み跡があります。途中から少し怪しくなってくるものの、リボンを辿って、氷池に行き着けます。途中、溶岩樹形が数多く、美しいところです。
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氷池は、富士の斜面に急に現れる巨大な穴、という感じで、なかなか衝撃的です。規模が大きいので、写真にもうまく撮れませんでした。下まで降りたかったのですが、行程の途中で登山靴の底がはがれるというアクシデントで、結局途中までしか降りられず、もうひとつの穴の方にも行けませんでした。。。

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さらに天神峠に戻り、精進口登山道を今度は下ります。長尾山に行く道が左に分岐していると地図には出ていますが、それらしい分岐は見当たりません。このあたりだろうと見当をつけ、左に入ります。道があったらしい雰囲気はあるけれど明瞭でないので、北斜面(藪なく登りやすい)から頂上を目指します。程なく頂上、踏み跡はいくつかあり、火口側に直接下る跡に入り、藪をかき分け滑り降りると、すぐにはっきりした道に行き当たりました。火口は3つに分かれていて、じめじめしており、他の火口と違って新しいためか、凄惨な雰囲気があります。
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下る道は明瞭ですが、下の林道に出る道を間違えました。地図の点線どおりに行けば、問題ないと思います。自分は、踏み跡を辿ってものすごい藪と倒木を無理やり抜けて林道に出るはめになりました。




○赤ルート

天神峠に向かう途中、左手に入る踏み跡があります。ここを進むと、天神山、イガトノ山方面に登れます。赤色地形図を見れば分かるとおり、ここも火口列が続いていますが、藪が濃いので夏だとほとんど見えません。冬ならば、多少は見えるかも。道の途中、笹が深く中腰でなければ進めないところや、赤いスコリアの露出した箇所などあります。
イガトノ山の頂上は、スキーのリフト頂上駅になっており、直下には作業林道があります。頂上には碑があり、天神山頂上と間違えて書いてあります。河口湖方面の見晴らしがよいです。

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A地点から、富士風穴と反対側の道に行ってみました。樹海の中の気持ちよい道です。道が、石塚火口(大室山北西麓、1198地点)にもっとも近づき左に折れるところで、まっすぐ進む踏み跡があったので入ってみたところ、本栖第2風穴への道でした。
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ここから石塚火口方面に向かいました。それらしき場所にはきたものの、はっきりせず。進み方がちょっと足りなかったようです。ここは、北から大室山麓を辿って来たほうがよさそうです。
本栖第1風穴を経由して、大室山のブナ林に行き、そこからA地点に戻りました。

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2012年9月30日 (日)

浅間山(2,568m、長野県北佐久郡・群馬県吾妻郡)

周辺地図(google)



長野県と群馬県の間にある浅間山は、日本を代表する活発な活火山です。特に天明3(
1783)年の噴火は、鬼押し出し溶岩流で有名で、特に群馬県側では土石流によって大きな被害が出ています。21世紀に入ってからも、2004年、2008年、2009年に噴火しました。
火山としては、3つの活動期に分けられます。黒斑火山(約9万年前、仏岩火山(約2万年前、前掛火山(約1万年前の3つの火山活動によって今の浅間山が形成されました。
黒斑火山は大きな成層火山でしたが、中心部と東側が崩れてカルデラを作りました。現在の蛇骨岳~黒斑山~牙山~剣ヶ峰がその外輪山に、湯の平がカルデラ底に当たります。
現在の浅間山最高点の釜山の東に仏岩火山がありましたが、今ではその後の時代の前掛火山の下にほぼ隠れていて、浅間山~小浅間山の稜線上、ちょっとふくらんだだけの姿になっています。
(浅間山東側の黒豆河原駐車場からの写真↓ 左から、溶岩ドームの小浅間山〈約18000年前〉、写真中央のちょっとふくらんだところが仏岩火山、雲に隠れた頂上、右斜面には鬼押し出し溶岩が黒く流れている)

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有史後の噴火は、すべて前掛火山によるものです。大噴火は大体400~500年周期で起こっているそうです(前回の大噴火は天明噴火)。

このところは、少し穏やかになっているみたいですが、急に噴火することもあるので、登る人は、自己責任で登りましょう(2012.9現在、噴火警戒レベルは1)。過去、亡くなった登山客もいます。

●行程地図

(往復約7時間)

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現在登れるルートは、2つ、浅間山荘(天狗温泉、あの事件の浅間山荘とは別)から沢沿いに湯の平に登るルートと、西の車坂峠から外輪山のトーミの頭を経由して湯の平に至るルートです。今回は前のルートにしました。

浅間山荘の登山口には、こんな看板がありました↓

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ここから沢沿いに、湯の平に登ります。いくつか橋を渡るのですが、沢は赤く染まっていて、途中、かすかに硫黄の匂いがする箇所もあります↓

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一の鳥居(鳥居の脇の岩、溶岩流のあと?↓左)、不動滝(↓右)、二の鳥居という目印があるので、割と登りやすいと思います。

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急坂を、カルデラの入り口(カモシカ平)まで登り切ると、なだらかになります。外輪山の槍の鞘、トーミの頭、黒斑山がそびえ立つのが望めます。カルデラが崩壊したあとの、急峻な崖が、なかなかの迫力↓ 車坂峠からの道はこの崖を下ってくるわけです。その下りも、外輪山縦走も、ちょっと行ってみたいですね。

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カモシカ平から沢を隔てて見る牙山↓

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このカルデラから天狗温泉に流れる沢の上流、火山館の直下に、かなり硫黄の匂いが充満する箇所があります↓

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浅間神社のすぐそばにある火山館は、緊急時をのぞき宿泊できる山小屋ではないですが、中には浅間山関連の資料などがそろっています。「浅間山の噴火地図」なども買えますので、興味ある方はぜひ。シェルターにもなっていて、トイレもあるので、絶好の休憩場所です↓
昔ここに、50年もの間住み込んで登山客の世話をしていた金重さんという方がいて、噴火を予想して当てるほど山に詳しかったそうですが、現在では小諸市の管理となっているようです。

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ここから平坦な湯の平、草原、森の中を通りすぎると、いよいよ前掛山の登りです(↓左)。あちこちに、大きな火山弾が転がっていて、噴火の時の凄まじさを想像できます(↓右)

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登りだすと、すぐに木はなくなり、ザラ地になります。
上に行くほど、赤い岩が増えてきます。赤いのは、火山噴出物が高温の状態で空気に触れて酸化したためです↓

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山頂部は、前掛山の大きな古い火口の中に、現在の火口がある火砕丘の釜山があり、その鞍部に、シェルターがあります。シェルターの後ろの左の山が、前掛山頂上。写真の左外側に、釜山がある↓

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釜山へは立ち入り禁止になっているのですが、火口縁まで行く人は多いようです。自分も行きました。あくまで自己責任ですので、噴火が起きて死んでも文句はいわないように。ここからほぼまっすぐ、火口縁まで登ります↓


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噴火口縁。残念ながら霧でまったく見えず。ただ、時折火口のほうから風が吹いてくると、今まで行ったどの火山でもちょっと経験のないような、強力な匂い。とてもゆっくりしようという気にはなりませんね。まさに今も活発に活動している火山であることがすぐに理解できます↓ 明治時代には、この噴火口が溶岩でいっぱいになっていたこともあるそうです。

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シェルターから、前掛山方面。こちらでも、噴煙が上がっていました↓

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前掛山を下る途中、少し霧が晴れて、北側が見えました。黒い帯は、鬼押し出し溶岩流の跡です↓

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下る途中、湯の平、外輪山(蛇骨岳方面)
を見下ろす↓

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山の下り、火山館のすぐ下の火山ガスが匂う谷で、3匹の親子?のカモシカと出会いました。ここではよく見られるみたいです。右写真の下にいる小さいのは、子どもでしょうか。顔が白くてかわいい(^^*↓ 初めて見ました。

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おまけ。
今回登ったのとは正反対の西から見た浅間山北斜面。黒い部分は、
天明3(1783)年の鬼押し出し溶岩。その下の台地になっているところは、天仁元年(1108年)大噴火の上舞台溶岩。ここ最近の噴火の際は、必ず群馬側だけに溶岩が流れるので、噴火した時は必ず小諸方面に逃げるよう、山の中の看板でも注意書きされている↓

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長野県佐久から見た浅間山↓

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2012年8月13日 (月)

伊豆大島(最高峰・三原新山764m、東京都大島町)

周辺地図(google)


伊豆半島の東に位置する伊豆大島は、他の伊豆諸島、伊豆と同様、ほぼすべて火山由来の地質です。伊豆半島と伊豆大島の間は、海底火山のあとでいっぱいです。伊豆半島と一緒に、大島も本州に向かって南東から北西方向に動いています。何十万、何百万年もたてば、他の伊豆諸島も陸地となり、伊豆にくっついてしまうでしょう。その頃には伊豆はもう半島ではなくなってると思いますが。

地図を見ればわかるけれど、実は大島は下田より北にあります。1986年の噴火の際は、伊豆から噴火の様子がきれいに見えたそうですね。1990年ごろまで、小噴火を繰り返していました。数万年前から活動を始め、有史以来も、非常に活発に活動を続けています。島の中心に東に開けたU字型の大きなカルデラがあり、その内外、とくに東側はスコリアによる砂漠が広がっています。噴火すると、噴出物が1万mほども上空に立ち上り、偏西風の影響を受けて、東側により多く降り積もるためでしょう。実は国土地理院の地図で「砂漠」とついている唯一の場所です。
熱海から高速船でわずか45分で行けるくせに、とても日本とは思えない光景を見ることができます。


●行程地図

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●御神火茶屋~内輪山一周路~大島温泉ホテル

まずは、外輪山上にある御神火茶屋から内輪山を眺めます。↓

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右の一番高いピークが三原新山。1950~51年の噴火で、最高峰となった噴石丘です。
内輪山からこぼれて流れた黒いあとは、主に1986年の噴火の溶岩です。

御神火茶屋から、内輪山までのんびり歩いて行けます。
内輪山には歩きやすく整備された一周する道があります。↓

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下の写真は、剣が峰付近からみたB火口。まだ少し煙が出ています。↓
B火口列は、南東~北西のラインに連なっていて、いわゆる割れ目噴火しました。確か「割れ目噴火」という言葉が有名になったのは、この噴火の時からじゃなかったでしょうか。竹内均教授の不思議な発音をよく覚えています(^^; 真っ赤な炎の噴出した柱が、何本も並んでいる映像を記憶している人も多いかと思います。

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その向こうは、島を1周する道路まで、砂漠が続いています。こちらは通称、裏砂漠といいます。御神火茶屋のある西側が表です。伊豆大島は、島の東側には人家がほとんどありません。右端に見える茶色い斜面は、外輪山の櫛形山の北斜面。↓

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内輪山一周路の南側に近づくと、A火口、内輪山内のメインの竪坑状火口がよく見えてきます。↓
直径約300m、深さ約200m、噴火時には、この穴が溶岩でいっぱいに満たされ、ついにはあふれてくるわけです。ちょっと想像を絶しますね。今でも、底から煙が少しだけ、立ち上っています。

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内輪山一周路の北から、裏砂漠方面への道が分岐しているので、そこを行ってみましょう。
B火口列を横切り、流れた溶岩の脇を降りて行きます。火口がよく見えます。↓
25年近くたつと、さすがに植生が回復しつつありますね。でも、まだわずかに煙があがっています。

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左、流れた溶岩が道の左手に連なる。右、櫛形山を見上げる。↓
ちなみに、天気が良ければこんな風にすべて見渡せますが、霧が出ると、あっという間にどこにいるのか分からなくなりますので、特に裏砂漠には行かないほうがいいかもしれません。

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●裏砂漠、櫛形山

島には一周道路がありますが、東側にはほとんど人家がありません。海沿いにキャンプ場があるくらい。
一周道路東南から、裏砂漠に入る道が分岐しています。その道の終点の小さな駐車場から十数分歩いて、櫛形山、白石山周辺に行くことができます。たまに道路上に猿やリスがいたりするので、気をつけましょうw
砂漠に出ると、すぐ1952年に墜落し乗客乗員37名全員が亡くなった日本航空のもく星号墜落現場の碑があります。
左、東側は広大な傾斜が広がっています。右、外輪山稜線を櫛形山に向かう。↓

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外輪山の内側、カルデラの内部に降りることができます。内・外輪山に囲まれた不思議な空間。
ざくざくしたスコリアの地面に、ところどころ草が生え、噴出岩が転がっています。
右は、カルデラ内部から内輪山を見上げたところ。
下は、外輪山の連なり。外輪山の内側は、崖になっています。内側が一気に陥没したのが分かります。白石山の内側あたりから、櫛形山を方面を見たところ。

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カルデラ内には、きれいなパン皮状火山弾があちこちに見られます。

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●カルデラ外、C火口列

1986年の噴火は、カルデラの外側の山腹でも噴火が起きました。そのあとが、このC火口列です。
ここからの溶岩は、直下の元町の直前まで流れました。
割れ目火口列に沿って、遊歩道が設置されています。

C火口列。後ろは大島空港。海の向こう、空港の上が箱根、中央左よりに高く見えるのが富士山、左は伊豆半島南部海岸線。一番左に、右に下がった台形の大室山が見える。↓

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C火口列。後ろは元町、元町港。海の向こう、伊豆、天城連山。↓

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東京都、伊豆よりずっとそばに、これだけのすごい自然、火山があると知らない人も大勢いると思います。
日本で見られる生きた火山の中でも、これだけ規模が大きく、しかも割と自由に見て回ることができる場所は、滅多にないと思います。
正直なところ、三宅島、伊豆大島は、十数年以内には必ずまた噴火すると思います。見られなくなる前に、一度見ておく価値はありますよ。


2012年8月10日 (金)

矢筈山(816m、静岡県伊東市)

周辺地図(google)

伊豆半島の伊東市近辺には、何十ものちょっと小さめの火山がひしめいていて、東伊豆単成火山群と言われています。一度そこから噴火が起こるともうそれでおしまい、同じ場所では噴火しない、というのが単成火山で(同じ場所で何度も噴火して山が大きく成長するのを複成火山という)、伊東市周辺はこういう火山の噴火跡が沢山あります。

約15万年前に矢筈山のすぐそばの天城・遠笠山の噴火にはじまり、一番最近では1989年7月に伊東の数キロ沖で海底火山・手石海丘が爆発しました(覚えてる方もいらっしゃると思います)。↓

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(海上保安庁)

伊豆の有名な観光地の一つ、大室山もそのうちの一つです(4000年前に噴火して、その際にシャボテン公園内にある、今は池になっている噴火口などから流れでた溶岩で、城ヶ崎海岸ができた)。
矢筈山もそのグループで、約2700年前に噴火しました。
この時は溶岩の粘度が高かったので溶岩は流れず、そのまま盛り上がって矢筈山ができました(溶岩ドーム)。
ほぼ同時に、すぐそばの岩ノ山、孔ノ山(これも溶岩ドーム)、孔ノ窪(水蒸気爆発の跡)、さらに南東の伊雄山(こっちは溶岩が流れた)なども噴火しました。これらはすべて、南東―北西に、ほぼ一直線に並んでいます。伊豆半島はフィリピン海プレートに乗っかって、南東→北西の方向に、日本本土にぶつかってきています。そのため、この方向に割れ目ができやすく、その断層にそってマグマが吹き出してくるというわけですね(クリを割る時、横腹に割れ目を入れ、その左右をぐっと押すと割れ目が開くのと同じ理屈)。これは、伊豆大島から伊豆、箱根、富士山まで全部同じ性質があります。
ということで、東伊豆単成火山群では、いくつもの噴火
がほぼ同時に起こる可能性があります。手石海丘の時、一箇所だけですんだのは僥倖だったのかも?

●行程地図

(片道1時間半~2時間程度)

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出発は、伊豆スカイラインの終点、天城高原I.C.から東に向かって少し行った鹿路庭峠(ろくろばとうげ)。
冷川方面へ向かう道とのT字路のところに、駐車できるスペースがあります。登山道入り口はすぐ分かりますが、道標はなくなっていました(^^;↓

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しばらく、かなりの急傾斜の山腹をトラバースしていきます。途中、崩壊しかかったところもあり、倒木で道が塞がっているところも多いので、ちょっと気をつけましょう。
あまり登る人の多くない山で、道も地図には大体載ってないし、当然整備もきちんとはされてないです。

ちょっと行くと、植林された平坦地に出ます(平坦地1)。そこを抜けると、平坦地の向こうに、大きく鋭角な岩がごろごろした山が壁になっています。これが、孔ノ山です。見るからに、そこに溶岩の山が盛り上がったよー、という感じです(^^; ここからしばらく、孔ノ山の周囲をぐるっと回る感じで道が続きます。
左に孔ノ山の岩の壁を見ながら進むと、次の平坦地(平坦地2)に出ます。沢が流れ込んできているのだけれど、逃げ道がないので、小さな沼のように水がたまっています。道は沢の向こうに左に折れて続いていて、ちょっと分かりにくいけれど、地形の凹を辿っていけばいいので迷うことはないかと。水はどうも、孔ノ山の岩の間から、地下に流れているようです。ただし、雨が続いたりすると、おそらく一面池と化して、濡れることを気にしていたら先に進めないかもしれません。↓

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さらに孔ノ山の岩と右手の山の境界を進むと、また広い植林された平坦な場所に出ます(平坦地3)。
地面は泥の海、雨が続くと、多分進めないでしょう(^^;↓

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写真のように、道標もあるけど、泥に埋もれてるように見える。こんな山の上に、四方を山に囲まれた平坦地があるのは不自然です。↓

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思うに、これまでの平坦地はすべて、噴火して溶岩ドームができる前は、普通の谷だった。ところがその谷の下流側が隆起して山になってしまい、谷の出口が塞がれて不自然な凹地になってしまった。そこに雨の度に土砂と水が流れ込み、一時的に池となって土砂が水平に堆積していって、このような平坦地が形成されていったのではないか。

平坦地の端までくると、孔ノ山と矢筈山の間の谷に入り、しばらく進みます。写真は、このあたりの孔ノ山側。↓

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峠のようになったところで、右手に、矢筈山の登り口があります(真っ直ぐ進むと、麓の池地区に下りられるらしい)。ここからは、ジグザグに矢筈山を登っていきます。途中、北側の展望が開けた斜面あり。

その後、ごろごろした溶岩の上を歩いていきます。木につけられた目印の色リボンを辿っていけば、まあ問題ありませんが、気を抜くと迷いますw こういう場所では、下だけを見て歩きやすく見えるルート、踏みあとがあるっぽく見えるルートを行くと、必ず道を外れるので、リボンを辿っていきましょう。リボンはきちんとつけられています。岩の間は隙間があるので、足をはさまないように注意。巨大なパン皮状火山弾なども見ることができます。

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途中、炭焼き小屋の跡らしい円形の石組みを越えて、程なく山頂部に登り切ります。↓

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溶岩ドームというのは、大抵途中急斜面で、頂上に近づくとなだらかになり、上は広くなってぼこぼことした小さなピークや岩がいくつかありますが、矢筈山も同様。展望がきかないので、よく見えませんけど(^^; ここで右に行くと頂上ですが、左側の大きな岩の影に、温風口があります。あったかい空気が吹き出してくるらしいのですが、暑い日だったので、全然わかりませんでしたw まだ山の内部は冷えきっていないということでしょうか。3000年たってもまだあったかいとは。。。それともずっと下まで穴が続いているんでしょうか。↓

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頂上は狭く、展望もきかないので、ゆっくりできません。

頂上を通りすぎて、東側にちょっと山を降りると、岩の上から眺めの良い場所に出ます。

東、大室山方面がよく見えます。緑の形の良い円錐形の大室山(580m、約4000年前噴火のスコリア丘。1年に1回、草を燃やしているので、草原状になっている)、その周りの平らなところは大室山溶岩の流れた後の伊豆高原。左のちょっと高くなった山は小室山(321m、約15000年前噴火のスコリア丘)。大室山の下の緑の平坦地が池地区。大室山の噴火による溶岩で川が堰き止められて池になったが、周囲の山からの土砂で徐々に小さくなり、明治2年に排水トンネルが作られて干拓されました。写真の煙の後ろにある小さな山は台ノ山。これも約4400年前噴火した溶岩ドームです。↓

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南東。ちょこんと飛び出したのが伊雄山。459mのスコリア丘。矢筈山と同時期約2700年前に噴火しました。その向こうは相模湾です。同じ割れ目から生じた火山のはずなんですが、溶岩の性質は矢筈山と全然違っていて、粘度が低く、相模湾に溶岩流が流れ込んでいます。数キロ離れてるだけでそんなことってあるんでしょうか。マグマは液体状というイメージがありますが、実は性質の違う部分がそれほど分散せずに、まとまった状態で存在しているんでしょうか。何となくプルームの泡のイメージが湧いてきます。↓

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別の場所から見えた、東伊豆単成火山群最古の遠笠山。1197m、約15万年前に噴火したスコリア丘。↓

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麓の池地区から、矢筈山を見上げました。真ん中が矢筈山、左が孔ノ山です。溶岩ドームの山は、形がしっかりしていてかっこいいですね。↓

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伊東周辺は火山の好きな人にはたまらない場所です。温泉もあるし(^^; 今もまさに動きつつある大地を感じることができる場所の一つです。

もっと詳しく知りたい人は、小山真人著『伊豆の大地の物語』静岡新聞社をおすすめしますよ!